欠落の探偵とまつろわぬ助手

あかいかかぽ

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「にゃあ」

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 9月は夏と秋の境界。長月という別名は長い月の夜に由来する。その日は9月上旬にしては寒い夜だった。
 東京と神奈川を隔てる大きな川のほとりを、男は目的地に向かって黙々と歩いていた。
 夕方降った雨で土手がぬかるんでいる。何度か滑りそうになりながら土手をのぼり、倉庫群の無機質な建造物を迂回して平屋の大きな建物に近づいていく。
 通用門は鍵が壊れて斜めになっている。表札のプレートは錆びている。かろうじて食品という文字だけが読みとれる、今は操業していない、食品工場の廃墟だった。

 にゃあ。

 足元に猫がまといつく。

 にゃあ。にゃああ。

 敷地は荒れていた。木製のパレットは何段も重なったまま朽ち、表面にオレンジ色のキノコを生やしている。膝丈に伸びた青々とした雑草が建物の周囲を包み込んでいる。雑草をかき分けて何匹もの猫が闖入者を確認に来る。野良猫の住処のようだ。
 男はまといつく猫を無視して建物に近づいた。
 日没とともに気温が下がってきている。首筋に感じた冷気を振り払い、男は今夜の寝床を確保するために廃工場の入口をくぐった。がらんとした工場内部は猫のしょんべんとカビと埃の臭い。野宿よりはマシだと歩を進めたが、あるものを見つけて足を止めた。
 床に人間が落ちている。
 女性。40歳前後。ハイブランドのワンピースにハンドバッグ。スカーフの下に索状痕。
 男は素早く遺体を確認すると、溜息をついて、コートのポケットからスマホを出した。

「川沿いの廃工場で絞殺遺体を発見した。あんたらの管轄だから連絡した。……おれは……何者でもない。ただの通りすがりのホームレスだ」

 割れた窓ガラスの向こうで月が笑っていた。

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