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牢房の三人
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引きづられるようにして繋がれた牢屋は三方が石組みの壁で、一方は鉄格子の房だった。壁や床は湿気でぬるぬるとしている。片隅に擦り切れた筵を見つけ、床に敷いた。空っぽの壺が転がっているが、おそらく排泄用だろう。牢といっても女性の未決囚を拘禁する場所のようで空いた牢房がいくつかあった。
灯りが少なく、薄暗い。そして冷える。初夏とは思えない寒さだ。筵の上に座り、両手で体を擦る。しばらくすると、複数の足音が聞こえてきた。見慣れた顔が目に入る。
「「小月様、大丈夫ですか」」
「安梅、韓桜……!?」
「おい、お前たちはこっちだ」
向かいの牢房を閉じると牢番は足早に出て行った。
「……あなたたちも捕まったの?」小月は小声で訊ねる。
「黄太監も別の牢に……」
「どうしてそんなことに。あ、安梅、ふらふらしているみたい。韓桜……も腕に血が……?」
二人は顔を見合わせると、「尋問されたんです」「杖で打たれて……」と目を伏せた。
「拷問じゃないの。なんて酷い!」
「でも手加減はされました」と韓桜。続いて安梅が、「本気で自白を取る気なら今頃は骨が砕けています。安心してください。やってもいないことは喋りませんでした」
「何を聞かれたの? 詳しく教えて」
「主人に命じられて藩貴妃に毒を飲ませただろう、と」安梅は首を振り、「私も韓桜も、藩貴妃の飲食物にこっそり毒を仕込むことなどできるわけがありません。あちらの宮に親しい女官もおりませんし」
「藩貴妃のお体の具合は聞いた?」
「一時は危ぶまれましたが今は小康状態のようです。宮廷医が診ていますので詐病ではなさそうです」
「安梅ったら、詐病かもしれないなんて考えていたの?」
「小月様」韓桜が声を低める。「藩貴妃にも毒見係がいます。余った食事は女官に下賜されます。藩貴妃だけが毒に当たるなんておかしいとは思いませんか」
「そうね。食事ではないとしたら、毒見しない菓子かお茶か滋養の煎じ薬とか。何にしろ安梅や韓桜にはやりようがないわ。藩貴妃と親しく交流していなくて幸いだったわね」小月様は細い息を吐いた。「ただし黄太監は宦官の長官だから、その地位を利用して藩貴妃付きの宦官を手足に使った、と勘繰られるかもしれない。無事を祈るしかないわね」
「黄太監が裏切らないか心配です。黄太監には家族がいないから」
「家族がいると……どうなるの?」
「自白した者だけでなく、三族皆殺しになります。私と韓桜が嘘の自白をしなかった理由のひとつは、家族が巻き込まれることを恐れたからです。たとえ自分たちが拷問で殺されても、そのほうがマシです。でも彼は……身寄りがないと聞いてます」
「そうなの……」小月は黄太監の言葉を思い出して、顔を輝かせた。「でも彼は秀英を心から尊敬している。数日前までは皇帝付きの太監だった。それを誇りにしていたわ。忠誠も篤い。となると私ではなく直近の上司だった秀英に疑惑の目が向いてしまうも。皇帝の威厳に傷をつける。そんなことは絶対に望まないはず。黄太監が彼自身の意志で毒を盛るなら、むしろ私によ」
「彼くらいになれば毒を入手することは容易かと思うんです」
「ちょっと待って。彼を疑っているの?」
「いえ。可能性は低いと思います。でも誰かがやったことですし」韓桜は安梅と顔を見合わせた。「誰かが犯人にならないと、解決しないと思います。罪に対して相応な罰を与えないと規律が乱れるから、ときにでっち上げも容認されるのが後宮です。娘が殺されかけたと聞いたら、藩貴妃の父親だって黙ってないはず」
「右丞相って偉いの?」
「皇帝の次に偉いです」
小月は思わず天を仰いだ。漆黒の闇がのしかかるようだ。一瞬、遠近感を失って目がくらんだ。
韓桜が「あのう」と遠慮がちに訊ねた。「小月様はなぜ陛下に懇願なされないのですか?」
「……懇願?」
「申し開きも反論も、助命もしなかったと聞いています」
韓桜は小月が捕われたときの様子を伝聞で聞いたのだろう。
「寵愛されている小月様が皇帝の面前で必死で訴えれば、無実を信じてもらえたのではないでしょうか。少なくとも牢に入らなくてすんだかも」
「そうね、でもそれはずるいでしょう」
「ずるい?」
「適正な手続きがあるでしょ。約束事というか法条?、律令? 条令?とか、そういうのに則って調べてもらえばいずれ真実がわかるでしょ。情に訴えるのはずるいって、とっさに思って、視線が合ったとき、つい秀英を睨みつけてしまったわ」
「「えええ!?」」
「嘆きたくはなかったもの。喚いても意味はないし。縋りつきたくもなかった。疚しいことはないんだから毅然としていたかったの。秀英だって依怙贔屓はしないはず。皇帝として相応しい振舞いをするだろうと思って。結果として安梅や韓桜、黄太監を危険に晒してしまって申し訳なく思ってる。ごめんなさい」
「いえ、それは……」侍女たちは遠慮がちな溜息をついた。
灯りが少なく、薄暗い。そして冷える。初夏とは思えない寒さだ。筵の上に座り、両手で体を擦る。しばらくすると、複数の足音が聞こえてきた。見慣れた顔が目に入る。
「「小月様、大丈夫ですか」」
「安梅、韓桜……!?」
「おい、お前たちはこっちだ」
向かいの牢房を閉じると牢番は足早に出て行った。
「……あなたたちも捕まったの?」小月は小声で訊ねる。
「黄太監も別の牢に……」
「どうしてそんなことに。あ、安梅、ふらふらしているみたい。韓桜……も腕に血が……?」
二人は顔を見合わせると、「尋問されたんです」「杖で打たれて……」と目を伏せた。
「拷問じゃないの。なんて酷い!」
「でも手加減はされました」と韓桜。続いて安梅が、「本気で自白を取る気なら今頃は骨が砕けています。安心してください。やってもいないことは喋りませんでした」
「何を聞かれたの? 詳しく教えて」
「主人に命じられて藩貴妃に毒を飲ませただろう、と」安梅は首を振り、「私も韓桜も、藩貴妃の飲食物にこっそり毒を仕込むことなどできるわけがありません。あちらの宮に親しい女官もおりませんし」
「藩貴妃のお体の具合は聞いた?」
「一時は危ぶまれましたが今は小康状態のようです。宮廷医が診ていますので詐病ではなさそうです」
「安梅ったら、詐病かもしれないなんて考えていたの?」
「小月様」韓桜が声を低める。「藩貴妃にも毒見係がいます。余った食事は女官に下賜されます。藩貴妃だけが毒に当たるなんておかしいとは思いませんか」
「そうね。食事ではないとしたら、毒見しない菓子かお茶か滋養の煎じ薬とか。何にしろ安梅や韓桜にはやりようがないわ。藩貴妃と親しく交流していなくて幸いだったわね」小月様は細い息を吐いた。「ただし黄太監は宦官の長官だから、その地位を利用して藩貴妃付きの宦官を手足に使った、と勘繰られるかもしれない。無事を祈るしかないわね」
「黄太監が裏切らないか心配です。黄太監には家族がいないから」
「家族がいると……どうなるの?」
「自白した者だけでなく、三族皆殺しになります。私と韓桜が嘘の自白をしなかった理由のひとつは、家族が巻き込まれることを恐れたからです。たとえ自分たちが拷問で殺されても、そのほうがマシです。でも彼は……身寄りがないと聞いてます」
「そうなの……」小月は黄太監の言葉を思い出して、顔を輝かせた。「でも彼は秀英を心から尊敬している。数日前までは皇帝付きの太監だった。それを誇りにしていたわ。忠誠も篤い。となると私ではなく直近の上司だった秀英に疑惑の目が向いてしまうも。皇帝の威厳に傷をつける。そんなことは絶対に望まないはず。黄太監が彼自身の意志で毒を盛るなら、むしろ私によ」
「彼くらいになれば毒を入手することは容易かと思うんです」
「ちょっと待って。彼を疑っているの?」
「いえ。可能性は低いと思います。でも誰かがやったことですし」韓桜は安梅と顔を見合わせた。「誰かが犯人にならないと、解決しないと思います。罪に対して相応な罰を与えないと規律が乱れるから、ときにでっち上げも容認されるのが後宮です。娘が殺されかけたと聞いたら、藩貴妃の父親だって黙ってないはず」
「右丞相って偉いの?」
「皇帝の次に偉いです」
小月は思わず天を仰いだ。漆黒の闇がのしかかるようだ。一瞬、遠近感を失って目がくらんだ。
韓桜が「あのう」と遠慮がちに訊ねた。「小月様はなぜ陛下に懇願なされないのですか?」
「……懇願?」
「申し開きも反論も、助命もしなかったと聞いています」
韓桜は小月が捕われたときの様子を伝聞で聞いたのだろう。
「寵愛されている小月様が皇帝の面前で必死で訴えれば、無実を信じてもらえたのではないでしょうか。少なくとも牢に入らなくてすんだかも」
「そうね、でもそれはずるいでしょう」
「ずるい?」
「適正な手続きがあるでしょ。約束事というか法条?、律令? 条令?とか、そういうのに則って調べてもらえばいずれ真実がわかるでしょ。情に訴えるのはずるいって、とっさに思って、視線が合ったとき、つい秀英を睨みつけてしまったわ」
「「えええ!?」」
「嘆きたくはなかったもの。喚いても意味はないし。縋りつきたくもなかった。疚しいことはないんだから毅然としていたかったの。秀英だって依怙贔屓はしないはず。皇帝として相応しい振舞いをするだろうと思って。結果として安梅や韓桜、黄太監を危険に晒してしまって申し訳なく思ってる。ごめんなさい」
「いえ、それは……」侍女たちは遠慮がちな溜息をついた。
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