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最後の病室
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大学の講義中、嫌な通知が震えて響いた。大学病院の研究員からのメッセージだった。永司は内容を見た次の瞬間、教室を慌てて飛び出していた。
「頼む……! 間に合え……!!」
あれから一週間が過ぎたが、その間舜一とは会っていない。見舞いにいこうとも思ったが、断られてしまったのだ。その理由がまさか容体の悪化だったとは夢にも思わなかった。
もっと警戒するべきだったと永司は悔いた。舜一は大事なことをいつも隠す。
「あの大バカヤロウ!!」
苛立ちを脚にこめて、全速力で街を駆けていく。タクシーを拾い、向かう先は大学病院だ。
「舜一……!!」
病室に着くや否や永司は彼の名を叫んだ。
目に映ったのは呼吸器をつけられた死際の病人の姿。そんな舜一に呼応するように花瓶のチューリップの花びらが落ちていた。
「やあ……永司」
マスク越しのくぐもった声が病室内に響く。まだ息はある。
「やあじゃねぇよ!! なんで黙ってたんだよ!! 俺たち友達じゃないのかよ!? 友達だから遠ざけようと思ったのか!? 朋未さんのように!!」
余命一ヶ月というのは嘘に違いなかった。朋未同様、最後の最後で永司も遠ざけたのだ。でなければこんなに早く危篤状態になるわけがない。
「そうかもしれないな……」
「生きろ舜一!! 生きろよ! 俺にはまだ、あんたに話さなきゃいけないことがあるんだ!!」
舜一の手を握る彼女がいないのがもどかしかった。「せめて自分だけは」と、永司は強く強く彼の手を握り締めた。
返事は未だに返ってこない。捲したてる永司のペースにはもうついていけないようだった。だからこそ……永司は喋るのをやめなかった。自分の言葉が生きる希望になると信じて。
「俺は……お前に隠していた……! 朋未さんは今でもあんたのことを想ってるんだよ!!」
「花言葉……だろ? それくらい……僕だって気づいてたさ。知っていながら……僕はなにもできなかった臆病者だったわけだ」
舜一は呼吸補助のマスクを外し、最後の力を振りぼって言葉を紡いでいた。自嘲するような悲しげな声だ。
「え……?」
「いいんだ……僕以上に彼女のことを真剣に考えてくれている人がいるって……わかって嬉しかった自分もいたから。男と見こんで託すとしたら……君しかいない」
「なにバカなこと言ってんだよ! 俺には無理だ! 生きてあんたが幸せにするんだよ! なあ!!」
なんの反応もなく、言葉が虚しく流れていく。永司は悟った。彼はもう諦めているんだと。
だがそれでも永司は必死で言葉を綴り続けた。
「俺の想いはあんたの記憶の借り物でしかないんだぞ!? そんなやつに……そんなやつに託すなよ!」
「借り物だったら……あんなに憤りはしないさ」
「けど!! 俺が引き受けたらあんたそのまま逝くつもりだろ!!」
「はは……そうだね。けどこれが人間として普通の最期なんだ」
「普通の……最期?」
氾濫する川のごとく流れていた言葉が勢いをなくす。舜一の真意が見えず、問い返さざるを得なかった。
「ああ。人は……いつか死ぬ。けど……その限られた時間の中で使命を全うし、意思を託すんだ。そうすれば……死んでも想いはこの世界に残り続ける。想いのバトンを……受け渡して繋いでいくのが僕たち人間だ」
「それをあんたが……あんたが言うのかよ!」
「確かに……僕が言うのはおかしいか。あんな研究に出資しておきながらね。けど……最期にそう気づいてしまったんだ。君がいてくれたおかげだ。僕には託せる友がいるって。ありがとう、永司」
舜一の手が強く、握り返してくる。
どんなに擬似的な技術が生み出せても、この世界で魂を永続させる方法はない。やがては死に、消えていく。
それでも残るものがある。死んでも『誰か』の心の中に想いは残る。舜一はその『誰か』に……永司を指名したのだ。
「やめろよ……感謝なんてすんなよ」
「いいだろ……? 最期に友達に感謝するくらい。それとも友達になったと思ったのは僕の一方的な……思いこみかい?」
「そんなことない! 俺も……俺も! 舜一のことダチだって思った! だから協力しようって思ったんだ!」
「じゃあ友達として一生に一度のお願いだ。朋未のことを……頼む。僕に似た誰かじゃない、ありのままの君自身……遠坂永司に頼みたいんだ」
「ズルいだろ……その頼み方。本当に一生に一度のお願いじゃんか」
命の灯火が消えるその間際まで彼の願いは変わらなかった。
心電図モニターがアラートを告げる。友の死という避けようのない現実が押し迫っていた。
「金も地位も名誉もいらない。想いだけ……あんたの想いだけは受け取るよ。上手くできるかわからないけど……朋未さんは任せろ。誰でもない俺自身、遠坂永司として彼女のことを想うから」
舜一の目をしっかり見据え、決意を告げる。
永司自身、自分の想いが届くかどうかわからずにいた。それでもそれが最期の頼みだと言うなら……叶えてやりたいと思ったのだ。友達として、遠坂永司として。
「ありがとう」
痩せこけたまなじりが確かに笑っていた。そして……静かにまぶたを閉じる。病室には甲高い機械音がこだましていた。
肉体という有限の檻から魂を解放しようとした近藤舜一。彼の最期は潔く、とても人間らしいものであった。
「頼む……! 間に合え……!!」
あれから一週間が過ぎたが、その間舜一とは会っていない。見舞いにいこうとも思ったが、断られてしまったのだ。その理由がまさか容体の悪化だったとは夢にも思わなかった。
もっと警戒するべきだったと永司は悔いた。舜一は大事なことをいつも隠す。
「あの大バカヤロウ!!」
苛立ちを脚にこめて、全速力で街を駆けていく。タクシーを拾い、向かう先は大学病院だ。
「舜一……!!」
病室に着くや否や永司は彼の名を叫んだ。
目に映ったのは呼吸器をつけられた死際の病人の姿。そんな舜一に呼応するように花瓶のチューリップの花びらが落ちていた。
「やあ……永司」
マスク越しのくぐもった声が病室内に響く。まだ息はある。
「やあじゃねぇよ!! なんで黙ってたんだよ!! 俺たち友達じゃないのかよ!? 友達だから遠ざけようと思ったのか!? 朋未さんのように!!」
余命一ヶ月というのは嘘に違いなかった。朋未同様、最後の最後で永司も遠ざけたのだ。でなければこんなに早く危篤状態になるわけがない。
「そうかもしれないな……」
「生きろ舜一!! 生きろよ! 俺にはまだ、あんたに話さなきゃいけないことがあるんだ!!」
舜一の手を握る彼女がいないのがもどかしかった。「せめて自分だけは」と、永司は強く強く彼の手を握り締めた。
返事は未だに返ってこない。捲したてる永司のペースにはもうついていけないようだった。だからこそ……永司は喋るのをやめなかった。自分の言葉が生きる希望になると信じて。
「俺は……お前に隠していた……! 朋未さんは今でもあんたのことを想ってるんだよ!!」
「花言葉……だろ? それくらい……僕だって気づいてたさ。知っていながら……僕はなにもできなかった臆病者だったわけだ」
舜一は呼吸補助のマスクを外し、最後の力を振りぼって言葉を紡いでいた。自嘲するような悲しげな声だ。
「え……?」
「いいんだ……僕以上に彼女のことを真剣に考えてくれている人がいるって……わかって嬉しかった自分もいたから。男と見こんで託すとしたら……君しかいない」
「なにバカなこと言ってんだよ! 俺には無理だ! 生きてあんたが幸せにするんだよ! なあ!!」
なんの反応もなく、言葉が虚しく流れていく。永司は悟った。彼はもう諦めているんだと。
だがそれでも永司は必死で言葉を綴り続けた。
「俺の想いはあんたの記憶の借り物でしかないんだぞ!? そんなやつに……そんなやつに託すなよ!」
「借り物だったら……あんなに憤りはしないさ」
「けど!! 俺が引き受けたらあんたそのまま逝くつもりだろ!!」
「はは……そうだね。けどこれが人間として普通の最期なんだ」
「普通の……最期?」
氾濫する川のごとく流れていた言葉が勢いをなくす。舜一の真意が見えず、問い返さざるを得なかった。
「ああ。人は……いつか死ぬ。けど……その限られた時間の中で使命を全うし、意思を託すんだ。そうすれば……死んでも想いはこの世界に残り続ける。想いのバトンを……受け渡して繋いでいくのが僕たち人間だ」
「それをあんたが……あんたが言うのかよ!」
「確かに……僕が言うのはおかしいか。あんな研究に出資しておきながらね。けど……最期にそう気づいてしまったんだ。君がいてくれたおかげだ。僕には託せる友がいるって。ありがとう、永司」
舜一の手が強く、握り返してくる。
どんなに擬似的な技術が生み出せても、この世界で魂を永続させる方法はない。やがては死に、消えていく。
それでも残るものがある。死んでも『誰か』の心の中に想いは残る。舜一はその『誰か』に……永司を指名したのだ。
「やめろよ……感謝なんてすんなよ」
「いいだろ……? 最期に友達に感謝するくらい。それとも友達になったと思ったのは僕の一方的な……思いこみかい?」
「そんなことない! 俺も……俺も! 舜一のことダチだって思った! だから協力しようって思ったんだ!」
「じゃあ友達として一生に一度のお願いだ。朋未のことを……頼む。僕に似た誰かじゃない、ありのままの君自身……遠坂永司に頼みたいんだ」
「ズルいだろ……その頼み方。本当に一生に一度のお願いじゃんか」
命の灯火が消えるその間際まで彼の願いは変わらなかった。
心電図モニターがアラートを告げる。友の死という避けようのない現実が押し迫っていた。
「金も地位も名誉もいらない。想いだけ……あんたの想いだけは受け取るよ。上手くできるかわからないけど……朋未さんは任せろ。誰でもない俺自身、遠坂永司として彼女のことを想うから」
舜一の目をしっかり見据え、決意を告げる。
永司自身、自分の想いが届くかどうかわからずにいた。それでもそれが最期の頼みだと言うなら……叶えてやりたいと思ったのだ。友達として、遠坂永司として。
「ありがとう」
痩せこけたまなじりが確かに笑っていた。そして……静かにまぶたを閉じる。病室には甲高い機械音がこだましていた。
肉体という有限の檻から魂を解放しようとした近藤舜一。彼の最期は潔く、とても人間らしいものであった。
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