8 / 53
第一章 愛犬
1
しおりを挟む
此花隆志は指定された事務所のドアをノックした。
「どうぞ~」
若い女性の許可。こほんと喉を鳴らしてからドアノブを回す。
「失礼しま──」
「せめて交通費ぐらいもらってきてくれませんか」
狭い事務所の中には机がひとつしかない。そこを占有している老人がパソコンを前にしてぼやいている。
「そんなこといってもさあ、幽霊じゃなかったんだからお祓いできないし」
後ろのソファにだらしなく伸びているのは虎柄のワンピースを着た女の子。
老人と女の子……経営者とその孫だろうか。
「黙っていたらわからないじゃないですか。塩と酒でも撒いて『除霊終わりました』と言えば喜ばれますよ。あ、依頼のかた? そこに座って」
「はい……」
指定された丸椅子は不安定に揺れる。ビスでも緩んでいるのか、両足を開いて座り、バランスを取る。
「そういう演技は得意だよね、仙師」
「お客さん来たから、双葉師匠はもうだまって。はい、えーと、此花隆志さん、でしたよね。除霊のご依頼っと」
「は、はい」
この老人は見覚えがある。
『どんなしつこい悪霊もプロのお祓い師におまかせください!』
そんなキャッチコピーと並んで陰陽師の格好をしてサイトの載っていた虚洞仙師だ。白髪白髯が神々しい。七十の坂は優に超えているだろう。
だが枯れた老人というよりも旧約聖書のモーゼのような迫力を、初めてサイトの画面を見たときに感じたのだ。頼もしいと思った。
だから虚洞仙師に除霊を依頼したくて来たのだ。だが目の前の仙師は──
「なんじゃ、なにをじろじろ見ておる」
「Tシャツ、ポケモンですね」
「ポケモン、可愛かろ」
さすがに普段着が陰陽師の装束のわけがないか、とそこは納得するしかない。
いや、考えようによってはふさわしいかもしれない。だって、モンスターは調伏対象のはずだから。
「で、どした?」
「呪いって本当にあるんでしょうか」
「なにがあったんだね。自覚症状があるなら教えてくれたまえ」
仙師は顎を突き出して促してくる。ちょっと戸惑った。というのも、呪われているのはぼくではなくて……。
「犬? 君んちの犬が呪われてるって?」
「……はあ」
犬の名前はザビエル。子犬のとき頭頂部の毛が薄かったのが名前の由来だ。犬種はチワプー。チワワとトイプードルのミックス。
飼い主の贔屓目ではあるがザビエルは賢くて社交的でとにかく可愛い。おとなしくてモフモフしていてとにかく可愛い。何度でも言う、とにかく可愛い。
それがここ二週間ほどようすがおかしい。虚空に向かって吠えているかと思ったら、隅にうずくまって怯えていたり、大好きな散歩に出たがらなくなるし、一日中ぐったりと寝ていることもある。
「病院につれていったらどうです?」
「もちろんつれていきましたよ。異常なしでした」
「失礼だが、老犬なのかな。わしのような……?」
「二歳ですよ。チワプーは比較的新しい犬種ですけど、寿命は十年以上あると言われています」
「自宅で飼ってるのかな」
「ええ、賃貸のマンションです。もちろんペット可のところです」
「となると」仙師は少女を振り返った。「見に行くしかないよねえ」
「え、やだ。わたしはパス!」
少女は顔をしかめた。
「ちょっと待ってください。うちに来るんですか? お札とかでなんとかなりません?」
仙師は、物わかりの悪い子供を見るような目でぼくを見た。
「ワンちゃんが心配でしょ。善は急げっていうし。いますぐこれからダッシュで伺いますね」
「え、きゅ、急ですね」
こちらの都合は考えてくれないらしい。
「急だと困ることでも?」
「……ちなみに費用はいかほど……」
金額を聞いてから「金欠なので今回は辞退します……」と帰っちゃえばいい。
ザビエルのことは心配だが、どうにも胡散臭い。なにしろ、塩と酒でも撒いてお祓いしたことにすればいいって耳にしちゃったあとだからなおさらだ。ポケモンTシャツ着てるし。
さっきまでは気にならなかったことが妙に気になってくる。インチキかもしれない。本当にお祓いなんかできるのかな。不安がむくむくとわいてきた。
断る気満々でかまえていると、
「ただでいいよ」
と少女が言い放った。
「どうぞ~」
若い女性の許可。こほんと喉を鳴らしてからドアノブを回す。
「失礼しま──」
「せめて交通費ぐらいもらってきてくれませんか」
狭い事務所の中には机がひとつしかない。そこを占有している老人がパソコンを前にしてぼやいている。
「そんなこといってもさあ、幽霊じゃなかったんだからお祓いできないし」
後ろのソファにだらしなく伸びているのは虎柄のワンピースを着た女の子。
老人と女の子……経営者とその孫だろうか。
「黙っていたらわからないじゃないですか。塩と酒でも撒いて『除霊終わりました』と言えば喜ばれますよ。あ、依頼のかた? そこに座って」
「はい……」
指定された丸椅子は不安定に揺れる。ビスでも緩んでいるのか、両足を開いて座り、バランスを取る。
「そういう演技は得意だよね、仙師」
「お客さん来たから、双葉師匠はもうだまって。はい、えーと、此花隆志さん、でしたよね。除霊のご依頼っと」
「は、はい」
この老人は見覚えがある。
『どんなしつこい悪霊もプロのお祓い師におまかせください!』
そんなキャッチコピーと並んで陰陽師の格好をしてサイトの載っていた虚洞仙師だ。白髪白髯が神々しい。七十の坂は優に超えているだろう。
だが枯れた老人というよりも旧約聖書のモーゼのような迫力を、初めてサイトの画面を見たときに感じたのだ。頼もしいと思った。
だから虚洞仙師に除霊を依頼したくて来たのだ。だが目の前の仙師は──
「なんじゃ、なにをじろじろ見ておる」
「Tシャツ、ポケモンですね」
「ポケモン、可愛かろ」
さすがに普段着が陰陽師の装束のわけがないか、とそこは納得するしかない。
いや、考えようによってはふさわしいかもしれない。だって、モンスターは調伏対象のはずだから。
「で、どした?」
「呪いって本当にあるんでしょうか」
「なにがあったんだね。自覚症状があるなら教えてくれたまえ」
仙師は顎を突き出して促してくる。ちょっと戸惑った。というのも、呪われているのはぼくではなくて……。
「犬? 君んちの犬が呪われてるって?」
「……はあ」
犬の名前はザビエル。子犬のとき頭頂部の毛が薄かったのが名前の由来だ。犬種はチワプー。チワワとトイプードルのミックス。
飼い主の贔屓目ではあるがザビエルは賢くて社交的でとにかく可愛い。おとなしくてモフモフしていてとにかく可愛い。何度でも言う、とにかく可愛い。
それがここ二週間ほどようすがおかしい。虚空に向かって吠えているかと思ったら、隅にうずくまって怯えていたり、大好きな散歩に出たがらなくなるし、一日中ぐったりと寝ていることもある。
「病院につれていったらどうです?」
「もちろんつれていきましたよ。異常なしでした」
「失礼だが、老犬なのかな。わしのような……?」
「二歳ですよ。チワプーは比較的新しい犬種ですけど、寿命は十年以上あると言われています」
「自宅で飼ってるのかな」
「ええ、賃貸のマンションです。もちろんペット可のところです」
「となると」仙師は少女を振り返った。「見に行くしかないよねえ」
「え、やだ。わたしはパス!」
少女は顔をしかめた。
「ちょっと待ってください。うちに来るんですか? お札とかでなんとかなりません?」
仙師は、物わかりの悪い子供を見るような目でぼくを見た。
「ワンちゃんが心配でしょ。善は急げっていうし。いますぐこれからダッシュで伺いますね」
「え、きゅ、急ですね」
こちらの都合は考えてくれないらしい。
「急だと困ることでも?」
「……ちなみに費用はいかほど……」
金額を聞いてから「金欠なので今回は辞退します……」と帰っちゃえばいい。
ザビエルのことは心配だが、どうにも胡散臭い。なにしろ、塩と酒でも撒いてお祓いしたことにすればいいって耳にしちゃったあとだからなおさらだ。ポケモンTシャツ着てるし。
さっきまでは気にならなかったことが妙に気になってくる。インチキかもしれない。本当にお祓いなんかできるのかな。不安がむくむくとわいてきた。
断る気満々でかまえていると、
「ただでいいよ」
と少女が言い放った。
12
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる