後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

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消極的無実の証明

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 とんでもないものを見たとでもいう顔で、張包が立っていた。
 小月は急いで桟から足を外した。
 侍女も顔を真っ赤にして乱れた裾を整えた。

「あらまあ、ごきげんよう」張包の後ろには、手巾で笑みを隠した胡貴妃がいた。

「胡貴妃がなぜ……」

「私は貴女が毒を盛ったなんて信じておりませんのよ。励ましに来たのです。ですが、思いのほかお元気なので安心しました。これ、差し入れですのよ」

「あ……!」

 甘い菓子と四つに折り畳んだ一枚の絵。絵は秀英を描いたものだった。薄暗い房内にも関わらず、目鼻立ちがはっきりした秀英の顔は一目でわかった。似姿でさえ凛々しい。

「そっくり! さすがは胡貴妃!」

「陛下には私から一枚の絵を差し上げました。小月様を描いたものですわ。とても喜んでくださいました」

「わざわざありがとうございます」

「もう少しの辛抱ですよ。張副統領がきっと真相を暴いてくださいます」

 張包に視線を移す。どこか居心地が悪そうな顔をしている。

「どうかなさいまして、張包さん?」

「ああ、どうかしている、私は。頼まれたとはいえ胡貴妃を汚ない牢内に案内するなんて」

「まあ、何を今さら。なんなら私を牢房に入れてくださってかまわないんですのよ。そしたら小月様とゆっくりお話が出来るもの。その際は文房四宝は差し入れてくださいね」

小月は首を傾げた。「なぜ私に会いに?」

「張副統領から伺ったからですわ。小月様が無茶を言っていると」

「犯人探しのこと?」

「何かお手伝いしたくて。何でも言ってください。力になりますから」

 侍女の顔色が変わった。つい先ほどまで容疑者の中に胡貴妃と張包を含めていたせいだろう。もし犯人が胡貴妃だったら、優しさは罠だ。視界の端で、安梅が小さく首を振る。
だが、もし胡貴妃が本心から申し出てくれているのなら、無下になどできない。

「……胡貴妃、ご親切には心から感謝いたします。ですが私に協力することで、次に胡貴妃の命が狙われたりしたらいけません。誰が悪意を向けてくるかわからないのです。私とは無関係を貫いたほうがよいかと……」

「そのとおりです、胡貴妃。差し入れを届けるだけのはずだったでしょう」張包は困惑顔だ。

「小月様、返事が少し遅れましたね。迷っておられるのですね。私が容疑者だからですか?」

「「「「え!?」」」」

 小月だけでなく、張包も安梅も韓桜も声を出した。

 胡貴妃は恥かしそうに笑った。「当然ですわね」

「馬鹿な。なぜそんな考えを」

「あら、張副統領は思い及びもしなかったんですか? まあ頼りないこと。ねえ、小月様、説明してあげてください」

 胡貴妃は嫣然と微笑んだ。
 そうまで言われては隠すことはない。胡貴妃にはお見通しのようだ。

「藩貴妃を殺して私に罪を被せれば邪魔者はいなくなる。秀……陛下の寵愛を独占できる。胡貴妃がそう考えるかもしれないと、仰る通り、頭には浮かびました……ひとつの可能性として」

「なるほど」張包は小月と胡貴妃の顔を交互に見た。

「小月様に疑いがかかったのは、藩貴妃の発言のせい。ねえ、張副統領、その発言には根拠がないんでしょう?」

「それはそうですが……」

 小月は鉄格子を掴んで張包の顔を見上げた。「本当に根拠はないの?」

「藩貴妃によれば『自分を殺そうとするのは明小月ぐらい』だそうだ。毒を仕込むところを目撃した者はいない。……だから、逆に不思議なんだ。彼女の女官の誰一人、現場を目撃したと名乗り出る者がいない。小月を陥れいれようと藩貴妃が計画したのならば、口裏を合わせる小者を用意しておくはず」

 張包はまるで藩貴妃の不首尾に苛立っているように見える。もどかしいのは小月も同じだ。他人を陥れるつもりならば杜撰な計画は失礼というものだ。

「つまり、藩貴妃の自作自演説は考えにくい」

 小月が短い息を吐いたとき、牢屋の入口から忙しない足音が近づいてきた。現れたのは老医師の南岩だ。

「張包殿……!」

「どうしました」よろめいた南岩医師の腕を張包が支える。

「は、藩貴妃がまた……また高熱を……!」

 牢内の空気が一変した。全員の視線が南岩に集中する。

「また毒を盛られたのか?!」

「そうとしか考えられん。同じように苦しまれている」

「くそ!」

 怒りを滲ませた張包の袖を小月は掴んだ。「ならば、平寧宮の人間は無実ですね。全員が牢に入っていたのですから毒を飲ませることなどできません」

「たしかに」

「ここから出してください!」

「陛下に仰ぐ。少し待て」

 張包は小月の手を振りほどき、南岩医師と一緒に急ぎ足で出て行った。藩貴妃のところに向かうのだろう。
 寄る辺なく浮いた小月の手を、胡貴妃が触れた。

「貴女の無実が証明されたわ」

「でも、なにかおかしい……」

 犯人ではない誰かが小月を助けようとしたのか。それとも何が何でも藩貴妃を殺したいのか。藩貴妃を殺すのが目的ではなく、狙いは別にあるのか。考えれば考えるほどとりとめがない。霧の中で闇雲に走り回るようだ。
 
 小月は胡貴妃の手を引き寄せ、両手で挟んだ。
 深窓の令嬢らしい、柔らかな熱。
 誰の犯行にしろ、小月に罪を被せるつもりのない人物の仕業だろう。
 胡貴妃の脈は正常、掌は汗ばんでもいない、震えてもいない。これが演技なら私は彼女には敵わない。
 胡貴妃の目を見据えて、小月はにこりと笑んだ。

「私、たしかに張包に言いました。真相を究明してみせると。でも言い損ねたことがあるんです。失敗したら、私が自白すると。どうしても必要なら私の命を使えばいいと。その代わり他には誰一人犠牲にしないでと」

 瞠目する胡貴妃。彼女の脈は速くなった。

「……聞かなかったことにします」
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