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お見舞いに参りました
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声をかけたが灯華宮の扉は開かない。扉を押して中を覗く。人の気配がない。藩貴妃の侍女はどこにいるのだろう。小月は胡貴妃と顔を見合わせて、門をくぐった。
「頼もう!」
「小月様、それは違います」
「誰かいませんか。誰もいませんか。入りますよー!」
小月はすたすたとと、胡貴妃は遠慮がちに灯華宮の中に足を踏み入れた。どの宮も作りは変わらないようで、寝室にあたる部屋はすぐに見当がついた。人影が揺れた。
小月は人影に向かって声をかける。
「あのう……」
「誰だ!」
突然、背後から壮年の男が現れた。頭には冠を頂き、美麗な官服を身に着けている。
威圧され、小月は立ち竦んだ。胡貴妃が一歩進み出る。
「胡貴妃でございます、藩右丞相様。小月様と訪いました。藩貴妃様にお見舞い申し上げます」
騒がしかったのか、人影が振り返った。南岩医師だ。顔色が悪い。
「ご容体はいかがですか」胡貴妃が一礼をすると、藩右丞相は苦々し気な顔で小月を指さした。
「お前か! 陛下を誑かした女は!」
まるで雷が木を裂くような声だ。
恐怖で威圧しようとしているのだ。そう理解すると、却って小月は落ち着きを取り戻した。
「私を毛嫌いするのはあとにしてくれませんか。藩貴妃が心配で参りました」
「今は眠っている。熱がひどい。お前のせいでな」
「まだ私が毒を盛ったと思っているのですか?」
「娘が苦しんでいる理由は他にもある。陛下の寵を、自分よりはるかに劣った者に奪われて心を傷つけられたのだ」
「御心配には及びません。すでにお聞き及びかと思いますが、私は輿入れを辞退しました。後宮を去る身です。もはや藩貴妃を脅かす存在ではありません」
「……それで、今さら何をしに来たのだ」
「貴妃の病は伝染病だと思われます。一日毎に熱を出します。体力があれば乗り切れる病です。高熱は体力を削ぐので平熱になった時に滋養のある物を摂ってください。それが言いたくて来ました。あとは……」
「待て。ずいぶんと詳しいな」
「栄の町で医者に聞きました」
藩右丞相は目を剥いて小月を見下ろした。
「下賤な輩が罹る病だそうだな。私の娘が何故だ。……そうか、お前がもたらしたのだろう。そうに違いない!」獲物を見つけた猛獣のように小月を見据える。
「原因は不明です。だから調べたいのです。藩貴妃がどのような経緯で病を患ったのかを。そのために伝染る覚悟で来たのです」
小月は懸命に訴えた。
「ではお前が病気を運んだのではないと証明できるのか。娘が死んだらお前もただではすまんぞ」
「……証明は……できません」
「ふん、それみたことか」
すると胡貴妃が助け舟を出した。「藩丞相、経緯を知りたいのは私も同じです。知れば蔓延を食い止めることが出来るかもしれません。放置すれば皇都の危機になるやも」
「そうです。秀英……いえ、陛下に伝染るかも」
「よろしい。この病の原因を突き止め、手立てを講じることが出来れば褒美をくれてやる。だが娘が死ねば、陛下が何を言おうがかまわん、お前を処罰する。それでもよいなら好きなだけ調べるがいい」
「ありがとうございます。まずは私が病に罹っていないことを、南岩医師に確認していただきます」
「ひえ」南岩が小さな悲鳴を上げた。関わりたくなかったのだろう。
「私は症状が出ていません。でも僅かでも兆候があれば南岩医師が見逃さないはずです」
南岩は渋々のようすでやってくると「……脈を拝見」小月の手を取った。
「どうです?」
「……健康だ。脈に乱れはない」
「たしかか?」
「ここ一月以上は風邪ひとつひいていないと断言出来ます」
「……ふうむ」
「もし私が感染源だとしたら、まず秀英……いえ、陛下が病気になるはず。次に安梅と韓桜、つぎに黄太監、禁軍の張包。彼らのほうが接した時間が長いし密度も濃いんです」
「私も入るわね」胡貴妃が肯う。
「証明には不十分でしょうけど……今はこれしか言えません」
藩丞相は鼻息を吐いて、南岩に訊ねた。「娘は助かるか?」
「今夜熱が下がれば……」
「わかった。儂は帰ろう。居ても仕方ない。南岩よ、娘を死なすな」
「……はい」
「死ぬのは陛下の御子を一人でも産んでからだ。親不孝は許さん。起きたら娘に伝えよ」
「は、はい……」
藩右丞相は小月を睨み、舌打ちをして去っていった。
「藩貴妃のお側によっていいでしょうか」
小月は藩貴妃の寝顔を覗いた。青白い額に玉の汗を浮かべ、全身を小刻みに震わせている。
「辛そうだわ。手巾か何かを濡らして汗を拭いましょうか」小月はきょろきょろと周囲を見回した。「女官や宦官はいないのですか?」
南岩はもぞもぞ身体を揺らした。「実は、病気とわかってからは女官や宦官が近寄らなくなって……」
「頼もう!」
「小月様、それは違います」
「誰かいませんか。誰もいませんか。入りますよー!」
小月はすたすたとと、胡貴妃は遠慮がちに灯華宮の中に足を踏み入れた。どの宮も作りは変わらないようで、寝室にあたる部屋はすぐに見当がついた。人影が揺れた。
小月は人影に向かって声をかける。
「あのう……」
「誰だ!」
突然、背後から壮年の男が現れた。頭には冠を頂き、美麗な官服を身に着けている。
威圧され、小月は立ち竦んだ。胡貴妃が一歩進み出る。
「胡貴妃でございます、藩右丞相様。小月様と訪いました。藩貴妃様にお見舞い申し上げます」
騒がしかったのか、人影が振り返った。南岩医師だ。顔色が悪い。
「ご容体はいかがですか」胡貴妃が一礼をすると、藩右丞相は苦々し気な顔で小月を指さした。
「お前か! 陛下を誑かした女は!」
まるで雷が木を裂くような声だ。
恐怖で威圧しようとしているのだ。そう理解すると、却って小月は落ち着きを取り戻した。
「私を毛嫌いするのはあとにしてくれませんか。藩貴妃が心配で参りました」
「今は眠っている。熱がひどい。お前のせいでな」
「まだ私が毒を盛ったと思っているのですか?」
「娘が苦しんでいる理由は他にもある。陛下の寵を、自分よりはるかに劣った者に奪われて心を傷つけられたのだ」
「御心配には及びません。すでにお聞き及びかと思いますが、私は輿入れを辞退しました。後宮を去る身です。もはや藩貴妃を脅かす存在ではありません」
「……それで、今さら何をしに来たのだ」
「貴妃の病は伝染病だと思われます。一日毎に熱を出します。体力があれば乗り切れる病です。高熱は体力を削ぐので平熱になった時に滋養のある物を摂ってください。それが言いたくて来ました。あとは……」
「待て。ずいぶんと詳しいな」
「栄の町で医者に聞きました」
藩右丞相は目を剥いて小月を見下ろした。
「下賤な輩が罹る病だそうだな。私の娘が何故だ。……そうか、お前がもたらしたのだろう。そうに違いない!」獲物を見つけた猛獣のように小月を見据える。
「原因は不明です。だから調べたいのです。藩貴妃がどのような経緯で病を患ったのかを。そのために伝染る覚悟で来たのです」
小月は懸命に訴えた。
「ではお前が病気を運んだのではないと証明できるのか。娘が死んだらお前もただではすまんぞ」
「……証明は……できません」
「ふん、それみたことか」
すると胡貴妃が助け舟を出した。「藩丞相、経緯を知りたいのは私も同じです。知れば蔓延を食い止めることが出来るかもしれません。放置すれば皇都の危機になるやも」
「そうです。秀英……いえ、陛下に伝染るかも」
「よろしい。この病の原因を突き止め、手立てを講じることが出来れば褒美をくれてやる。だが娘が死ねば、陛下が何を言おうがかまわん、お前を処罰する。それでもよいなら好きなだけ調べるがいい」
「ありがとうございます。まずは私が病に罹っていないことを、南岩医師に確認していただきます」
「ひえ」南岩が小さな悲鳴を上げた。関わりたくなかったのだろう。
「私は症状が出ていません。でも僅かでも兆候があれば南岩医師が見逃さないはずです」
南岩は渋々のようすでやってくると「……脈を拝見」小月の手を取った。
「どうです?」
「……健康だ。脈に乱れはない」
「たしかか?」
「ここ一月以上は風邪ひとつひいていないと断言出来ます」
「……ふうむ」
「もし私が感染源だとしたら、まず秀英……いえ、陛下が病気になるはず。次に安梅と韓桜、つぎに黄太監、禁軍の張包。彼らのほうが接した時間が長いし密度も濃いんです」
「私も入るわね」胡貴妃が肯う。
「証明には不十分でしょうけど……今はこれしか言えません」
藩丞相は鼻息を吐いて、南岩に訊ねた。「娘は助かるか?」
「今夜熱が下がれば……」
「わかった。儂は帰ろう。居ても仕方ない。南岩よ、娘を死なすな」
「……はい」
「死ぬのは陛下の御子を一人でも産んでからだ。親不孝は許さん。起きたら娘に伝えよ」
「は、はい……」
藩右丞相は小月を睨み、舌打ちをして去っていった。
「藩貴妃のお側によっていいでしょうか」
小月は藩貴妃の寝顔を覗いた。青白い額に玉の汗を浮かべ、全身を小刻みに震わせている。
「辛そうだわ。手巾か何かを濡らして汗を拭いましょうか」小月はきょろきょろと周囲を見回した。「女官や宦官はいないのですか?」
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