後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

文字の大きさ
22 / 55

ふたたび

しおりを挟む
「もちろん命を捨てるつもりなんて、つゆほどもないの。自分の目で見たいわ、何が起こっているのか。胡貴妃、私に手と知恵を貸してください。あ、この手はお返しします」そっと手を放す。「私は貴女を信用します」

「協力しましょう」

 小月が驚くほど、胡貴妃はあっさりと応諾した。
 成りゆきを見守っていた侍女たちは、小月の無謀さに呆れたのか、怒ったのか、複雑な表情を浮かべている。
 小月の視線を追うように胡貴妃が視線を滑らせた。見つめられた侍女たちはびくりと体を震わせるや、胡貴妃に向かって手を合わせた。まるで神仏を拝むように。

「……なんでしょう、私に手を合わせる者が時々いるんですよね、理由はわかりませんが……」

 菩薩のような神々しい顔貌をしている自覚は本人にはないらしい。
 ほどなく、足音が近づいてきた。

「張包さんが戻ってきたのかしら」

「小月!」

「秀英!?」

 鉄格子を挟んで秀英と見つめ合う。小月の元気そうな様子に、秀英は安堵の息を漏らした。背後には息を切らした張包がいる。

「陛下」胡貴妃が礼を取って一歩下がった。

「秀英、大丈夫なの? こんな所に来て」

「一目でも小月の顔が見たくて、張包に無理を言って一緒に来たんだ。私に腹を立てているだろうが……」

「全然。それより藩貴妃は? 高熱で苦しんでいるって聞いたけど」

「ああ。南岩がつきっきりで治療をしている。いったい誰が……。ともかく、小月の疑いは晴れたわけだが……」

「ここから出られるわね」

「それなんだが……」秀英は苦しげに眼を細めた。「藩右丞相が頑なでな。娘を心配する親心かと思うと無下にできないのだ。今しばらく我慢してくれ」

「出られないの……?」

「…………説得する」

「恐れながら、陛下の説得は逆効果かと思われます」胡貴妃が優雅に頭を垂れた。「私にひとつ案がございます。藩右丞相を説得する案が」

「申してみよ」

「藩貴妃と藩右丞相はいまだに小月様を疑っているのでしょう。小月様に毒を盛られたと信じたいんです。彼らが激しく憎むのはなぜか。その原因を除けば説得は可能かと思います。つまり……」胡貴妃は小月に視線を移した。

「あ……」小月の瞳が揺れた。「私が後宮から出て行けばいいのね」

 秀英は首を振った。「それは駄目だ。私が許さない」

 胡貴妃は辛そうに目を伏せた。「はい、ですが、小月様の後宮入りがなくなった、と伝えれば彼らの態度は軟化しましょう。藩貴妃が万が一亡くなりでもしたら、憎しみは小月様に向かうでしょう。犯人が判明すれば別ですが、もし判明しなければ、ねえ、張副頭領殿、進展はありますの?」

「は、鋭意捜査中です」張包の声は硬い。

「ただ、死を待つのはいやよ。ここから出して、秀英。貴方に嫁ぐことは諦めます」

「小月……!」

「藩右丞相に約束して。出してくれたら私が犯人を見つけます」

「小月、きみに何ができるというんだ」

「私は一人じゃない。張包さんも胡貴妃も手を貸してくれる」

「え?」張包の声は裏返っていた。

「貸しがあったでしょ」

「……はい」

「安梅も韓桜も黄太監も私を助けてくれる。たしかに私一人では何もできない。無知な小娘だもの。でも、みんなの知恵や知識を借りれば、きっとうまくいく」

「無謀だ」

「無謀は承知よ。でも藻掻きもせずに死ねない。まずは藩貴妃に話を聞きたい。体調が良くなり次第でかまわな──」

 唐突に小月の動きが止まった。
 新しい可能性が、脳裏に閃いたのだ。
 藩貴妃に二度目の毒が盛られたと聞いたとき、誰かが小月を助けようとしたのかと考えた。或いは何が何でも派貴妃を殺したいのかと。
 誰かが意図したことだと。だがもっと単純なことなのではないか。
 初めから誰の意志も存在しなかったのではないか。

「……高熱は一日で下がったのよね。もう安心かと思ったらまた高熱が出た。これって……栄の町で流行っている病気と同じよ」

「病気?」

「ああ……」張包は神妙な面持ちで口を開く。「陛下、栄の町では毎年夏になると流行する病がございます。今年に入り、皇都の街区でも罹る者が出始めました。しかし」

「藩貴妃は誰かに毒を盛られたのではなく、流行り病に侵されているというのか。疫病? 私は聞いていないぞ。張包は知っているか」

「報告書が上がらない理由は、一部地域に伝わる風土病にすぎないからでしょう。今年になって皇都の街区に拡がっています。が、所詮は下層民の病にすぎず……」

「下層民……?」

「秀英、栄の町に李高有という医師がいます。彼を呼んでください。宮廷医はこの病になれていないわ。彼に藩貴妃を診せて」

「陛下、私が手配いたします」張包が秀英に請け負う。

「貴妃付きの女官や宦官の中に同じような症状の人がいるかもしれない」

「調べさせよう。小月はしばし我慢してくれ」

 小月が頷くや、秀英と張包は互いに目配せをして、急いで牢を出て行った。
 胡貴妃は頬をこわばらせ、

「下層民どころか後宮の中にまで。他人事ではないわ。牢にいるほうが却って安全かもしれませんわよ、小月様」

「気をつけてくださいね、胡貴妃」

「では」優雅な一礼をして胡貴妃は退出した。

 安梅が怒気を込めて、

「病気なら私たちは無罪ですよね。小月様を犯人だと糾弾したのは藩貴妃の悪意と偏見じゃないですか」

 韓桜も激しく同意した。「ああいう方は、自分で裙を踏んで転んでも小月様が悪いと騒ぎ出すんですよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

処理中です...