後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

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宮廷医、南岩

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 牢に放り込まれてすでに半日。牢番が残飯のような汁と硬くなった饅頭を持ってきた。食事に文句はない。故郷では飢饉も経験している。小月は軽く礼をして受け取った。牢番が去ると、まもなくして張包が現れた。官服を来た老人を伴っている。

「宮廷医がどうしても会わせろと言うので連れて来た」

 鉄格子越しに小月の粗末な食事をちらと見て、張包は顔をしかめた。

「私は宮廷医の南岩だ。なんの毒を使ったか教えなさい」

 南岩という名の医師は小月を真正面から見据えた。目の前の少女が犯人だと微塵も疑っていないようだ。

「わかりません。私は犯人ではないので」

「他に誰が犯人なんだというんだ! お前しかいないだろう!」

「藩貴妃の容態はいかがですか? 助かりそうですか?」

「ふ、お前は失敗したぞ。もう熱は下がった。私が解熱効果のある薬を煎じて飲ませたからな」南岩は皺深い顔で自慢げに笑った。「陛下から褒賞をいただいた」

「そう、貴妃は助かったのね、良かった。南岩医師は長く宮廷医を務めておられるのですか?」

「それがどうした」

「多くの経験をもってしても、藩貴妃が飲んだ毒が何なのか見当がつかないものでしょうか」

「……なんと無礼な娘だ!」南岩医師は激昂して吐き捨てた。「呆れたよ。拷問して聞き出してはどうかな、張副頭領」

「あの、素朴な疑問だったのですが……あの……?」

 南岩は張包を残し、大股で去っていった。小月の素朴な疑問が宮廷医の自尊心を傷つけてしまったようだ。

「ここは冷えるな。あとで上衣を持ってこさせよう。しばらくは不自由だが我慢しろ」

 小月に対して、張包はぶっきらぼうだった。敬語を使うのはやめたようだ。

「秀英はどうしていますか? 捜査はどうなっているのですか?」

「陛下は、とくに変わった様子はない」

「「え!?」」安梅と韓桜が驚いて声をあげた。「小月様を心配されていないのですか?」

「陛下は公明無私なお方だ。容疑者に肩入れなど出来ない。……もちろん内心で心配されていたとしても私には心境を推し量ることはできない。不敬だからな。私は捜査のためにここに来たのだ。あれから藩貴妃の灯華宮は無論、平寧宮もくまなく探したが、毒や薬、呪物さえ発見されなかった」

「「当然でしょう!」」

「呪物……?」小月は首を傾げた。

「後宮では珍しくない。誰かを呪い殺そうとするのは。呪う相手の名前と生まれた日付と時間を人形に書いて、針を刺したり、焦がしたり。そういった物が見つからなくて安心しているところだ」

「ねえ、張包さん、藩貴妃は本当に言ったの? 私が毒を盛ったのだと」

「信じてるようだ。自分に悪意を持つのは貴女くらいだとね」

 安梅が鼻息を荒げた。「まあ、図々しい。どの口が言うんでしょう。悪意があるのは藩貴妃のほうじゃないですか」

「さっき侍女と話していたのだけど、私たちには手段がないわ。あるとしたら黄太監だけ。でも彼は私が皇后になることに反対している。私より藩貴妃のほうが皇后に向いていると思っている。彼には手段はあるけど動機はない。他に手段と動機が揃う人はいないの?」

 張包は一瞬目を瞠って小月を見下ろした。

「貴女は考えなくていい。私にまかせなさい」

「それは無理よ!」

 張包はぎょっとした顔をした。「なぜだ」

「疑いを晴らしたいのよ。犯人が誰か、真相を知りたいの。自分の力で」

 張包の眉間に深い谷ができる。「余計なことは考えなくていい。私の職域なのだから。公明無私なのは陛下だけでなく私もそうだ。信用してくれないか」

「信用できない」

「は?」

「もし犯人が不明のままだったら張包さんはどう報告するの? 藩貴妃の父親から圧力がかかるでしょ。罪に対して相応な罰を与えないと規律が乱れるんでしょ。見せしめの効果があるなら、でっち上げも黙認されるんでしょ」

 韓桜の台詞を借りた。少しばかり付け足して。

「…………」

 張包は否定しなかった。真相が判明しなければ小月の宮の誰か、あるいは藩貴妃の宮の誰かが罪を被せられる可能性を認めたも同然だ。

「たとえ無学で無知な田舎娘だって抗ってみてもいいでしょ。それで、もし……」

 小月が刹那、躊躇したあとを、張包が引き取った。

「もし真相を暴けたら、もちろんすぐに貴女を解放しましょう。私の面子は丸潰れになりますがね」

「……ありがとう」

 小月は頭を下げた。またも失敗しただろうか。自尊心を傷つけてしまっただろうか。だが小月が本当に言いたかったのは、別のことだった。
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