この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
43 / 111

第三十話・風夏ちゃんと撮影会。池袋デートそのに。

しおりを挟む
「おはようございます」
百貨店で買い物を終え、改札に戻り、アマネさんと合流する。
「わあ、ハジメさん。風夏ちゃん。お久しぶり」
三人共に挨拶を交わして、初対面ではないが初対面に近い雰囲気を味わいながら、挨拶の後にどうするか決める。
駅前で立ち往生していたら、通行人の邪魔になるので早めに決めなくてはならない。
「そうね。とりあえず、喫茶店でいいかしら?」
池袋のことはアマネさんの方が詳しいので、場所選びはお願いした。
サンシャイン側から出て、喫茶店を目指す。
駅前から徒歩五分のところに老舗の喫茶店があるらしく、そこに向かっていた。
俺達はアマネさんの後ろを着いていく。
「タカセって喫茶店でね。レトロチックな喫茶店なんだけどオススメなの」
「おー」
中に入ると説明された通り、昭和レトロな雰囲気が漂う喫茶店であり、入口から直ぐのところに、惣菜パンやサンドイッチやデザートが並んでいた。
小日向はトングとトレイを持ち、レトロで可愛いパンを見ながら、目を輝かせている。
「え~、何食べようかな? 全部美味しそうだなぁ~」
食べ過ぎると太るので、パンは三つまでにするように注意しておく。
「え~、三つじゃ足りないよ。満腹にならないもん」
「いや、満腹になるなよ。これから話し合いをするんだから、本気でご飯を食べるなよ」
あくまで話す為に喫茶店に入っただけなので、本来ならば注文は飲み物だけでいい。
アマネさんは見兼ねて話し掛けてくれた。
「お昼ごはんがまだなら、食べても構いませんよ。私も軽く食べますから」
「いいんですか?」
「それに、好きな喫茶店をオススメしているので、美味しいものを食べて満足して貰った方が嬉しいです」
「それはそうですね」
お言葉に甘えて、パンを選ぶことにする。
甘いパンは苦手なので、惣菜パンを選ぶ。
ふと隣を見ると。
俺とは真逆で、小日向はお昼から激甘そうなラインナップを並べていた。
クリーム系。クリーム系。クリーム系。
いや、三つまでにする約束は守っているが、それは違くないか?
何故それで統一してきた。
味くらい変えろよ。
「いや、一つくらいはご飯になるパンを選べよ」
「だって甘いやつ美味しそうだし、全部食べたいんだもん」
理由よ。
甘い物が好きなのは分かるが、同じようなものばかり食べていたら身体を壊すぞ。
読者モデルは身体が資本なのだから、気を付けて欲しい。
最近の小日向は、体重管理すらちゃんとやっているのかも疑わしいしな。
「……じゃあ、俺の惣菜パンと半分ずつにするか。小日向が好きそうなやつにしてやるよ」
「うんうん。そっちも食べたいからそうする!」
その光景を見ていたアマネさんは、笑いながら言った。
「うふふ、相変わらず二人とも仲良しだね」
「そうですかね?」
「そう見えますよ」
うーん、相変わらずかぁ。
小日向とは、別に仲良くしているつもりはないんだがな。
アマネさんは、ツイッター含めて俺達を知っている間柄なので、普段の絡みから見ても仲良く見えるのだろう。
俺や小日向は、仕事内容のつぶやきとはいえ、毎日上げているし、互いのつぶやきには欠かさずコメントしている。
そう考えたら仲良く見えるが、実際には学校では席が離れているのであまり話さないし、昼休みは小日向が疲れて寝ているのでまったく話さない。
その上、放課後は仕事と部活で忙しく、俺達の時間が合うことは稀だ。

夏コミ前の地獄もそうだったが、仕事に集中しないとやばい時は、話し掛けると邪魔することになるので、互いに干渉しない。
仕事でイライラしていると、逆ギレしてしまうかも知れないからだ。
そのため、互いに配慮をして、同じ空間に居ても話さないことだって全然あるのだった。
まあ、それで小日向と揉めることはないし、相手の意図を汲み取っている分、仲良しなのかな?
「ねえねえ、ケーキも美味しそう」
「駄目だぞ!」
「ぴえ」
油断すると直ぐに甘える。
パンを三つも食べたら、余裕でカロリーオーバーなんだぞ。
ケーキまで追加したら身の破滅だ。
読者モデル何だから、自重するように諫めておく。


二階の広い席に座り、食事をしながら軽く雑談をする。
知り合いとはいえ、直接的な会話はあまりしたことがないため、親睦を深める役割がある。
アマネさんが、俺達のパンや飲み物を奢ってくれたので、それだけで好感度爆上がりしていたし、出方を伺う必要はないと思う。
あと、年上の女性に気を遣われるのは気を遣う。
同じオタク仲間として、丁寧に敬語を使ってくれているが、むず痒い。
「敬語は大丈夫ですよ」
サラッと提案してくれる小日向さん。
「そうかしら?」
「えっと、私達の方が年下ですし、アマネさんはお姉ちゃんみたいだから」
「可愛い! あ、そうだ。私のことはお姉ちゃんって呼んでいいから、風夏ちゃんって呼んでいい?」
「うん! お姉ちゃん」
「えぇ~、風夏ちゃん可愛い~」
こうかはばつぐんだ。
アマネさんはお姉ちゃん呼びに魅力されていた。
小日向の頭をなでなでしている。
愛でるのは構わないが、本題に入ることにした。

コスプレの話を始める。
「はい。頼まれていたコスプレ衣裳。ウィッグと靴も入っているから、重いかも知れないわ」
「ありがとうございます」
渡された紙袋の中身を確認しておく。
アマネさんは、拙い手作りとは言っていたが、既製品よりも丁寧に作られていた。
装飾品も宝石を模したガラス細工らしく、光に当たるとキラキラと輝いている。
魔法少女の衣裳はデザインが凝っているものばかりである。
そんな難易度が高い衣裳製作を作品愛でやってのけるあたり、最近のレイヤーさんは凄いものだ。
野郎からしたら、糸と針で仮縫いするだけで精一杯だからな。
「わぁ、綺麗!え~、私が着てもいいんですか? 可愛すぎて、もったいないくらいですよ 」
「ううん、構わないわ。この衣裳もずっと眠らせたままだったし、着てくれる人がいた方が嬉しいから」
「お姉ちゃん大好き」
小日向は、テンションが高い。
ジェムプリのように可愛い魔法少女になりたい願望が強すぎて、顔が崩れていた。
「風夏ちゃん、可愛い~」
ただのアホみたいなにやけ顔だが、女性から見れば可愛いらしい。
不細工にしか見えないけど。
まあ、幸せそうにしている人間が居たら喜ばしいのかも知れないな。
小日向とアマネさんは、ルビィちゃんの衣裳を見ながら、手渡した物の説明を始める。
スマホでルビィちゃんの衣裳と照らし合わせて、衣裳に不備がないかと、ほつれや破れがないか確認してもらっていた。
衣裳の話は、俺にはよく分からん。
口を挟まずに静かにしておく。
お金のやり取りなので、抜けがないか念入りに説明していた。
読者モデルとレイヤーさんで畑が違うものの、衣裳への情熱は同じなので、俺には分からん専門用語を交えながら楽しく会話をしている。
まあ、女性同士で仲が良いのは構わないんだが、アウェイ感が凄いな。
「そういえば、風夏ちゃんコスプレ初めてだよね? 初心者用のコスプレ本を持ってきたからあげるね」
「ええ、いいんですか? 高いやつですよね」
「いいの、いいの。流石にもう私は初心者じゃないから使わないし」
はじめてのコスプレ。
ガチの初心者向けの本だった。
めっちゃ気になる。
「俺も見ていいですか?」
「ええ、構わないわ。二人で仲良く使ってね」
「ありがとうございます!」
小日向から受け取り、中身を確認する。
色々載っていて、漫画のアイディアに使えそうだ。
この本を読んで、他のレイヤーさんが使っていた専門用語が初めて分かったし、後々サークル活動に活かせそうなものも多かった。
白鷺のこととか、撮影関係やアイディアは高橋に丸投げしていたから、少しは手伝えそうだ。
ハロウィンは池袋で池ハロ撮影していたけど、メイドリストのみんなに教わりながら身を任せていたし。
年下だからって、身内の人達のお世話になりすぎだな。
コスプレに関しても、ちゃんと勉強すべきである。
「えっと、」
アマネさんは罰が悪そうに話す。
「言い出し辛かったんだけどね。コスプレする上で、専用のアイテムとか消耗品とか必要なのだけれど、ごめんなさい。私の家に予備がなかったからそれは自分達で揃えて欲しいの」
謝る必要はない。
自分で揃えるのは当たり前だ。
それに、アマネさんは必要なものをメモしてきてくれたので、それだけで有難い。
キャラ用のカラーコンタクト。
眉ブラシ。
ウィッグの管理に必要なブラシ。
セット用のスプレー。
スカートのボリュームを増やす為のパニエなどなど。
十数点以上書かれていた。
あ、数万円飛ぶな、これは。

「コスプレってお金がかかるんですね」
「コスプレはかなりの沼だから、知らない人はビックリするかも知れないわね」
初期費用でこれだけ掛かるとなると、学生では手が出せない。
バイトしまくっている奴ならば大丈夫だろうが、一ヶ月で数万円は稼いでいないと破産してしまう。
毎月のイベント毎に衣裳を変えている人もいることから、沼という表現は適切だろう。
いくらお金があっても足りなくなりそうだ。
なるほど、だからコスプレしている人は社会人が多いのか。
ある程度の経済力がなければ、コスプレを満足するまで楽しむのは難しい。
なら、大人になってやるのが正しい趣味だ。
「取り敢えず、買いたいものがあるようなら私が案内するわね。あ、でも池袋だし、ショップならハジメさんが知っているかしら?」
「いえ、俺も詳しくはないので案内してくれるなら有難いですが……。時間は大丈夫なんですか? これから色々回るとなると、かなり時間が掛かりますよ?」
「気にしないで。今日は一日オフの日だから、夕方までは問題ないわ」
その時間まで付き合わせるのはなぁ。
小日向がいるとショッピングの無限地獄に突入しかねない。
あまり触れていないが、小日向とのショッピングは死ぬほど長い。
小日向が買い物する時は、契約ブランドのテナントへの顔出しとファンサービスがワンセット。
二時間以上かけて、お店の宣伝を済ませて、やっと彼女の好きな場所を回れるわけだ。
読者モデルも大変である。
いや、小日向が仕事に対して真摯過ぎるだけか。
まあ、そんな面倒なことは俺達二人でこなせばいい。
アマネさんに付き合わせるわけにはいかないしな。
そこは上手く立ち回ろう。


衣裳代を払い、喫茶店を後にする。
それからコスプレ用のグッズを買うために、コスプレショップに立ち寄る。
一階から五階までコスプレグッズを取り扱いしていて、新品の既製品から中古の衣裳まで幅広く揃えていた。
コスプレで使える刀などの得物から、手作りの武器まで販売していて、男の俺でも楽しめた。
プリ○ュアの原寸大の変身グッズとか、魔法少女系のステッキなど、滅茶苦茶クオリティがいい。
流石、コスプレガチ勢の手作りグッズは神過ぎる。
高くて手は出せないが、眺めているだけでコスプレの奥深さを味わえるわけだ。
何でも買おうとする小日向を止めながら、無駄遣いさせないようにする。
ジェムプリのルビィちゃんのコスプレに関係ないものを買う必要はないからな。
小日向は、欲しい欲しい五月蝿かったが、妹の陽菜で駄々っ子は慣れているので無視していた。
ただでさえ手荷物が多いのと、さも平然と俺が持たされているし、これ以上荷物を増やされたらたまったもんじゃない。
衣裳を見終えて、メモに書かれたものを一つずつ買っていく。
「あとはカラコンだね」
「カラコンはこっちにあるわ」
アマネさんに誘導され、カラコンコーナーに行く。
棚には数十種類のカラコンが並んでいて、キャラクターの色に合わせて好きなものを選ぶらしい。
メーカーによって同じ色でも違うようだ。
え? 違うの?
どう違うのかは不明。
女の子に人気なブランドも出しているらしいが男の俺に分かるか。
カラコンでも黒色などもあり、目を大きく見せるものもある。
学生が学校に付けていくらしい。
「え? カラコンって学校に付けていいん?」
「う~ん、学校によるんじゃないかな? まあ、目をマジマジと見ている先生もいないと思うし、そこは空気感というか」
俺達の学校は、髪色とかマニキュアには寛容だしな。
「へえ、最近の学校はファッションに寛容なのね。私の時は茶髪も駄目だったのに」
「あ、でも明るすぎるとダメですよ」
茶髪にもカラーリングに数字があるらしく、何番までの茶髪はオッケーとか。
秋月さんと萌花は染めているが、微妙に色合いが違うもんな。
でもわかんないっす。
俺から見たら、茶髪は茶髪だ。
それに、違いが分かったらそれは女子である。
「う~ん。それはそれで難しいから、茶髪禁止のがいいのかも知れないわね。……あれ、風夏ちゃんは染めてないよね?」
「私は黒髪清純派、読者モデルなので」
ーーは?
流石にツッコミを入れるわ。
「何を言っているんだ?」
「ほらみて」
自信満々に胸を張るが、俺には理解出来なかった。
そもそも張る胸もないだろ。
「……まあいいや。小日向は、中高生向けの読者モデルなんで、仕事の関係で黒髪じゃないと駄目らしいんです」
染めるの禁止。
ピアス禁止。
中高生が真似しないように、過度に派手な洋服は禁止など、それなりに制約がある。
仕事であるとはいえ、契約をしているブランドしか着れないとかもあるしな。
好きなお洒落も出来ずに窮屈である。
「読者モデルも色々あるのね。でも、風夏ちゃんは黒髪の方が似合うと思うし、染める必要もないわね」
カラーリングは、キューティクルにダメージがくる。
今時な茶髪や原宿カラーにしたり、インナーカラーを入れたりお洒落な髪色にすると、すぐ髪の毛にダメージが響いていく。
女性が綺麗でサラサラな髪の毛を維持するのには、並々ならぬ努力がいるわけだ。
小日向が、黒髪清純派読者モデルかは知らんけれど、自身の髪の毛に気を遣っているからこそ、豪語出来るほどに綺麗なのだ。
女性が日々重ねている、美に対する情熱は尊敬に値する。
頭の天辺から爪先まで、綺麗にする努力は凄まじい。
小日向やアマネさんは楽しそうに語るが、綺麗にするのは当たり前。
凄いとか、頑張っているとか思ってすらいないあたり、強者感がやばい。
美容を意識して、綺麗にすることで仕事を貰っている人間の思考回路である。
小日向とアマネさんは、和気あいあいと通っている美容室や、トリートメントの話をしながら、カラコンを選んでいた。
やっぱり俺の出る幕はないな。
女性が数人集まると、大体こんな感じだけど。


メモにチェックを付け終わり、全部購入した。
お金も時間もかなりかかった。
あと、やっぱり俺が荷物係のようである。
小日向よ、何でも俺に持たせればいいってもんじゃねえぞ。
とはいえ、小日向に持たせたらガンガンぶつけたり、落としたり、失くしたりしそうなので仕方ないか。
小日向ママの誕生日にプレゼントする洋服も、コスプレ衣裳も大切なものだからな。
俺が持っていた方がいい。
コスプレ専門店から出て、外の空気を吸う。
「よし、これで大丈夫そうね。ハジメさんもお疲れ様。女性の会話は退屈だったでしょ?」
「いやまあ、色々勉強になるところもあったので楽しかったですよ。アマネさんのこともよく知れましたし」
アウェイ感はあったが、楽しかったのは事実だ。
こういう機会がなければ、池袋に足を運ぶこともなかっただろう。
美味しい喫茶店も教えてもらったし。
小日向の付き添いで来た身ではあるが、充分満足である。
「あ、そうだわ。まだ時間あるかしら? もしよければ知り合いの撮影会を覗きにいかない?」
「撮影会ですか?」
アマネさんと仲のいいメイドリストの一人が、池袋で撮影出来る場所を借りて、コスプレ撮影会をしているらしい。
俺達みたいなカラオケボックスの一角とは違い、雰囲気がいい場所を丸々一日借りている。
本来ならば一時間数千円する撮影会だが、見学であればお金もかからず、雰囲気を感じることが出来る。
コスプレをするのであれば、見学して損はないだろう。
「なるほどね。小日向はどうする?」
「行ってみたい!」
「だよな。……すみません、お邪魔にならないくらいで良かったらお願いしたいです」
お金がない学生が撮影会にお邪魔するのは忍びないが、顔を出すくらいなら文句は言われないよな。
俺も知っている人らしいし。
「畏まらなくていいわ。では、知り合いに連絡しておくわね」
池袋から少し離れて、住宅街の一室。
マンションのような場所で撮影会をやっているらしい。
普通の部屋を改修して撮影向けにしてある。
メイドのコスプレなら、それに合った西洋風にアレンジした部屋を借りたりする。
「ここのオーナーさんが大のコスプレ好きらしくてね。格安で広い部屋を貸してくれるの」
「へぇ、そんな奇特な人もいるんですね」
「ここら辺は賃貸にするには駅から遠いから、そういうビジネスの方が儲かるのかも知れないけれどね。でも、コスプレする側からしたら、有難いものだわ」
マンションのようなビル。
俺達は階段を上り、撮影会の扉を開ける。
撮影会はカメラマンが多いイメージだから、知らない人ばかりだと嫌だな。
そう思いつつ中に入ると、レイヤーさんを囲み、十人くらいの一眼レフカメラを持った人達が居た。
やべぇ、メイドイベントによくいる顔見知りばかりしかいねぇ……。
世間は狭いものだ。
そりゃ、メイドリストの人が開催しているメイド好きの為のメイド撮影会なのだから、必然的に知り合いが集まる。
蛾が光に集まるのに理由などないように。
メイド好きは、メイドイベントに群がる。
この界隈の狂った価値観大好き。

「お待たせ」
「ちょっと撮影ストップ!」
撮影を強制的に止めて、メイドさんはこちらに駆け寄る。
「風夏ちゃん、お久しぶり」
「お邪魔します」
「あら、可愛い~」
普通の流れでなでなでしている。
「ハジメさんも久しぶり。って言っても、池ハロ以来だから数週間も経ってないか」
「そうですね。すみませんがお邪魔します」
「うんうん。最近の若い子は素直でよろしい♪」
「……あんたは撮影をほっぽり出してないで戻りなさいよ。案内は私がするから」
「アマネは冷たい。わたしの会場だし、主催者として案内したいじゃない」
「それは、撮影の休憩時間でいいでしょ。それまでは仕事なんだからちゃんとしなさい」
「え~、相変わらずの鉄の女。アイアン~メイデン~」
「早く戻りなさい!」
不貞腐れながら戻っていく。
仲良しだな。
「はあ、ごめんなさいね」
「なんか、大変ですね」
アマネさんは真面目っぽいので、メイドリストの中ではツッコミ役なのだろう。
「取り敢えず、案内するわね」

撮影の輪の中に入り、男性の知り合いに挨拶を交わす。
「お久しぶりです。よろしくです」
「こちらこそ、よろしく。あれ、ハジメさんも遂にカメラデビューですか?」
「いや、見学っす」
「え~、カメラ沼に入りましょうよ」
「それって底なし沼ですよね?」
数十万の一眼レフカメラを持っている知り合いが、冗談を言ってくる。
よくツイッターで最新カメラのRTしているので把握はしているが。
値段を見て驚愕したものだ。
「うん。確かに。毎月の支払いはきついですよ」
「じゃあ無理っすね」
そもそもバイトしてないしな。
お小遣いで生活している俺には、一眼レフカメラを買う経済力はない。
「ほらそこ、学生に高い買い物をさせないの」
カメラマンとも横の繋がりが太いのか、アマネさんが注意していた。
それから俺達は撮影風景を眺めながら、小声で会話をする。
撮影までの一連の流れを説明して、どうやってコスプレをしているのか。
撮影も何部かに分けて、衣裳を変えながら撮影をしていくみたいだ。
撮影会は、一時間半くらいの撮影で数千円かかるが、場所代や衣裳を複数用意したり、レイヤーさんとは別に進行を進めるスタッフも必要なので、人件費は高いようだ。
「よ、ハジメっちじゃん」
進行役もメイドリストの人だった。
パソコンを開きながら、床で仕事をしていた。
進行役で、撮影に参加していないのにメイド服を着ていた。
何故なら彼女はメイド好きだからだ。
着ている意味はない。
メイド好きだけで撮影会が回る、永久機関が完成だ。
ノーベル賞もんだぜ。
全員メイド好きならば、どれだけ混沌とした撮影会でも異変に気付かない説。
アマネさんは平然と話を進める。
「あとは何か知りたいこととかあるかしら?」
「はーい。えっと、コスプレの準備とか化粧とか、そこら辺はどうしているんですか?」
「こういう場所にはコスプレ専用の立派な化粧台があるから、それを使うの。ほら、御手洗いの横に化粧室があるわよ」
化粧室の扉を開けると、アンティークの彫刻が綺麗な三面鏡が置いてあった。
数万円以上する化粧台があるとは、撮影スペースへの熱の入れ具合がよく分かる。
ここで撮影しても綺麗な一枚が撮れるくらいだ。
完全な別世界に仕上げることで、モダンな雰囲気を壊さないようにしているのだろう。
「そうだ。コスプレ衣裳もあることだし、風夏ちゃんもコスプレしてみる? ちゃんと衣裳のサイズがあっているか見てあげるから」
「いいんですか?」
「うん。お姉ちゃんに任せなさいっ」
アマネさんは、完全に小日向のお姉ちゃんになっていた。
「わーい。お姉ちゃん、ありがとう」
「キャッキャ」
「ウフフ」
女子のノリはよく分からん。
アマネさんは、小日向の化粧と衣裳の準備を始める。
流石に男の俺が、マジマジと眺めているわけにはいかないので、待っている間に撮影会を見ることにした。
メイド姿のレイヤーさんは、西洋風の高級な赤い椅子に腰掛け、ポーズを取る。
メイドらしからぬ、御主人様を惑わす妖艶な色気を放っていた。
読者モデルの撮影とは違い、自分らしさを全面に出した綺麗さと言えるか。
メイドリストとして慣れ親しんだオタク仲間ではあれど、被写体として真面目に取り組む様は美しい。
人間性はアレだが、言葉を発せずに静かに微笑している彼女は、本当のメイドであり使用人にしか見えない。
そう、彼女はメイドが好き過ぎて、メイド姿のレイヤーをしていくにつれて、魂までもがメイドになっていたのだ。←意味不明。
カメラのシャッターを切る音が響き、数分おきにポーズを少しずつ変えながら飽きないようにしていた。
可愛い女の子を被写体にしている撮影なのに、思っていた以上に静かなものだ。
真剣に撮影するシャッターの音と、BGM代わりのクラシックの落ち着いた音楽が聞こえるだけだ。
カメラを構えている男性は、如何に綺麗に撮れるかを考えて、真摯な姿勢で被写体を見ていた。
みんなの真面目な表情は、男から見たら惚れるくらいにイケメンである。
突き詰めたオタクはいいものだ。

「一旦休憩で」

進行役が合図をする。
適度に休憩時間を挟みながら、撮る場所を変えたり、日常風景を演出する為にティーセットや箒を使ってメイドっぽさを出していく。
「誰か、他にいいシチュあったら言ってね」
「はい」
進行役の相方が手を上げる。
「二十代後半でお見合いをしたものの、婚期を逃して怯えるメイドさんやって」
「○すぞ」
みんな普通にカメラで撮っているが、凄まじい形相だぞ。
般若顔負けだ。
おもいっきり、素が出ている。
ああいう雰囲気が日常なのだろうか。

「ハジメさんは撮らないの?」
他の人が話し掛けてくれた。
「いや、俺はスマホしかないですし」
「撮影会だから遠慮しているのかも知れないけど、スマホでもいいんだよ。最近のスマホは画素数高いし、綺麗に撮れるからさ」
「そうなんですけど、綺麗なメイド姿を撮るなら、一眼レフカメラの方がいいですよね?」
「ん~、最初ならミラーレスとかでいいと思うよ。レンズ代が高いから、一体型の方が分かりやすいし。値段はピンキリだけど」
「話は聞かせてもらった。カメラのことは、我々が説明しよう」
「お前たちは、カメラ三銃士……ッ!」
なにそれ。
世界観が壊れるわ。
キャノン。ニコン。ペンタックス。
などなど。
彼等は、それぞれのメーカーをこよなく愛するカメラ愛好家達である。
一眼レフカメラには色々なメーカーがあるらしい。
その中でも初心者にオススメのカメラの話や、実際にカメラを始めるとどれくらいお金がかかるかなど細かな話をしてくれた。
俺自身は、一眼レフカメラが欲しいわけではないが、身内で撮影が出来る人間が高橋しかいないのはよくないので、検討したいところだ。
一眼レフカメラがあれば、漫画の資料集めにも使えるし。
修学旅行で撮った京都の写真も、もっと鮮明に残せたはずだ。
数十万円は無理だが、十万円くらいならお年玉と貯金で何とかなりそうである。
高い買い物なのは変わりないが、最近はずっと忙し過ぎて漫画もゲームも買ってないから、たまには無駄遣いしても怒られないだろう。
「ハジメさん。福袋で買った使っていないカメラがあるんだが、よかったら使うかい?」
福袋を買ったはいいが、使わない。
使ってくれるならば、譲ってもいいと言ってくれた。
「有難いですが幾らくらいですか?」
「型が古いタイプだし、中古で買い取っても安いだろうから半値でどうかな?」
それでも元々の値段は高いので悩むところだが。
「うん……。八万円ですか、それならいけるかも」
メイド好きの知り合いが勧めてくれているカメラなので、福袋に入っていたカメラでも信頼出来る性能はある。
それに、この機会を逃したら高いカメラを買うことも難しい。
値段が値段だけに、悩ましいな。

カメラ三銃士は、ハジメに聞こえないように話していた。
「よし、沼に落としたぞ」
「福袋とはいえ、高かったんだろ? 安くしちゃっていいのか?」
「ハジメさんが沼れば、可愛い女子高生の写真がツイッターに上がるかも知れないだろう?」
「お前、天才か」
「計画通りだ」
私利私欲の為ならば労力は厭わない。
目先のお金よりも、可愛い女の子の写真である。
それに、カメラマンは高齢化が進んでいるため、こうして若い芽を育てることはカメラマンの役割でもある。
邪な気持ちを抱いていたが、純粋にカメラが好きな人が増えることが喜ばしかった。
撮影会は二十代から三十代が多く、逆に高校生の若い男女が覗きに来ることはまずない。
小日向風夏含め、新しいレイヤーやカメラマンがこの世界に入ってくることは好ましいし、大事に育てたい。
メイド界隈からしても、ハジメは可愛いオタク後輩。
男性はどうしても、年下の男の子を甘やかしたくなるものだ。
喜んでくれるならありであった。
「また来週、池袋で撮影会があるから、その時に持ってくるけどどうかな?」
「え、いいんですか!? お金、準備しときますね!」
素直な反応が返ってくる。
流石、高校生。
若い子は純粋だ。
可愛いものである。


「はいはい。カメラの話をするのはいいけど、レイヤーそっちのけで盛り上がらないでよね」
主催者は不機嫌になり、むくれていた。
そうか、普通に失礼だった。
撮影会がメインなのに、男性の特有のノリで男達だけで楽しくやっていた。
俺の代わりに、他の人が謝ってくれていた。
「ごめんごめん。ちゃんと撮影するから」
他の人達は、カメラを構えて調整する。
シャッターを切る音。
それを見ていると、ワクワクしてきた。
自分だけのカメラが手に入ると思うと、来週までが待ち遠しくなる。


「お待たせ!」
俺達がカメラの話をしている間に、数十分かけて、小日向が化粧室から出てくる。
「おお……」
撮影が落ち着いていたとはいえ、小日向は出てくるだけで目立つ。
みんなの撮影する手は止まり。
歴戦のレイヤーさんですら、小日向の美しさに唖然としていた。
紅玉の色をした髪の毛に、赤く燃えるようなドレスを身に纏い、胸元の宝石は輝いていた。
可愛いだけでなく、折れぬ心を持つ主人公。
まさしくそれは、ジェムプリのルビィちゃんだった。
赤色のカラコンもちゃんと付けているからか、まんまアニメから飛び出したかのようである。
凄い。
コスプレ一つでこうも雰囲気が変わるのであれば、レイヤーさんがハマるのも頷けるな。
「私、ちゃんとルビィちゃんになってる?」
「ああ、完璧なクオリティで、ルビィちゃんになっているよ」
ジェムプリが実写化したら、絶対に小日向が呼ばれるレベルでやばい。
始めから分かり切っていたが、読者モデルにコスプレさせたら破壊力抜群過ぎる。
他の人が可愛いとか綺麗とか言わずに、声も出さずに見惚れているのがその証明だろう。
「だよね! ルビィちゃんの衣裳めっちゃ可愛くて、私も魔法少女になった感じがする!」
コスプレしても小日向の我が強いが、まあいいか。
着ている衣裳を見ながら、楽しそうにしているし。
撮影に入れば本気になると思う。
「風夏ちゃん。せっかくだし、撮影もしてみる?」
アマネさんはサラッと、お仲間から撮影する承諾を得ていた。
「いいんですか? 私、部外者ですよ?」
「ハジメさん経由で、みんな友達でしょ?」
「なるほど」
納得するところあったか?
まあ、せっかくコスプレしているなら、写真に残すべきである。
この場には、可愛い女の子が好きなオタクしかいないので、否定するやつはいない。
逆にチャンスにしていた。
「やったぜ。合法的に現役読者モデルJKのルビィちゃんコスを撮影出来るよ」
主催者のメイドリストが一番気持ち悪いけど。
言っていることは間違っていない。
読者モデルの小日向がコスプレする機会は限られているため、かなり貴重である。
連携技で褒めちぎり、確実にコスプレ撮影をさせようという鋼の意志を感じる。
可愛い女の子が撮影出来る。
何故だろうか、汚い大人の思考を見せられている。
可愛いものを愛でるのがオタクの本質だろうが、欲望に忠実過ぎる。

 
撮影時間は割愛。
五時過ぎまで小日向は撮影をして、帰る準備をしていた。
最後の方は、小日向はみんなと打ち解けていて、読者モデルの撮影風景の話をしながらワイワイしていた。
小日向が着替え終えた後は、SNS登録や名刺交換をして、初見の人とも繋がりを増やしていく。
「じゃあ、俺達はお先に失礼します」
「ありがとうございました!」
俺と小日向は最後に挨拶をして、撮影会を失礼する。
みんな手を振ってくれていた。


扉が閉まり、二人が出ていった。
それを眺めているメイドリストである。
「どうせ暇なんだし、アマネも一緒に行けばよかったんじゃないの?」
「最後くらいは二人っきりにさせてあげたいでしょう?」
帰りの際にサンシャインに寄ってショッピングをすると言っていた。
ハジメは、夕方の五時過ぎからショッピングに付き合わないといけないのかと負のオーラを出していたが、何だかんだで一緒に回ってあげるだろう。
優しい性格なのは一日過ごしていただけでも分かるくらいだ。
その点では、ハジメは信頼における。
「へー、青春だねえ」
「若いっていいわね。……私もサンシャインデートしてみたいわ」
「撮影会終わったら、私とする?」
「それは嫌」
「なんでや!即答やめてよ!?」

こうして、ドタバタの一日が終了していったのである。
しおりを挟む

処理中です...