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♯129 来訪車
しおりを挟むアルゼンハイト家所有の豪華で広い4人がけの馬車の中。
リグはエイトリウスの太腿の間に座らせられて、後ろからギュッと抱きしめられていた。
ルミナーレ家の屋敷に近づくにつれ、だんだんとエイトリウスの腕の力が強まっていくのがわかり、リグは渋い顔で口を開いた。
「ねぇ…暑いし座りにくいから私向かい側に座りたいんだけど…」
「嫌だ」
エイトリウスは不満気に顔を顰めるとリグの肩に顔を埋めた。
今日のエイトリウスはやっぱりいつもとだいぶ様子が違うよなと、リグはため息をついた。
10分ほど前――
「じゃあ、また近々都合つけて例の件探りに来るから」
エイトリウスの屋敷の玄関前で、リグがそれだけ言い残して去ろうとすると、エイトリウスに腕を掴まれた。
リグはため息をついて横目でエイトリウスを見やる。
「なに?急いでるから離して?」
エイトリウスは何かいいたげにじっとリグを見つめていたが、渋い顔をして俯いた。
「…馬車で送る」
「いや、そこまでしてもらわなくてもいいよ」
リグがエイトリウスの手を振り払おうとすると、エイトリウスは顔を挙げてリグを睨みつけた。
「ダメだ。命令だ」
「はぁ…命令…」
命令と言われれば逆らえるわけもなく。
リグは肩を落とすと、諦めてエイトリウスの腕に引かれて馬車に乗り込んだ。
そこからずっとこの状態なのだ。
いつものプライド全開のツンなエイトリウスと比べて、甘えるように欲求をぶつけてくる彼に、リグも調子が狂うなと渋い顔になった。
一応リグとしても、エイトリウスの様子がおかしい理由についてはおおよその見当はついていた。
おそらく昨日会話したと言っていた、父親――アルゼンハイト公爵とのことが関係しているのだろうと。
今回の騒動のせいで、自分と婚約破棄してミーチェに乗り換えろ云々と、コッテリ絞られたんだろうなと。
それに加えてさきほどの兄、キナリスの突然の帰宅だ。
キナリスはリグ達と同じセレスティアル王立学園の卒業生であるが、隣国にまで名を馳せるほどの秀才で、その年代では魔力も他の追随を許さぬほどずば抜けてトップだった。
そのせいでエイトリウスは、幼少の頃から父親によく兄弟で比べられていたんだろうなとリグは思った。
エイトリウス本人の口からはそういったことは詳しく聞いたことがないリグだったが、彼の家族に対する態度や、日々の言動などから、それは容易に想像できた。
さらに言えば、聖女であるミーチェが生まれたことでリグがルミナーレ家の当主にならないことが確定している今、あのアルゼンハイト公爵なら、エイトリウスを当主になるミーチェと結婚させて婿養子としてルミナーレ家に入り込ませ、逆にリグをアルゼンハイト家次期当主となるキナリスに嫁がせようとするはずだ。
今回の騒動で公爵は警戒はしているものの、とは言えそれでもリグは『この国最強の兵器』であることには変わりないわけで。
利用価値は存分にある。
アルゼンハイト公爵ならば、リグを他家に取られるくらいなら、自分の手中に収めたいと考えるだろう。
エイトリウスもそれを理解しているからこそ、気が気じゃないのだ。
けれどリグとしてはもちろんエイトリウスの気持ちに応えるつもりはないし、だからと言ってキナリスと結婚してアルゼンハイト家に嫁ぐ気も全くないので、それ以前の問題であるのだが。
それにしたって、色々と厄介なタイミングでキナリスが帰国したな、とリグは項垂れた。
そうこうしているうちに、馬車はルミナーレ家の屋敷がある区域に差し掛かった。
その瞬間――
馬車が急に速度を落とした。
何事かと思い、リグがそっと無詠唱で探知魔法を発動させると。
やけに沿道に人が多いことに気がついた。
不思議に思い出力を上げて屋敷付近にまで範囲を広げると――
「え?!ちょっとまって?!」
ルミナーレ家の屋敷の前に群衆があることがわかり、思わず声を上げてエイトリウスの腕を振り解いた。
「なんだよ?」
エイトリウスは急にリグが慌て出したので、不機嫌そうな顔をしながらも仕方なくリグを解放した。
リグは窓際に腰を掛け直すと、そっとカーテンの裾を掴んで外を覗いた。
すると、そこにいる人々は、一様に馬車に視線を向けていた。
さらに、その中には馬車にカメラや記録系の魔道具を向けている人々もちらほらと混ざっている。
「探知」
リグは、慌ててカーテンを閉めて探知魔法をまた発動させると、慎重に状況を分析していく。
すると、ちょうどルミナーレ家の屋敷の前辺りに、重厚な魔力の塊のようなものを感知した。
そしてそれをまるで見張るかのような配置に高魔力な人物が2人立っており、更にそれを囲って見物するかのように人だかりができているのがわかった。
その状況から考えて、リグの頭には一つの解がよぎった。
「車だ…しかもおそらく王族の…」
「は?!そんなまさか?!」
エイトリウスは眉間に皺を寄せてわけがわからないと言ったようにリグを睨み付けた。
この世界にも車は一応存在する。
ただ、とんでもなく高額な上に魔力が原動力なので、魔力によっぽど自信のある金持ちか、本人に魔力がない場合は高魔力の人材を運転手に雇える、もしくは魔石をいくらでも買うことのできる大金持ちか、あとはその二つが当然の如く叶う王族しかあり得ない。
そして、車らしき物体の両脇に立つ人物の強さが国最高峰レベルだということが手に取るように分かったリグは、彼らが近衛兵であると理解したのだ。
馬車が屋敷の前についたようで停車したので、リグはまたそっとカーテンを開けて隙間から外を覗いた。
するとそこには王族の紋章がドア部分に施された黒塗りの車と、それを警備する近衛兵の制服を身に纏った大柄の男が2人立っていた。
「やっぱ王族?!なんで…?!」
半信半疑だったエイトリウスも、慌ててリグの後ろから窓の外を覗いた。
「は…??なんでこんな…まさか…第二王子か…?学園に広まった噂について話にでも来たのか…?」
「え、いやそんなまさか…??あの程度のことで??あり得ないよ…もしそうだとしても、わざわざ車でくる??こんな仰々しくしたら明日の全メディアの一面飾るレベルでしょ?!その程度の理由なら民衆からバッシングの嵐でしょ…」
しかも門の中まで車を乗り入れればいいのに、わざわざ世間にアピールするかのように門の前に横付けしている。
これは父が早く帰ってこいというのも納得だ。
一体どんなとんでもない問題が起こったんだとリグは頭が痛くなった。
シナリオではこんなストーリーはないので、リグには想像が全くつかなかった。
ルミナーレ家の門番のチェックが終わったようで、馬車が再び動き出し、門を潜って停まると、すぐに御者が扉を開けた。
「……俺も行く…」
りぐが降りようとすると、エイトリウスがリグの腕を掴み、何かを訴えるような視線でリグを見つめたので、リグは気付かないふりをして視線を逸らした。
「いや、流石に無理でしょ」
「じゃあ終わるまで待ってる」
「だから…無理だって――っ――!」
リグが融通の効かないエイトリウスを睨みつけようと視線を戻すと、エイトリウスがまるで捨てられた子犬のような目をしてリグを見つめていたので、思わず言葉が詰まった。
だめだ、調子狂う…
いつもの俺様態度で抑圧的にこられた方がよっぽどやりやすいのに…
リグは黙って目を伏せると、余計な思考を振り切り、エイトリウスの腕を振り払った。
「…私に何かを期待するのはやめて」
そのまま振り返らずに馬車を降りると、それ以上エイトリウスは何も言ってはこなかった。
衛兵から最終チェックの身体検査を受けていると、後ろで馬車の扉が閉まり走り出した音がした。
その音が重たく耳の奥に響く気がした。
リグが大きく深呼吸をして気持ちを切り替えていると、すぐそこで待機していたメイド――サリーが深々と頭を下げた。
「おかえりなさいませご主人様。ソーマ殿下がお待ちです。」
リグはやっぱりソーマかと思ったが、なぜこんな形でルミナーレ家に来たのか皆目見当もつかなかった。
「お荷物、お預かりいたしましょうか?」
「結構」
サリーの問いかけを強めに跳ね除けると、リグは屋敷に向かって歩き始めた。
すると後ろからついてきたサリーがじっとリグを観察すると、ニヤリと笑って、リグにだけ聞こえるくらいの小声で囁いた。
「何やら色々と新展開があって面白そうなことになっておりますねぇ?」
リグは聞こえないふりをして無視して歩き続けながら、屋敷から出られないくせに、さすがこの悪魔はどこからか情報を仕入れて、全てを把握しているんだろうなと思った。
「何もかも投げ出したくなったらいつでも私めにお申し付けくださいませ。私は『あなた様の味方』なのですから?」
「ハッ…よく言うよ…」
意味深な笑顔を浮かべながら玄関の扉を開けるサリーに、リグは乾いた笑いを漏らすと気を引き締めて屋敷の玄関を潜った。
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