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告白
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室内はさして広くはなかった。正悟殿には数多の部屋があるようだ。ここは官吏が控える部屋だという。卓が一つに椅子が四脚。卓の上には書類と思しき紙が散乱している。
「流行り病について、急ぎ提出させた報告書だ。主に街区の下層民の実態を報告させた」
「え!?」秀英と張包は報告書を元に議論をしていたらしい。差し飲みとは失礼ことを言ってしまった。
「第一報なのであっさりしたものだ。ゆえに余計に悲惨なんだが。南街区では二割の民が原因不明の高熱を患っているらしい」
「これは後宮における調査結果です。死んだ宦官と藩貴妃以外に新たな病人は出ていないようです」張包が卓に広げた数枚の紙を秀英は斜め読みをして頷いた。
「私にも報告書を見せて」
小月はしばらく眺めたあと秀英に返した。
「ごめんなさい。字が読めないのを忘れていたわ」
「後宮に仕えている者の一覧表だ。健康状態を一人ずつ確認させた」
そう言われれば、見覚えのある漢字がある。病人二人を除いた全員の名前が朱筆で消されているようだ。何故か小月たち平寧宮の人間の名前も、調査された覚えもないのに、塗り潰されている。いい加減なのではないか。
張包が報告を続けた。「街区の調査報告によれば病者は下層民地区から徐々に拡がりつつありますが、被害は目立っていません。後宮で罹患者が出ましたが、例外だと思われます」
「そうかしら。どうやって伝染ったのかわかってないのだから、例外だなんて言えないんじゃない?」
「それはおいておいて」張包はさらっと小月をあしらった。「南街区を隔離してはどうでしょうか、陛下。人の交流を無くすのです。過去の疫病の対策から鑑みて有効かと思われます」
「しかし南街区以外にも拡がっているのだろう」秀英は眉を曇らせた。
「新たな病人が出たら南街区に放り込みます」
「死亡率は?」
「明日統計を取ります。調査した者の体感では三割から四割」
予想していたより高い数値だったのだろう、秀英が顔を顰めた。
小月は身を乗りだした。「秀英、私、藩右丞相に言ったの。真相を究明してみせるって。だから明日街区に行ってみるね。外へ行く許可をちょうだい」
秀英は拳で卓を叩いた。「伝染病だぞ。隔離案が出てるんだ。病人と接触してはいけない!」
「まだ……どうやって伝染るか、わかってない。調べないと」
「人から人に伝染するのは間違いないでしょう。発症した者を隔離すればある程度の収束を見るはずです。素人が首を突っ込まないように」
「ほら、張包もこう言ってる」
接触で伝染するのならもう手遅れだろう。
小月はすでに藩貴妃と濃厚な接触をしている。何日で発症するのだろうか。自分を実験台にして観察してみようか、と考えた。
幸いにも頑健な体だ。簡単にはくたばらない自信はある。念のために秀英とは距離を取ったほうがいいだろう。
小月は胡貴妃の所作を真似して腰を折った。「皇帝陛下、今から池に行く許可をください。すぐそこの池です。さっと行って、さささっと戻ってきますので」
「……小月、私の顔を見ろ」
「はい?」
小月が顔を上げると、秀英は真剣な面持ちで睨みつけてきた。
「憔悴しきった私を哀れと思わないのか。お前に振られて意気消沈しているんだぞ。今だってお前を前にして心臓がバクバクいっているのに、なんでお前はいつもと変わらない顔で、盥なんか持って夜間に突撃してこれるんだ」
目を凝らせば、たしかに秀英の頬には影がある。十六歳の少年とは思えない、重苦しい影が。小月の胸は火に炙られたように熱くなった。
「私は秀英のことが好きよ」
「え?」
秀英は狼狽して目を揺るがせた。戸惑うのは当然だろう。突然の告白だ。
「気持ちを伝えていなくてごめんなさい。秀英は私の初恋。妻にと望んでくれたこと、凄く嬉しかった。だから私が平気な顔してるって思うのは誤解よ」
「そ、それならば……」
「でも今は私情を云々している時ではないでしょう。貴方は皇帝陛下。私は妃ではなく、別の形で貴方を支えます。故郷に帰るなと命じられたら帰らないわ。そばにいろと言われればそばにいるわ。でも身の程をわきまえさせてほしいの。これからは秀英とは呼ばない。陛下と呼びます。ご聖恩を……えーと、ぶった切ってごめんなさい。どうか許可してください」
秀英は溜息をついて項垂れた。「断りにくい言い方をするんだな」
張包が低い声で促した。「僭越ながら。藩貴妃の回復を待ち、伝染病対策を講じるまで、右丞相を刺激しないほうが賢明かと思います、陛下」
「わかりやすく言え」
「未練はお捨てください」
秀英の唇が上下の押しつぶされたように歪んだ。「仕方ない。優先事項が先だ。で、小月はなんで盥を抱えているんだ? 池と関係があるのか?」
「藩貴妃のためにあるものを取りに行きたいの。ただでさえ熱でだるいのに蚊にまとわりつかれたら鬱陶しいでしょ」
「何を言ってるのかわからんが、張包、手伝ってやれ」
「はい」
「流行り病について、急ぎ提出させた報告書だ。主に街区の下層民の実態を報告させた」
「え!?」秀英と張包は報告書を元に議論をしていたらしい。差し飲みとは失礼ことを言ってしまった。
「第一報なのであっさりしたものだ。ゆえに余計に悲惨なんだが。南街区では二割の民が原因不明の高熱を患っているらしい」
「これは後宮における調査結果です。死んだ宦官と藩貴妃以外に新たな病人は出ていないようです」張包が卓に広げた数枚の紙を秀英は斜め読みをして頷いた。
「私にも報告書を見せて」
小月はしばらく眺めたあと秀英に返した。
「ごめんなさい。字が読めないのを忘れていたわ」
「後宮に仕えている者の一覧表だ。健康状態を一人ずつ確認させた」
そう言われれば、見覚えのある漢字がある。病人二人を除いた全員の名前が朱筆で消されているようだ。何故か小月たち平寧宮の人間の名前も、調査された覚えもないのに、塗り潰されている。いい加減なのではないか。
張包が報告を続けた。「街区の調査報告によれば病者は下層民地区から徐々に拡がりつつありますが、被害は目立っていません。後宮で罹患者が出ましたが、例外だと思われます」
「そうかしら。どうやって伝染ったのかわかってないのだから、例外だなんて言えないんじゃない?」
「それはおいておいて」張包はさらっと小月をあしらった。「南街区を隔離してはどうでしょうか、陛下。人の交流を無くすのです。過去の疫病の対策から鑑みて有効かと思われます」
「しかし南街区以外にも拡がっているのだろう」秀英は眉を曇らせた。
「新たな病人が出たら南街区に放り込みます」
「死亡率は?」
「明日統計を取ります。調査した者の体感では三割から四割」
予想していたより高い数値だったのだろう、秀英が顔を顰めた。
小月は身を乗りだした。「秀英、私、藩右丞相に言ったの。真相を究明してみせるって。だから明日街区に行ってみるね。外へ行く許可をちょうだい」
秀英は拳で卓を叩いた。「伝染病だぞ。隔離案が出てるんだ。病人と接触してはいけない!」
「まだ……どうやって伝染るか、わかってない。調べないと」
「人から人に伝染するのは間違いないでしょう。発症した者を隔離すればある程度の収束を見るはずです。素人が首を突っ込まないように」
「ほら、張包もこう言ってる」
接触で伝染するのならもう手遅れだろう。
小月はすでに藩貴妃と濃厚な接触をしている。何日で発症するのだろうか。自分を実験台にして観察してみようか、と考えた。
幸いにも頑健な体だ。簡単にはくたばらない自信はある。念のために秀英とは距離を取ったほうがいいだろう。
小月は胡貴妃の所作を真似して腰を折った。「皇帝陛下、今から池に行く許可をください。すぐそこの池です。さっと行って、さささっと戻ってきますので」
「……小月、私の顔を見ろ」
「はい?」
小月が顔を上げると、秀英は真剣な面持ちで睨みつけてきた。
「憔悴しきった私を哀れと思わないのか。お前に振られて意気消沈しているんだぞ。今だってお前を前にして心臓がバクバクいっているのに、なんでお前はいつもと変わらない顔で、盥なんか持って夜間に突撃してこれるんだ」
目を凝らせば、たしかに秀英の頬には影がある。十六歳の少年とは思えない、重苦しい影が。小月の胸は火に炙られたように熱くなった。
「私は秀英のことが好きよ」
「え?」
秀英は狼狽して目を揺るがせた。戸惑うのは当然だろう。突然の告白だ。
「気持ちを伝えていなくてごめんなさい。秀英は私の初恋。妻にと望んでくれたこと、凄く嬉しかった。だから私が平気な顔してるって思うのは誤解よ」
「そ、それならば……」
「でも今は私情を云々している時ではないでしょう。貴方は皇帝陛下。私は妃ではなく、別の形で貴方を支えます。故郷に帰るなと命じられたら帰らないわ。そばにいろと言われればそばにいるわ。でも身の程をわきまえさせてほしいの。これからは秀英とは呼ばない。陛下と呼びます。ご聖恩を……えーと、ぶった切ってごめんなさい。どうか許可してください」
秀英は溜息をついて項垂れた。「断りにくい言い方をするんだな」
張包が低い声で促した。「僭越ながら。藩貴妃の回復を待ち、伝染病対策を講じるまで、右丞相を刺激しないほうが賢明かと思います、陛下」
「わかりやすく言え」
「未練はお捨てください」
秀英の唇が上下の押しつぶされたように歪んだ。「仕方ない。優先事項が先だ。で、小月はなんで盥を抱えているんだ? 池と関係があるのか?」
「藩貴妃のためにあるものを取りに行きたいの。ただでさえ熱でだるいのに蚊にまとわりつかれたら鬱陶しいでしょ」
「何を言ってるのかわからんが、張包、手伝ってやれ」
「はい」
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