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序章 家
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少女が微笑むと、兄妹の顔はとたんに険しくなった。
「そんなことない。おれは見たぞ。ランドセルを背負った子供を」
「わたしも見たわ。あやとりをして遊ぶ女の子」
初耳だ。穂乃果まですっかり信じているようだ。
わたしの知らないうちに、兄妹は幽霊の目撃例を増やしている。
「それだけじゃない、台所に立つ人影とか。それはたぶん大人だったと思う」
「何人もの幽霊がいるのよ。ほかには──」
幸太郎と穂乃果は少女を糾弾するような勢いで話し出した。
わたしはただ呆然とするしかない。
なんでこんなことになっているのだろう。
幸太郎の足下にルンバがぶつかって向きを変えた。言いつのることに必死で、幸太郎は気にもとめていない。
「やっぱりニセモノか、あんたは! もう帰ってくれ」
「そうよ、説明できないなら……ちょっと待って。最初から騙すつもりだったの? だったら適当なことを言って、お祓いの真似事をして、礼金をもらって帰るほうが利口よね」
穂乃果が重要なことに気づいた。
「それも、そうだな……」
幸太郎もはっとして身を引いた。所詮は考えの浅い、年端もいかない少女だと気づいて恥ずかしくなったのだろうか。
「でも、たしかに見たぞ。ぼんやりとはしていたが、野良猫とかじゃなかった。つまり、あんたの霊能力はおれたちより劣っているってことなんだな」
「わたしたちやヤスさんが見たのはなんなの。気のせいなの?」
「やっぱ幽霊だと思う。ほかの除霊師を呼ぼう」
幸太郎がスマホを取り出す。
「幽霊じゃないです」
少女はわたしのほうを見て問う。
「覚えていませんか。ランドセルを背負った男の子、楽しそうに一人であやとりをする女の子、台所で炊事をするお母さん、うたたねばかりするお爺さん、羊羹が大好きなお婆さん」
少女は経文のようにすらすらと口にする。幸太郎と穂乃果が驚愕に目を瞠った。目撃例になかったものまで含まれているからだろう。
「わたしには見えないけど、本当にそんなことがあるのかしら」
「ありますよ。わたしはお祓い師なので、祓えないものは祓えないって言うしかありません。だから今回はお代はいただきません。自分たちでなんとか解決してください」
「無責任だな」幸太郎は納得いかないと鼻を鳴らした。「だいたい、どっちに向かって話をしているんだ。こっち見ろよ」
「結局は手に負えないって、逃げ出すわけね」
穂乃果もいつになく攻撃的だ。
だが少女は二人を無視している。わたしに向かってこう言った。
「あなたは穂乃果さんと幸太郎さんの祖母ではありません」
「……はい?」
「おい、さっきから誰と話してるんだ?」
幸太郎が訝しげにこちらをに目を向けた。だがわたしと視線が合うことはなかった。
ルンバがゆっくりとやってきた。今度は幸太郎にはぶつかることなく、しかしどこか逡巡するような動きで近づいてくる。そして、するりとわたしの足をすり抜けていった。
「わたしは……」
「あなたは家なんです。思い出を繰り返し夢見ている、この家そのもの」
幸太郎と穂乃果ははっとした顔で家の中を見回した。
「ああ……わたしの、思い出……」
ランドセルを背負った幸太郎、あやとりが好きな穂乃果。働き者の母親、優しくて少し頑固だった祖父母。
この家が忘れられないでいる、大切な記憶の欠片。
体が勝手に、ふらふらと仏間に向かう。
「伝えてください。幸太郎と穂乃果に。さようなら。脅かしてごめんねって」
夢から覚めてしまう。まもなく目が覚めて、意識は消えてしまうだろう。
仏壇には娘とわたしの写真が並んでいる。いや、わたしではない。わたしが愛した家族の──
「さようなら、脅かしてごめんねって言ってました」
「……さようならって言われても……出てかないけど」
「こういうことはよくあるんですか? 家が夢を見る、とか」
「さあ、どうでしょう」
「この家はもう二度と夢を見ないのでしょうか」
「お二人がこれからどう過ごされるか、じゃないでしょうか。断言はできません。もし異変があったらお祓いを呼んでください。この家を守る者はいなくなりましたので、次に異変があれば幽霊の仕業かもしれませんから」
少女はにたりと笑った。
少女が帰ると兄妹は顔を見合わせて困惑を確認し合った。
「印象ががらりと変わる女の子だったわね。へんなことを言うみたいだけど、あの子、人間だったのかしら」
「結局名前を聞くのを忘れちまったな。まあ調べれば……あれ」
「どうしたの」
「サイトが消えてる」
「……そう。でも不思議じゃない気がする。おかしなこと言うようだけど。ねえ、夕飯はハンバーグのせカレーライスでいいかな。お婆ちゃんが昔よく作ってくれたやつ」
「おれが作るよ。料理はけっこう得意なんだ」
幸太郎は胸を叩いて立ち上がった。
「あれ、兄さんって、ほんとはそんなに背が高いんだっけ」
ひさしぶりに笑いあった兄妹の声は家の中に響き渡った。
「そんなことない。おれは見たぞ。ランドセルを背負った子供を」
「わたしも見たわ。あやとりをして遊ぶ女の子」
初耳だ。穂乃果まですっかり信じているようだ。
わたしの知らないうちに、兄妹は幽霊の目撃例を増やしている。
「それだけじゃない、台所に立つ人影とか。それはたぶん大人だったと思う」
「何人もの幽霊がいるのよ。ほかには──」
幸太郎と穂乃果は少女を糾弾するような勢いで話し出した。
わたしはただ呆然とするしかない。
なんでこんなことになっているのだろう。
幸太郎の足下にルンバがぶつかって向きを変えた。言いつのることに必死で、幸太郎は気にもとめていない。
「やっぱりニセモノか、あんたは! もう帰ってくれ」
「そうよ、説明できないなら……ちょっと待って。最初から騙すつもりだったの? だったら適当なことを言って、お祓いの真似事をして、礼金をもらって帰るほうが利口よね」
穂乃果が重要なことに気づいた。
「それも、そうだな……」
幸太郎もはっとして身を引いた。所詮は考えの浅い、年端もいかない少女だと気づいて恥ずかしくなったのだろうか。
「でも、たしかに見たぞ。ぼんやりとはしていたが、野良猫とかじゃなかった。つまり、あんたの霊能力はおれたちより劣っているってことなんだな」
「わたしたちやヤスさんが見たのはなんなの。気のせいなの?」
「やっぱ幽霊だと思う。ほかの除霊師を呼ぼう」
幸太郎がスマホを取り出す。
「幽霊じゃないです」
少女はわたしのほうを見て問う。
「覚えていませんか。ランドセルを背負った男の子、楽しそうに一人であやとりをする女の子、台所で炊事をするお母さん、うたたねばかりするお爺さん、羊羹が大好きなお婆さん」
少女は経文のようにすらすらと口にする。幸太郎と穂乃果が驚愕に目を瞠った。目撃例になかったものまで含まれているからだろう。
「わたしには見えないけど、本当にそんなことがあるのかしら」
「ありますよ。わたしはお祓い師なので、祓えないものは祓えないって言うしかありません。だから今回はお代はいただきません。自分たちでなんとか解決してください」
「無責任だな」幸太郎は納得いかないと鼻を鳴らした。「だいたい、どっちに向かって話をしているんだ。こっち見ろよ」
「結局は手に負えないって、逃げ出すわけね」
穂乃果もいつになく攻撃的だ。
だが少女は二人を無視している。わたしに向かってこう言った。
「あなたは穂乃果さんと幸太郎さんの祖母ではありません」
「……はい?」
「おい、さっきから誰と話してるんだ?」
幸太郎が訝しげにこちらをに目を向けた。だがわたしと視線が合うことはなかった。
ルンバがゆっくりとやってきた。今度は幸太郎にはぶつかることなく、しかしどこか逡巡するような動きで近づいてくる。そして、するりとわたしの足をすり抜けていった。
「わたしは……」
「あなたは家なんです。思い出を繰り返し夢見ている、この家そのもの」
幸太郎と穂乃果ははっとした顔で家の中を見回した。
「ああ……わたしの、思い出……」
ランドセルを背負った幸太郎、あやとりが好きな穂乃果。働き者の母親、優しくて少し頑固だった祖父母。
この家が忘れられないでいる、大切な記憶の欠片。
体が勝手に、ふらふらと仏間に向かう。
「伝えてください。幸太郎と穂乃果に。さようなら。脅かしてごめんねって」
夢から覚めてしまう。まもなく目が覚めて、意識は消えてしまうだろう。
仏壇には娘とわたしの写真が並んでいる。いや、わたしではない。わたしが愛した家族の──
「さようなら、脅かしてごめんねって言ってました」
「……さようならって言われても……出てかないけど」
「こういうことはよくあるんですか? 家が夢を見る、とか」
「さあ、どうでしょう」
「この家はもう二度と夢を見ないのでしょうか」
「お二人がこれからどう過ごされるか、じゃないでしょうか。断言はできません。もし異変があったらお祓いを呼んでください。この家を守る者はいなくなりましたので、次に異変があれば幽霊の仕業かもしれませんから」
少女はにたりと笑った。
少女が帰ると兄妹は顔を見合わせて困惑を確認し合った。
「印象ががらりと変わる女の子だったわね。へんなことを言うみたいだけど、あの子、人間だったのかしら」
「結局名前を聞くのを忘れちまったな。まあ調べれば……あれ」
「どうしたの」
「サイトが消えてる」
「……そう。でも不思議じゃない気がする。おかしなこと言うようだけど。ねえ、夕飯はハンバーグのせカレーライスでいいかな。お婆ちゃんが昔よく作ってくれたやつ」
「おれが作るよ。料理はけっこう得意なんだ」
幸太郎は胸を叩いて立ち上がった。
「あれ、兄さんって、ほんとはそんなに背が高いんだっけ」
ひさしぶりに笑いあった兄妹の声は家の中に響き渡った。
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