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ふたたび
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「もちろん命を捨てるつもりなんて、つゆほどもないの。自分の目で見たいわ、何が起こっているのか。胡貴妃、私に手と知恵を貸してください。あ、この手はお返しします」そっと手を放す。「私は貴女を信用します」
「協力しましょう」
小月が驚くほど、胡貴妃はあっさりと応諾した。
成りゆきを見守っていた侍女たちは、小月の無謀さに呆れたのか、怒ったのか、複雑な表情を浮かべている。
小月の視線を追うように胡貴妃が視線を滑らせた。見つめられた侍女たちはびくりと体を震わせるや、胡貴妃に向かって手を合わせた。まるで神仏を拝むように。
「……なんでしょう、私に手を合わせる者が時々いるんですよね、理由はわかりませんが……」
菩薩のような神々しい顔貌をしている自覚は本人にはないらしい。
ほどなく、足音が近づいてきた。
「張包さんが戻ってきたのかしら」
「小月!」
「秀英!?」
鉄格子を挟んで秀英と見つめ合う。小月の元気そうな様子に、秀英は安堵の息を漏らした。背後には息を切らした張包がいる。
「陛下」胡貴妃が礼を取って一歩下がった。
「秀英、大丈夫なの? こんな所に来て」
「一目でも小月の顔が見たくて、張包に無理を言って一緒に来たんだ。私に腹を立てているだろうが……」
「全然。それより藩貴妃は? 高熱で苦しんでいるって聞いたけど」
「ああ。南岩がつきっきりで治療をしている。いったい誰が……。ともかく、小月の疑いは晴れたわけだが……」
「ここから出られるわね」
「それなんだが……」秀英は苦しげに眼を細めた。「藩右丞相が頑なでな。娘を心配する親心かと思うと無下にできないのだ。今しばらく我慢してくれ」
「出られないの……?」
「…………説得する」
「恐れながら、陛下の説得は逆効果かと思われます」胡貴妃が優雅に頭を垂れた。「私にひとつ案がございます。藩右丞相を説得する案が」
「申してみよ」
「藩貴妃と藩右丞相はいまだに小月様を疑っているのでしょう。小月様に毒を盛られたと信じたいんです。彼らが激しく憎むのはなぜか。その原因を除けば説得は可能かと思います。つまり……」胡貴妃は小月に視線を移した。
「あ……」小月の瞳が揺れた。「私が後宮から出て行けばいいのね」
秀英は首を振った。「それは駄目だ。私が許さない」
胡貴妃は辛そうに目を伏せた。「はい、ですが、小月様の後宮入りがなくなった、と伝えれば彼らの態度は軟化しましょう。藩貴妃が万が一亡くなりでもしたら、憎しみは小月様に向かうでしょう。犯人が判明すれば別ですが、もし判明しなければ、ねえ、張副頭領殿、進展はありますの?」
「は、鋭意捜査中です」張包の声は硬い。
「ただ、死を待つのはいやよ。ここから出して、秀英。貴方に嫁ぐことは諦めます」
「小月……!」
「藩右丞相に約束して。出してくれたら私が犯人を見つけます」
「小月、きみに何ができるというんだ」
「私は一人じゃない。張包さんも胡貴妃も手を貸してくれる」
「え?」張包の声は裏返っていた。
「貸しがあったでしょ」
「……はい」
「安梅も韓桜も黄太監も私を助けてくれる。たしかに私一人では何もできない。無知な小娘だもの。でも、みんなの知恵や知識を借りれば、きっとうまくいく」
「無謀だ」
「無謀は承知よ。でも藻掻きもせずに死ねない。まずは藩貴妃に話を聞きたい。体調が良くなり次第でかまわな──」
唐突に小月の動きが止まった。
新しい可能性が、脳裏に閃いたのだ。
藩貴妃に二度目の毒が盛られたと聞いたとき、誰かが小月を助けようとしたのかと考えた。或いは何が何でも派貴妃を殺したいのかと。
誰かが意図したことだと。だがもっと単純なことなのではないか。
初めから誰の意志も存在しなかったのではないか。
「……高熱は一日で下がったのよね。もう安心かと思ったらまた高熱が出た。これって……栄の町で流行っている病気と同じよ」
「病気?」
「ああ……」張包は神妙な面持ちで口を開く。「陛下、栄の町では毎年夏になると流行する病がございます。今年に入り、皇都の街区でも罹る者が出始めました。しかし」
「藩貴妃は誰かに毒を盛られたのではなく、流行り病に侵されているというのか。疫病? 私は聞いていないぞ。張包は知っているか」
「報告書が上がらない理由は、一部地域に伝わる風土病にすぎないからでしょう。今年になって皇都の街区に拡がっています。が、所詮は下層民の病にすぎず……」
「下層民……?」
「秀英、栄の町に李高有という医師がいます。彼を呼んでください。宮廷医はこの病になれていないわ。彼に藩貴妃を診せて」
「陛下、私が手配いたします」張包が秀英に請け負う。
「貴妃付きの女官や宦官の中に同じような症状の人がいるかもしれない」
「調べさせよう。小月はしばし我慢してくれ」
小月が頷くや、秀英と張包は互いに目配せをして、急いで牢を出て行った。
胡貴妃は頬をこわばらせ、
「下層民どころか後宮の中にまで。他人事ではないわ。牢にいるほうが却って安全かもしれませんわよ、小月様」
「気をつけてくださいね、胡貴妃」
「では」優雅な一礼をして胡貴妃は退出した。
安梅が怒気を込めて、
「病気なら私たちは無罪ですよね。小月様を犯人だと糾弾したのは藩貴妃の悪意と偏見じゃないですか」
韓桜も激しく同意した。「ああいう方は、自分で裙を踏んで転んでも小月様が悪いと騒ぎ出すんですよ」
「協力しましょう」
小月が驚くほど、胡貴妃はあっさりと応諾した。
成りゆきを見守っていた侍女たちは、小月の無謀さに呆れたのか、怒ったのか、複雑な表情を浮かべている。
小月の視線を追うように胡貴妃が視線を滑らせた。見つめられた侍女たちはびくりと体を震わせるや、胡貴妃に向かって手を合わせた。まるで神仏を拝むように。
「……なんでしょう、私に手を合わせる者が時々いるんですよね、理由はわかりませんが……」
菩薩のような神々しい顔貌をしている自覚は本人にはないらしい。
ほどなく、足音が近づいてきた。
「張包さんが戻ってきたのかしら」
「小月!」
「秀英!?」
鉄格子を挟んで秀英と見つめ合う。小月の元気そうな様子に、秀英は安堵の息を漏らした。背後には息を切らした張包がいる。
「陛下」胡貴妃が礼を取って一歩下がった。
「秀英、大丈夫なの? こんな所に来て」
「一目でも小月の顔が見たくて、張包に無理を言って一緒に来たんだ。私に腹を立てているだろうが……」
「全然。それより藩貴妃は? 高熱で苦しんでいるって聞いたけど」
「ああ。南岩がつきっきりで治療をしている。いったい誰が……。ともかく、小月の疑いは晴れたわけだが……」
「ここから出られるわね」
「それなんだが……」秀英は苦しげに眼を細めた。「藩右丞相が頑なでな。娘を心配する親心かと思うと無下にできないのだ。今しばらく我慢してくれ」
「出られないの……?」
「…………説得する」
「恐れながら、陛下の説得は逆効果かと思われます」胡貴妃が優雅に頭を垂れた。「私にひとつ案がございます。藩右丞相を説得する案が」
「申してみよ」
「藩貴妃と藩右丞相はいまだに小月様を疑っているのでしょう。小月様に毒を盛られたと信じたいんです。彼らが激しく憎むのはなぜか。その原因を除けば説得は可能かと思います。つまり……」胡貴妃は小月に視線を移した。
「あ……」小月の瞳が揺れた。「私が後宮から出て行けばいいのね」
秀英は首を振った。「それは駄目だ。私が許さない」
胡貴妃は辛そうに目を伏せた。「はい、ですが、小月様の後宮入りがなくなった、と伝えれば彼らの態度は軟化しましょう。藩貴妃が万が一亡くなりでもしたら、憎しみは小月様に向かうでしょう。犯人が判明すれば別ですが、もし判明しなければ、ねえ、張副頭領殿、進展はありますの?」
「は、鋭意捜査中です」張包の声は硬い。
「ただ、死を待つのはいやよ。ここから出して、秀英。貴方に嫁ぐことは諦めます」
「小月……!」
「藩右丞相に約束して。出してくれたら私が犯人を見つけます」
「小月、きみに何ができるというんだ」
「私は一人じゃない。張包さんも胡貴妃も手を貸してくれる」
「え?」張包の声は裏返っていた。
「貸しがあったでしょ」
「……はい」
「安梅も韓桜も黄太監も私を助けてくれる。たしかに私一人では何もできない。無知な小娘だもの。でも、みんなの知恵や知識を借りれば、きっとうまくいく」
「無謀だ」
「無謀は承知よ。でも藻掻きもせずに死ねない。まずは藩貴妃に話を聞きたい。体調が良くなり次第でかまわな──」
唐突に小月の動きが止まった。
新しい可能性が、脳裏に閃いたのだ。
藩貴妃に二度目の毒が盛られたと聞いたとき、誰かが小月を助けようとしたのかと考えた。或いは何が何でも派貴妃を殺したいのかと。
誰かが意図したことだと。だがもっと単純なことなのではないか。
初めから誰の意志も存在しなかったのではないか。
「……高熱は一日で下がったのよね。もう安心かと思ったらまた高熱が出た。これって……栄の町で流行っている病気と同じよ」
「病気?」
「ああ……」張包は神妙な面持ちで口を開く。「陛下、栄の町では毎年夏になると流行する病がございます。今年に入り、皇都の街区でも罹る者が出始めました。しかし」
「藩貴妃は誰かに毒を盛られたのではなく、流行り病に侵されているというのか。疫病? 私は聞いていないぞ。張包は知っているか」
「報告書が上がらない理由は、一部地域に伝わる風土病にすぎないからでしょう。今年になって皇都の街区に拡がっています。が、所詮は下層民の病にすぎず……」
「下層民……?」
「秀英、栄の町に李高有という医師がいます。彼を呼んでください。宮廷医はこの病になれていないわ。彼に藩貴妃を診せて」
「陛下、私が手配いたします」張包が秀英に請け負う。
「貴妃付きの女官や宦官の中に同じような症状の人がいるかもしれない」
「調べさせよう。小月はしばし我慢してくれ」
小月が頷くや、秀英と張包は互いに目配せをして、急いで牢を出て行った。
胡貴妃は頬をこわばらせ、
「下層民どころか後宮の中にまで。他人事ではないわ。牢にいるほうが却って安全かもしれませんわよ、小月様」
「気をつけてくださいね、胡貴妃」
「では」優雅な一礼をして胡貴妃は退出した。
安梅が怒気を込めて、
「病気なら私たちは無罪ですよね。小月様を犯人だと糾弾したのは藩貴妃の悪意と偏見じゃないですか」
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