9 / 27
第8話 赤猫団3
しおりを挟む
タザリーが居なくなったことに気付いた二人は、しかし未だ結界内に閉じ込められたままだった。
居なくなったからと言って、元赤猫団の裏切り者の行為を許されたわけではない。
また、必要な情報源を逃がす道理も無い。
このまま一日経てば、解放される。確かにレイはそう言った。しかし、その約束が果たされる保証は無い。
例えば「私は約束をして、それを守った。だけど、赤猫団が約束したとは言っていない」と言い始めれば結局のところ結末は同じことである。
それに、一日の終了時間間際になって、情報を得ることが出来なかったとのことであのタタリが元々の殺傷能力を以って襲い掛からない保証すら無い。
そう言った諸々を視野に入れると、結局のところ、このままでは裏切り者の彼女は殺されることになるだろう。
そう判断した見張りの少女は、しかしどうしたものかと思案する。
既に裏切り者の少女は運命が決まったとでも言うように、牢獄に入れられた死刑囚のような顔をしている。
まだ彼女が生きることを諦めるには早すぎる。
「何を考えてるのよ」
「ここから逃げる方法……貴女が助かる方法よ……」
「は……ぁ? そんなことをして、一体貴女に何の得があるって言うのよ?」
「………」
「な、なによ……?」
彼女はじっと、裏切り者の彼女のことを見詰める。
大きくクリクリとした瞳、ショートヘアの髪を横で一房に縛った姿はいまだ幼さを残している
見張りの少女、クレイヤは彼女のことをただの尋問相手としてしか見ておらず、何も知らないなと思いながら、肩に寄りかかる。
そんなクレイヤの行為に少女は視線を反らしながら、どこか落ち着かない様子だった。
「私はクレイヤ、14歳。学校では委員長なんて呼ばれてたけど、親が盗みを働いたお金だと知って逃げ出した挙句、同じ末路を辿ったクズの人間。貴女は?」
「それは……。……私はフィア。12歳。私は学校にも通えなかった、今は滅んだ村の住人。クレイヤ……さんもだと思うけど、私も元々はカオル様に誘われて、赤猫団に入っていたの」
自身をクズと称するクレイヤ。それに対して、裏切り者である自分に対して優しくしてくれる年上の少女のことを否定しようとして、それでも結局出た言葉はただの自己紹介。
それでも、敵対している人間に対してクレイヤさんと呼ぶくらいには心を開いていた。
「一緒なんだ。でも、なんでカオル様を裏切るようなことをしたの? 貴女は、一体何をしようとしたの?」
「はっ、何も知らないのね。私をこの赤猫団に引き入れるためだけに、家族は皆殺しにされた……!! 今でも忘れない……!! 村に火が放たれて、パパもお兄ちゃんも、黒装束の連中にみんな殺された……!! その後、赤猫団が現れて、黒装束の連中を追い払ったけど……そんなの演技だったんだ……!!」
「そんな……。でも、なんで演技だって分かったの……?」
信じられない言葉、それでもクレイヤはなんとか頭を回転させ、おかしな部分や勘違いしているのではないかと言う部分を探る。
けれども出て来た言葉は、そんな普通の言葉が限界だった。
「"暗殺ギルド"のギルドマスター・レオナと"闇ギルド"のギルドマスター、『千手』のレイトが、赤猫団頭領のカエデと、団長のカオルと繋がっていたからだよ……!!」
「………!!」
「それだけじゃない。赤猫団は女の子だけで構成されているけど、ある程度年齢が行ったり、任務に失敗した者は奴隷送りにさせられるんだ……!!」
赤猫団の中で『暗殺ギルド』と『闇ギルド』は商売敵のようなものであることは周知の事実だ。
けれどもそれが繋がっていて、しかも赤猫団の人員確保のために家族を殺して回ったり、ましてや年齢が上がった者や任務に失敗した者が奴隷送りにされると言うことは聞いたことが無い。
「それが本当なら、もっと広まってる筈じゃない……!」
「誰だか知らないが、記憶を消す魔法を有しているらしい。だからこの情報は決して漏れることが無かったんだ……!!」
「じゃぁ、なんで貴女はそんな重要なことを知ってるのよ?」
「私の村を襲った黒装束の一人が、赤猫団の中に居たからだ。だから、私はそいつを縛って、拷問して、情報を聞き出したんだ。私情も交じってたと思う。だけど、その子を殺してでも手に入れた情報は、私にとってはこの組織を抜けるのに十分な理由だった」
「そんな……」
「分かった? 殺される、殺されるって言っても、多分私は記憶を無くして奴隷にさせられるくらいで済むんだ……。だけど、記憶を無くすってことは、私じゃなくなるってことで、それは死ぬのと一緒だから……」
クレイヤは想像する。フィアが自分のことを忘れた未来を。
目の前の小さな存在が、これだけの壮絶な過去を忘れて生きる、それだけ見れば素敵なことだ。
嫌なことを、忘れたい過去を忘れて生きていけるのだから。
だがしかし、恨むべき相手を忘れて、自分の敵かたきに身も心も委ねるような記憶の操作は、許されない。
そう頭の中で思い浮かべていても、クレイヤが心の中で思っていることはもっと自分本位なところだった。
フィアが、自分のことを忘れて、他の誰かの物になるということだ。
「忘れちゃうの……? 私は、嫌……。貴女のことが好きなことも、貴女は忘れてしまうなんて!」
「クレイヤさん……。でも、どうすることも……」
「大丈夫。これは転移石、この石は割った時に記憶された場所に飛ぶことが出来る」
「でも、今ここは魔法を封じている結界が……」
「空間魔法は例外で、どんな魔法封じのものでも効かないの。さぁフィア、私を信じて、私の手を取って」
信じられないといった表情をしているが、クレイヤは確率の高い賭けに出ていた。
或いは、ダメで元々である意気込みだったのかもしれない。
だが、その賭けが決して無謀では無いことを、タザリーの存在で察した。
タザリーは召喚魔法で召喚され、また、地面に溶け込んだり姿を消したりした。
魔法が無い場所では物理的な移動しか出来ないが、その存在感や移動の方法は魔法封じの結界内でも機能していた。
つまり、封じるのは一般的な魔法であって、たとえば賢者が使うような特殊な魔法や空間魔法等については問題なく使えるのではないかと考えた。
フィアはクレイヤの手を取り、クレイヤは石を地面に叩きつける。
すると、石は粉々に砕け散り、二人はそのまま消える。この賭けについて、クレイヤの考えが勝っていた。
その思考も、その抜け穴も、レイが操作したものだとは全く知る由もなく。
転移石は基本的に隠れ里の出入り口にあるが、クレイヤが割った石は傍の小屋の中で記憶されていた。
小屋の中はベッドが一つあるだけの休憩所のような建物で、二人はシーツで身を包み、同じく小屋の隅で埃を被っていた非常食の乾パンを食べる。
外では雨が降り始め、丸一日という時間制限でどこまで逃げ切れるかは分からないが逆にこの時間いっぱいまでは安心していられた。
フィアは気が張り詰めていたからか、屋根を叩く雨音を子守唄にし、安心してクレイヤの肩に寄り添って眠ってしまっている。
そんなフィアを膝に下ろし、頭を撫でると、もぞもぞと身体を摺り寄せる。
死ぬかもしれないと高をくくっていても、結局のところ、彼女はまだ12歳の子供なのだ。
不安で仕方ないのは当然のことだった。
「撃て」
短い言葉が耳に入った瞬間の動きは早かった。直ぐに二人は飛び起きてその場から離れようとする。
しかし、撃てと言われたから矢のようなものを想像していたが、実際には大きな石が投擲されたらしく、小屋に次々と穴が空き、そのまま小屋が原型を留めることが出来ずに崩れ落ちる。
二人は命からがら小屋から逃げ出せたが、この際にクレイヤは足の骨を折っており、走って逃げることは出来そうになかった。
「フィア、逃げて。貴女は生きて、赤猫団の裏の顔をもっと広めるの……!!」
「いやだ、それはだって、クレイヤさんを見捨てることと一緒じゃん! そんなの嫌だよ……!!」
「もう私は助からない、こんな足じゃ奴隷としても生きていけない……。だけど貴女はまだ五体満足なの。だから貴女はまだ走れるのよ」
「私を信じてくれたクレイヤさんが居ない世界なんか、生きていても仕方ないよ! ほら、私に捕まって、まだあいつ等私達がつぶれたと思ってるからすぐには追って来ない」
クレイヤは何を言っても意味が無いと思い、黙ってフィアの肩を借りて歩き出す。
何処に向かっているかは分からない。けれども、少なくとも隠れ里や小屋から離れなければならない。二人は生きるために歩き出す。
シーツは何処かに飛んでいき、生まれたての姿のまま、泥だらけになりながら、それでも生きるために歩き出す。
もしも生きて逃げ延びることが出来たなら、その時は――。
どれだけ歩いただろうか。木や葉で身体のあちこちに傷を作りながら、ようやく見慣れた石造りの建物が見えてくる。
その光景を見るや、フィアは笑顔でクレイヤをゆする。
「クレイヤさん、町だ! とにかく一回あそこで休もう! その足が治ったら盗みをして、どこか遠くの、誰も私達を知らない町に行こう!!」
「………」
「クレイヤさん……?」
返事が無い。それどころか、身体がどんどん冷たくなっていることに今気付きフィアは顔を蒼褪めさせる。
雨に打たれているからかとも思ったけれども様子が変だ。慌てて近くの木に座らせるが、人間の身体からは到底あり得ない抵抗感があり奇麗に座らせられない。
そんなクレイヤは、そのまま奇麗に真横に倒れる。
「………!!!! クレイヤさんっ!!!!」
その木には赤い血が張り付き、その背中には何本もの暗器が刺さっていた。
「ごめ……んね、フィア……」
「……!! クレイヤさん、もう喋らないで! 町だから、病院行こう! まだ助かるよ!!」
意識はまだあるようだ、最悪の事態は免れるかもしれない。
けれども圧倒的な致命傷、フィアはしかしこの状態のクレイヤに何もしてあげられない。
このまま暗器を抜いてしまえば失血死してしまうことは免れない。
だが、そんな思案を続けていたフィアの顔に、クレイヤはそっと手を当て涙を拭う。
「逃げて……貴女だけでも……」
「いやだよ、クレイヤさん! 死なないで、お願いだから、死んじゃいやだ……!!」
「フィア……最後に……キス……して?」
「最後なんて……」
「フィア……お願い……」
「………」
フィアはクレイヤの冷え切った肩に手を置き、髪を耳にかけると、そのまま唇を合わせる。
すでに唇も冷たく、今では血の味で甘くも無い、そんなキス。
それが一層フィアの心臓を締め付ける。何もしてあげられない無力さに、フィアは奥歯を噛み占める。
「ありが……とう……フィア……私……貴女のことが……」
「クレイヤさん……? ………ッ。……私、生きるよ、例え何があっても、絶対に――」
突如何者かがクレイヤの頭を踏み付ける。
視線を上げれば、そこには今一番会いたく無い人間が居た。
頭に血が上るのを感じる。
「よぉ、お涙頂戴の劇は終わりで良いか?」
「『暗殺ギルド』のギルドマスター様が、なんだって此処に居んだよ、レオナ……!!」
気付けば周囲には、自身の家族を殺した黒装束の格好をした者達がそろっていた。
今にして思えば分かる、家族を殺したのも、自分の愛する者を殺したのも、『暗殺ギルド』だと言うことを。
居なくなったからと言って、元赤猫団の裏切り者の行為を許されたわけではない。
また、必要な情報源を逃がす道理も無い。
このまま一日経てば、解放される。確かにレイはそう言った。しかし、その約束が果たされる保証は無い。
例えば「私は約束をして、それを守った。だけど、赤猫団が約束したとは言っていない」と言い始めれば結局のところ結末は同じことである。
それに、一日の終了時間間際になって、情報を得ることが出来なかったとのことであのタタリが元々の殺傷能力を以って襲い掛からない保証すら無い。
そう言った諸々を視野に入れると、結局のところ、このままでは裏切り者の彼女は殺されることになるだろう。
そう判断した見張りの少女は、しかしどうしたものかと思案する。
既に裏切り者の少女は運命が決まったとでも言うように、牢獄に入れられた死刑囚のような顔をしている。
まだ彼女が生きることを諦めるには早すぎる。
「何を考えてるのよ」
「ここから逃げる方法……貴女が助かる方法よ……」
「は……ぁ? そんなことをして、一体貴女に何の得があるって言うのよ?」
「………」
「な、なによ……?」
彼女はじっと、裏切り者の彼女のことを見詰める。
大きくクリクリとした瞳、ショートヘアの髪を横で一房に縛った姿はいまだ幼さを残している
見張りの少女、クレイヤは彼女のことをただの尋問相手としてしか見ておらず、何も知らないなと思いながら、肩に寄りかかる。
そんなクレイヤの行為に少女は視線を反らしながら、どこか落ち着かない様子だった。
「私はクレイヤ、14歳。学校では委員長なんて呼ばれてたけど、親が盗みを働いたお金だと知って逃げ出した挙句、同じ末路を辿ったクズの人間。貴女は?」
「それは……。……私はフィア。12歳。私は学校にも通えなかった、今は滅んだ村の住人。クレイヤ……さんもだと思うけど、私も元々はカオル様に誘われて、赤猫団に入っていたの」
自身をクズと称するクレイヤ。それに対して、裏切り者である自分に対して優しくしてくれる年上の少女のことを否定しようとして、それでも結局出た言葉はただの自己紹介。
それでも、敵対している人間に対してクレイヤさんと呼ぶくらいには心を開いていた。
「一緒なんだ。でも、なんでカオル様を裏切るようなことをしたの? 貴女は、一体何をしようとしたの?」
「はっ、何も知らないのね。私をこの赤猫団に引き入れるためだけに、家族は皆殺しにされた……!! 今でも忘れない……!! 村に火が放たれて、パパもお兄ちゃんも、黒装束の連中にみんな殺された……!! その後、赤猫団が現れて、黒装束の連中を追い払ったけど……そんなの演技だったんだ……!!」
「そんな……。でも、なんで演技だって分かったの……?」
信じられない言葉、それでもクレイヤはなんとか頭を回転させ、おかしな部分や勘違いしているのではないかと言う部分を探る。
けれども出て来た言葉は、そんな普通の言葉が限界だった。
「"暗殺ギルド"のギルドマスター・レオナと"闇ギルド"のギルドマスター、『千手』のレイトが、赤猫団頭領のカエデと、団長のカオルと繋がっていたからだよ……!!」
「………!!」
「それだけじゃない。赤猫団は女の子だけで構成されているけど、ある程度年齢が行ったり、任務に失敗した者は奴隷送りにさせられるんだ……!!」
赤猫団の中で『暗殺ギルド』と『闇ギルド』は商売敵のようなものであることは周知の事実だ。
けれどもそれが繋がっていて、しかも赤猫団の人員確保のために家族を殺して回ったり、ましてや年齢が上がった者や任務に失敗した者が奴隷送りにされると言うことは聞いたことが無い。
「それが本当なら、もっと広まってる筈じゃない……!」
「誰だか知らないが、記憶を消す魔法を有しているらしい。だからこの情報は決して漏れることが無かったんだ……!!」
「じゃぁ、なんで貴女はそんな重要なことを知ってるのよ?」
「私の村を襲った黒装束の一人が、赤猫団の中に居たからだ。だから、私はそいつを縛って、拷問して、情報を聞き出したんだ。私情も交じってたと思う。だけど、その子を殺してでも手に入れた情報は、私にとってはこの組織を抜けるのに十分な理由だった」
「そんな……」
「分かった? 殺される、殺されるって言っても、多分私は記憶を無くして奴隷にさせられるくらいで済むんだ……。だけど、記憶を無くすってことは、私じゃなくなるってことで、それは死ぬのと一緒だから……」
クレイヤは想像する。フィアが自分のことを忘れた未来を。
目の前の小さな存在が、これだけの壮絶な過去を忘れて生きる、それだけ見れば素敵なことだ。
嫌なことを、忘れたい過去を忘れて生きていけるのだから。
だがしかし、恨むべき相手を忘れて、自分の敵かたきに身も心も委ねるような記憶の操作は、許されない。
そう頭の中で思い浮かべていても、クレイヤが心の中で思っていることはもっと自分本位なところだった。
フィアが、自分のことを忘れて、他の誰かの物になるということだ。
「忘れちゃうの……? 私は、嫌……。貴女のことが好きなことも、貴女は忘れてしまうなんて!」
「クレイヤさん……。でも、どうすることも……」
「大丈夫。これは転移石、この石は割った時に記憶された場所に飛ぶことが出来る」
「でも、今ここは魔法を封じている結界が……」
「空間魔法は例外で、どんな魔法封じのものでも効かないの。さぁフィア、私を信じて、私の手を取って」
信じられないといった表情をしているが、クレイヤは確率の高い賭けに出ていた。
或いは、ダメで元々である意気込みだったのかもしれない。
だが、その賭けが決して無謀では無いことを、タザリーの存在で察した。
タザリーは召喚魔法で召喚され、また、地面に溶け込んだり姿を消したりした。
魔法が無い場所では物理的な移動しか出来ないが、その存在感や移動の方法は魔法封じの結界内でも機能していた。
つまり、封じるのは一般的な魔法であって、たとえば賢者が使うような特殊な魔法や空間魔法等については問題なく使えるのではないかと考えた。
フィアはクレイヤの手を取り、クレイヤは石を地面に叩きつける。
すると、石は粉々に砕け散り、二人はそのまま消える。この賭けについて、クレイヤの考えが勝っていた。
その思考も、その抜け穴も、レイが操作したものだとは全く知る由もなく。
転移石は基本的に隠れ里の出入り口にあるが、クレイヤが割った石は傍の小屋の中で記憶されていた。
小屋の中はベッドが一つあるだけの休憩所のような建物で、二人はシーツで身を包み、同じく小屋の隅で埃を被っていた非常食の乾パンを食べる。
外では雨が降り始め、丸一日という時間制限でどこまで逃げ切れるかは分からないが逆にこの時間いっぱいまでは安心していられた。
フィアは気が張り詰めていたからか、屋根を叩く雨音を子守唄にし、安心してクレイヤの肩に寄り添って眠ってしまっている。
そんなフィアを膝に下ろし、頭を撫でると、もぞもぞと身体を摺り寄せる。
死ぬかもしれないと高をくくっていても、結局のところ、彼女はまだ12歳の子供なのだ。
不安で仕方ないのは当然のことだった。
「撃て」
短い言葉が耳に入った瞬間の動きは早かった。直ぐに二人は飛び起きてその場から離れようとする。
しかし、撃てと言われたから矢のようなものを想像していたが、実際には大きな石が投擲されたらしく、小屋に次々と穴が空き、そのまま小屋が原型を留めることが出来ずに崩れ落ちる。
二人は命からがら小屋から逃げ出せたが、この際にクレイヤは足の骨を折っており、走って逃げることは出来そうになかった。
「フィア、逃げて。貴女は生きて、赤猫団の裏の顔をもっと広めるの……!!」
「いやだ、それはだって、クレイヤさんを見捨てることと一緒じゃん! そんなの嫌だよ……!!」
「もう私は助からない、こんな足じゃ奴隷としても生きていけない……。だけど貴女はまだ五体満足なの。だから貴女はまだ走れるのよ」
「私を信じてくれたクレイヤさんが居ない世界なんか、生きていても仕方ないよ! ほら、私に捕まって、まだあいつ等私達がつぶれたと思ってるからすぐには追って来ない」
クレイヤは何を言っても意味が無いと思い、黙ってフィアの肩を借りて歩き出す。
何処に向かっているかは分からない。けれども、少なくとも隠れ里や小屋から離れなければならない。二人は生きるために歩き出す。
シーツは何処かに飛んでいき、生まれたての姿のまま、泥だらけになりながら、それでも生きるために歩き出す。
もしも生きて逃げ延びることが出来たなら、その時は――。
どれだけ歩いただろうか。木や葉で身体のあちこちに傷を作りながら、ようやく見慣れた石造りの建物が見えてくる。
その光景を見るや、フィアは笑顔でクレイヤをゆする。
「クレイヤさん、町だ! とにかく一回あそこで休もう! その足が治ったら盗みをして、どこか遠くの、誰も私達を知らない町に行こう!!」
「………」
「クレイヤさん……?」
返事が無い。それどころか、身体がどんどん冷たくなっていることに今気付きフィアは顔を蒼褪めさせる。
雨に打たれているからかとも思ったけれども様子が変だ。慌てて近くの木に座らせるが、人間の身体からは到底あり得ない抵抗感があり奇麗に座らせられない。
そんなクレイヤは、そのまま奇麗に真横に倒れる。
「………!!!! クレイヤさんっ!!!!」
その木には赤い血が張り付き、その背中には何本もの暗器が刺さっていた。
「ごめ……んね、フィア……」
「……!! クレイヤさん、もう喋らないで! 町だから、病院行こう! まだ助かるよ!!」
意識はまだあるようだ、最悪の事態は免れるかもしれない。
けれども圧倒的な致命傷、フィアはしかしこの状態のクレイヤに何もしてあげられない。
このまま暗器を抜いてしまえば失血死してしまうことは免れない。
だが、そんな思案を続けていたフィアの顔に、クレイヤはそっと手を当て涙を拭う。
「逃げて……貴女だけでも……」
「いやだよ、クレイヤさん! 死なないで、お願いだから、死んじゃいやだ……!!」
「フィア……最後に……キス……して?」
「最後なんて……」
「フィア……お願い……」
「………」
フィアはクレイヤの冷え切った肩に手を置き、髪を耳にかけると、そのまま唇を合わせる。
すでに唇も冷たく、今では血の味で甘くも無い、そんなキス。
それが一層フィアの心臓を締め付ける。何もしてあげられない無力さに、フィアは奥歯を噛み占める。
「ありが……とう……フィア……私……貴女のことが……」
「クレイヤさん……? ………ッ。……私、生きるよ、例え何があっても、絶対に――」
突如何者かがクレイヤの頭を踏み付ける。
視線を上げれば、そこには今一番会いたく無い人間が居た。
頭に血が上るのを感じる。
「よぉ、お涙頂戴の劇は終わりで良いか?」
「『暗殺ギルド』のギルドマスター様が、なんだって此処に居んだよ、レオナ……!!」
気付けば周囲には、自身の家族を殺した黒装束の格好をした者達がそろっていた。
今にして思えば分かる、家族を殺したのも、自分の愛する者を殺したのも、『暗殺ギルド』だと言うことを。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる