この恋は始まらない

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第五十六話・血のように濃い愛

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ゴールデンウィークが終わり。
俺は、いつも通りサークル活動や読者モデルの仕事をしつつ、メイド喫茶のイベントの準備を進めていた。
一難去ってまた一難。
イベントが終わったらイベントが始まる。
……まるでソシャゲだな。
だらだらと一ヶ月くらい過ごしてみたいものだが、そうもいかないのだ。
今回始まるイベントは、思春期の学生にとって一番嫌なイベント。
授業参観である。

「この男、ストレス感じすぎてゲロ吐いてるぞ」
萌花は相変わらず容赦なかった。
自分の席で死にかけている彼氏に対して発する言葉じゃない。
俺だって大人の余裕を見せていたいが、授業参観ではよんいちママが勢揃いするのだ。
娘にさえ勝てない奴が、ママに勝てるわけがないだろうが。
一方的な暴力だ。
お前らのお母さんは、通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃なんだよ。
うちの母親もそうだけどさ。
そんなこんなで、顔を合わせてまともに向かい合う前に、心労が溜まり過ぎてゲロを吐いていた。
ただでさえ娘さんに対して失態続きで、弁明するのも難しいというのに。
どの顔見せて会えばいいというのだ。
授業参観とは名ばかりの、俺の素行調査をするイベントと化していた。
二時間あまりとはいえ、印象が悪くなるのは不味い。
出来る限り、マッマにはいい顔をしておきたい。
娘を任せられません!とか言われたら、泣いてしまいそうだ。
朝一のホームルーム中に作戦を立てる。
どうすれば、大人の女性に好かれる立ち回りが出来るのか。
色々考えながら、イメージトレーニングをしていた。
「いや、そんなことをしている時点で男としては評価されないやろ」
「マジで??」
「お前、かなり馬鹿だよな?」
萌花にダメ出しをされる。
え、俺って馬鹿なのか?
馬鹿なの??
ああ、馬鹿なのか。
よんいち組の顔を見たら、そう思っているようであった。
「ハジメちゃんは、普通にしていればいいのに~」
「そうだぞ、東山。無理に自分を作れば、不自然な部分が出てしまうし、相手にも分かるものだ。常日頃の行いが実を結ぶものだから、自然にしていればいい」
「……お母さん達と顔合わせするとはいえ、みんな顔見知りだもの。形式ばったものではないのだから、気を遣わなくてもいいんじゃないかな?」
他の奴らもそう言ってくれて助かる。
みんな優しい。
流石、俺が好きになった人である。
好感度が上がりそうだ。
それはさておき、どうしてこいつらは俺の席でたむろしているんだ?
お前らの席は教室の後ろの方だろうが。
そんな疑問に萌花は最適解を示し出してくれる。
「ほら、クラスのギャルが自分の部屋でたむろしている同人誌好きじゃん」
「なるほど?」
まったく意味分かんないけど、何か魂が理解した気がする。
あと、人ん家に来て、エロ漫画漁るなよ。
それは知り合いのサークルさんと交換して貰った同人誌であり、俺の私物ではないからな。
クラスの金髪ギャルが、オタク趣味の主人公の部屋にあった私物のメイド服を遊び半分で着てくれるシチュエーションは、神展開だった。
「普通、野郎の部屋にメイド服はないっしょ」
「東山は持っているぞ。シルフィードのメイド服の福袋を買っていたからな」
「きも」
ジャックナイフやめろ。

わざわざ俺の席でそんな下らない話す理由はさておき、こいつらはいつも元気である。
ゴールデンウィークで長時間の休みがあったとしても、やることばかりの俺と同じく、休みであっても休みではなかったはずだ。
よんいち組の連中は、自分の苦労をわざわざ語るようなタイプではないし、俺に愚痴ることは絶対にない。
どんなに辛くても話さない。
テスト前にメチャクチャ努力して勉強しているのに、勉強してないと言われるようなもんだ。
……嫌われてんのかな。
しかしまあ、大変そうでも充実しているのか、見ていて安心である。
俺も、彼女達に負けないように、もっと頑張らないといけないだろう。

「こいつまだ頑張るつもりやぞ」
「だよね。休むのも仕事なのにね」
「スポーツでも、筋肉を休ませる日を作るからな。そうでなくとも筋肉に過度な負荷を与え続けると肉離れや炎症を起こす可能性が……」
「う~ん。東山くんは、言って素直に聞いてくれる賢い子なら、誰も苦労はしないのだけれどね」
四人とも、色々言いやがってからに。
秋月さんに至っては、母親の生き霊が乗っ取っていた。
我が家の時のハジメちゃんの話をするな。
「なあ、いいか?」
一つだけ気になっていたことがある。
別に大したことじゃないし、話の途中で話すのも何だし黙っていたんだが、折角だから聞いておく。
「なあ、何でみんな、いつもより化粧が丁寧なんだ?」
ーーーーーー
ーーーー
ーー

神視点。
授業参観は、去年と変わらず一限目と二限目に行われる。
ホームルームが終わったら、すぐさま両親が入れるようになる。
この高校の方針として文化祭同様に校舎内に入れるのは女性だけであり、父親や兄弟は対象外だ。
授業参観に集まるのはママしかいない。
女性ばかりの教室で、気合いが入っているのは娘だけではなく、母親も然り。
授業参観とは、クラスの三十人あまりで行われるお母様方の顔合わせである。
この日の為に、新調したばかりの洋服を着て、耳や首元を綺麗に着飾って美人なママとして颯爽と登場する。
可愛い娘を自慢することで学校内でのママランキング上位に入る必要がある。
親同士の壮絶なるマウティング大会が始まろうとしていた。
「可愛いでしょ、うちの娘よ」
東山真央は、自信満々に娘を紹介するが。
それは秋月家の一人娘だ。
麗奈ちゃんを我が娘のように溺愛し、褒め千切るハジメママであった。
この人が登場すると、この物語における母親という概念が壊れる。
無論、秋月家のご両親とはテレビ電話で何度も通話するくらいに交流があり、麗奈ママの代わりとしてこの授業参観に参加しているのだった。
フラッシュ全開で、写真撮影をしていた。
それにしても異常に愛が重く、べらぼうに娘を溺愛している。
何も知らないクラスの連中は、秋月さんの性格はお母さんに似て狂っている。
あれがママから、あの子は悪くないのだなと思っていた。
「あれ、ハジメママやぞ」
萌花の発したその一言で、クラス全員が黙る。
ああ、そっちね。
まあ、そんな気はしていた。
このクラスで愛が重いやつは何人か存在するが、最大級に狂っているとなると一人しかいない。
ハジメママは、嬉しそうにダブルピースしている。
「ハジメちゃんのママでぇ~す」
何だろう。
どっからどう見ても、同じ血が流れている。
血は水よりも濃い。
とはよく言ったものだが、実際にはカルピスの原液よりも濃度が濃いのであった。
他人から見ても甘ったるいくらいに、ハジメの家は幸せな家庭なのであった。
ママ様ランキングの一位を取るためには目立ってなんぼだが、悪目立ちするものではない。
ハジメママは、この教室のお母さん方と比べてみても不出来な部分が多く、若輩者の最年少だ。
いつも通りふざけてはいるが、大人としては要領はいい。
他のお母様方よりも目立つべきではないところは控えている。
ハジメママにしては今日は地味めな洋服で、他のお母さん方の年齢に合わせたものを着ていた。
小日向ママや白鷺ママ。子守ママの顔を立てるのは忘れない。
そこもハジメに似ているわけだが。
風夏は、ハジメママに話し掛ける。
「真央さん。おはようございます」
「あらあらまあまあ、風夏ちゃんは今日も可愛いわねぇ」
「えへへ」
頭をなでなでされていた。
撫でる速度が速すぎて、頭が炎上する勢いだ。
よんいち組の他のメンバーもまた、ハジメママに捕まり、なでなでされていた。
彼女の行動には原則的に深い意味はないが、それ故に幸せそうである。
ハジメママとは逆に、彼氏のお母様と顔合わせをする側は、どうしても緊張するものだ。
どんなに仕事をこなし、場数を踏んでいる読者モデルだって例外ではない。
風夏は、粗相がないようにするのに必死であり、余裕がなくなっていた。
それを見越して、ハジメママは適当に接しているのかも知れない。
「あらあらまあまあ、時間はいっぱいあるのだから、ゆっくり話していいのよ?」
優しく語りかけて、緊張をほぐしてあげる。
その間も、なでなでするのをやめない。
読者モデルの頭皮にダメージを与えることが何の意味があるのか。
「母さん。学校だぞ、やめろ」
ハジメが介入して母親を止めようとするが、そんなもので止まるようなものではない。
「あ~なるほど! おーよしよし。ハジメちゃんも寂しいんでちゅかぁ~?」
「ぎやああぁぁぁ」
ミイラ取りがミイラになっていた。
息子ちゃんが大好き過ぎる。
母の愛は海よりも深く。
人智を超越した愛の尊さを見せ付けられる、親御さんとクラスメートであった。
本当の愛とは重く、一方的なものである。

小日向ママ達も呆れていたけれど。
我関せずといった態度で、母親は息子を愛でていた。
まあ、何はともあれ、元気そうで何よりだ。
そんな顔をしていた。
「色々大変そうですが、仲良さそうで何よりですね」
「ええ、東山さんのご家庭は楽しそうですわ。息子さんがいる家庭は憧れますわ」
「……え? 本人は死ぬほど嫌がっていますけど……」
萌花のママには社会人になったばかりの息子がいるので、アレをするとどれだけ息子が嫌がるかを理解している。
本人からしたら地獄みたいなものであろう。
ハジメ本人は母親の奇行に慣れているせいで泣いてはいないが、心が叫びたがっているんだ。
他のやつなら、ギャン泣きしている。
「う~ん。まあ、いいか」
萌花ママは丸投げしていた。
言って止まるタイプの女性ではないので放置するのだった。
ハジメママは、天真爛漫だし愛があれば何とかなると思っている適当な性格だ。
ママ友の中では一番年下ではあるけれど、身に纏う雰囲気は地獄を潜り抜けてきた人間が見せるソレだ。
オーラの色が違う。
萌花ママから見ても、禍々しい。
能力系異世界ラノベに出てきたらいけないタイプだ。
まあ、家庭を持って人生が変わった人間か。
それならば家族に害を成さない限りは問題あるまい。
幸せとは、そういうものだ。
それに、自分より優れた人間に対して、ただ年上だからと年齢でマウントしたら恥を晒すだけである。
ハジメママは、美人で人格者。
しかも、修羅場を潜り抜けてきた相手だ。
あの優しく細い目が開眼した時、どうなるかなど考えたくもない。
だから、何も考えずに放置するべきなのだ。

使い古した雑巾みたいにボロボロになったハジメは、何とか母親の歪んだ愛情から抜け出して、よんいち組のママ達に挨拶にきた。
「……母親がいつもすみません」
猛獣でも相手にしてきたのか。
それくらいにボロボロになっていた。
いや、人間だって獣の類いだ。
襲われたら死にかけることもあろう。
それが、彼女ではなく母親なのは、うん。
可哀想。
ハジメは自分の身で精一杯であったが、ママ達に筋を通していた。
正直、喋る気力もない。
それでも礼儀を尽くすあたりは、ハジメらしいのか。
本人は母親からの愛情表現を嫌っているが、本当の母の愛を知るからこそ、他人を愛し尽くすことが出来る。
誰より溺愛されていても、誰よりも厳しく躾られている。
愛ゆえの厳しさなのだ。
究極的な真面目が、彼の取り柄といえる。
「不出来な母親ですが、これからもよろしくお願い致します」
どっちが親かすら怪しくなってきた。
ハジメは、母親の為に頭を下げるのだった。
それが息子の仕事だと疑わない。
「お世話になっているのはこちらですよ。風夏がいつも迷惑を掛けてごめんなさいね」
「そんなこと……いえ、ありがとうございます」
つい最近、謙虚に受け止めろと言われたばかりなので、多くは語らないようにする。
感謝の言葉だけ。
色々あったけれど。
楽しかったはずだ。
ハジメは、微笑むのだった。
それが功を奏してか、ママ達の好感度は急激に上がっていた。
男性は口数が少ない方が格好いいものだ。
もちろん、ハジメには女性の機敏には鈍感で、にぶちんだ。
よく分かってない。
訳が分からないまま進むよんいちママ達の井戸端会議に、口を合わせるだけでいっぱいいっぱい。
ママ達の圧に押され気味だった。
ハジメは直感していた。
母親の誰もが、実の娘よりも強い上位互換だ。
上位種だ。
娘にすら手も足も出せないのに、母親に勝てるわけがない。
その事実があるからこそ、遺伝子レベルで敵対するなと告げていた。
「……何でいい流れだったのに、警戒レベルが上がってるん?」
萌花ママは萌花ママで、素で見抜いていた。
「まあまあ、娘の母親が話し掛ければ誰だって身構えますよ」
「ハジメさんもいつも通りにして頂いて下さいね?」
小日向ママも、白鷺ママも優しくそう言ってくれる。
娘に似て、人間性が高い。
本来ならば、四股しているような人間をフォローする必要はないというのに。
「ありがとうございます。いつも通りはちょっと難しいですけれど、……善処致します」
ハジメは、頭を下げてばかりである。
そういう時だから仕方がない。
どれほど大変だとしても、両親に認められる関係を望んでいるのはハジメ本人だ。
彼女がそれで、少しでも安心してくれるならば多少の無理もしよう。
風夏ママは、心配性なのか再度忠告する。
「辛い時は言ってくださいね?」
「大丈夫です。今が一番楽しいですし、幸せだと思っていますから」
そう言いながら、恥ずかしそうに笑う。
ハジメは、よんいち組の人間と一年間共に過ごしてきて、仕事ばかりで血反吐を吐いたり、自分とは住む世界が違う人達と出逢ったり、陰キャなのに矢面に立たされて無理難題を押し付けられていた。
まあ、苦労ばかりで辛い時もあったが、それでも楽しいといえるのは、陽キャで物理的に輝いているような面々と共に色鮮やかな人生を歩んでいた。
そう思っていた。
毎日が慌ただしいのは必然だろう。
幸せとは、いつだって慌ただしくやってくる。
ペンキをぶちまけるようなものだ。
ハジメの色は、黒色だ。
地味で目立つことのない普通の人である。
ラノベの主人公みたいに、ヒロインに好かれるような特殊能力や特徴などない。
これほどまでに色々な人に助けられ、人に愛される。
それが、彼の特徴なのだと知ることは一生ないし、自分で気付くことも、誰かが教えてくれることもない。
多分、教えたところで理解出来る頭をしていない。

「あはは、こんな人生になるなんて思いませんでした」
なっちゃったからには。
仕方がない。
やるしかないのだ。

「ハジメさん。もちろん、男として責任を取ってくれるんだよね?」
萌花ママは、満面の笑みで圧力をかける。
それは、本気の牽制であった。
男が嫌いな言葉。
トップワンに位置するもの。
それが責任である。
ハジメは、一瞬で地獄に叩き落とされるのだった。
幸せとは、辛いに似ている。
誰よりも娘の幸せを願うママ達からしたら、娘の為に本気を出すのは当たり前だ。
今の娘の幸せからハジメを抜いたら、辛いものになる。
四股をしてまで何故、美人な娘達が地味な男の子を好きになり、共同戦線をしているのか。
これが恋ならまだマシだった。
学生らしい淡い恋ならば、女の子が四人も好きになってはくれないだろう。
だが、血のように濃い愛となれば、普通に考えて死人が出るわ。
ハジメの性格からして、愛していると直接口には出さないけれど、その目は誰よりも幸せそうであり、瞳の奥の輝きは、愛する女性に向けるものであった。
笑う姿が、どことなく娘に似ている。
一年以上の月日が流れ、一緒に過ごしたせいか、娘の仕草を真似していたのか。
本気で娘を大切に想っている人間を見て、落ちない女はいない。
母親は誰だって。
人を愛して結婚し。
人生を費やして、ずっと娘を育ててくるものだ。
幸せの中で辛い思いをして。
何よりも、娘を愛する。
愛の偉大さを知っているからこそ、恋と愛の違いが分かるようになったのだ。

「親子丼狙ってんじゃねぇよ!」
「ア゛~ッ!!」
溜め強ケリ。
萌花に思いっきりタイキックされる東山ハジメであった。
彼女の親を落とそうとするな。
アホの息子とはいえ、ケツを容赦なく蹴り上げるなど、ハジメちゃんラブちゅっちゅの母親である東山真央が許すわけがない。
「あらあら、みんなママの手足よ」
魔王の手腕により、娘達は懐柔されていた。
やっていることがラブコメじゃない。
この世には、ママより優れたママなど存在しないのだ。
彼女も許す。
四股も許す。
しかし、ママは許さない。
血の繋がっているママ以外に、ママみを感じておぎゃるのは死罪なのだ。
この物語において、可愛い女の子は数知れずであれ、ヒロインたるママは唯一無二なのである。
それ以外のママは存在してはいけない。
女の敵は女ならば。
ママの敵もまたママである。
古今東西の作品において、ママの概念は多種多様だが、ハジメママ曰く肉親以外のママはママで非ず。
おぎゃあから高校生になるまで育てていないやつは、真のママじゃない。
息子にとって母親は偉大な存在であるが、それは産まれてからずっと愛してあげているからこそ、偉大なのだ。
ずっと愛をあげていないママはママじゃないし、ビジネスママでしかない。
ハジメちゃんガチ勢は、息巻いていた。
年齢を重ねることで、女の子は女性になり、ママになる。
職業ママを舐めるな。
「意味わかんねぇよ。……頼む、誰かこいつを止めてくれ」
ハジメは半泣きでクラスメートに懇願する。
いや、ぶっ飛んだ息子ですら無理なら、普通に考えて無理だろ。
この流れを絶ち切るために。
授業参観を早く始めてくれ。
そう切に願うのだった。


ハジメサイド。
あの母親の一件から、二限まで授業が進み、授業参観は終わる。
終わったと同時に母親に告げる。
「はよ帰って」
授業参観が終わったのだから、長居せずに帰れ。
そういいたいが、本音は飲み込んでおく。
怒るからな。
それでも、東山家の恥部をこれ以上クラスメートに見せるわけにはいかない。
この母親を静かなまま帰らせて、問題を起こさないようにしたい。
その一心である。
よんいちママが目の前に居ようとも、退かない。
「あらあら、今日は来てよかったわ。ハジメちゃんもクラスで仲良くやっているみたいだし、いじめられてないようで何よりだわ。他の子にも仲良くしてねって言っといたわよ」
「……アンタが帰ったら死ぬほどいじめられるわ」
何をしているんだよ、こいつ。
何か休暇時間に、知り合いや三馬鹿とかと会話しているなとは思っていたが。
余計なことをしやがってからに。
……俺は幼稚園児かよ。
息子を愛でるのはまあ、良くはないけど言っても無駄だからいいとして、俺に対する扱いが幼稚園で止まっているのは止めてくれ。
他のママ達も、暖かい目で見守っていないで助けてくれよ。
よんいち組の奴らも、母親からの評価を下げたくないからって、絶妙な距離を取るな。
ええい、味方不在で全員が敵とか、四面楚歌じゃないかよ。
「そうだわ。ママ達はこれからみんなでランチをしてくるの」
「はあ……」
母親は嬉しそうに言う。
よんいちママでたまに集まっているのは知っているし、授業参観が終わった後だ。
大人同士で話し合いたいこともあるだろう。
ママだからこそ抱えている悩み事や問題もあるからな。
数千円のランチでそれが解消されるなら誰も文句は言わない。
息子の立場からしても、イライラした女性の相手をする方が高くつく。
ランチ一つで女性の機嫌が取れるなら有難い。
でも、わざわざ俺に言う必要あるか?
「他のママも誘うから」
「は?」
「せっかくだし、クラスのお母様方みんなで行こうかなってことになったの」
母親ァ!?
三十人以上居るクラスメートの母親を全員誘うんじゃねぇよ!!
普通に迷惑じゃん!?
心の中で叫び散らす。
「ああ、うん。まあ、なんと言うか、いいんじゃないですかね……」
相手にするだけ無駄だ。
俺の精神の限界が近い。
すまないが、名も知らぬお母さん方には尊い犠牲になってもらおう。
うちの母親の頭はおかしいけれど、身内に限った話であり、他人に対しては良識はあると思う。
気配りは出来るし、面倒見はいいからな。
でも元ヤンで性格悪いから、友達いないけど。
ママ友が出来たのもつい最近である。
そういった意味ではママ達には感謝している。
よんいちママは、俺の母親とは違い、みんな大人の女性だから、やばくなったら母親を止めてくれるだろう。
その時は、頼むから一発くらい殴ってほしい。
「何か言ったかしら?」
「なんも」
化物かよ……。
当然の如く、息子の心を読もうとするな。
長話になりそうだし、三限目が始まる前に退室してもらう。
「風夏をよろしくお願いしますね」
「ハジメさん。冬華さんをよろしくお願い致します」
「萌花……は、まあいいか。麗奈ちゃんのこと、よろしくね」
よんいちママは、三者三様の帰り際の挨拶をしてくれる。
何か、サラッと娘を蔑ろにしている萌花ママであった。
まあ、口ではそう言っているが、娘には厳しいが内心は優しい人なので照れ隠しだろう。
「はい。任せてください」
お母さん方の期待に応えられるか分からないが、強く頷くのだった。


「何の根拠もないのに出来ますって断言する子だけど、今後ともよろしくねぇ~」
「はい。いつものことなので慣れてます」
誰だよ、今喋ったやつ。

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