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食べる寝る食べる
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張包の肩越しに消沈した侍女の顔が見える。表情からみて殆ど期待されていないようだ。
「もし私が犯人だったら秀英は私を死刑にしますよね」
侍女はぎょっとした顔になった。
「ああ。それが真実ならば躊躇はされまい。真実であればな……」
張包は何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。秀英の心境を慮ったのだろうか。表情が暗くなった。
「さすが皇帝陛下ですね。私も幼馴染みとして恥かしくないように、めいいっぱい抗わせてもらいます。それから、黄太監の待遇には気を配ってあげて」
「……わかった。また明日来る」
張包は意味を汲んだのか、頷いて出て行った。広い背中が角を曲がって見えなくなると、小月はほうと息を吐いた。侍女たちは鉄格子を握りしめて、がたがたと震えている。
「寒いの? すぐに上衣が届くわよ。張包さんは誠実な人だもの」
「小月様、何をのんきなことを言ってるんですか。牢の中じゃ犯人探しなんて無茶ですよ」
「そうですよ、きっと犯人は外部で嘲笑ってます。もしや、藩貴妃にはめられたのかもしれません」
「藩貴妃の自作自演説ね。いいわ韓桜、思いついたことはもっと言ってみて」
小月は固い饅頭を鷲掴みにして、ぼりぼりと噛み砕いた。空腹では頭が回らない。
「藩貴妃は意地悪です。あの方に仕えている侍女や宦官の腹いせかも」安梅が続く。小月を見習ったのか、自棄になったのか、筵に胡坐をかいて、片隅の粗末な食事に手を伸ばした。
「動機を脇に置けば、毒を盛ることができた人間は沢山いそうね。あ、ありがとう」
無愛想な牢番が丈の長い上着と綿入りの敷物を差し入れてきた。小月だけでなく侍女の分も。張包の心遣いが感じられた。
「藩貴妃は美しいから横恋慕した衛士による逆恨みもあるかも」
小月は目を瞑った。後宮の門を潜ってから出会ったすべての人を思い浮かべる。だが情報が少なすぎる。可能性は無限にある。しかも犯人は小月が知らない人物かもしれないのだ。
「ねえ、安梅、韓桜。後宮ってところは……あら」
二人は知らぬ間に寝息を立てていた。心も体も極限だったのだろう。規則正しい寝息を耳にしていたら小月も眠くなってきた。牢屋は薄暗くて湿気にまみれていたが、平寧宮にはない音があった。水が滴る音、灯芯の燃える音、誰かの呼吸の音、それから……なんだっけ、この音……。
溶けていく意識の狭間で、張包に言い損ねた言葉が脳裏に蘇る。
『もし犯人が見つからなかったら私が自白します。侍女と太監は関与していません。その代わり家族には類が及ばないように約束してほしい』
戯れではない。無力で哀れな、取るに足りない者の決意である。いくら野育ちとはいっても従順な犠牲の羊になってやるものか。
足掻けるだけ足掻いてやる。
翌朝、小月は牢番に叩き起こされた。鉄格子には食事を出し入れする小さな窓が開いている。牢番は木の碗を差しいれた。中には餃子入りの温かい汁がたっぷりと入っている。これもきっと張包の指示に違いない。
「温かい食べ物は心に優しいですね」安梅が涙ぐんだ。
「お腹がいっぱいになると頭がすっきりします」韓桜が微笑んだ。「そこで早速ですが昨日の続きを。小月様、藩貴妃がいなくなったら誰が得をするかを考えてみました」
「聞きたいわ」小月はネギの切れ端までしっかりと味わった。
「犯人は張副頭領です!」
「「え?」」小月と安梅が同時に声を出した。
「でも張包さんは親切で誠実よ」
「優しくしてくれるのは罪悪感を感じているからです」
「張包さんにはどんな得があるの?」
「厳密に言えば張副頭領の父親、張左丞相が得をします。張左丞相と藩右丞相は陛下の側近です。政策に関わることは三人で討議しています。当然、もめることもあるでしょう。年齢も家格も同程度、幼い頃から書院で競い合った秀才同士。科挙に及第したのも同じ年。右丞相がめでたく状元、左丞相が榜眼だったんですよ。……あ、成績上位者の一番と二番だったんです。でも藩貴妃が後宮入りしたので将来を憂いたのです。彼女が皇子を生めば均衡は容易く壊れますから」
「まあ、左丞相と右丞相は幼馴染みなのですか。実は仲が良いのかもしれませんね」
「幼馴染みだから仲が良い。それは思い込みですよ」
少し考えて安梅が「藩貴妃が後宮入りする前には結婚相手として張副統領の名前も上がっていたそうだし、そこまで仲が悪いとは思えないけど」と持論を述べる。
「ちょっと待って。張包さんと藩貴妃も幼馴染みなの?」
「いいえ。名家の令嬢に幼馴染みの男子などおりませんよ。邸第の奥深くで大切な宝物として守り育てられるのですから」
「もし私が犯人だったら秀英は私を死刑にしますよね」
侍女はぎょっとした顔になった。
「ああ。それが真実ならば躊躇はされまい。真実であればな……」
張包は何かを言いかけたが、すぐに口を閉じた。秀英の心境を慮ったのだろうか。表情が暗くなった。
「さすが皇帝陛下ですね。私も幼馴染みとして恥かしくないように、めいいっぱい抗わせてもらいます。それから、黄太監の待遇には気を配ってあげて」
「……わかった。また明日来る」
張包は意味を汲んだのか、頷いて出て行った。広い背中が角を曲がって見えなくなると、小月はほうと息を吐いた。侍女たちは鉄格子を握りしめて、がたがたと震えている。
「寒いの? すぐに上衣が届くわよ。張包さんは誠実な人だもの」
「小月様、何をのんきなことを言ってるんですか。牢の中じゃ犯人探しなんて無茶ですよ」
「そうですよ、きっと犯人は外部で嘲笑ってます。もしや、藩貴妃にはめられたのかもしれません」
「藩貴妃の自作自演説ね。いいわ韓桜、思いついたことはもっと言ってみて」
小月は固い饅頭を鷲掴みにして、ぼりぼりと噛み砕いた。空腹では頭が回らない。
「藩貴妃は意地悪です。あの方に仕えている侍女や宦官の腹いせかも」安梅が続く。小月を見習ったのか、自棄になったのか、筵に胡坐をかいて、片隅の粗末な食事に手を伸ばした。
「動機を脇に置けば、毒を盛ることができた人間は沢山いそうね。あ、ありがとう」
無愛想な牢番が丈の長い上着と綿入りの敷物を差し入れてきた。小月だけでなく侍女の分も。張包の心遣いが感じられた。
「藩貴妃は美しいから横恋慕した衛士による逆恨みもあるかも」
小月は目を瞑った。後宮の門を潜ってから出会ったすべての人を思い浮かべる。だが情報が少なすぎる。可能性は無限にある。しかも犯人は小月が知らない人物かもしれないのだ。
「ねえ、安梅、韓桜。後宮ってところは……あら」
二人は知らぬ間に寝息を立てていた。心も体も極限だったのだろう。規則正しい寝息を耳にしていたら小月も眠くなってきた。牢屋は薄暗くて湿気にまみれていたが、平寧宮にはない音があった。水が滴る音、灯芯の燃える音、誰かの呼吸の音、それから……なんだっけ、この音……。
溶けていく意識の狭間で、張包に言い損ねた言葉が脳裏に蘇る。
『もし犯人が見つからなかったら私が自白します。侍女と太監は関与していません。その代わり家族には類が及ばないように約束してほしい』
戯れではない。無力で哀れな、取るに足りない者の決意である。いくら野育ちとはいっても従順な犠牲の羊になってやるものか。
足掻けるだけ足掻いてやる。
翌朝、小月は牢番に叩き起こされた。鉄格子には食事を出し入れする小さな窓が開いている。牢番は木の碗を差しいれた。中には餃子入りの温かい汁がたっぷりと入っている。これもきっと張包の指示に違いない。
「温かい食べ物は心に優しいですね」安梅が涙ぐんだ。
「お腹がいっぱいになると頭がすっきりします」韓桜が微笑んだ。「そこで早速ですが昨日の続きを。小月様、藩貴妃がいなくなったら誰が得をするかを考えてみました」
「聞きたいわ」小月はネギの切れ端までしっかりと味わった。
「犯人は張副頭領です!」
「「え?」」小月と安梅が同時に声を出した。
「でも張包さんは親切で誠実よ」
「優しくしてくれるのは罪悪感を感じているからです」
「張包さんにはどんな得があるの?」
「厳密に言えば張副頭領の父親、張左丞相が得をします。張左丞相と藩右丞相は陛下の側近です。政策に関わることは三人で討議しています。当然、もめることもあるでしょう。年齢も家格も同程度、幼い頃から書院で競い合った秀才同士。科挙に及第したのも同じ年。右丞相がめでたく状元、左丞相が榜眼だったんですよ。……あ、成績上位者の一番と二番だったんです。でも藩貴妃が後宮入りしたので将来を憂いたのです。彼女が皇子を生めば均衡は容易く壊れますから」
「まあ、左丞相と右丞相は幼馴染みなのですか。実は仲が良いのかもしれませんね」
「幼馴染みだから仲が良い。それは思い込みですよ」
少し考えて安梅が「藩貴妃が後宮入りする前には結婚相手として張副統領の名前も上がっていたそうだし、そこまで仲が悪いとは思えないけど」と持論を述べる。
「ちょっと待って。張包さんと藩貴妃も幼馴染みなの?」
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