後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

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明小月医師

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「お、意識がしっかりしてきたな。小月、水を持ってきてくれ」

 傍らの水瓶を覗いた小月は首を振る。「水は、だめ。新鮮じゃない。探しに──」

「おい、漏斗は持ってきたよな」

「え、はい」小月は懐から漏斗を出した。

「腐った水でいいから、下から飲ませてやろう」

「え、え、でも」

 腐った水など飲ませたら腹を下してしまうのではないだろうか。脱水症状が酷くなるのは本末転倒だ。

「沸かすのが一番いいんだが、時間がもったいない。下から飲ませるなら汚水でも問題はないんだ」

 きっぱりと言い切った李医師は男を裏返しにすると手際よく下半身を剥いた。小月は思わず後ろを向いた。

「お、おい、何すんだよ? え、おい、うわあ」

 尻を剥かれた青年が弱々しく抗議する。
 小月は今度は自分の裙を裂いた。隣の空いた瓶に移し替える。その際、薄布で水を濾した。

「小月、早く水を持ってこい!」

 鼻先に腐った水の匂いがまといつき、小月は顔をしかめた。

「……ぼうふらを濾したのか、そうか」

 小さく頷き、李医師は水瓶の水を漏斗に注いだ。

「ひゃあ、気持ち悪い」

「熱が出たのはいつだ?」

「……七日くらい前かな。よく覚えてねえ」青年は恥ずかしいのか顔を背けている。

「なら、お前は助かるだろう。尻から汚水を飲めるならな」

「……くそ」

「近くに井戸はありますか?」小月は目を逸らしながら訊いた。

「南端の壁際にある、けど……そんなに綺麗でもないぜ」

「ともかく、水を入れてきます」

 小月は空になった瓶を持って駆け出そうとした。
 すると戸口から、

「医者……?」「なんでいるんだ?」「医者だって……?」

 覗き込む三つの顔が現れた。

「うちのを診てくれないか」

「おい、どけ、ばばあ。俺の子供が先だ」

「お願いです、父を診てください」

 三人は小月の服を掴んでそれぞれの方向に引っ張る。

「順番に……順番に診ますから!」

 力づくで三方に引くものだから、小月はその場に躓いてしまった。

「おい、何してるんだ! 小月、大丈夫か!」李医師は怒声をあげた。

「大丈夫です! 転んでる場合じゃないわ!」

 小月はすぐに立ち上がった。そして呻いた。眼前には大勢の人間が蠢いていた。さきほどまで人の気配がなかった通りがすっかり埋め尽くされている。

「医者?」「医者みたいだぞ」「医者だってよ」さざ波のような伝言が拡がっていく。

「俺たちは死ぬのか」「閉じ込められて、もう出られないのか」「なんかの祟りなんだ」「外に出してくれ」「亡骸を弔いたい」

 問いが問いを呼んで、まるで荒波のように襲いかかってくる。咆吼に飲まれて、小月の体が揺らいだ。
 李医師が小月の怯んだ肩を叩いた。「しっかりしろ」

「は、はい!」

「ここに医者はいないのか?」

 李医師が問うと、みな一様に首を振った。その中の一人が苛立ちを投げつけるように言う。

「医者は金持ちしか診ねえ」

「おっと、そうだった。じゃあ、手伝ってくれ。いくら俺が天才医師でも手が足りない」

「……何をしたらいいんだ?」最前の男が全員を代表して訊ねた。

 李医師は小月の背を叩いた。「説明してやれ」

「私が?」

「おい、今から小月医師が指示を出すぜ! よく聞くんだぞ!」

 小月はいきなりふられて面食らったが、震えそうな腿をぴしゃりと叩いた。沢山の人間がこちらを見つめている。真剣な顔、怪訝そうな表情、諦念を刻んだ眉間、歪めた口元。

「私は明小月という医者です。彼は李高有、栄の町の名医です。みなさんを診にきました。流行り病を恐れることはありません。適切な手当てをすれば助かる者は必ず助かります。私達はこれまでにも何人も……何百人もの患者を診てきました!」

「本当か」

「はい!」

 嘘と笑顔で補強しただけの中身のない言葉だったが、小月は胸をはった。安堵の溜息がそこここで漏れた。

「この病は繰り返し熱が出ます。激しい悪寒と発汗が続きます。でも七日から十日乗り切れば必ず助かります。それ以上長引くことはありません!」

「その間に死ぬことだってあるだろ」「おい、黙ってろ」「うるさい、お前こそ」

「たしかに、体力のない者は死ぬでしょう。高熱は体力を奪います。一番注意すべきなのは脱水症状です。水を飲ませてください。綺麗な水をたっぷりと。それから滋養の──」

「綺麗な水う?」「井戸の水は濁ってるぞ」

「布袋はありませんか。布で濾して、その後は必ず火で沸かしてください」

 背後から布を裂く音が聞こえた。振り返ると李医師が右腕の袖を破り取るところだった。とうとう李医師の両腕が剥き出しになってしまった。

「それを……?」

 片側を結んだ袖を、李医師は最前の男に放った。男は袖を摘まみ上げてうろんな表情だ。

「井戸水を汲んだら、その布袋に入れて濾すんだ。濾した水を飲料用にする時は、面倒でも必ず沸かせ」

「……わかった」男は井戸水の管理を担当することになった。

 小月は声を張り上げた。「今家にある水は病人に飲ませないでください! 古い水は全部捨ててください。そこのあなた、隣のあなた、あなたも! 井戸水を濾して、沸騰させてください! あの人を……あの、お名前は?」

 小月は男に名を尋ねた。

「典弘だ」

「では井戸水の管理者、典弘さんを手伝ってあげてください」
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