後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

文字の大きさ
32 / 55

宮廷医なんて柄じゃない

しおりを挟む
「ところで、李医師はこれからどうされるんですか」

 李医師が留まってくれたら心強い。小月はちょっとばかり期待を込めて訊ねた。なんといっても張包配下の報告書が手抜きすぎて信用できない。出鱈目とまでは言わないが、遠目から見て「元気そう」と判断したとしか思えない。
 未知の病なのだから近寄りたくない心理は理解できるが。

「あのおっかない奴にしばらく留まれと言われたがなあ」

「おっかない奴って、張包さん?」

「ああ。それも、宮廷医にしてやるって、なんだ、あいつ、偉そうに。冗談じゃない。宮廷医なんて俺の柄じゃない。今から街区に行くつもりだ。あっちのが酷いらしいからな」

 李医師は、さも用は済んだというようすで宮を出ていく。

「待って、李医師。行くなら私も行きます!」

「……やめておいたほうがいい。死人を見たかないだろう」

「死人……」

「そうさ。ここと違って手厚く介抱される者がいないんだ。捨て置かれた死体がごーろごろしてるぞ。お嬢ちゃんにはきつい」

「ならば」小月は李医師の袖を掴んで花苑に引っ張っていった。

 花苑では世話係の全宝が今日もかいがいしく植物の世話をしていた。蝿がもっとも嫌う草を教えてもらい、衣服に擦りこむ。奇しくも例の除虫草が一番強力なのだときいた。

「いや、お嬢ちゃん、俺がきついと言ったのは、蝿じゃなくてね、いや、まあ助かるけどよ。しかし、なんだな。後宮は嘘みたいに綺麗で落ち着かないな」

「ねえ、この草の香りをどう思う?」

「ん?」李医師は今ようやく香りに気づいたというようすで首を傾げた。「青臭い。まあ、普通の葉っぱの香りだ」

 小月の口元には思わず笑いがこみあげた。
 あとで胡貴妃の宮にも鉢分けしてあげてほしいと全宝に頼むと、小月は秀英のいる正悟殿に向かった。直談判のためである。



「朝儀中です」

 正悟殿の衛士は小月と目を合わせないようにしながら、簡潔に拒絶した。どこかおどおどとした様子である。

「じゃあ、俺だけ外に出してくれ」李医師が扉に向かうと、衛士は六尺棒で遮った。

「許可が出ておりません」

「藩なんとかいうお嬢の治療のために呼ばれたんだろ。もう用はないはずだが」

「張包さんを呼んで」小月が食い下がった。

「朝儀に参加中です」

「ちぇ、いらいらすんな。ここしか出口はないのかよ」

 李高有は正悟殿の石段に座り込んだ。

「貴様、そこに座るな。陛下がお通りになる道だぞ」

「俺な、昨日の夜、栄の町でお前さんたちの仲間に拉致られたんだ。おかげで一睡もできなかった」挑発するように李高有は石段の上で横になった。「朝儀とやらが終わったら起こしてくれ」

 小月は隣に腰かけた。

「李医師、栄の町で会ったあの女性はどうなりましたか?」

「ああ、あの母親か。助かったぞ、子供も元気だ」

「病は病人に触れることで伝染るんでしょう。それなのに藩貴妃は誰からどうやって伝染ったか、まるでわかっていないの。李医師はこの病に詳しいでしょ。どう考えたらいいんでしょうか」

 李医師は怠そうに体を起こした。「正直言うと、俺もまだわかってないんだ」

「栄の町でもそうなの?」

「うーん、あっちは慣れてるからな。今年も病の時期が来たか、くらいしか思ってないんだ。蔓延も早いが秋には激減するし。やり過ごせばいいとしか。だから皇都の街区は心配なんだ。慣れてる者がいないだろ」

「だから早く街区に行きたいのね」

 突然高熱で倒れて不安になっている人たちが沢山いることは想像に難くない。

「貴方をここに呼んで、と頼んだのは、実は私なの。藩貴妃の病が栄の町の風土病と同じかどうか診てほしくて。街区の人たちのことは頭になかった。そうよね、きっと彼らは恐怖と不安で生きた心地がしないはず。早くここを出ましょう」

「……と言ったって」

 小月はすっくと立ち上がって、声を張り上げた。「そうだ! 李医師、平寧宮にいらしてください。侍女の健康を診てもらいたいの。今すぐ!」

「あ、ああ」

 気圧されたようすの李医師は、闊歩する小月について歩いた。
 衛士の視線を背中に感じながら小月は声をひそめた。

「ちょっとの間だけ、鼻を塞いで我慢してもらえますか」

「鼻を塞げばここから出られるのか?」李医師は半笑いだ。

「後宮への出入り口は三つ。陛下が使う中央の扉。身分の低い者が使う東西の二つの通路。李医師がさっき後宮は綺麗だって言ったじゃない。それで考えてみたの。後宮はどこもかしこも綺麗だけど、汚物はどう処理されるんだろうって」

「まさか……」

 蒼白になった李医師を引きづるようにして、小月は登りゆく太陽に向かって力強く歩んだ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

女性が少ない世界に転生した控えめ伯爵令嬢、なぜか五人の婚約候補に選ばれて少しずつ恋を知っていきます

ノッポ
恋愛
女性が極端に少ない異世界に転生した私は、気づけば伯爵令嬢になっていた。 前世は日本で普通に生きていたせいか、貴族令嬢らしい強気な振る舞いがどうしても苦手。 社交界デビューを迎えても、「どうして私が選ばれるの?」と戸惑うばかりだった。 けれど今年デビューする高位令嬢はわずか三人。 家同士の思惑も重なり、騎士団長家の息子、宰相子息、魔術師団長の息子、幼なじみの侯爵子息、そして英雄騎士―― 五人の若きエリートとのお見合いが次々と始まってしまう。 遠慮がちで控えめな性格は、この世界では珍しく、気づけば少しずつ距離を縮めていく彼ら。 異世界での恋愛に戸惑う日々。けれど出会いを重ねるたびに、私は少しずつ変わっていく――。 女性希少世界で、自分の幸せを選べるようになるまでの逆ハーレム恋愛ファンタジー。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

処理中です...