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第一章 愛犬
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電話番号に覚えがない。間違い電話だろう、そうでなければアイツか、と躊躇しながらも電話に出た。
『此花さん、今居る場所で待っててもらえますか』
「え……あ、師匠?」
とっさに名前が浮かばずに間抜けな応対をしてしまった。アイツだったら塩対応しようとかまえていたので、拍子抜けしてしまった。
電話番号を教えたっけ。ああ、最初に連絡したときに入力したんだった。
「もう用はないんで切りますよ」
『まもなくつきますので、ほら、反対側を見てください』
言われたまま顔を向けると、虎柄のワンピースが目に飛び込んだ。師匠が立っている。背後でドアをしめたタクシーが走り去ってゆく。
「ぼくのいる場所がよくわかりましたね」
「霊波を拾いました。弟子が失礼をはたらいたようで申し訳ない。いまから霊体と弟子を回収に行きます」
「で、でも」
「今回は無料で承ります」
ほっと息をつくと、ザビエルが猛烈な勢いで吠えだした。歯を剥き出して小さな鬼みたいだ。
「キャリーケースを近づけないでください」
師匠は一歩後退った。
「す、すいません。おかしいな、こんなに荒れること普段はないのに。怖いですよね、本当にすみません」
「いえ、こちらこそ。犬とはどうにも相性が悪く、いつも吠えられてしまって。……わたしはけして犬が嫌いなわけではないんです。一方的に犬に嫌われているだけなんです。ご理解ください」
「はあ、それは気の毒に」
結局、もう一度マンションに戻ることになった。信用したわけではないが、せっかく来てくれたのに放り出すのは気が咎めたからだ。
だが肝心の部屋の前までくると、師匠は「あちゃあ」と変な声を出した。
「どうしました?」
「先に部屋に入ってください。仙師を連れてきてもらえますか」
「? はい」
「ああ、お帰りなさい。勝手に掃除機を使わせてもらいました」
部屋はだいぶ綺麗になっていた。窓も開けてありタバコの匂いも抜けている。
だがこの部屋のどこかに幽霊がいるのかもしれないと思うと気が抜けない。
忍び足でベランダまで行き、キャリーケースをそっと置いた。鼻を鳴らすザビエル。もうちょっと我慢してくれ。
「あとは乾拭きをするだけです」
「そんなことより……」
師匠がドアの外に待っていると伝えると、仙師は神妙な顔になって出て行った。
ザビエルが急に吠えだした。かと思うとびくんと跳ね、尻尾を巻いてうずくまった。なにかに怯えている。
「ザビエル……?」
「ちょっとすみませんね」
仙師がベランダに顔を出した。手になにかを持っている。細長く切った黄色い紙片。
「なにしてるんです?」
「首輪の代わりです。あ、逃げるな、こら」
仙師は黄色い紙片の端と端を合わせて輪にした。接着剤の類は見当たらないのに、紙は丸い形を保った。それだけではない、空中に輪が浮かんでいる。
「わわわ」
いや、手品に違いない。手品でないと困る。仙師は首輪と言ったのだ。いったいなんの首に巻いたのだ?
「よし、これでよし、双葉師匠。準備できました!」
輪っかは宙に浮いた状態で左右に動く。輪が近づくとザビエルが緊張しているのがわかった。
「ザビエルに近づくな!」
ザビエルをかばう形でキャリーケースの前に体を滑り込ませた。
とっさの行動だった。悪霊への恐怖よりもザビエルになにかあったら嫌だという切迫感が勝った。
だが輪っかは襲いかかってはこなかった。それどころか輪っかの動きに既視感さえ覚えた。前後左右に首を振るさまは人間が這いつくばって苦悶しているさまに見えなくもない。
輪っかはかなり太いので、プロレスラー並みのごつい首回りの持ち主のはずだが。
だがその動きは次第に落ち着いてきた。
『此花さん、今居る場所で待っててもらえますか』
「え……あ、師匠?」
とっさに名前が浮かばずに間抜けな応対をしてしまった。アイツだったら塩対応しようとかまえていたので、拍子抜けしてしまった。
電話番号を教えたっけ。ああ、最初に連絡したときに入力したんだった。
「もう用はないんで切りますよ」
『まもなくつきますので、ほら、反対側を見てください』
言われたまま顔を向けると、虎柄のワンピースが目に飛び込んだ。師匠が立っている。背後でドアをしめたタクシーが走り去ってゆく。
「ぼくのいる場所がよくわかりましたね」
「霊波を拾いました。弟子が失礼をはたらいたようで申し訳ない。いまから霊体と弟子を回収に行きます」
「で、でも」
「今回は無料で承ります」
ほっと息をつくと、ザビエルが猛烈な勢いで吠えだした。歯を剥き出して小さな鬼みたいだ。
「キャリーケースを近づけないでください」
師匠は一歩後退った。
「す、すいません。おかしいな、こんなに荒れること普段はないのに。怖いですよね、本当にすみません」
「いえ、こちらこそ。犬とはどうにも相性が悪く、いつも吠えられてしまって。……わたしはけして犬が嫌いなわけではないんです。一方的に犬に嫌われているだけなんです。ご理解ください」
「はあ、それは気の毒に」
結局、もう一度マンションに戻ることになった。信用したわけではないが、せっかく来てくれたのに放り出すのは気が咎めたからだ。
だが肝心の部屋の前までくると、師匠は「あちゃあ」と変な声を出した。
「どうしました?」
「先に部屋に入ってください。仙師を連れてきてもらえますか」
「? はい」
「ああ、お帰りなさい。勝手に掃除機を使わせてもらいました」
部屋はだいぶ綺麗になっていた。窓も開けてありタバコの匂いも抜けている。
だがこの部屋のどこかに幽霊がいるのかもしれないと思うと気が抜けない。
忍び足でベランダまで行き、キャリーケースをそっと置いた。鼻を鳴らすザビエル。もうちょっと我慢してくれ。
「あとは乾拭きをするだけです」
「そんなことより……」
師匠がドアの外に待っていると伝えると、仙師は神妙な顔になって出て行った。
ザビエルが急に吠えだした。かと思うとびくんと跳ね、尻尾を巻いてうずくまった。なにかに怯えている。
「ザビエル……?」
「ちょっとすみませんね」
仙師がベランダに顔を出した。手になにかを持っている。細長く切った黄色い紙片。
「なにしてるんです?」
「首輪の代わりです。あ、逃げるな、こら」
仙師は黄色い紙片の端と端を合わせて輪にした。接着剤の類は見当たらないのに、紙は丸い形を保った。それだけではない、空中に輪が浮かんでいる。
「わわわ」
いや、手品に違いない。手品でないと困る。仙師は首輪と言ったのだ。いったいなんの首に巻いたのだ?
「よし、これでよし、双葉師匠。準備できました!」
輪っかは宙に浮いた状態で左右に動く。輪が近づくとザビエルが緊張しているのがわかった。
「ザビエルに近づくな!」
ザビエルをかばう形でキャリーケースの前に体を滑り込ませた。
とっさの行動だった。悪霊への恐怖よりもザビエルになにかあったら嫌だという切迫感が勝った。
だが輪っかは襲いかかってはこなかった。それどころか輪っかの動きに既視感さえ覚えた。前後左右に首を振るさまは人間が這いつくばって苦悶しているさまに見えなくもない。
輪っかはかなり太いので、プロレスラー並みのごつい首回りの持ち主のはずだが。
だがその動きは次第に落ち着いてきた。
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