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プロローグ

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「おつかれさんでした!!」

今日も1日よく働いた。
足はへとへと、腕はぷるぷるだ、早く帰ってシャワーを浴びたい。
寂れた街をふらふらと歩いて帰る。
そして古い時計台の前で立ち止まる。

俺は先月、ここで幼馴染のスカーレットに愛の告白をした。
スカーレットとは昔からよく遊ぶ仲ではあったが、お互いの恋心の答え合わせをするまでに随分と時間がかかった。

それが今では同じアパートに住み、スカーレットが俺の帰りを待っている。俺はにやつく顔を抑えきれないまま、小走りでアパートに向かった。

「ただいまー!」

部屋の中はとてもいい匂いがした。
それだけで今日一日働いた疲れが癒やされていく。

「スカーレット、今日の晩メシは何?」

返事はない。

「スカーレット……?」

スカーレットがいない事でふと周りを見てみると少し部屋の様子がおかしい。
まな板には食材が置かれていて、どうやら鍋の中身は未完成のようだ。
エプロンは椅子にかけられている。
どこかに出掛けているのだろうか。
玄関を見るとスカーレットの靴は無く、出掛けているということは確かな様だ。

ドアを開けて外をキョロキョロと見ていると、恐る恐る外を伺う202号室のお爺さんと目が合った。

「お、おいアンタのとこの嫁さん、大丈夫かえ?」

何やらこの人は何かを知っているらしい。
嫁ではなく恋人であるという事を伝え、スカーレットに何があったのかを訪ねる。

「なんだぁよくわからん、人相の悪いの連中と口論になっててよお、そらぁ怖かったぜぇ」

人相の悪い連中、心当たりがないわけではなかった。
スカーレットの父は少し前まで酒とギャンブルに溺れ、たまにその手の人間からお金を借りていた事があった。
スカーレットの説得もあってか、最近では無くなったと聞いていたのであまり心配はしていなかったのだが。

「そんでよぉ、よく見てはいなかったんだが、聞く限りじゃあ何やら連れて行かれたみたいだぜぇ?」

スカーレットが連れていかれた?
現実味がなさすぎる。
しかし嫌な汗は止まらない。
人相の悪い連中、借金、誘拐……

「スカーレットが……危ない……?」

俺は走り出していた。
アパートの階段を転げるように降りて街を見渡す。
どこに行ってしまったんだ。
とにかく思いつく限り駆け回る。

「すみません!!金髪の、髪の長い女の子を見ませんでした!?顔の怖い連中といる!!」

「いやぁ……」

「あ、パン屋のおばちゃん!スカーレットを見ませんでした!?」

「見てないねぇ」

手がかりが何もない、絶望で目眩がしそうだ。
しかしふと冷静に考える。
スカーレットの親父なら何か知っているんじゃないか……?
俺はオンボロの自転車に乗り、スカーレットの実家を目指した。

スカーレットの実家は街から少し外れの森の入り口の近くにある。
ここからそう遠くはない。
疲れ切った足を奮い立たせ、俺は力の限り自転車を進めた。
どうか、どうか無事であってくれ。

「はぁ……はぁ……ゼーッゼーッ」

坂を登り、地面が石畳ではなくなり、舗装されていない道へと変わる。
あの角を曲がればスカーレットの実家だ。
せめて、誰か居てくれ。そう願いながら曲がると少し遠くに灯りが見える。
よく見るとスカーレットの実家の前には1台の車が雑に止まっている。
絶対に、何かが起きている。

嫌な予感がしたが、何者かが居るのには違いない。
俺は慎重に自転車を置き、ゆっくりと家の様子を伺う。

「……だから知らないって言ってるでしょ!!!」

スカーレットの声が聞こえて来る
どうやら彼女は無事の様だ。
声を聞けて少し安心はしたが状況が状況だ。
窓から中を覗く。

「………やめて!触らないで!」

スカーレットが大柄な男と揉めている。
部屋の中はかなり荒らされているようだ。
俺はスカーレットの身の危険を感じ、慌てて家の中に飛び込んだ。

「お、おい!何をしてるんだっ!!」

大柄な男2人がスカーレットににじり寄っていた。
スカーレットをなんとか助けないといけない。
そう直感した俺は震える声で虚勢を張った。

「け、警察隊を呼んだからな、お前ら覚悟するんだ!!」

「あぁ?なんだこのガキ」

「あ、アルク!?」

スカーレットは俺に気づき、駆け寄って来る。

「怪我はないか?」

「うんっ……うんっ……」

スカーレットは震えた腕で俺にしがみついてきた。

「ひゅーひゅー、熱いねぇ」

大柄な男は物怖じせず、茶化してくる
警察隊を呼んだと言ったはずなのに、この余裕はなんだ?

「まぁ聞いてくれや、俺達も商売でやってんだ」

男の内の1人がゆっくりと近づいてくる。
俺は咄嗟に身構える。

「ほら、これ、そこのお嬢ちゃんのパパの借金」

何やら紙切れを見せつけて来る。
読み方がいまいち分からないが、最後の金額を見て心臓が止まる。
そこには驚くほどの金額が書かれていたのだ。

「は、8000万G……!?そんな、なんで!?」

「なんでかは俺達も知りたいぜ、返すアテがあると言ってはチマチマチマチマ借りやがって。ま、担保に可愛くて若い娘が居たから俺達は貸し続けたけどよ」

スカーレットは絶望した顔をしていた
信じていた実の父親に裏切られたんだから当たり前だ。

「今日は約束の日だったから来てみりゃあとんずらしやがったんで、俺はお嬢ちゃんとお話をしてたってわけだ、お前が代わりに払うか?彼氏さんよ」

「は、8000万Gなんて…とても返せる額じゃない……」

そう、8000万など、俺が今の職場で一生働いても払える金額ではない。
臓器を売り、奴隷として一生を捧げてもおそらく届かない金額だ。

「そうかそうか、じゃあここで、彼女とはお別れだな」

そういうと男はスカーレットの腕を掴み、強引に首を絞めるようなそぶりを見せた。

「綺麗な髪をしてやがる、こりゃあいい値で売れそうだな、8000万なんてお前ならすぐ稼げるさ」

「あ、アルク……」

「スカーレットを離せ!!!」

男に飛びかかろうとしたが、後ろから思い切り蹴り飛ばされる。

「あがっ……」

「おいおい、大人しくしとけって、自分の治療費が増えるだけだぞ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

倒れたところに右の太ももを思い切り踏みつけられ。激痛が走る。

「おいやめろ、そいつは仕事とは関係ねぇ、さっさとずらかるぞ」

「へいへい、そんじゃ、ボウヤ、愛しの彼女にお別れの言葉でも━━━━」

男が言い終わる前に物凄い爆音と衝撃波が辺りに響き渡る。
吹き飛ぶドア、吹き飛ぶ大柄な男2人、そしてスカーレットの悲鳴。

「どうだ、ビビったか?」

煙の中から黒いマントの吸血鬼…いや、悪魔の様な風貌の男が現れる。

「す、スカーレット……」

「わ、私は無事よ!アルク!貴方は!?」

どうやらスカーレットは無事のようだ。
彼女は倒れている俺の元へ駆けつけてくる。

「1、2、3、4……ふむ、あの男がいないな。家を間違えたか?」

悪魔の様な男は多少困惑した顔をしながら右手をかざすと、触れてもいないのに瓦礫がかき分かれていく。

この突然現れた得体の知れない男は一体何者なのだろう。
味方なのだろうか、敵なのだろうか、果たして─────
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