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第1-8話 出発
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失敗できない。沢蓮至とうまく合流しなければならないのだから。
石栄が死んだことを知ったら三娘はぼくを見限るだろう。行く末は惨めに死ぬだけ。自分の価値を殺すことになる。沢蓮至と再会するまで嘘を突き通さねばならない。
三娘がぼくを利用するなら、ぼくも三娘を利用してもいいだろう。
「いつも四、五日で戻ってきたけど。距離は同じくらいなんですね」
「奴ら……殺し屋は、従者が二人いることを知っていたのだろうか。従者の一人が不在だと知ったならば逃げ出した皇孫とやがてどこかで合流すると考えるだろう。突如あらわれた白仮面を見てさすがに従者とは思わないだろうし。奴らが石栄を見つける前につかまえなければ。問題はどちらに向かうかだ。五娘、占えるか。八卦とかあるだろう」
五娘と呼びかけられるたびに尻がもぞもぞする。
「占いなんてできないよ」
「筮竹とか霊視とか、なんかあるだろう」
首を振ると三娘は露骨に眉を曇らせた。
「道観に住んでいながらなにもできないのかよ。特技は女の衣装がわたしより似合うだけなのか」
三娘はいらだって頭を掻いた。女の衣装が似合うかどうかはなんの関係もないことだ。
照勇が黙っていると、三娘は質問を切り替えた。
「買い出しだと言っていたな。いつもはどんなものを買って帰ってくるんだ?」
「食べ物なら干し魚や鶏卵、果物と蔬菜、あとは布や書物かな」
「書物か。手掛かりになりそうだな。どんな本だ?」
「妖怪や幽霊が出てくる伝奇志怪小説、英雄豪傑が活躍する武侠小説、公案小説や志人小説、滑稽話集。艶本?とかはまだ早いって言われたけど」
「娯楽本ばかりじゃないか。そんなのはどっちの町でも売ってる。古本屋の印判が押されていただろう」
「古本? いつも新しい本だったよ」
「ふうん。金はどうやって調達したんだろう。朝廷とは連絡を絶っていたはずだが」
本は高価なものらしい。そんなことも知らなかった。金銭の実物も見たことがない。
「出かけるときはいつも背負子姿だったよ。茸を背負ってた」
「茸?」
「岩に生える茸。あとはきらきらした鉱石とか」
「そうか。稀少な薬の原料を薬種商に売っていたのか。となると南か。南の町には薬種商があったはずだ。よし、さっそくそこを訪ねてみよう」
三娘は地図を足で消すと、剣を背中に背負った。頬に赤みが差していて目が生き生きとしている。
夜通し歩かされそうな予感に尻込みしながらも、照勇は腰を上げた。
「なあ、五娘。道士というものは羽化登仙を願い、神仙の術を極め、穀断ちをして、鉱物をすりつぶして作った丹薬を飲むと聞いていたが、本当なのか?」
「……そうなんだけど。ぼくはまだ修行する年になってないって言われていて、穀物も蔬菜も肉も食べていたよ。置いてあった経典くらいはのぞいて知ってるけど……」
穀断ちして薬を飲むのは霊験力や神通力を高める修行方法のひとつである。
「姉さんこそ武侠小説の主人公みたいだけど、どこかの武門で修行したの? 結婚はしていないの? 家族はどこにいるの?」
「……わたしのことは訊くな」
三娘は身の上話はしたくないようだ。むすっとした表情で口をかたく結んでしまった。
「ぼくも身を守るために武術をやりたいなあ」
「…………」
虚空に吐いた白い息は夜風にかきまぜられて、消えた。
南の町は、苑台といった。
失って初めて思い知る楽園の生活。照勇はこの街で、三文芝居を演じるはめになる。
石栄が死んだことを知ったら三娘はぼくを見限るだろう。行く末は惨めに死ぬだけ。自分の価値を殺すことになる。沢蓮至と再会するまで嘘を突き通さねばならない。
三娘がぼくを利用するなら、ぼくも三娘を利用してもいいだろう。
「いつも四、五日で戻ってきたけど。距離は同じくらいなんですね」
「奴ら……殺し屋は、従者が二人いることを知っていたのだろうか。従者の一人が不在だと知ったならば逃げ出した皇孫とやがてどこかで合流すると考えるだろう。突如あらわれた白仮面を見てさすがに従者とは思わないだろうし。奴らが石栄を見つける前につかまえなければ。問題はどちらに向かうかだ。五娘、占えるか。八卦とかあるだろう」
五娘と呼びかけられるたびに尻がもぞもぞする。
「占いなんてできないよ」
「筮竹とか霊視とか、なんかあるだろう」
首を振ると三娘は露骨に眉を曇らせた。
「道観に住んでいながらなにもできないのかよ。特技は女の衣装がわたしより似合うだけなのか」
三娘はいらだって頭を掻いた。女の衣装が似合うかどうかはなんの関係もないことだ。
照勇が黙っていると、三娘は質問を切り替えた。
「買い出しだと言っていたな。いつもはどんなものを買って帰ってくるんだ?」
「食べ物なら干し魚や鶏卵、果物と蔬菜、あとは布や書物かな」
「書物か。手掛かりになりそうだな。どんな本だ?」
「妖怪や幽霊が出てくる伝奇志怪小説、英雄豪傑が活躍する武侠小説、公案小説や志人小説、滑稽話集。艶本?とかはまだ早いって言われたけど」
「娯楽本ばかりじゃないか。そんなのはどっちの町でも売ってる。古本屋の印判が押されていただろう」
「古本? いつも新しい本だったよ」
「ふうん。金はどうやって調達したんだろう。朝廷とは連絡を絶っていたはずだが」
本は高価なものらしい。そんなことも知らなかった。金銭の実物も見たことがない。
「出かけるときはいつも背負子姿だったよ。茸を背負ってた」
「茸?」
「岩に生える茸。あとはきらきらした鉱石とか」
「そうか。稀少な薬の原料を薬種商に売っていたのか。となると南か。南の町には薬種商があったはずだ。よし、さっそくそこを訪ねてみよう」
三娘は地図を足で消すと、剣を背中に背負った。頬に赤みが差していて目が生き生きとしている。
夜通し歩かされそうな予感に尻込みしながらも、照勇は腰を上げた。
「なあ、五娘。道士というものは羽化登仙を願い、神仙の術を極め、穀断ちをして、鉱物をすりつぶして作った丹薬を飲むと聞いていたが、本当なのか?」
「……そうなんだけど。ぼくはまだ修行する年になってないって言われていて、穀物も蔬菜も肉も食べていたよ。置いてあった経典くらいはのぞいて知ってるけど……」
穀断ちして薬を飲むのは霊験力や神通力を高める修行方法のひとつである。
「姉さんこそ武侠小説の主人公みたいだけど、どこかの武門で修行したの? 結婚はしていないの? 家族はどこにいるの?」
「……わたしのことは訊くな」
三娘は身の上話はしたくないようだ。むすっとした表情で口をかたく結んでしまった。
「ぼくも身を守るために武術をやりたいなあ」
「…………」
虚空に吐いた白い息は夜風にかきまぜられて、消えた。
南の町は、苑台といった。
失って初めて思い知る楽園の生活。照勇はこの街で、三文芝居を演じるはめになる。
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