片翼の騎士と魔法の工匠

まめきち

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第八話

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翌朝、まだ街が完全に目を覚ます前に、私たちは森へ向かった。
朝露に濡れた道は静かで、足音だけが規則正しく響く。

「今日は深追いしないわ。昨日と同じ種類だけ」

そう言うと、レオンは短く頷いた。

「分かってます」

敬語は使っていない。
それだけで、少し前進した気がした。

森に入ると、空気がひんやりと肌にまとわりつく。
鳥の声の合間に、聞き慣れた気配が混じっていた。

「来る」

レオンが先に気づいた。

草陰から現れたのは、昨日と同じ犬型の魔物。
数は一体、動きも読める。

「前に出すぎないで」

私の声に、彼は一瞬だけこちらを見る。

「……分かってる」

そう言って、剣を構えた。

魔物が飛びかかる。
レオンは半歩だけ前に出て受け止め、勢いを流す。

義手が、確実に応えていた。

剣を振る動きには、昨日よりも迷いがない。
それでも、彼は決して深追いしなかった。

――ちゃんと、考えてる。

私が魔法で援護に回ると、レオンはその合図を逃さず踏み込む。
息が合う、という感覚が、確かにあった。

短いやり取りのあと、魔物は地に伏した。

「終わり」

剣を下ろしながら、レオンがそう言う。
声は落ち着いていた。

私は魔石を回収し、布で包む。

「問題なし。怪我もない?」

「はい……ない」

一拍置いて、彼は言い直す。

「ない」

その横顔を見て、胸の奥が少しだけ緩んだ。

「今日はこれで戻りましょう」

そう告げると、レオンは頷き、剣を収めた。

2人で帰路に着こうとした時。
森の奥で、嫌な気配が濃くなった。

「……止まって」

レオンが低く告げる。
その直後、地面が大きく抉れ、黒い影が跳ね上がった。

犬型ではない。
地を這い、跳び、獲物の足元を狙う魔物。

「速い、下がって!」

私の声より早く、魔物が軌道を変える。
狙いは――レオンの足。

「っ……!」

義手で剣を受けた瞬間、衝撃が彼の体勢を崩した。
ほんの一瞬の隙。

魔物が、低く唸りながら跳ねる。

――間に合わない。

考えるより先に、身体が動いていた。

「伏せて!」

叫ぶと同時に、私は前に出る。
詠唱を途中で切り、無理やり魔法を放った。

光が弾け、魔物の動きが僅かに鈍る。
だが、その反動は、こちらにも返ってきた。

「……っ!」

鋭い痛みが、肩口を走る。
魔物の爪が掠め、血が一気に滲んだ。

「リオン!」

レオンの声が、すぐ近くで弾ける。

私は歯を食いしばり、足を踏ん張る。

「気にしないで……続けて!」

そう言い切るより早く、レオンが前に出た。

今度は迷いがなかった。
魔法で止まった一瞬を逃さず、低く踏み込み、剣を振り抜く。

鈍い音。
魔物は呻き声を上げ、地に倒れる。

静寂が戻った瞬間、私は力が抜け、その場に膝をついた。

「リオン……!」

レオンが駆け寄り、私の肩を見る。
血に染まった服を見た瞬間、顔色が変わった。

「……なんで、前に」

「当たり前でしょ」

息を整えながら、そう答える。

「あなたを連れてきたのは、私なんだから」

レオンは何も言えず、唇を強く噛みしめた。
義手の指が、ぎゅっと握られている。

「……俺が、もっと早く」

「違う」

私は彼を遮る。

「あなたは、ちゃんと動いた。
だから、これで終わった」

沈黙が落ちる。
それでも、彼の視線は離れなかった。

「……もう、前に出ないでください」

低く、震える声。

「次は、俺が――」

「それは却下」

即答すると、レオンが驚いたように顔を上げる。

「一緒に、でしょ」

そう言うと、彼はしばらく黙り込み、
やがて小さく、でも確かに頷いた。

「……はい」

その返事は、敬語だった。
でも、そこにあったのは、主従ではなく、必死な想いだった。

私は肩の痛みに耐えながら立ち上がる。

「帰りましょう。
これ以上、ここにいる理由はない」

レオンは一歩、私の前に立った。

今度は、私を守る位置で。
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