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百二十五、 海賊の洗礼
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「客人は船室に引っ込んでいろ」
ウーリ船長は腰に差していた剣を抜いた。
「なにをするんです?」
「お照、まずったな。下に行こう」
半兵衛はシャルルを抱きかかえてお照のそばに寄った。
ガランガランと鐘の音が響く。船室から水夫たちが意気揚々と甲板にあがってきた。手に手に剣や刀を握っている。
半兵衛がぽそりと呟いた。
「カルネアデス号は海賊船だ」
「そんな……」
お照たちは急いで女将の船室に向かった。
「海賊船ですって、そんなまさか。このわたしが海賊船と見破れずに契約したとでも言うのかね」
フェルセンはつまらない落語でも聞いたかのように顔をしかめた。
「しかたない。確認してまいりましょう。アントワネットさまは船室で待っていてください」
「わかりました。気をつけて」
フェルセンが出て行くと、女将は落ち着いたようすで冷めた茶を飲んだ。
「おかしいと思っていましたのよ。この船、寄せ集めですもの」
「寄せ集め?」
お照が聞き直すと、半兵衛はふっと息を吐いた。
「フェルセンどのは船倉まで見てないんでしょう。交易品を扱う船倉じゃない。扱った形跡もありませんね。船はどっかの国の海軍を真似て造られてるんでしょうが大砲はいろんな船の寄せ集め、船長室の内装も水夫も寄せ集め。方位磁針には東インド会社の印があった。分捕り品でしょう」
「やっぱり」悔恨を滲ませたのはレオンだった。「修道会の紋章が入った西洋長持を持っていた水夫がいたんです。蓋の一部が赤黒くなってて。持ち主の宣教師はどうなったんだろうって……」
それで船をおりた方がいいとお照に忠告したのか。
「アントワネットさま!」
フェルセンが蒼白な顔で駆け戻ってきた。
「ウーリ船長が見知らぬ船と交戦しようとしております。しばらく船室にこもっていましょう。敵船に攻撃力はないもようですが、なにかあれば、わたしが全力であなたをお守りいたします!」
「やはり海賊船でしたの?」
「……フェルセン一生の不覚。し、しかし、海賊など金で飼い慣らせます。バダヴィアまでご辛抱ください」
「果たしてそう上手くいくかな」
半兵衛が不穏なことを口にした。
「なんだと」
「正体を知られた相手に紳士然と振る舞ってくれるかね」
「……」
船がとまった。規則的な揺れと波を切る音が止んだのだ。帆を畳んだのだろう。
どたどたと足音がして船室の扉が乱暴に開かれた。現れたのはウーリ船長だ。背後には配下を従えている。
「あらためて挨拶に来てやったぜ。海賊船船長のウーリだ」
「敵船はどうなった」
フェルセンがさりげなく女将をかばう位置に立った。
先ほどの船は「敵船」ではないだろう。戦う術を持たない船など、海賊船にとってはたんなる獲物だ。
「海賊旗に恐れをなして一目散に逃げちまったよ。旗を揚げるのがちと早すぎたかな。追いかけようと思ったが、船速が出ねえ。無茶したら帆が破れるかもしんねえ。そこでな……」
ウーリ船長は船室の全員の顔を眺めやった。
「いらない奴は海に放り込むことに決めた」
沈黙が場を満たした。
「まずは船倉の中国人だ。船を軽くする。見に来るなら歓迎するぜ」
ウーリ船長が喉の奥で笑うと、手下はおもねるような笑声をもらす。納豆の糸のように粘っこい目をしている。
半兵衛が立ちあがった。
「勝手に決めるな。白蓮教徒は清国に送り届ける。それがおれの任務だ」
「逆らうな。おまえは便利な奴だ、殺したくない。食事係も必要だ。フェルセンは生かしておく。富裕な貴族なら国から身代金が取れそうだからな。通詞とババアとガキは奴隷として売るかもしれんが」
どうやら女将とシャルルの身元はばれていないようだ。ばれたらイギリスやスペインとやらに売られるかもしれない。
フェルセンがいきりたった。
「海賊風情がなんと無礼な。お二人はわたしの家族だ。そっちの侍女と下男は……彼らはアントワネットさまの奴隷である。なんにしても我らの所有物である。ウーリ船長にはなんの権利もない」
「まあ、奴隷じゃありませんよ、フェルセン」
女将はお照と半兵衛を奴隷と言ったことに憤った。
「便宜上です」
「便宜上だろうがなんだろうが、奴隷呼ばわりはよくありませんわ。実体は家族ですよ」
「家族。いや、それはさすがに……」
フェルセンと女将が海賊そっちのけで口喧嘩を始めたので、ウーリ船長は苛立ちをあらわにした。
「家族だろうが奴隷だろうが、船長の命令は至上だ。しかもおれは海賊船の船長なんだぞ。もっと敬ったらどうだ。いやなら海にドボンだ!」
フェルセンは肩をすくめた。
「ようし、みんな甲板に出ろ。船長の命令だ。この船に乗る人間の命はすべておれが握っていることをわからせてやる」
お照たちは船長の指示で舵のある上甲板に上がらされた。
甲板の中心に白蓮教徒が集められているのがよく見える。彼らは手首だけ縛られた状態で膝立ちにさせられ、うつむいていた。これから自分たちに起こる悲劇を従順に受け入れているように見える。
その周囲を、薄笑いを浮かべた海賊たちが手に手に武器を提げて取り巻いている。
「では客人たちに船長の権限を見せてやろう。崇め奉りたくなる光景だぞ。まずはおまえからだ」
最初の一人が選ばれた。
立たされたのは棒手裏剣男だった。
ウーリ船長は腰に差していた剣を抜いた。
「なにをするんです?」
「お照、まずったな。下に行こう」
半兵衛はシャルルを抱きかかえてお照のそばに寄った。
ガランガランと鐘の音が響く。船室から水夫たちが意気揚々と甲板にあがってきた。手に手に剣や刀を握っている。
半兵衛がぽそりと呟いた。
「カルネアデス号は海賊船だ」
「そんな……」
お照たちは急いで女将の船室に向かった。
「海賊船ですって、そんなまさか。このわたしが海賊船と見破れずに契約したとでも言うのかね」
フェルセンはつまらない落語でも聞いたかのように顔をしかめた。
「しかたない。確認してまいりましょう。アントワネットさまは船室で待っていてください」
「わかりました。気をつけて」
フェルセンが出て行くと、女将は落ち着いたようすで冷めた茶を飲んだ。
「おかしいと思っていましたのよ。この船、寄せ集めですもの」
「寄せ集め?」
お照が聞き直すと、半兵衛はふっと息を吐いた。
「フェルセンどのは船倉まで見てないんでしょう。交易品を扱う船倉じゃない。扱った形跡もありませんね。船はどっかの国の海軍を真似て造られてるんでしょうが大砲はいろんな船の寄せ集め、船長室の内装も水夫も寄せ集め。方位磁針には東インド会社の印があった。分捕り品でしょう」
「やっぱり」悔恨を滲ませたのはレオンだった。「修道会の紋章が入った西洋長持を持っていた水夫がいたんです。蓋の一部が赤黒くなってて。持ち主の宣教師はどうなったんだろうって……」
それで船をおりた方がいいとお照に忠告したのか。
「アントワネットさま!」
フェルセンが蒼白な顔で駆け戻ってきた。
「ウーリ船長が見知らぬ船と交戦しようとしております。しばらく船室にこもっていましょう。敵船に攻撃力はないもようですが、なにかあれば、わたしが全力であなたをお守りいたします!」
「やはり海賊船でしたの?」
「……フェルセン一生の不覚。し、しかし、海賊など金で飼い慣らせます。バダヴィアまでご辛抱ください」
「果たしてそう上手くいくかな」
半兵衛が不穏なことを口にした。
「なんだと」
「正体を知られた相手に紳士然と振る舞ってくれるかね」
「……」
船がとまった。規則的な揺れと波を切る音が止んだのだ。帆を畳んだのだろう。
どたどたと足音がして船室の扉が乱暴に開かれた。現れたのはウーリ船長だ。背後には配下を従えている。
「あらためて挨拶に来てやったぜ。海賊船船長のウーリだ」
「敵船はどうなった」
フェルセンがさりげなく女将をかばう位置に立った。
先ほどの船は「敵船」ではないだろう。戦う術を持たない船など、海賊船にとってはたんなる獲物だ。
「海賊旗に恐れをなして一目散に逃げちまったよ。旗を揚げるのがちと早すぎたかな。追いかけようと思ったが、船速が出ねえ。無茶したら帆が破れるかもしんねえ。そこでな……」
ウーリ船長は船室の全員の顔を眺めやった。
「いらない奴は海に放り込むことに決めた」
沈黙が場を満たした。
「まずは船倉の中国人だ。船を軽くする。見に来るなら歓迎するぜ」
ウーリ船長が喉の奥で笑うと、手下はおもねるような笑声をもらす。納豆の糸のように粘っこい目をしている。
半兵衛が立ちあがった。
「勝手に決めるな。白蓮教徒は清国に送り届ける。それがおれの任務だ」
「逆らうな。おまえは便利な奴だ、殺したくない。食事係も必要だ。フェルセンは生かしておく。富裕な貴族なら国から身代金が取れそうだからな。通詞とババアとガキは奴隷として売るかもしれんが」
どうやら女将とシャルルの身元はばれていないようだ。ばれたらイギリスやスペインとやらに売られるかもしれない。
フェルセンがいきりたった。
「海賊風情がなんと無礼な。お二人はわたしの家族だ。そっちの侍女と下男は……彼らはアントワネットさまの奴隷である。なんにしても我らの所有物である。ウーリ船長にはなんの権利もない」
「まあ、奴隷じゃありませんよ、フェルセン」
女将はお照と半兵衛を奴隷と言ったことに憤った。
「便宜上です」
「便宜上だろうがなんだろうが、奴隷呼ばわりはよくありませんわ。実体は家族ですよ」
「家族。いや、それはさすがに……」
フェルセンと女将が海賊そっちのけで口喧嘩を始めたので、ウーリ船長は苛立ちをあらわにした。
「家族だろうが奴隷だろうが、船長の命令は至上だ。しかもおれは海賊船の船長なんだぞ。もっと敬ったらどうだ。いやなら海にドボンだ!」
フェルセンは肩をすくめた。
「ようし、みんな甲板に出ろ。船長の命令だ。この船に乗る人間の命はすべておれが握っていることをわからせてやる」
お照たちは船長の指示で舵のある上甲板に上がらされた。
甲板の中心に白蓮教徒が集められているのがよく見える。彼らは手首だけ縛られた状態で膝立ちにさせられ、うつむいていた。これから自分たちに起こる悲劇を従順に受け入れているように見える。
その周囲を、薄笑いを浮かべた海賊たちが手に手に武器を提げて取り巻いている。
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