後宮の虫籠で月は微睡む ~幼馴染みは皇帝陛下~

あかいかかぽ

文字の大きさ
38 / 55

役割

しおりを挟む
 小月は次々と人を指差した。選ばれた者は文句も言わずに群衆から抜け出して典弘とともに井戸に向かう。

「それから、今、私と視線があった二十人の人たちは病人を運んでください。この家に男の人を。向かいの家に女の人を。動かせない重病者と意識のない人は今から個別に李医師と私が対応します」

「で、でも触ったら伝染るんじゃないか。放っとくしかないだろう」一人がぶるぶると首を振って拒絶した。幾人かが同調して顔をしかめる。

「触っても伝染りません!」

「嘘だ。だったら何故俺たちは閉じ込められてるんだ」「伝染病だからだろう?」

 小月は唇をかんだ。伝染病であることは否めない。だが原因はまだわかってはいない。

「南街区が封鎖されているのは……病の発生源だと目されているからです。原因がわかれば封鎖はとけます。あるいは──」

「私達全員が死ぬのを待ってるんでしょうよ」「俺らが死んでも、上の奴らは困らねえもんな」群衆の中に諦念が頭をもたげはじめる。「呪われているんじゃないか」「今の皇帝に徳がないからだって噂だ」「その噂は聞いたことがある」「疫鬼には誰も勝てねえ」

 小月は言葉を叩きつけるように叫んだ。「全員で生き延びるんです! 病気が消えれば、万事解決します! 南街区の隔離は解除されます! みんなで頑張って生き延びましょう!」

「あのう」中年の女性が手をあげた。「うちの婆ちゃんが昨日死んで、亡骸は空き地に転がしてるけど、弔っていいかしら」

「馬鹿野郎。そんなもん転がしとくなよ」女の隣にいた男が唾を吐いた。

 遺体はすでに何体も見ている。風に吹き寄せられた綿埃のように無造作に転がっていた。放置しておくわけにはいかない。

 小月は意見がないかと李医師を振り返った。李医師はぽそりと「火葬にできないかな」と呟いた。

 声を上げた女性と隣の男性を含めて、小月は十人ほどを埋葬係に指名した。

「すぐに埋葬できないならば火葬にしましょう。腐敗が進まないうちに」

 人々の顔が一様に曇るのがわかった。この国の伝統的な埋葬は土葬である。だが例外的に火葬が選ばれることがあった。疫病による死者の場合である。地面に大きな穴を開けて複数の亡骸を投げ入れて同時に焼くのだ。

「触りたくねーよ」男性が喚く。 

「誰かがやらないといけないんだよ。いいよ、私はやるから」女性の決断は早かった。「もう蛆が湧いてるのもあるし。放っておいたら別の病気が流行っちまう。菰に包んで一カ所に集めて燃やすしかないね」

「どこで焼くんだよ?」

「南西の空き地を使おうと思うんだけど」

 訊かれた男性は渋々、「井戸とも離れているし、枯れ枝もあるし、そこしかないか」と答えた。

「動ける人は手伝ってちょうだい。力仕事だから男手は大歓迎だよ」

 埋葬担当の責任者は決まった。

「雲花、私も……」

 責任者のあとを小走りについていった女性は腕の中に子供を抱えていた。とうに死んだ子供だ。責任者になった女性の名前は頼雲花だと、小月は残った者に教わった。

「病を克服するには滋養のある物を食べて体力をつけなければなりませんが、ここには食べ物がどれくらいありますか?」

 半数ほどの人が首を振った。残りは首を傾げている。

 おずおずと発言があった。「蓄えてる者は少ないだろう」

「あっても正直に言うやつがいるものか。あ、俺はすっからかんだからな」

 小月は李医師を振り返った。街区を封鎖している衛士は、食べ物を差し入れてくれますよね。そう質問しようとしたが、考えを読んだように、彼は首を振る。

「でも、それじゃ……」

「交渉はしてみよう。金銭で釣ってみる。だが全員に必要な量は手配できないだろう」

 となると、街区の住人全員の協力が必要になってくる。

「……では提供してもよい、と思う方だけ協力してください。こちらで手に入れた物は協力してくれた方と共有します」

「蓄えが全くない俺はどうしたらいい?」小月より年下に見える少年が問う。破れた服の隙間から浮き上がった肋骨が痛々しい。

「調理や管理を手伝ってください。他に調理ができる方がいたら手をあげてもらえますか?」

「あいつ、できるよ。餃子屋の二徹」少年は恰幅のいい中年男性を指さした。

「餃子屋さん?」

 目抜き通りに餃子屋を営んでいるという男で、暁二徹と名乗った。

「ええ、あの……実は娘が家で伏しているんです。娘を診てもらえるなら協力します」

「もちろん、診ます!」

「ああ、餃子女もか……餃子女まで病気になったのか」少年は髪をくしゃくしゃと掻いた。

 餃子女という呼び名に聞き覚えがあったが、今の小月には記憶を探る余裕はない。
 南街区の中に広い炊事場を持つ家が何軒かあるようだった。そこを借りて、俺が調理すると暁二徹は請け負った。少年の他に幾人かの協力者が手をあげた。食糧の管理と調理は暁二徹に任せることにした。
 充分な食べ物を確保できるかあやしい状況である。どこまで人を信用していいのか、心配がないわけではなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...