この恋は始まらない

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第三十七話・恋から愛に変わるとき

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どうしてだ。
新年になってから何かがおかしい。
陰謀論ではないが、周りが裏で何かをやっている気がして謎の疎外感を覚えていた。
二日によんいち組と初詣を済ませ。
三日には萌花と本屋に行ってランチを奢らされた。
四日には白鷺と一緒にメイド喫茶シルフィードで福袋を買いつつ、秋葉原の探索をしたりした。
いつも会っているメンバーだから、気兼ねなく話していたつもりだ。
しかしながら、微妙に気まずかった。
何となく気まずい。
普通に優しい奴等ではあるが、妙な雰囲気になっていた。
よんいち組とは付き合いが長いので、ちょっとした細かな変化や、機敏に気付く。
緊張している時に前髪を触ったり、口を半開きにしたりする癖。
何かあると、喋る時の間の置き方が変わったり、口癖が出たりするわけだ。
そんな微妙な変化に気付いたところで
、何があったのかは分からんものだ。

……もしかして、俺って嫌われているのか?

去年のやらかしの多さからしたら、嫌われても仕方あるまい。
あれか、小日向に勧められた新作ラテじゃなく頑なになって、ブラックコーヒーを飲んだのが悪かったのか。
劇場版プリキュアで、キュアクルスティックを本気で振ってプリキュアの応援をしていなかったからか。
セイロン紅茶が好きなのに、切らしていたのをすっかり忘れていたことで怒っているかも知れないし。
萌花に至っては全てダメ出しを喰らっている気がした。
まあ、何だ。
……野郎に空気を読めと言っているのは間違いである。
同じ人間でも男女では根本的な思考回路が違うため、心の内までは分からないのだ。
男なんて、マンモス狩っていた時から変わらんのだ。
槍を持って野原を駆け回るくらいが、男なのだ。
それはさておき。
何が悪いのか考えてみよう。
……初詣でお参りしていたから、新年の抱負が関係あるのか?
みんな真面目なやつばかりだから、去年出来なくて、今年やりたいことが出来たのかも知れない。
好きなことに全力で取り組み、努力しているのは知っている。
頑張っているあいつらは好きだし、いくらでも応援したい。
水くさい奴等だ、他人じゃないんだから、いくらでも相談してもいいのにな。
俺でよければ全然話に付き合うのに。


「と、あのアホなら、そのくらいの危機感で思っていそうだからな」
正解だった。
新学期が始まり数日が経過した。
放課後の誰もいない教室。
萌花がそう言うと、よんいち組の全員が下を向いて沈黙をしていた。
恋愛含めて、今後の作戦の話し合いをする女子会だ。
本当なら、楽しい?話題で盛り上がるべきなのだが、そうもいかないのがよんいち組である。
……由々しき事態だ。
鈍感なアホが恋愛相手だと苦労する。
マンモス狩っている時代から変わらない知能指数である。
このご時世、槍を持ってマンモス狩っても女の子は惚れてくれない。
女の子と付き合ったこともない朴念仁なのは知っているが、それにしたってあまりにも無反応過ぎてやきもきしていた。
普通であれば、可愛い女の子が隣に居るだけでドキドキしたり、惚れてしまう。
ましてや、純粋に好意を抱いている女の子から、猛烈にアプローチされれば誰だって嬉しいはずなのだ。
だが、ハジメだ。
あいつに女の子が好きって感情があるのかも分からん。
出来ることなら好きな人のことは何でも知りたかった。
好きな顔の好みや、性格。
髪型や声だっていい。
家庭的であったり、元気な女の子だったり。
ハジメに一つでも、女の子の好きなタイプがあれば傾向と対策が組めるのだがそれもなさそうだ。
好みがないから、悩ましい。
少しくらい変態でもいいから、何かしら好きな女の子のタイプがあれば楽なのに。
……と思ったが、性癖が歪んでいるから反応が薄いだけだった。
メイド服大好きド変態だったのを思い出した。
文化祭の時はメイド服を着た女の子を見て、水を得た魚のようにイキイキしていた。
まあ、その時はちゃんとみんなを可愛いと褒めてくれたからいいが。
ハジメが、女の子に可愛いや綺麗を普通に言えるのは、メイド姿の時だけ。
普段はそんなことを言ってくれないし、女の子の機微に気付くほど出来た男ではない。
前髪を切っても、ネイルやリップを新しくしても、彼は気付いてくれないだろう。
どれだけ綺麗になるために時間をかけて努力をして、女を上げたとしても褒めてはくれない。
一方通行な想いは募るばかりである。
好きな人にただただ好かれたい。
そんなことで。
不安になるなんて。
四人は疲れていた。

何であんな男が好きなのだろうか。
他にいい男など、ごまんといる。
東山ハジメは、特別格好いいわけではないし、いつも優しい人だけれども、それが彼の魅力とは言い難い。
それに、優しいのはみんなに対してだ。
その気遣いは、私達だからするような特別な感情からではなく、男なのだから他人に優しくするのは当たり前だと思っている。
困っている人が居たら、彼は嫌な顔せずに絶対に助けに行くし、夜遅くなったら女の子を家まで送り届けるのが普通だと思っている。
もちろん、ハジメ以外でも普通の男子なら、好きな女の子を家まで送ったりするだろう。
優しくすることで、女の子にアピールも出来るし、少しでも一緒に居たい。
帰り道が数分であっても、話す時間が作れると喜んでしまうものだ。
可愛い女の子なら、放課後にそんなお誘いは多いはずだろうし、自分に対する好意や下心の有無など分かってしまう。
まあ、女の子を誘う時点で異性として意識しているのは確実だが。
今はハジメが大好きな彼女達だって、最初はハジメを警戒していたものだ。
ハジメのことを知った春のことが、遠い昔にすら感じてしまうくらいに色々あった。


最初の出会いは風夏からだった。
何気なく立ち寄った部室。
たまたま居合わせた名前も知らない二人から全ては始まった。
陽キャと陰キャが一緒の空間にいる。
あの頃のことを思い出すと、この関係がこんなに続くとは思わなかった。
最初はハジメを男として疑っていたものだ。
普通の男性が、小日向風夏と話す理由など、可愛いからでしかない。
自然を装い、近付いてくる輩ばかりだ。
冬華達もそうだ。
美人と呼ばれて、可愛いと持て囃されるのは得ではあったが、誰だって美人な人間にはそうしてくる。
そこに特別なものはない。
彼女らが誰かに可愛いと言われても、何の価値もない。
誰でも言ってくれる言葉は変わらない、ただの言葉の羅列でしかない。
男だから女の子に優しくするのは当たり前だ。
何度も聞いたセリフだけど。

だけれど、この恋はぜったいに違う。

その言葉は、特別だった。
ハジメは可愛いからと、女の子に優しくしない。
付き合いが長くなるに連れて、分かってきたのだ。
ハジメはどうしようもないアホで、女の子に優しくするのが当たり前だと親から育てられていて、疑うことがない。
それくらいにアホだ。
だから、私達を顔で判断しない。
女の子に優しくする。
その考えはいつも変わらないから、他人とは違うのかも知れないと。
特別な人なのだろう。
普通とは違うだけで、気になってしまう。
ずっと見てきた。
春も夏も秋だってそうだ。
冬になるまで一緒に過ごしてきて。
色々な人との出会い、みんなの世界は色鮮やかに変わっていくというのに、ハジメだけはいつだって変わらない。
どんなに頑張っていても、変わらずにいてくれる。
黒色みたいに地味な存在かもしれないが、それでいい。
変わらなくたっていい。
ずっと見ていると、穏やかに流れる雰囲気や、イケメンじゃない横顔が好きなんだと気付くのだ。
不意に目が合うと。
笑い掛けてくれると、嬉しくなる。
そこが好きだった。

全員が全員、ハジメのどんなところが好きなのか話し合わない。
同じ人が好きだとしても、同じ横顔を知っているわけではないのだ。
自分の知っている顔をしてくれるだけで満足している。
風夏でも冬華でも麗奈でも萌花でも。
自分は自分でしかない。
悩んだところで、誰かになれるわけではないのだ。
誰かに憧れるのはやめた。
みんな、生まれや境遇。
見た目や好きなものは全然違うのに、好きな人は一緒なんておかしな話だ。
好きな気持ちが一緒だから、分かり合えるのかも知れない。
恋のライバルなのに、腹を割って話せるのも、好きな人がハジメだからか。
自分の好きなものは譲らなくていい。
彼と出逢って。
そう教えられたから。
だから、他人の好きなものも譲らなくていい。
みんな、幸せに生きたい。
そう思っていることを知った。
世界はもっと単純で。
ハジメくらいにアホに生きていければいい。
不安になったら彼を見ればいい。
そうすれば、笑顔でいられる。
無償の愛を感じられる。
彼を想うと、優しい気持ちが満ち溢れてくる。
心が幸せになっていく。
……それだけで幸せだった。


冬休みも終わり、新学期が始まった。
しかし、進展することもなく、何も始まっていない。
新年だって色々な場所を回ったし、二人っきりで話したり恋人同士でするようなイベントがあったはずなのに、日常回みたいな軽いノリで話が流されていた。
東山家で新年の挨拶をして、お年玉を貰ったりしつつ、女の子として積極的なアピールをした。
よんいち組として、恋愛で争う必要性がなくなれば頼もしい仲間になる。
美人や美少女の集まりで、まるっきり持ち味は違えど、好きな人が同じだからかも知れないが、互いに認め合い上手くやっていた。
ハジメ以外は。
よく分かってない顔をしていた。
分からんボーイだ。
空気を読めない人間に求めるべきことではないのかも知れないが、女の子として不満だってあるものだ。
「とりま、全部片付いたらシメるからいいとして」
「……好きな人をシメるのは萌花くらいよ。まあ、それも東山くんなら許してくれるのでしょうけれど」
告白と同時に殴られる運命にある。
本当ならフォローしてあげたいものだが、殴られることをしているのも事実なので誰も否定しない。
逆にシメられるくらいで済ませてくれる萌花が優しいくらいだ。
好きな女の子も選べない優柔不断なやつのせいで、萌花が色々な人達に根回しして、四人が同時に好きだって告白してもハジメが悪くならないように頭を下げていた。
学生として好きなだけなら当事者同士の問題だが、数年後もずっと好きなのは分かり切っている。
この恋が本物だったとしても、社会のルールから逸脱した歪な恋愛をするのなら、不義理は働けない。
全ての人に頭を下げるべきだった。
何故なら、両親や友達の力を借りないといけない時だってあるし、誰か一人でも納得してくれていなければ祝福されるものではない。
風夏や冬華の両親なら、娘が一人の男性に愛されてほしいと思っているはずだ。
麗奈だって両親からの愛情が乏しいとはいえど、普通の家庭で育っていた。
萌花もがさつな家族ばかりの貧乏で面白みもない家庭ではあったが、恋愛観に関しては真っ当に教えられていた。
今思えば、ちゃんと両親に愛されていたのかも知れない。

四人共に、両親と面と向かって自分の人生を決める話をしたのは初めてだった。
こと、恋愛の相談においては、本気で大人として扱われる。
正しい恋愛ではないと反論される度に心臓が抉られるほどに辛い気持ちになるが、それでもそれしか道がないのであれば突き進むしかない。
正しいかなんて分からない。
人を好きになったのなんて初めてだから、社会が決めた正しさなんて分かるわけがない。
この恋は、死んでも諦めるわけにはいかないのだ。
両親にちゃんと説明して説き伏せるのに数時間くらい掛かってでも、納得させるしかない。
「まあ、余裕綽々よ」
萌花は、毅然とした態度を取っていた。
正直、こんなことを二度とやりたくないと思っていた。
両親と面と向かって会話するなんて、思春期の女の子ならやりたくないものだ。
それに、萌花の実力ならば覆すことが出来るとしても、自分の恋愛を全否定されるのは辛い。
数時間も戦い勝ち取ったわけだ。
壮絶な死闘を繰り広げたとはいえ、流石に話せる内容ではない。
風夏達にはえぐい話だからな。
今回ばかりは自分を褒めたい。
好きな人への気持ちで、ここまで頑張れるのは、これっきりだろうから。
萌花は満足げにしていた。
「ちな、ふう達は親を納得させるのどれくらいかかった?」
「ごふん」
「十分くらいか?」
「私は即答だったからゼロかな」
「ーーお前らの両親、恋愛観ガバガバ過ぎるだろ!?」
娘の人生がかかっているというのに、料理が出てくるレベルで即答をするな。
麗奈に至っては親が興味ないのか心配になるくらいである。
そこら辺は、ハジメの母親が上手く立ち回っていそうだった。
ハジメの両親にも軽く話はしてあるけれど、元々分かっているかのように二つ返事だったことから、ハジメの母親は萌花でも勝てないと思った。
にこやかに笑う目の奥は、 確かにこちらを見定めていた。
息子好きだから、そういう目になるのは当たり前だろう。
萌花ほどの女が、本気になるくらいにハジメを評価している。
どれだけ努力しているかも知っている。
それを育て上げた親なら、息子の努力は知っているはずであり、誰よりも幸せになって欲しいものなのだ。
母親である東山真央が、子供にハジメと名付けたのだって、生まれた日が一月一日だからではなく、美人として色々な道を歩んできた彼女にとって、心から愛する初めての息子だからそう名付けているはずだ。
萌花と同系統の性格をしているからこそ、彼女の想いは分かっている。
だから、萌花が彼女を理解しているように、性根が悪い萌花のことを正当に評価してきているのも知っていた。
ハジメが、女の子のことを内面でしか判断しないのは、母親譲りなのだろう。
ハジメの母親は、人として筋を通して、息子を蔑ろにしなければ大丈夫か。
悩んでいても仕方ない。
あの手の女性は、麗奈みたいに能天気な方が好きだろうし。
自分が出来ない生き方をしている人を好きになるはずだ。
何であれ。
麗奈のことは感謝している。
ハジメの母親が親代わりに愛しているから、今の麗奈が存在する。
だから、二人で話せる機会があったらちゃんと挨拶をしよう。
いつになるかは分からないけれど、感謝していることは伝えたかった。
それが自分には出来なかった親友を救うことへの、義理立てだからだ。
「いやまあ、私の両親と東山くんの両親はお邪魔している関係でよく交流があるから……」
麗奈はヘラヘラしていた。
さすクソ女。
こいつ、闇深い割に他人の闇には気付かないやつだった。
流石の萌花もキレていた。
「れーな。いらんところで、マウントすんな」
「ええ……」
萌花サイドから見たら、麗奈が全部悪いのだが。
知らぬ人間からしたら、萌花は相変わらずメチャクチャな性格をしているように見えていた。
八つ当たりしてくるのはいいが、四人で仲良くしようと約束した矢先にやめてほしい。

「萌花は両親と普段からちゃんと話していないから、こういう時に揉めるのよ」
「いや、普通に考えても即答しないっしょ」
娘の恋愛やぞ。
もっと慎重に決めてくれ。
麗奈の話ではらちが明かないので、風夏と冬華に振ってみる。
「私はいつもママにハジメちゃんの話をしてるもん」
どやっ。
自信満々に語る風夏であった。
純粋無垢な娘だ。
ハジメの話になると、いつもイキイキしている。
寝ても覚めてもハジメちゃん。
家では四六時中ハジメちゃんの話をしているのは知っているが、それはそれで両親が可哀想であった。
風夏の話は基本的に一方通行にしか矢印が伸ばせないので、両親に対してガチで延々とハジメのことを伝えていそうだった。
親友であるよんいち組でも、風夏の話を聞き続けるのは流石にきつい。
みんな、毎日のようにハジメの話を聞き過ぎて、ハジメを好きになってしまった疑惑すらあるレベルだ。
毎日、ハジメのいいところを風夏が嬉々として話すから、自分もハジメを好きになってしまう。
刷り込み式、恋愛方法である。
端から見たら風夏は可愛い女の子ではあるが、親友からしたら欠点ばかりの駄目女。
しかも、かなり特殊な部類なので、風夏との会話をこなせるのは、ハジメくらいだろう。
日に日に目が死んでいく。
「まあ、ふうのところは言わずとて大体分かってそうだからいいよな」
そもそもハジメと風夏は、元々付き合いが長く、仕事仲間としての意味合いが強い。
SNSを確認すれば、如何に互いに協力関係にあり、どれだけ仲が良いのか分かるので、両親も一々干渉してくることはないだろうか。
それにまあ、読者モデルとして幸せそうに楽しんでいる娘のことを想えば、温かく見守るはずだ。
ハジメは知らないが、風夏は読者モデルを嫌いになり、辞めそうになっていた時期がある。
春頃だったか。
そこから持ち直したきっかけは、誰も分からない。
だが、ハジメと出会う前と後で風夏のやる気がガラリと変わったのだから、嫌でも特別視してしまう。
一番問題がなさそうな風夏なら、五分で話が終わるのも分かる。
「ハジメちゃんなら、ママも色々任せられるって言ってた~」
どう考えても、風夏の面倒な部分をハジメがこなせるから、ぶん投げられている。
恋愛ではなく、子守りじゃないか。
まあ、あの二人の間柄なら、その距離感が正しいのかも知れない。
色恋沙汰ではないけれど、別にそれで満足しているならいいのか。

「まあ、ふうのところは大体予想通りだからいいけど。……ふゆのところは?」
「話があった直ぐに、お父様とお母様に話を通した。元々東山とはサークル活動をしている仲なのは伝えてあるのと、その都度何かあれば話していたから特に問題はなかったぞ」
だからといえど、十分で話が付くのはおかしいが。
冬華が言うのであれば、何も問題はないのだろう。
嘘を付く人間ではないしな。
それにしても疑問はある。
「普通にふゆの家柄が許可を出したのがすごいわ」
「そうか……? 白鷺家が凄かったのは何世紀も前だから、今は普通の家庭だと思うが?」
「ふつう?」
「え? 普通なの?」
「……概念壊れるわ」
この子にとっての普通とは。
箱入り娘だからか、世俗との価値観が違い過ぎていて抜けている。
いつもの天然を発揮していた。
白鷺冬華の家は、駅からかなり離れた郊外の邸宅ではあるが、代々受け継がれた土地を守っているちゃんとした名家である。
普通の家庭は、要塞みたいな壁をした家に住まない。
中庭に池もないし、鯉も泳いでいない。
冬華の綺麗な黒髪のポニーテールは、まるで品位を持つ馬と似ていて、血筋がしっかりした大和撫子のサラブレッドだ。
萌花みたいな、自然で生きている雑種とは全然違うのだ。
何故にこの高校に入学したのかは不明なくらいに淑女になるための英才教育をされていて、持ち前の美貌だけでなく運動も音楽も芸もこなす完璧超人だ。
大会やコンクールに出れば、唯一抜きん出て優勝する。
勝者が一人しか存在しない勝負の世界で、プレッシャーに折れぬ精神力を持つ。
いつもは綺麗なのに可愛いものが好きなところが愛らしいけれど、冬華の中身はゴリゴリの脳筋だ。
勉強も運動も一位を取り、勝利こそ全てだと思っている。
お嬢様なので抜けている時はあるものの、それ以外は非の打ち所がない。
いや何でそんな人間がハジメを好きなのか謎。
完璧過ぎるが故に、駄目男が好きなのか。
男性を支えるのが女性の役目とか思ってそうだ。
そもそも冬華のカタログスペック的に見ても、ハジメが出来ることがなさ過ぎる。
「……私は他人を評価するような立場ではないが、東山には詩を嗜む教養もあるし、他人の趣味嗜好を認める懐の広さがあるのだ。生涯を添い遂げる伴侶として別に問題あるまい」
ぐう聖。
「「グッ……」」
性悪女達は、苦虫を噛んだかのような顔をしていた。
お嬢様だからこそ持ち合わせている、汚れなき魂に浄化される。
冬華は女神の如く、微笑むのだった。
こんな女の子に惚れられたのであれば、男冥利に尽きる幸せといえる。
「……え? 結婚??」
麗奈は事が進んでいく状況に、血の気が引いていた。
そもそもまだ本人に告白していないのに、付き合うのは確実であり、ずっと先の結婚の話をしていた。
いや、ハジメが好きな気持ちはそれ以上だと断言出来るが、普通に考えても急展開過ぎていた。
高校大学を経て、社会人として自力してから結婚という道筋を辿っていくものだと思っていた。
まだ未成年の自分達が、高校生から結婚を意識していいものかどうかも怪しい。
「いや、みんな待って……」
話が進み過ぎているから、何としてでも止めないといけない。
風夏はお嫁さんになるのが将来の夢と言っていたくらいに純粋だし。
冬華も異性と付き合うことは結婚して籍を入れるものだと思っている。
彼女らの考えとして、彼氏が出来たら、そのまま結婚してゴールインするのが普通なのだ。
何年も付き合って、ゆっくりと愛を育む。
大人として自立し、社会人になってから結婚するという猶予はくれない。
でも、彼女達が間違っているわけではない。
この娘と付き合うなら、それくらいするのが普通なのだ。
「ねえねえ。ハジメちゃんの両親は学生恋愛で卒業と一緒に結婚したらしいから、私達も結婚するならそれくらいになるのかな?」
止まらない女。
「そうだな。十八歳で結婚と授かり物も得たと言っていたのだから、私達も早めに結婚して赤ちゃんは欲しいものだな」
止まる理由がない。
「赤ちゃん……?」
麗奈の頭の中に流れてくる。
存在しない記憶。
ハジメと結婚して、子供がいて、暖かい家庭を持ちたい。
男の子ならハジメみたいに優しく育ってほしいし、女の子なら陽菜ちゃんみたいに元気なのもいいのかも知れない。
そうなると子供は男の子と女の子がほしくなる。
二人いたら仲良くやってくれるはずだ。
そうそう、自分に性格が似てしまわないように、気を付けて子育てしないと。
私が満足出来なかった分まで、いっぱい愛してあげなきゃいけない。
「いや、お前は止めろよ……」
麗奈はトランスしている。
想像妊娠している場合じゃない。
自分に都合がいい未来のイメージをするな。
そこに至るまでにどれだけ自分を変えないといけないかを分かっていない。
結婚や子育ては、ずっと先だ。
頭の中で、花嫁衣裳を着込み、ヴァージンロードを歩いている場合ではない。
そんな幻想はぶち壊せ。
風夏や冬華とは違うのだ。
最初から、愛されるように生きていない。
いくつもの障害を取り除いて、真面目に自分と向き合うことで、人並みに生きることが出来る。
恋をするには、足りない部分ばかり。
こんな生き方をしていれば、ハジメの負担になるのは分かり切っている。
それでも、ハジメならば全てやり遂げるのか。
知っている男子の中でも屈指のアホだし、優秀な人間ではないので、他人を支えるくらいの甲斐性があるかは分からない。
でも、やり遂げるまで戦うだろう。
愛した女の為なら、余裕で死ぬ。
そういうタイプだ。
好きな女の子の為だとしても、そこに後悔の文字はない。
自分が不幸になっても、誰かが幸せならば、それでいい。
いつも誰かの笑顔を見て、満足している。
……萌花達がどんなに連れ回して、悪ふざけをしても、同じ顔をしてくれる。
よんいち組みたいな、顔くらいしか取り柄がない面倒な女に囲まれていて、内心は迷惑しているだろうに。
それを感じさせないのが、いいところかも知れない。
「まあ、だるいわ」
萌花は呆れていた。
……四人で一人の人を好きになる。
こんな馬鹿げた提案をするとは思わなかった。
気の迷い。
何で自分でそんなことを言ってしまったのか。
分からない。
勝算があるわけではなかったし、全ての人を納得させるの何て、どう考えても無理だ。
それでも一抹の不安もなく、進められる。
その理由はずっと分からなかったが、今になって気付いてしまった。
最後はハジメが何とかしてくれる。
そんな気がしたから、不安にならなかった。
萌花は、根っからの男嫌いだし家族でさえも頼るのは嫌いだったが、ハジメことは出会った時から嫌いではなかった。
最初はハジメにきついことを何度も言ったものだ。
風夏に近付いてくる男は下心しかないのだから仕方がない。
どんなにきつい言葉を投げても、ハジメは怒ることはなかった。
友達の為なら、近付いてくる男を警戒するのは正しい。
何も間違っていない。
何気ない一言だったけれど、そんなことを男性から言われたことがなかった。
嫌われるのに慣れていた人間だからこそ、嫌われる言葉を投げ付けたというのに、人として正しいと断言してくれた。
イケメンしか好きじゃない自分が、ドキッとしてしまった。
多分、一目惚れだったのだろう。
この男なら、自分を嫌うことはない。
ずっと好きでいてくれる。
空港の時だって、夏祭りの時だって、旅館で鉢合わせた時だってそうだ。
クソほどイケメンじゃないのに、ドキドキしてしまう。
萌花はクラスメートとして、馬鹿をやるのも楽しいし学生生活は満足しているが、親友の恋愛をお膳立てして、無料で育てたハジメを放流するのも嫌だった。
例えるなら、丹精込めて育てたポケモンみたいなものだ。
たまごから厳選して、技もちゃんと覚えさせてある。
それを友達とはいえ、軽々しく渡せるものではない。
そんな冗談はさておき、他の三人みたいに好きな人の話とはいえど、キャッキャとはしゃぐのは難しい。
難儀なものである。
好きな人に夢中な方が女の子としては可愛げがあるのだろうが、親友みたいに想像妊娠する趣味はないので無理である。
まあ、そんな話をして盛り上がれるのであれば、多少のNTR耐性もありそうなので安心か。
他の女に嫉妬するようだと四人で付き合う計画が瓦解するから、早めに分かったのは有り難いが。
「これもう、わかんねぇわ」
こんな結末になるとは思わなかった。
この恋は始まらない。
そんなことがないように、頑張るつもりだったが諦めた。
萌花は、全部ぶん投げていた。
よんいち組のメンバーのキャラが濃いのは今に始まった話ではない。
萌花の性格だから、多少は制御出来るだけであり、三匹の大型犬に手綱を付けて散歩しているようなものだ。
好奇心旺盛なわんこを静止させようとしても限界があるわけだ。
手綱を離さなければ、自分が引き摺られてしまう。
先ほど説明した通り、特に風夏を問答無用で抑えることが出来るのは、ハジメくらいしかいない。
風夏に止めろと言えるのは、彼くらいである。
ハジメの言葉なら素直に聞く。
そういった意味ではハジメと風夏は相思相愛であるとも言えるが、そう言うとハジメは嫌な顔をするだろう。
普通なら可愛い読者モデルに言い寄られていたら、男として凄く嬉しいはずだが、それを喜ばないのが彼らしいというか。
……ハジメなら何とかやってくれることを祈ろう。
「私、読者モデルからママモデルになれるかなぁ」
いや、やってくれないとやばい。
収拾がつかない状況を見ていると、少しだけ自分が女としてマシではないかと思ってしまう。
そんなことはないけれど。
そもそもこんなお花畑みたいな恋愛をイメージしている、地獄絵図にしてしまったのは自分のせいであるのだ。
風夏達に、あまり無茶を言わせないようにしないと。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
まあ、東っちならいいか。
どうせよく分かってないだろうし。
好きな人が、アホでよかった。
手のひらで転がしやすい親切設計で助かるものだと常々思うのであった。
それはそうとして、あのアホはしばく。
少しくらいの嫉妬なら許されるはずだ。
三人のおまけみたいな自分だからこそ、少しは怒りたくもなるものだった。
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