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ありのままで
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それから三日後。亡き舜一から手紙が届いた。永司が最期に立ち会えないことを見越して前々から準備していたものなのだろう。
そこに書かれていたことは最期に病室で話したことであった。しかし舜一が伝えられなかったことが一つだけ書かれていた。それは体を借りて朋未に会いにいっていたことについてだった。
『朋未に僕たちの関係について話すかは君に一任する。君たち二人が未来を向けるなら僕はどんな選択も受け入れる。死人に口はないからね』
「笑えねーよ、バカ。ジョーク下手クソかよ」
涙で袖を濡らしながら、悪態をつける。
舜一の生真面目さが文章から滲み出ていた。きっと冗談を言い慣れてなかったのだろうと天の彼に想いを馳せた。
永司は意を決した。椅子にかけてあったモッズコートを羽織り、街へと繰り出す。向かう先は……一つしかない。
「あ、永司さん。いらっしゃいませ」
昼時にもかかわらず、朋未は花屋でいそいそと働いていた。そんな彼女に永司は告げる。
「朋未さん……俺、あなたに話さなきゃいけないことがあるんです」
もう取り繕わない。誰でもない遠坂永司として話すことがあるのだと。
「話……ですか?」
「ええ。舜一……近藤舜一さんについてです」
その言葉を耳にした瞬間、彼女が目を見開いた。「ちょっと待ってください」と断りを入れて、花屋の奥へと駆けこんでいく。店主らしき人物となにやら話をつけているようだった。
数分して、エプロンを外した朋未が店の外に出てくる。
「すいません。昼休憩もらってきました。ここで立ち話するのもお客さんに迷惑ですし、私も聞きたいことが山ほどあるから……近くの喫茶店でお伺いしてもいいですか?」
「はい、もちろん」
二人は近くの喫茶店へと入り、窓際のボックス席へと座る。春の陽射しが照りつける、温かな場所だった。
「舜一のこと……知っていたんですね」
朋未は運ばれてきたカフェラテに手をつけず、俯きながら言葉を紡いだ。
「はい。知ってました。俺の……ダチでしたから」
それから永司はこれまであったことを全て、赤裸々に打ち明けた。舜一が別れた後も朋未を想っていたこと、体を借りて花屋にきていたこと……そして自分に想いを託して天に昇っていったこと。
「体を借りるって……すごいですね。そこまでして私に会いにきてたなんて」
「信じられない話だと思いますけど——」
「信じますよ。だって全然違ったもん。永司さんの時と舜一の時。そっかぁ……やっぱり舜一だったかぁ」
会いにきていた事実を知って喜んだのも束の間。彼女は再び憂い顔を見せる。ただ悲しさに支配された表情ではなく、故人に想いを馳せて懐かしんでいるようですらあった。
「じゃあやっぱりチューリップの花言葉も?」
「そうです。全然確証なんてなかったけどもしかしたら……って。なんか見透かされたようで恥ずかしいですね」
朋未は照れ臭そうに笑うと、それを隠すように冷めてしまったカフェラテを一口啜る。
「私と別れたのは病気だったことを隠すため……だったんですよね?」
「はい」
「バカだなぁ、舜一。そんなの関係なかったのに。最期まで一緒にいたかったのに。ううん、違うね。私がそう言うってわかってたから別れを切り出したんだよね」
舜一の選択は独りよがりだったのかもしれない。病気と知っても朋未の気持ちは変わらなかった。お互いがお互いを想うあまり道を違えてしまった……悲しい結末にも見える。
けれど、彼女はその結末を受け入れていた。舜一の選択を否定せず、想いを受け入れたのだ。思わず永司は「本当に敵わないな」と呟いてしまう。
「舜一は自分のことを忘れて、新しい人を見つけて欲しいって言ってました。君のような素敵な人がずっと自分に囚われているのは間違ってるって」
「それって、永司さんのこと?」
「あ、いや……はい。そうみたいっす。舜一は俺に託すって……朋未のことをそばで見守って欲しいって言ってました」
永司は言うつもりのなかった言葉をつらつらと述べてしまう。全てを打ち明けると決めて家を出た時からこうなる運命だったのだろう。
であれば……もう一つ大事なことを言わなければならない。
「俺はその……朋未さんのことが好きです。この想いは本心です! 舜一に託されたからとか、体を貸してたからとかじゃない。けど……今は俺の想いに応えて欲しいって言えません。ただ舜一との約束を破ることもできなくて……参ったな。なんて言えばいいんだ」
言葉が思うように纏まらず、途中で根を上げてしまう。永司は指で頬を掻きながら、必死に言葉を捻り出そうとした。
「舜一は前を向いて生きて欲しいって言ったんですよね」
「……はい」
「なら私も舜一の想いを引き継がなきゃかな。好きだった人の最後の願いですもんね」
それだけ言うと朋未は再び笑みを浮かべる。永司がいつも花屋で見ていたのと同じ天真爛漫な面差しだった。
「お友達から始めませんか。舜一の代理でも代わり身でもなく……ただの永司さん。私、ただの永司さんともっとお話してみたいです」
『ただの永司さん』。その言葉が胸を打った。
舜一はこうなることを最初から予見していたのだろう。朋未なら等身大の永司と向き合うことができると。
差し出された右手に自分の右手を合わせ、頭を下げる。
「はい……喜んで! よろしくお願いします!」
想いを引き継ぎ、生きていく。それが舜一が欲しても手に入らなかったものであり、永司が持っているものだった。
もう羨むだけの自分はやめた。彼の想いを胸に抱き、遠坂永司として生きればいい。誰でもない自分として繋いだこの手を離さなければいい。
——俺の芝生も青いんだよな。ありのままの俺を受け止めてくれる人だっているんだ。そうだろ、舜一?
永司は噛み締めるように彼の言葉を心の内で呟いた。自分が恵まれていることには気づけない——友達《ダチ》が命を懸けて伝えてくれた言葉。
誰かになれなくてもいい。だって自分は自分で、この上なく素晴らしい生き物なんだから。
そこに書かれていたことは最期に病室で話したことであった。しかし舜一が伝えられなかったことが一つだけ書かれていた。それは体を借りて朋未に会いにいっていたことについてだった。
『朋未に僕たちの関係について話すかは君に一任する。君たち二人が未来を向けるなら僕はどんな選択も受け入れる。死人に口はないからね』
「笑えねーよ、バカ。ジョーク下手クソかよ」
涙で袖を濡らしながら、悪態をつける。
舜一の生真面目さが文章から滲み出ていた。きっと冗談を言い慣れてなかったのだろうと天の彼に想いを馳せた。
永司は意を決した。椅子にかけてあったモッズコートを羽織り、街へと繰り出す。向かう先は……一つしかない。
「あ、永司さん。いらっしゃいませ」
昼時にもかかわらず、朋未は花屋でいそいそと働いていた。そんな彼女に永司は告げる。
「朋未さん……俺、あなたに話さなきゃいけないことがあるんです」
もう取り繕わない。誰でもない遠坂永司として話すことがあるのだと。
「話……ですか?」
「ええ。舜一……近藤舜一さんについてです」
その言葉を耳にした瞬間、彼女が目を見開いた。「ちょっと待ってください」と断りを入れて、花屋の奥へと駆けこんでいく。店主らしき人物となにやら話をつけているようだった。
数分して、エプロンを外した朋未が店の外に出てくる。
「すいません。昼休憩もらってきました。ここで立ち話するのもお客さんに迷惑ですし、私も聞きたいことが山ほどあるから……近くの喫茶店でお伺いしてもいいですか?」
「はい、もちろん」
二人は近くの喫茶店へと入り、窓際のボックス席へと座る。春の陽射しが照りつける、温かな場所だった。
「舜一のこと……知っていたんですね」
朋未は運ばれてきたカフェラテに手をつけず、俯きながら言葉を紡いだ。
「はい。知ってました。俺の……ダチでしたから」
それから永司はこれまであったことを全て、赤裸々に打ち明けた。舜一が別れた後も朋未を想っていたこと、体を借りて花屋にきていたこと……そして自分に想いを託して天に昇っていったこと。
「体を借りるって……すごいですね。そこまでして私に会いにきてたなんて」
「信じられない話だと思いますけど——」
「信じますよ。だって全然違ったもん。永司さんの時と舜一の時。そっかぁ……やっぱり舜一だったかぁ」
会いにきていた事実を知って喜んだのも束の間。彼女は再び憂い顔を見せる。ただ悲しさに支配された表情ではなく、故人に想いを馳せて懐かしんでいるようですらあった。
「じゃあやっぱりチューリップの花言葉も?」
「そうです。全然確証なんてなかったけどもしかしたら……って。なんか見透かされたようで恥ずかしいですね」
朋未は照れ臭そうに笑うと、それを隠すように冷めてしまったカフェラテを一口啜る。
「私と別れたのは病気だったことを隠すため……だったんですよね?」
「はい」
「バカだなぁ、舜一。そんなの関係なかったのに。最期まで一緒にいたかったのに。ううん、違うね。私がそう言うってわかってたから別れを切り出したんだよね」
舜一の選択は独りよがりだったのかもしれない。病気と知っても朋未の気持ちは変わらなかった。お互いがお互いを想うあまり道を違えてしまった……悲しい結末にも見える。
けれど、彼女はその結末を受け入れていた。舜一の選択を否定せず、想いを受け入れたのだ。思わず永司は「本当に敵わないな」と呟いてしまう。
「舜一は自分のことを忘れて、新しい人を見つけて欲しいって言ってました。君のような素敵な人がずっと自分に囚われているのは間違ってるって」
「それって、永司さんのこと?」
「あ、いや……はい。そうみたいっす。舜一は俺に託すって……朋未のことをそばで見守って欲しいって言ってました」
永司は言うつもりのなかった言葉をつらつらと述べてしまう。全てを打ち明けると決めて家を出た時からこうなる運命だったのだろう。
であれば……もう一つ大事なことを言わなければならない。
「俺はその……朋未さんのことが好きです。この想いは本心です! 舜一に託されたからとか、体を貸してたからとかじゃない。けど……今は俺の想いに応えて欲しいって言えません。ただ舜一との約束を破ることもできなくて……参ったな。なんて言えばいいんだ」
言葉が思うように纏まらず、途中で根を上げてしまう。永司は指で頬を掻きながら、必死に言葉を捻り出そうとした。
「舜一は前を向いて生きて欲しいって言ったんですよね」
「……はい」
「なら私も舜一の想いを引き継がなきゃかな。好きだった人の最後の願いですもんね」
それだけ言うと朋未は再び笑みを浮かべる。永司がいつも花屋で見ていたのと同じ天真爛漫な面差しだった。
「お友達から始めませんか。舜一の代理でも代わり身でもなく……ただの永司さん。私、ただの永司さんともっとお話してみたいです」
『ただの永司さん』。その言葉が胸を打った。
舜一はこうなることを最初から予見していたのだろう。朋未なら等身大の永司と向き合うことができると。
差し出された右手に自分の右手を合わせ、頭を下げる。
「はい……喜んで! よろしくお願いします!」
想いを引き継ぎ、生きていく。それが舜一が欲しても手に入らなかったものであり、永司が持っているものだった。
もう羨むだけの自分はやめた。彼の想いを胸に抱き、遠坂永司として生きればいい。誰でもない自分として繋いだこの手を離さなければいい。
——俺の芝生も青いんだよな。ありのままの俺を受け止めてくれる人だっているんだ。そうだろ、舜一?
永司は噛み締めるように彼の言葉を心の内で呟いた。自分が恵まれていることには気づけない——友達《ダチ》が命を懸けて伝えてくれた言葉。
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