この恋は始まらない

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第七十六話・ハジメちゃんとジュリねえの危険なアフタヌーンティー。文化祭一日目。そのいち。

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文化祭当日。
ホームルーム前にみんな、制服から着替えをしていた。
女子達はメイド服を着込み、男子達はワイシャツ姿にエプロンを付ける。
文化祭が始まる前に、教卓に立ち、鼓舞するはクラス委員である橘さんだ。
「みんな、最後の文化祭だから、精一杯頑張りましょ!」
最初の頃は目立つのを嫌がっていたが、今はこんなに立派になっていた。
最後の文化祭。
橘さんに全てを任せる。
なんてええ子や。
橘さんだけあってか、健気に頑張っている。
俺達が目指すは最優秀賞だ。
全てを蹴散らして、トロフィーを取りに行く。
佐藤も一言残す。
「うちのクラス女子はみんな可愛いらしいから、大丈夫だろう」
……俺のセリフをパクるな。
一年越しに弄るなよ。
俺は教卓に立ってすらいないのに、目立つのであった。
また東山かよ!
俺に対する風当たりが強くなる。
クソガキ共め、僻むな。
お前らはいつだって、俺に文句をつけるだけだ。
自分で行動をしない。
みんな、クラスメートなんだから、女子に可愛いくらい言え。
メイド姿可愛いやろがっ。
神の作りし衣やぞ。
「メイド服に劣情を懐く精神異常者と一緒にしないでほしい」
「お前のせいで、メイド服という単語に、精神汚染されている」
「普通のラノベと比べ、文化祭の内容を数百倍にするな」
「メイド服がメインコンテンツかよ」
クラスメートは、俺を虐げる。

「メイド服を悪く言うな!」
悲しくて涙が出た。
メイド服はな、俺達に取っての光だろうが。
いつだってメイド服が助けてくれた。
我々の未来に光指す、一筋の希望の光。
遊戯王の口上かよ!
ただの布だぞ。
違うもん!! 神の作りし衣だもん!!

「お前はさっさとメイド服に着替えて準備しろや」
おぎゃー。
萌花から、鉄拳制裁が飛んできた。
阿鼻叫喚の絵面である。

それを見て、橘さんは呟くのだった。
「みんな、なんでこんな時にも緊張感ないの……?」
馬鹿だからな。


おふざけもやめて、状況説明をしようか。
文化祭のルールは、去年と変わらない。
お昼までの二時間は学生だけで文化祭を楽しみ、午後からは招待されたお客さんが入場するかたちだ。
ご時世のこともあり、文化祭に出入り出来るのは女性だけである。
昨今の情勢的に、教職員の数は少なく、先生達もナンパなどに気を遣う暇もないのだ。
ならば、野郎を排除するのは仕方ないだろう。
女子達のパパは締め出され。
文化祭で可愛いメイド姿を見ることは叶わない。
愛娘の可愛い姿を見れないのは悲しいが、その分は高橋が頑張って写真を撮ってくれる。
パパさん達には、俺経由で写真を提供すればいい。

俺は、自分のメイド服に着替え、化粧を済ました。
白い手袋をはめて、シルバートレイを手に持つ。
「よし、行くぞ」
気合いを入れた。

「う、美し……」
男子連中は号泣していた。
この恋の時空に生まれて幸せだ。
中学受験を頑張って、初台高校に入学しなかったら、ハジメちゃんのメイド姿を見ることは叶わなかっただろう。
何という芸術品だ。
これ以上美しいメイドさんは存在しないだろう。

何で俺のメイド姿のレビューが始まるんだよ。
きめぇよ。
小日向がこちらを見ていた。
「わぁ! メイドさんだと、やっぱり身長が高い方が可愛いよね。ハジメちゃん可愛いし似合ってる」
……馬鹿にしてんのか。
小日向は、ちょわちょわしながら、頑張って背伸びしているが、俺と比べて全然背が足りない。
俺は男だからな。
流石に、女の子の小日向と身長が同じだったらやばいわ。
身長くらいは小日向に差を付けておきたい。
「小日向、そっちは準備終わったのか?」
「完璧だよ! 何杯でも紅茶を淹れられるよ」
しゅっしゅっ。
小日向は、そう言いながら紅茶を淹れる仕草をする。
馬鹿にしてんのか。
素振りすんな。
なんでこの子が、世界一可愛い読者モデルなんだろうか。

去年は、紙カップに注いだものをトレイに置いて運んでいただけだから良かったが、今回からは自分でティーポットから注がないといけない。
不器用な小日向だと、カップを割らないかと、何かと心配である。
「まあ、最悪俺が表にいるし大丈夫か……」
「なにが?」
「独り言だから気にすんな」
能天気そうだった。
小日向は確かに心配だが、他の女性メンバーは優秀だからな。
わざわざ俺が手助けしなくても、助けてくれるだろう。

「文化祭だし、ナンパされたりしないかな」
誰かがそう呟く。
「男子出禁な」
「圧政で草」
男子はディスってくるが仕方あるまい。
クラスメートが野郎にナンパされるくらいなら、野郎全員を出禁にした方がいい。
受け付けの一条に言って、野郎は入れないようにしよう。

教室を出てすぐの受け付けにいる一条に提案をする。
「男子は、いい金づるなんだから、そうもいかないだろう? みんなバイト頑張って貯金しているみたいだし、無下には出来ないと言うか。……それに、最優秀賞を狙うなら、男子の売り上げがないと難しいと思うよ」
流石っす。
天然クズ要素が元々高い一条だからこそ、軽々と出てくる言葉であった。
俺には考え至らないことである。
イケメンとフツメンでは、他人から金を貰う感覚が違うのだろう。
一つ間を置いて話す。
「……そうか。みんなからお金を徴収しているしな。初日から頑張って稼がないと、まあ難しいか」
別に男子だって、彼氏持ちの女の子に積極的に話し掛けることはないだろう。
全員ヘタレだ。
可愛い女の子に癒やしを求めてやってくる連中は、絶対にモテないし、お金の羽振りもいいはずだ。
男性だと、お菓子もいっぱい食べるから、メイド喫茶の客単価もアップする。
正直、百合の間に挟まる男は嫌いだが。
「……他のクラスの男子が何かしたら、出禁でいい?」
「え、何で出禁に固執しているの? まあ、文化祭が始まったら、東山はずっと表にいるわけだし、問題があったら任せるよ」
よし、今の言質とったからな。
一条くん。
「……僕勉ネタやめて」
今の子が知らない漫画ネタ。
読者からしたら訳が分からないだろうが、知ったことではない。
逆に一条が僕勉知っているのが嬉しいくらいだ。
「東山、受け付けでもメイドさんに過度な質問はしないように説明しておくけど、あんまり揉めないでくれよ?」
一条の中では、俺が他人と揉めることが前提で話が進んでいる。
「俺から手を出すことはないじゃん」
「……一回、ガチで揉めたじゃないか」
その件は、すまん。
もえちゃんが貶されたら、理性が保てなかったのだ。
怒り狂うイビルジョー並みに暴れ回り、廊下を破壊したこともあったか。
まあ、そうなる前に一条と佐藤が止めてくれたけど。
「子守さんが絡むと見境ないの何とかならないの? それは、東山にとって大切なのは理解出来るけどさ」
「もえちゃんは、俺にとっての女神様だからな」

萌花イズゴッド。

どやっ。
「……そういう風に言うから、子守さんから嫌われるんじゃないか? というのか、女の子の格好してまでふざけるの止めてくれない? 脳がバグる」
なんや、俺に冷たくないか?
俺が近付くと男子は距離を取る。
思春期かよ。
隣に居る男子に話を振る。
こいつも否定的だ。
「あのさ、童貞は女装でも女の子が近付くに居ると、緊張するんだよ……。はあ、東山が女の子だったら、この恋も覇権が取れたのに」
なんの覇権を取るんだよ。
文化祭だから女装しているだけで、本来ならば女の子の格好などしたくはない。
給仕役のメイドさんが足りないから、無理矢理着せられているだけだ。
「……無理矢理メイド服を着させられているメイドさん」
「東山、そういうのがいいんだよ」
他の野郎共が集まっていた。
ノリノリのやつより、少し斜めに構えている方がいい。
いや、だから、愛でるなら女の子でいいじゃん。
わざわざ野郎にメイド服を着せて女装させるな。
男子は、喜々として答える。
着せ替え人形ビスクドールや!」
やめてくれ。
メイド服しか着ないコスプレ漫画とか、どこに需要があるんだよ。
アニメ化したら、大体メイド服だぞ。
「東山、ジェムプリのダイアちゃんとかコスプレしてたじゃん」
説明しよう。
久しぶりにするジェムプリの話だから、一応詳しく語ることにするが、ジェムプリとはジェムプリンセス。
宝石の輝きで戦う女の子が主人公の深夜アニメのことである。
本格的な肉弾戦が楽しめる魔法少女アニメだけあってか、一定層のオタクに人気な作品だ。
今年の春には、数年ぶりの劇場版ジェムプリ。
宝石の女王との戦いを描いたルビィ対ルビーの展開に、ジェムプリ人気が再加熱した。
そのおかげか、アマネさん達は有名コスプレレイヤーになったわけだ。
公式からの案件はまだないが、ジェムプリの大きなイベントがあれば、またコスプレしてくれるだろう。
「東山は、またダイアちゃんのコスプレしないの?」
……だから何で俺に女装を求めるんだよ。
文句でもあるのか?
「いや、女の子のコスプレだとなんかエロい目で見るのは憚れるけど、男の娘ならいいかなって」
「サラッと性的搾取すんな」
お前ら、怖いわ。
前々からだが、俺の写真にいいねとRTするな。
自分のコスプレを見てあるクラスメートとか、結構なホラーである。
「今はリポストだぞ?」
「……そういうことじゃねえよ」
「あ、そうだ。東山。オレの妹が文化祭に来るんだが、東山のサイン欲しいって言っていたから、お願い出来ないかな?」
何歳かは知らんが、自分の妹に俺のアカウントを見せんな。
サインくらい描いてやるけどさ。
別の男子も話し始める。
「オレも東山がクラスメートだって同じ中学のやつに話したら、写真見せてって可愛い女子からモテモテだったんだが」
なろう系かよ。
凄い長文をよく噛まずに話せたな。
あと、そいつはミーハーなだけだろ。
俺が知らないところで変なことをすんな。
野郎とはいえ、他人の写真を見せるとか、プライバシーの侵害だぞ。
俺は、アホなこいつらに注意する。
「お前らがモテたいとかは知らんが、読者モデルなら、俺よりも小日向にサイン頼めよ」
あいつの方が数百倍有名だぞ。
街行く雑誌やポスターでよく小日向が表紙の写真が飾られているし、それと比べ俺は雑誌の表紙に出してもらったことすらない。
俺が人気だ人気だ、言われても、あくまでSNSだけである。
老若男女が生活の中で姿を見て、その可愛さを記憶するほどの存在。
世界一とは比べ物にはならない。
「小日向さんはクラスメートだけど、友達って距離感じゃないからさ。頼めないじゃん」
「風夏ちゃんは、東山以外の男性には興味がないだろうし、オレ達も男だからさ。好きな人がいる人に容易に話し掛けたり、絡めるわけないだろう?」
俺のコスプレを褒めていた癖に、まともな感性を見せるな。
照れ隠しをしながら言う。
「それに、オレ達じゃ代わりは出来さないからさ」
女装的な話か??
絶対に違うようであった。
そもそも何でこんな話をすることになったのか。
まあいいや、話を戻して受け付けの枠を確認する。
一条から予約表を借りて、記入されている名前をざっと確認した。
「最初から、他のクラスの女子が結構来るんだな」
メイド喫茶だし、女の子人気はあまりないと思っていた。
しかし、実際には女子の人気は高い。
「去年の最優秀賞取ったクラスだからね。嫌でも意識されるし、勝手に目立つよ。それに、今年の一年生は、直接メイド喫茶に入って見てみたかったんじゃないかな?」
一年からの噂。
あいつらは、去年の文化祭は知らないはずだが。
「妹か」
自慢げに語る。
一年生からの噂の大半は、陽菜のせいである。
あいつが色々言い触らしていたのだろうか。
ふざけやがって。
「東山の知り合いもすぐに来るんだろう? 混み合うだろうから、別にテーブルは確保してあるけど時間とか分かる?」
一日目は、ダージリンさんやアールグレイさん。アマネさん達と、よんいちママも来ると言っていたか。
それに加えて、事務所のみんなも、二日に分けて半々で来てくれる。
みんなが顔を出してくれる時間は知らないが、分かる範囲で一条に予約を入れてもらう。
どうせ、ファンやオタク組。
十二時の最初から待っていてくれるはずだ。
オタクは、なんでも最初がいいと言い出すからな。
去年は途中からチェキ会が始まっていたが、今年は数日前に宅急便でチェキのフィルムが数百枚送られてきた。
文化祭の成就を願って。
アマネさん達からの祝い金みたいなものだったが、普通に恐怖だ。
歪んだ愛ほど重いものはない。
数百枚もチェキを撮る気だ。
高橋も高橋で、サークルの活動で稼いだお金で、最高級のチェキを新調していた。
文化祭で使うのだからと、その為だけに数万円の物を使うのであった。
文化祭とはいえ、たった二日の為にそこまでするか?
だって、二日しか使わないのだ。
なんなら撮影する性能で言うならば、いつも使っているチェキで問題はない。
おかしいのではないか。
普通に考えて、まともではない。
クラスの男子は言う。
「いや、十数万円のメイド服を、全員分用意した奴よりは数百倍まともだから」
なるほどなぁ。
何にせよ、みんなでチェキを撮るのは好評だったのだ。
今年もやりたい。
同じメイド喫茶をするなら、去年からグレードダウンしたくもない。
チェキの撮影会をやるのは決まっていたけどね。
まあ、お世話になっているアマネさん達が喜んでくれるし。
いつもはメイドをする側が、お嬢様として給仕をしてもらうのは新鮮で楽しいのだろう。
元々、ふゆお嬢様が好きな人だから、純粋にメイド喫茶を楽しんでくれる。
野郎は呟く。
「オレは、アマネさんとチェキ撮りたいなぁ」
イベント参加して金払って撮ってこいや。
数千円払えばタダでコメント書いてくれるぞ。
あの人達は毎月イベントやっているから、別に今日じゃなくていいやろ。
「今日来るのは、私服姿のアマネさんやニコさんとか、ルナさん達だぞ? いつものメイド服もいいけど、私服も可愛いんだから、推しとしては私服でチェキを撮りたいと思うのは当たり前だろう?」
「だったら尚の事、金払えや」
いつの間にか推しになってるやんけ。
クソハマっている。
自慢げにこれまでに撮ったチェキホルダーを取り出す。
その中には数十枚のチェキが保管されていた。
どんだけイベントに参加していたんだよ。
バイト代は全部突っ込んだ。
こいつら、馬鹿なの?
初台高校って、この辺りなら偏差値高いよな??
馬鹿なの??
「別にお前達が可愛い女の子とチェキを撮りたいのは構わないが、ちゃんと話を通しとけよ。高橋やアマネさん達にお願いしとけば問題ないからさ」
「サンキューハッジ! とりま、高橋には話を付けてくるわ」
意気揚々と、裏方で準備している高橋にお願いしに行くのだった。
いや、馬鹿だろ。
もうそろそろ、文化祭が始まるんだよ。
サラッと持ち場を離れるな。
一条の負担が増えるのであった。
「東山も戻りなよ。こっちは何とかしておくからさ」
「……ああ、すまない。何かあったら教えてくれ」
「分かったよ」
「一条、頼んだぞ」
俺は、微笑むのであった。

「……女の顔しないで!」
なんだよ、お前ら。
ずっと文句ばかりだ。
だから、彼女が出来ないのである。


チャイムが鳴り、文化祭がスタートした。
メイド喫茶の給仕は女子の仕事であり、裏方は男子が受け持つ。
俺達が御主人様や、お嬢様を案内している間に、男子は紅茶の準備をしてくれる。
裏方と繋がっている受け取り口で、声を掛ける。
紅茶のセットを受け取る。
「……東山。また、文化祭が始まったんだな」
裏方は、泣いていた。
去年と同じように、シルバートレイに紅茶を置くことが懐かし過ぎて、涙が出てくる。
そうか。
楽しかったんだ。
もっと早く知っていたら、もっと真剣に頑張れたのに。
なにげないことに、運命を感じる。
男の子は、ロマンティックなのだ。
隣の男子は、泣いているやつの肩を抱き寄せ励ます。
「これからだろ。二日間頑張ろうぜ」
「ありがとう」
「オレ達は親友だ。気にすんな」
文化祭を通して、二人は仲良くなっていた。
オタクと運動部の垣根を越えた熱い友情である。
喜ばしいことだ。
……仲良し過ぎる気もしたが、これ以上それに触れる時間もないので無視することにした。
紅茶を受け取り、自分の担当する席に持っていく。
午前中のテーブルには、初台高校の学生しかいないこともあり、知った顔が多かった。
俺のテーブルには、妹の陽菜や、絵里ちゃんが来ていた。
まあ、この二人はいいだろう。
絵里ちゃんは、家族ぐるみの身内だからな。
しかし何で、漫研の人間もいるんだよ。
ちゃっかり相席して座っていた。
クソ後輩までいるとは思わなかった。
なんでだよ。
「なんでって。パイセンのメイド姿を見たいからッス」
ドヤ。
死に晒せや。
ガチもんのBL描いているやつからしたら、女装した男なんかには興味がないはずだ。
帰れよ。
「初日の初回に参加するのがオタクですよ。そもそも、パイセンとは腐れ縁じゃないですか」
中学からの後輩だ。
そう語るが、お前が俺の通っている高校に勝手に来ただけだよ。
さも中学からの仲良しを装っているが、全然違うのである。
陽菜は、それを聞いて張り合う。
「はい! ずっと陽菜のお兄ちゃんだから」
おぎゃおに。
オギャった時からお兄ちゃんの意味である。
血縁者が張り合う必要あるか?
数年の付き合いと、十数年を比べる必要もないぞ。
隣の絵里ちゃんは、恥ずかしそうに参戦してきた。
「私も、ずっとお兄さんですっ」
俺は、絵里ちゃんにお兄さんと呼んでもらえる人生で幸せだよ。
なんでか知らないが、他人の兄のお兄ちゃん自慢で、マウントを取り合う。
「お兄ちゃんは、陽菜にはいちごのケーキのいちごをくれるよ!」
いや、甘い物が嫌いだからな。
他意はないぞ。
ほのぼの系だ。
最近ずっと、攻撃特化型の醜い女の争いばかりを見ていたから、こういうのは見ていて安心である。
ラブコメのあるべき姿である。
普通の女の子って幸せだ。
よんいち組だと、ヒヤヒヤするからな。

ああ。
お兄ちゃんは、お姉ちゃんになってしまったけどね。
悲しいね。

それを見ていた秋月さんが仲裁に入ってくれる。
メイド喫茶のフォロー役として回ってくれていた。
「……みんな喧嘩しないでね」
「あら、一年半さん」
「ーーッ!?」
やめろ、後輩。
ブロックワードだぞ!?
秋月麗奈に至近距離でショットガン撃ちやがった!!
これは、ほのぼの系でも女の戦い。
可愛いくまでも、くまはくまだ。
生まれてから。幼稚園から。中学からの長い付き合いに、一年半如きの女が口を挟まないでほしい。
アルバムでしか好きな人を知らない惨めな女。
そう煽っているようなものだ。
後輩は、畜生であった。
お前は俺の何の何の何なんだよ。
なんの接点もない。
ただのクソみたいな後輩だろうが。
オタクの腐女子でも、女は女。
どこまでいっても性悪だ。
なんなら、一番酷い。
顔も性格も態度も悪い。
今年に高校を卒業する身としては、こいつの将来が一番心配だわ。
ツイ廃だけあってか、的確に女が嫌がる言葉を選ぶのだった。
「ぐぎぎぎ」
秋月さんが歯ぎしりをしている。
苦痛に歪む顔。
出産時みたい。
赤ちゃん生まれるの早過ぎぃ!
「違うわ! 付き合いは年数じゃなくて、密度だと思うわ。人との出会いの瞬間なんて望んで選べるものじゃないし、適切なタイミングで縁が生まれるものだと思うわ。それに、そんなことでマウントを取り合うのは違うでしょう」
「負け惜しみ~」
もう、しらん。
お前は、シルバートレイで殴り飛ばされろ。
よくもまあ、高校の後輩の分際で、自分より美人で権力持っている先輩に喧嘩を売れるものだわ。
お前に勝ち目あるんか。
ああ、自分の力に過信したなろう系の見過ぎか?
俺に対して、キモいアイコンタクトしてくるけどさ。
ウインク出来てないし。
いや、俺はお前を助けないからな。
敗北するのはお前だよ。
「この鬼畜主人公がぁ!?」
叫ぶな。
普通に考えて、彼女の味方をするだろうが。
いきなり文化祭に現れて、調子に乗んな。
部活やコミケで一緒に作業して、働いたじゃないッスか。
知らんよ。
中学からの付き合いだが、そもそも俺はこいつをパージしたい。
ファンタジー物なら、ただの呪いの装備だぞ。
しかも別に、呪いがとけても強武器になったりしないタイプのだ。
この俺の人生には、可愛い後輩などいない。
居るのは出来の悪い腐女子だけだ。
「でも、パイセンとは付き合い長いじゃないッスか!? パイセンは人との繋がりを大切にする系男子ッスよ!?」
「すまん。何でお前が、いつも俺と仲良しな雰囲気を出してくるのか、俺には永遠に分からないんだが……」
えっ、気付いたら何か勝手に懐かれているくらいにしか思っていない。
後輩は手を上げていた。
「はいはいはい!……この人、カスです!!」
他人に指を差すな。
後輩は、秋月さんに同意を求めた。
なんで?
「東山くんに人としての道徳を求めるのは間違いじゃないかな?」
みんな、俺との付き合いはそれなりにある。
イコール、カスなところもいっぱい知っている。
語り合える。
笑い合える。
クズエピソード。
他人の話を酒のつまみにして、いきなり仲良くなんな。
今日に限っては、悪いことはしていないだろうが。
いつもしているのは謝るけどさ。
「……」
「……」
冷たい目をするな。

後輩は語り出す。
……パイセンと出会った中学の頃に、人とは違うオタクである自分が嫌いで、ずっと悩んでいた時期がありました。
その時の先輩は、私の隣で人を落とし入れ、人の幸せを切に願えないやつはクズだ。
人のかたちをしていても、人間じゃないとコーヒー片手に励ましてくれた。
覚えてねえわ。
すまん。
「だからクズだって言ってるだろがっ!?」
ブチ切れていた。

秋月さんからしたら、本気で激怒している後輩が嘘を言っているようには思えなかった。
何故なら。
「コーヒーが話に出てきた時点で事実だわ」
俺とコーヒーの親和性、高過ぎない??

放課後の部室。
紅く染まる景色。
二人で飲んだコーヒーは甘かった。
いや、俺はブラックしか飲まないからそれはない。
清涼飲料水の各会社の方々、私こと東山ハジメは、缶コーヒーのCMをお待ち致しております。
「何で、パイセンのことが好きなんですか? この人、他人が大切に思っている思い出とか、普通に忘れますよ??」
後輩がそう問いかけると、秋月さんは嬉しそうに頬に手をあてて答える。
「ほら、馬鹿な子ほど可愛いというでしょう?」
「流石、パイセンの彼女やっているだけあってか、一年半で完全に染まってますね」
「いい女は彼色に染まるものよ」
「DV被害者気質あるんスね」
だから、仲良くなるな。
DVしてねーよ。


それから、俺は紅茶を注ぎ、こいつらに提供する。
五月蝿いガキ共と絵里ちゃんは、紅茶を飲みながら焼き菓子を食べる。
街の洋菓子屋さんから仕入れたフィナンシェや、クッキー。
フルーツのたくさん入ったパウンドケーキである。
全部美味しいらしいが、特に女の子には甘いパウンドケーキが好評であり、妹の陽菜はバカスカ食べていた。
意地汚いガキだ。
親の顔が見てみたいものだわ。
小日向と同等の存在である。
「陽菜ちゃん、それは私が作ったのよ」
「美味しい!」
シンプルイズザベスト。
舌馬鹿な妹に、ちゃんとした感想を求めるのは酷な話である。
「パイセンはそもそも甘い物を食べてあげてないから論外ッスよ」
「ふざけんな。一口くらいはちゃんと食べてるわ」
甘い物が嫌いとはいえ、彼女が作ったものくらいは食べるわ。
怒られるからな。
「理由が酷いので許しませ~ん」
「そもそもお前に許しを貰う必要はないだろうが。……というのか、部長のお前が漫研部を抜け出してきてよかったのか?」
今年の展示は、フリー入場であり、漫研部に入って勝手に見てねというスタンスであった。
……漫研部だから、それが普通とも言えるが、やる気がなさ過ぎである。
まあ、俺はメイド喫茶に付きっ切りだし、漫研部を手伝えないから文句は言えないけどな。
「頑張るにしても、午後からですよ。他校の人間くらいしか見に来ませんし。それに、有名でも漫研部にわざわざ来る人なんかそんな居やしないッスよ……」

彼女は、まだ知らなかった。
漫研部にはなにもない。
普通の人はそんなところには来ない。
それはそうだろう。
だが、ハジメちゃんと風夏ちゃんが出逢った聖地となれば、それはれっきとした世界遺産である。
推しが見ていた景色。
その雰囲気を楽しみたい。
肌で感じていたい。
ハジメちゃんが座っていた椅子に、おしりを付けて座りたい変態ばかりなのだ。
おしりとおしりでお知り合いだ。
ファンが尻を擦り付けた椅子で高校生活を送る。
何も知らないハジメちゃん。

なるほど。
漫研部には誰も来ないか。
「まあ、そうだよな。だが、部室を開放する手前、完全放置は駄目だろ。部長としての責務は全うしろよ」
「……そこまで言うなら、何で自分でやらないんですか。パイセン、暇でしょ」
はぁん。
なんだよ、その顔。
このアマ、シルバートレイで脳天をぶっ叩いてやろうか。
紅茶を飲みながら、軽々しく語るその口を黙らせてやりたい。
普通に忙しいわ。
誰がその美味しい紅茶を淹れてやったというのだ。
「淹れたの裏方の男子ッスよね」
しばくぞ。

秋月さんは、俺達のお話を無視して、妹の陽菜に話題を振る。
「陽菜ちゃん達はこの後はお店に戻るの?」
「そうだよ~。陽菜がたこ焼きを焼いて、絵里ちゃんは最後の仕上げ、ソース係」
陽菜がたこ焼きを焼いて、トドメは絵里ちゃん。
「かつおぶし~」
両手を伸ばして。
かつおぶしのポーズ。
恥ずかしそうに、陽菜と一緒にポーズを取るのであった。
さかな、干からびとるやんけ。
「ふふ、それは楽しそうね。あとで、私達もたこ焼き食べに行くわね」
そこの三人は、面白いことしてないでこっちの会話に参加してよ。
仲良しこよしであった。

それを見ていたら、後輩は話し掛けてくる。
「そういえば、パイセン。文化祭に他に誰が来るんスか?」
「あ?」
「……メイドさんの姿で、下衆でも見るような目をしないでください」
全部お前が悪いんだろうが。
この腐女子、人に睨まれて興奮すんな。
「メイド界隈の人や、事務所の人が来るかな。あと、クソゴミカスなファンの連中」
「自分のファンをクソゴミカスとかよく言えるッスね。一種の才能ですよ」
わざわざ地方から文化祭に来てくれているのは感謝しているが、あいつらの日頃の行いを知っている身としては可愛いファンとは言えない。
あいつらが、初台高校の文化祭の招待状を、どこで入手したのかも不明である。
まあ、非合法なルートで手にしてなければいいがな。
「あ、三枚流したのは自分ッス」
「他人に渡すなよ!?」
「ほら、この前の夏コミで、開幕数分でアメフトばりのタックルしてきた人いるじゃないですか。あの人と仲良くなったんですよ」
新刊購入者の一番手になりたくて、タッチダウンしてきたやつだった。
やべぇやつにチケットを渡すなって。
俺に恨みでもあるのか。
「金儲けはしてないよな?」
こいつの性格上、メルカリに流してそうだからな。
「しませんよ。パイセンそういうことしたらガチギレするって知ってますし、お金稼げてもパイセンと敵対したらメリットないッスからね」
でも、俺への嫌がらせはするんだね。
褒めて褒めて。
可愛い後輩である。
せっかくだから、新しい紅茶を注いでやる。
「千円な」
「……なに、追加注文入れているんスか!?」
「すまん。最優秀賞取りたいから、お前も貢献してくれ」
「千円の重みって知ってますか?? オタクにとっての千円はとても貴重なんですよ??」
わかっているさ。
だから、俺はお前から奪う。
それがとても気持ちがいいのである。
人が苦しむ表情を見るのは最高だ。
しかもそれが知り合いとなると、一塩である。
「ゴミカスぅ……、相変わらず性格悪いッス~。パイセン、彼女よく出来ましたね!?」
「そればっかしは、俺にもわからん」
「潔いのやめて」
だって、わからんしな。
「取り敢えず、お前からは千円取り上げるのは確定しているから、その分は紅茶を楽しめ」
「高いドリンクっすよ」
「コラボカフェに金使うよりはマシだろう?」
「あっちはコースターとか、おまけが付いているッス。飲み物だけでこれは詐欺ッス。おまけください、おまけ」
うっせえガキだな。
漫研部の後輩じゃなかったら、三階の窓から突き落としていただろう。
女ってやつは何で他人の労力を勘定に入れないのか。
普通にこの紅茶は、千円でも安いくらいの努力と頑張りがあって美味しいのだ。
佐藤は一年掛けて一番美味しい茶葉を見付けてくれたし、紅茶を淹れた男子達だって二週間以上練習して、頑張っていた。
ティーポットの紅茶だけで見たら損をしている感じにはなるが、他の御主人様やお嬢様は文句は言っていない。
正当な対価なのだ。
「文句が多いガキだな。……俺が淹れているんだから、千円以上の価値があるだろ?」
「まあ、そうっすね。パイセンのファンなら数万円出しますもんね」
後輩は、語る。
この世界には、握手券欲しさに数十枚CDを買う人間も居れば、通し券限定チェキの為に撮影会にフルで参加するオタクも居る。
その時には平均して数万円、数十万円もお金を使う場合もある。
それに比べれば、たった千円で推しが美味しい紅茶を淹れてくれて、優雅に美味しく飲めるのは破格であった。
しかも普通にお話出来る。
キモオタと喋ってくれる。
「……知らんがな。キモいわ」
オタク特有の饒舌さで語らないでくれないかな。
お前はいいけど、他の三人は一般人なのである。
変態と一緒の席にしたのは間違いか。
ばばーん。
秋月麗奈の背後には集中線が入る。
まあ、この人よりはまともだけどさ。
悲しいがな。
もう、彼女は変態枠なのである。


それから、一般の部が始まる。
最初に来たのは、俺のファンだった。
しかも、最初に来るくらいのやつだからどいつもこいつも熟練者だ。
メイド喫茶の凄さに鼻息荒くしながら、興奮していた。
「ハジメちゃん。風夏ちゃん。ふゆお嬢様。この中から一人のメイドさんを選ぶことなんか、私には出来ませんわぁ~」
いいから早く席を選べや。
……俺の周りの女は、変態しかいないわ。
マジで、なんつー世界なんだよ。
「ぐぎぎぎ、わたしの身体が三つあったら……」
喉から手が出るほどに、望めど。
身体は一つしかないのだ。
事実を受け入れて、早く選べや。
なげえよ。
初見キャラに尺取らせるな。
どんなに望んだところで、人間の身体は分裂することは出来ない。
諦めろ。
「わたしの身体よ、三等分……出来る……」
出来ねぇよ?!
いいから席を決めろや。
人間の枠組みを超えて、三等分に分裂しようとすんな。
プラナリアかよ、こいつ。
人の精神と魂が、肉体すらも書き換える。
人の意志の強さを知るのだった。


よく分からないファンの相手をし終えて、一段落付く。
そうすると、次の御主人様。お嬢様がやってくる。
アマネさん達のイベントで慣れているとはいえ、どんどんと人が出たり入ったりするのは精神を削るものだ。
まあ、やばいやつばかりだが、揉め事を起こさないだけマシであった。
みんな、一条のところで予約して、時間通りに来店してくれている。
それだけで、かなりマナーがいいと言える。
三年生の出し物で、オラ付く生徒がいたら、それはそれで問題であるが。
次の御主人様を案内する為に、使ったカップを片付ける。
その後に、予約リストを確認する。
誰が来るかで、俺の負担が全く違うからだ。
……名前を見る。
樹莉亜。(はーと)
次のテーブルは、殺し合いだな。
ジュリねえが来るとなると、今日一荒れる可能性が高い。
まあ、最悪出禁にする。
裏方に軽く挨拶をして、労う。
「お前ら、お疲れ様……」
ぎゅうぎゅうやんけ。
男子達は、ハムスターみたいに密集していた。
可愛いな。
みんなで連携して準備をする。
メイド喫茶の妖精さん。
カーテンの裏では、みんな狭い中でも頑張ってくれていた。
流石、俺のクラスの男衆である。
いや、紅茶を淹れてくれるハムスターだな。
ぼーっとしてみんなを見ていたら、クラスメートに怒られた。
「東山も裏方を手伝ってくれよ。入れ替えまで数分間は暇だろ?」
「了解した。食器は俺が用意するよ」
「すまない。あと、元気が出る魔法をかけてもらっていいかな?」
は?
なにそれ。
こいつらもこいつらで、染まってきていた。
「いや、俺、人を殺す魔法。ゾルトラークしか使えないが??」
「なんで頑張っている人間を平然とした表情で殺そうとするんだよ!? 少しくらいは励ましてよ!!」
ふむ。
一理あるが。
「……まあ、なんだ。こう言っちゃ元も子もないが、野郎が野郎に励ましを求めるのは間違っていないか?」
女装しているが、俺は男だぞ?
男の太い声で励ましてもらって嬉しいのか分からない。
こういうのは、可愛い女の子にでもやってもらった方がいいと思う。
たとえば、田中さんとかさ。
「東山の例えで、田中さんが出てくるの何なん? 彼女にしなよ」

「いやほら、あいつらはあいつらだし、……認めて貰うなら田中さんじゃん」
そもそもウチの彼女は、どんなに仕事を頑張っても、お仕事頑張ってるねとか言ってくれないし。
俺がどんなに仕事を頑張ってるとか言っても、問題児を見る目をするのだ。
「いつも、無茶苦茶しているからじゃね?」
「シナリオ通りに配信してよ」
「東山を変に褒めると、二次災害が起きるし……」
おう、お前ら許さないからな。
好き勝手言いやがって。
しかし、紅茶を淹れてくれるハムちゃんズに喧嘩を売ってもいいことはない。
美味しい紅茶が飲めるのは、男子達のおかげ。
俺達は、運命共同体だ。
メイド服を着て可愛い格好をするのは女子の役目であり、男子は裏方でハムちゃんズして紅茶を淹れる。
これこそ、社会の縮図だ。

「東山は、女子側に足を踏み入れているけどね」
「普通にメイド姿が可愛いの頭おかしいやろ」
その姿は、言葉に出来ないほどに可愛いのであった。
言葉にしろよ。
ラノベだろうが。
「時空歪めるのやめてくれない?」
「今更だけど、男子だけでずっと裏方の会話をし続けるのおかしいからね?」
仕方ないだろう。
だって、男子だけで裏方で話しながら仕事するの楽しいんだもん。
ちいかわが頑張って草むしりするようなものだ。
クラスメートとする仕事は楽しい。
しかし、幸せとはすぐに終わるもの。
表から呼び出しが入る。
「東っち、次の予約入れるから、はよ戻ってきてや~」
俺を呼び出したのは、下品な口調から分かるように、中野ひふみであった。
裏方から戻り、御主人様とお嬢様を出迎える。
軽く会釈をし、敬意を表す。
「ハジメちゃん、会いに来ちゃった(はーと)」
敬意って何だっけ。
如月樹莉亜。
三十○歳のきちゃったはーとは、キッツ。
年齢を考えてくれよ。
もうそろそろ、昨日までのか弱い女の子とはお別れして。
歳を考えてくれ。
ジュリねえと白鳥さん。
事務所のみんながやってきた。
その中で一番興奮していたのは。
「現役女子高生だぁー!!」
みーちゃん!?
百の顔を作る者。
メイクアップアーティストのみーちゃんが暴走していた。
化粧することに人生を捧げている人間だ。
十人十色の可愛い女の子に囲まれ、やばい本性が浮き彫りになっていく。
「これだけの現役女子高生に合法的に化粧出来る機会なんて、お金払っても出来ないからね!」
作中一で輝いていた。
この手の人間は、宥めるのも難しい。
「取り敢えず、ハジメちゃんからお色直ししよう!」
「なんでぇ」
「わたしのハジメちゃんだから。わたしのメイクで仕事してほしいの」
みーちゃんは、俺に化粧することに誇りを持っていた。
事務所の後輩だからか、出来る限り、俺の化粧担当をしてくれていたわけだ。
みーちゃん自身も、男性に化粧する機会が少なく、新鮮で楽しいらしいが、男の俺には分からない考えだ。
「ハジメちゃん、早くしましょ!」
みーちゃんに連れられ、空いたテーブルで化粧される。
「この前、新しい道具を買ってね。ハジメちゃんに使おうと持ってきたの」
そう言うと、みーちゃんは自分の化粧道具をテーブルに並べ始める。
やべぇなこの女。
イカれていやがる。
自慢げに、拷問官が言いそうな言葉をつらつらと並べていた。
言動そのものはおかしいが、本人は化粧したいだけだから安心してください。
「化粧楽しいぃぃ」
彼女は、クラス全員の化粧をするまで、このテンションのまま突っ切るのであった。
化粧が得意なお友達だ。


みーちゃんから逃れ、テーブルに戻って来る。
「よ、ハジメちゃん戻ってきたな」
ちゃおちゃお。
ジュリねえが手招きしていた。
俺が不在の間、橘さんが紅茶を淹れてくれたらしい。
感謝だ。
「東山くんが戻ってきたなら、次のところ手伝ってくるね」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
「……女の面して感謝されるの嫌なんだけど」
無茶苦茶やな。
俺だって望んで女装なんてしとうないわ。
「ハジメちゃんは、最近のご時世に配慮してるんだよね」
隣の女がうるせぇ。
俺を特殊枠に入れんな。
今日のジュリねえは、いつも以上に元気であった。
しかも、髪型もメイクも完璧である。
美容室でも行ってきたのだろうか。
綺麗にキメてきたのはいい。
俺や小日向の関係者だし、スカウトをしている立場から、自分の美しさを誇示する意味はあるだろう。
……しかし、ジュリねえがやるとクドい。
全身を綺麗にし、身を固めた状態。
ギガンティックアームユニットかよ。
過度な格好をせず、軽い化粧で済ませればいいものを。
ここは合コンじゃないんだけど。
「橘さん、ありがとう。これ以上変態に絡むと人生狂わされるよ」
「もう狂っているけど……」
それはしらん。
橘さんが不幸なのは、俺のせいと言いたいのだろうか。
すまない。
橘さんはドタバタした人生を歩み、俺達クラスメートや、メイドリストに絡まれているのは知っている。
休みの日には、ニコさんのところでバイトをしているらしい。
オタク女子というものは、可愛い女の子には甘えるからな。
みんな、現役女子高生にメイド服を着せたいのだろう。
橘さんは根が真面目なのもあってか、愛でて遊ばれていた。
橘さんからしたら、それが好きではあれど、嫌なときもある。
そう語ってくれた。

うん。
でも、俺は百合も好きなんだ。
メイド服を着た女の子同士からしか得られない成分がある。
それに、橘さんしか持ってない属性もあるからさ。
ツンデレ褐色陸上部メイドさんや!

「あの、話が通じないんだけど……」
「今日の俺は、メイド服キメてるから」
「東山くん、自分で言っていて恥ずかしくないの?」
最近、橘さんに嫌われている気がするよ。
自業自得だって?
知ったことか。
今更過去は変えられない。
悔やむくらいなら突き進むしかない。
まあ、冗談はそれくらいにして、橘さんには準備組に付いていて欲しいので、他のテーブルに入ってもらう。
あと、ジュリねえの魔の手から逃がす。
「ねえねえ、あの可愛い女の子紹介して」
「……クラスメートなんで」
「いいじゃん。スポーツ系のカジュアルなファッションブランドは多いし、可愛いから人気出ると思うんだけど?」
可愛い女の子を見たら、見境ない女。
ジュリねえである。
流石の俺でも、橘さんを売り飛ばすことは出来ない。
三馬鹿と揶揄しようと、仲は良いのだ。
俺とジュリねえがやんやしていると、白鳥さんが間に入ってくる。
「橘さんでしたっけ。彼女の場合は、カジュアルなスポーツ系もいいけれど、可愛いゴスロリも似合うんじゃないかしら」
「……」
「……」
「どうしたの?」
みんな、白鳥さんの発言に黙ってしまう。
あのジュリねえですら引いていた。
「……白鳥、初対面の人間に対して、人が嫌がるであろうことを平然と述べるのは性格悪いぞ?」
俺達だって、橘さんには可愛い系が似合うと思っている。
そう思っていても、今の段階では口に出さないのが普通である。
読者モデルとして何度か撮影してもらって、撮影することに好きになってもらい、友好関係が出来てからこちらの要望を頼むのが常だ。
頭おかしいメイドさんであるシルフィードや、メイドリストのみんなだって、何度か段階を踏んで、橘さんと仲良くなってから、一緒に仕事をしたいと頼んでいる。
「ほら。ハジメちゃんの時だって、女装させるのに段階を踏んだだろう?」
「てめえ、最初から構想に入れてたんかよ!? ○すぞ!!」
「当の本人は、滅茶苦茶怒っているけど?」
ジュリねえ、俺に対してそんなこと考えていたのかよ。
許さないからな。
ジュリねえは、気にした素振りもなくふんぞり返る。
「辛いにハジメちゃんを足したら、幸せじゃん」
はい、意味不明で~す。
死刑で~す。
「まあ、待て。少年。少しくらい弁明させてくれ」
「アンタ、口悪いじゃん」
「それとこれは関係なくない??」
しらんけど。
すまないが、ジュリねえに使う時間はないので次の話をする。
「いや、ちょっと待ってくれ」
「……なんすか」
「私ももう少しくらい出番が欲しい」
「ふざけんな、毎回あるだろうが。無茶を言うな」
最近だと、アンタは皆勤賞じゃないかよ。
他のやつより出番をもらっているんだから我慢しろよ。
文化祭編で目立つんじゃねえよ。
それにジュリねえの場合、物語では語られていないが、配信で顔を合わせている頻度も高い。
必然的に、二人で語ることは多くなるわけだ。
趣味が同じだから、仲良くなるのは当たり前だけどさ。
俺達が絡むと、毎週のジャンプを語り合うだけで物語が出来ちゃうから問題なのだ。
コーヒー飲みながら漫画を語るだけ。
そんなん、物語に出来ないわ。
読者が困惑するわ。
ウェブ小説だからって、駄文を流し続けていいわけではないのだ。
甘えられない。

「ハジメちゃんは、甘えん坊やけんなぁ?」
甘えてんのはお前だろうが。
調子のんな。
俺はずっと文化祭の準備で仕事を休んでいたが、ジュリねえの悪行は知っている。
事務所では、相方扱いされているから、ジュリねえが問題を起こすと俺にラインが飛んで来るんだよ。
特に、隣に居るアイちゃんのこともそうだ。
ジュリねえは、アイちゃんのマネージャーだが、この人にはあんまり任せたくはない。
仕事は出来るが、それ以外が駄目過ぎる。
中学生に見せてはいけない成れの果て。
ぶっちゃけ、汚物である。
大人や社会を知らない青少年からしたら、ジュリねえの存在は悪影響でしかないだろう。

あまり話に参加していないアイちゃんは、驚愕していた。
「ハジメさんは、ハジメちゃんだった……??」
えっ、男性だと思っていたが。
本当は女の子……ってコト!?
最近話題の女装男子??
いやいや、待ってくれ。
アイちゃんは、読者モデルの俺と仕事をしたことがないから、説明するのが凄くややこしい。
「あ、そうだ。事務所の入口のポスターのお姉さんに会ったことがないと思っていたら、ハジメさんだったのですね! わたし、ああいう女性に憧れます!」
アイちゃんは中学生らしい可愛い系だが、本当は大人の女性らしい奇麗系に憧れている。
俺の存在は、その手本らしい。
背が高く丈の長いスカートが似合い、黒髪ロングで細長い目尻。
いや、どこも被ってないけど。
アイちゃんには、格好いい先輩だと思われたかったのに台無しだ。
「……君が格好いいはないよ」
この女、うるさいな。
男なんだから、格好良くいたいんだよ。
モブ系主人公だから、顔に関しては否定はしないけどさ。
黒色がキャラクターカラーだし。
オーラからして華やかな奴らには勝てない。
「違います。ハジメさんは、キラキラ輝いています」
お兄ちゃんみたい。
わたし、お兄ちゃんが欲しかったんです。

……ええ、またお兄ちゃん論争が始まるのか。
あと今更だけど、俺は輝いてないよ。
アイちゃんからしたら、三つ上の先輩は輝いて見えるのかも知れないが、俺からは読者モデルのオーラなんか出てない。
昼行灯。
どこにでもいる地味な人間だ。
存在感は薄い。
「ハジメちゃんは、常日頃から読者モデルを抑えているだけだからな。本気を出したら、読者モデルの輝きで目が焼ける」
1000年の歳月を生きたエルフかよ。
読者モデルを数値化するな。
ジュリねえは、おもむろにサングラスをかける。
何なんだよ。
俺が文化祭にかかりっぱなしで、遊び相手がいなくて寂しいんだろうが、ツッコミは入れないからな。
文化祭で休みを頂いている間は、ノージュリねえデーなのだ。
せっかくの休日。
こんなやばいやつを相手にしたくない。
アイちゃんは、辺りを見回しながらソワソワしていた。
「どうしたの?」
「……わたし、高校に来るの初めてで。えへへ、なんだか憧れていたので、緊張します」

かわよ。

はえ~。
中学生って可愛い。
このクラスの女子みたく捻くれたところはない、純粋無垢さがある。
ジュリねえが拗ねる。
「か~、きっしょ。ロリコンかよ。一般的に考えて、年下より年上のお姉ちゃんの方がいいだろう? ハジメちゃんは、もっと経験が多い大人の女性の魅力を知れ」
なんで自信満々なのだ。
経験もクソも、ただ長く生きてきただけじゃないか。
年下に甘えてくるし、どこをどう取って尊敬しろと言うのだ。
俺が生まれた時には、高校生だった人間がよく言うぜ。
あと、三十代はお姉ちゃんではないやろがい。
ジュリねえは、声を大きくして大人の魅力をアプローチしてくるが。
……この作品には、アンタより大人で可愛い人はいっぱいいるからな。
そんな中、あえてアンタが選ばれるであろう理由は、見捨てられない情くらいである。


「ハジメたん、ちゅき」
ジュリねえは甘えてくる。
だから、そういう冗談はやめろや。
周りには身内しかいないから、笑えないんだよ。
しかし、俺とジュリねえの関係は、至って健全である。
仕事したり、飯食ったり、配信をして一緒にお金を稼いではいるが、仕事仲間として節度を持った関係だ。
そこには一切のやましいことなどないし、互いの空気感だって、そこそこ歳が空いた親戚レベルだ。
それは、ジュリねえは元モデルだからかなりの美人かも知れないけれど、異性として認識したことすらない。
だって俺には可愛い彼女がいるからな。

あとジュリねえは。
性別、如月樹莉亜だ。
この恋の破壊者。
天上天下唯我独尊。
七ターン目に帰ってしまうくらいのチートキャラだ。
それはもう、神に等しい存在である。
俺は、人を好きになっても、神を好きにはならない。
ああ、なんでしっかり化粧して服装をキメてきたのか謎だったが、理解したよ。
この女、恥を知るべきだが。
現役女子高生と、女の魅力で張り合っていたのだ。
私が一番可愛くないといけない。
モデルとは、誰よりも一番を目指すことで幸せを実感出来る。
ジュリねえ、もうやめるんだ。
お前が望んだ幸せは、他人から奪うだけのものだったのか。
如何にお金をかけ、アンチエイジングをして若くしていても、ピチピチのJKに勝てるわけないだろうが!!
まだ二十代に見えるとか言われていても、それは世辞である。
大人の女性への若いねとは、精神年齢が成長してないってことだ。
ジュリねえを見て、普通の男性は可愛いとか言わないからな??
「フッ、私は奇麗系だからな」
つえぇな、この女。
反省する頭すら持ち合わせていなかった。
正直、ジュリねえを思うなら俺が殺してでも止める立場だったが、今はやめておこう。
ここで争ったら、他のお客様に迷惑がかかる。
はあ、ジュリねえは困った女性ではあるが、悪い人ではないから、早めに幸せになってほしいものだ。
いやまあうん、早く結婚しろとは言わないからさ。
信頼出来る彼氏でも作ってくれ。
ジュリねえは、ふざけているし、そのくせ本人自体のスペックが高いから勘違いされがちだが、親身になってくれる人間がいないと本気を出せないタイプである。
尽くし系だ。
……俺がジュリねえを幸せにするのが一番手っ取り早いって?
ははは、ジュリねえの貯金額、数千万円を積まれても願い下げである。
そんなん、悪夢だ。

「ハジメちゃん、二週間ぶりの再開なのに、私には優しくない……」
それを見ていた白鳥さんは、ジュリねえに苦言を呈する。
「……はぁ。貴方が変な態度で絡むからでしょ。ふざけていないでちゃんと誠心誠意を見せていれば、ずっと前には期待に応えてくれていたわよ」
「私のキャラじゃないもんっ!」
きっしょ。
恥を知れ。
三十○歳がキャラじゃないもんっ!とか使わないでほしい。
可愛いけど、可愛くないんだよ。
ああいうのは、人を選ぶのだ。
ジュリねえのような、握った拳だけで全てを蹴散らしてきた。
社会に従わず、自分の我を貫き、生きてきた人間が使っていい言葉ではない。
意味が分からなすぎて、俺や白鳥さん。アイちゃん達は呆然としていた。
メイド喫茶の中で、この場所だけ時空が歪んでいた。

「じゅ、ジュリねえ……。正気か?」

どうすればいいのだ。
三十○歳の拗ねた人間なんて見たことないし、経験したことないぞ。
いや、あるわ。
母親だわ。
……取り敢えず、ジュリねえに紅茶を飲ませて、甘い焼き菓子を食べさせる。
甘い物を食べれば女は機嫌が良くなるからな。
親父だって、百貨店のプリンパフェをよく買ってきていた。
わがままボディ。
なんでずっとムスッとした態度でスイーツを食べているのだ。
全然、ジュリねえの機嫌が戻らない。
まるで小日向みたいなふてぶてしさである。

それを見ていた白鳥さんは呆れていた。
「……ハジメさんも、そうやって甘やかすから」
「金が友達みたいなやつに言われたくないわ」
「お金は裏切らないもの」
「かぁ~、この世は愛だっての!」
世界の中心で愛を語るジュリねえ。
……うん。
どっちでもいいわ。
ジュリねえと白鳥さんは、声を大きくして語り合うが、間に挟まれているアイちゃんが可哀想だからやめてくれ。
この子だけは、大人の醜い価値観に染まらせたくない。
私が逃さなきゃ。
「アイちゃんは、あんな大人になっちゃ駄目だからね」
「はい!」
アイちゃんは元気よく返事をする。
その返事のよさが、逆にやばいんだけどね。
もう、読者モデルの業界に染まっていた。
流石、新キャラだ。
キャラの濃さでは、既存キャラに負けていない。
三十路が言い争う中で、アイちゃんが平然とテーブルに座ってティータイムをしているだけで面白い。
「アイちゃん、俺が出勤してない時に、この人にいじめられていない??」
「は? 我が??」
我が。
ジュリねえは驚愕していた。
なに、自分は違うみたいな顔をしているのだ。
ジュリねえみたいな破天荒なやつに、可愛いアイちゃんのことを任せたくはないが、モデルとしての知識があり芸歴が一番長いのは彼女だから仕方がない。
無茶苦茶する以外は優秀だから、見習わせるならば彼女になるのは必然だ。
……読者モデルとは、小日向含めて我が道を行く者ばかりだから、アイちゃんのように新人さんが入った時は大変である。
夢半ばで心が折れないか心配だ。
そもそも、洋服って女の子の趣味嗜好に多様化し過ぎていて、同じジャンルの人自体が稀だからな。
孤独な戦いだ。
「お姉ちゃん頑張ってるぢゃん!」
樹莉亜、吼える。
「……ジュリねえ、さっきからずっとキャラぶっ壊れてるぞ」
それは今更か。
いや、別にいいんだけどさ。
この人って、こんなに情緒不安定だったっけ。
「皆、東山さんが居ないと寂しがっていまして、事務所の片付けすらままならない状況でして」
女しかいない事務所では、ゴミ捨てすらろくにやっていない。
は?
アンタ等、全員二十代後半だろうが。
社会人なんだから、掃除くらいちゃんとしてくれよ。
白鳥さんは出来ているだろうけど、ジュリねえは絶対に片付けすらやっていないはずだ。
「やっぱ、私にはハジメちゃんがいないと駄目なんだよなぁ」
「おい。ジュリねえはしっかりしろよ」
他の人ならまだしも、身内は許さないぞ。
文化祭が終わったらすぐに仕事に戻るから、それまではしっかりしてほしいものである。
「二週間は長いよ~。永遠♥」
可愛く言うな。
意味不明だっての。
俺がいないと事務所の仕事が回らない。
彼氏に二週間も会えないと寂しい。
そんな気持ちは分かるでしょ。
そうかい、俺はあと二週間ほど休みが欲しいけどな。
汚部屋と化した事務所で働きたくないが、今後のことを含めたら早く仕事に戻ってお金を稼がないといけない。
「嫌なこともやるのが仕事よ」
辛いことをお金にする。
大人になるってそういうことである。
ジュリねえは自慢げに語るが、だったら、ゴミ捨てくらいしろや。
ビルの管理人に渡すだけだよ。
仕事が休みなのに、何度も何度も電話して来やがってからに。
この女、文化祭に来て、優雅に紅茶を飲んでいる場合ではないだろう。
「文化祭には、可愛い女の子がいっぱい。私が来ないわけがないだろう?」
全員クラスメートだよ。
手を出したら殴り飛ばすからな。

不意に白鳥さんが俺に話し掛ける。
「そういえば、風夏は楽しそうにしてますね。ありがとうございます」
「え、ええ」
小日向は、他のテーブルで自身のファン達と楽しそうに交流をしていた。
俺達は、遠巻きにそれを眺めている。
アホ面だし、楽しそうにしているのはいつものことだから、細かな違いは分からないけれど。
長い付き合いである白鳥さんがいつもより楽しそうにしていると言うのならば、まあそうなのだろう。
多分、小日向が一番、文化祭の準備を頑張っていたからな。
そうであってほしい。
「ハジメちゃん、風夏ちゃんは健気で、可愛いやん。少しは優しくしてあげなよ~」
「……いや、普通に優しいだろう?」
小日向とは、三百六十五日も顔を合わせているのだ。
優しくなかったから、毎日顔合わせなんか出来ない。
しかも、俺は毎日のように小日向のわがままに付き合っている。
それが優しさでないならば、何だって言うのか。
普通の恋人だって、あんなやつのわがままには付き合い切れないはずだ。
……世界で一番小日向に優しいのは俺である。
これだけ苦労しているのだから、誰にも文句は言わせない。

ジュリねえは、非難してくる。
「ハジメちゃんも大概ぶっ飛んでるからね?」
「お休みだったからお二人には話していませんでしたが、クリスマスの企画でお二人はベストカップル賞取ってますよ」
ハジメちゃんと風夏ちゃん。
やめて。
まだ秋の始まりや。
九月にクリスマスの話をしないでよ。
しかも、俺と小日向がベストカップル賞とか、有り得ない。
そんな関係じゃないし。
あと、三ヶ月もあったら、どんなに仲がいいカップルだって別れるかも知れないじゃん。
「……そんな心配すら存在しないから、ベストカップル賞なんやろ」
「競合他社と競う必要がないくらい、他の事務所のカップルを蹴散らしていましたからね」
しみじみと語るが。
読者モデルのファンによる投票にしても異常である。
別に、俺や小日向はベストカップルでもないし、他人が憧れるほどの関係性でもない。
それは、一緒にモデル活動をすることはあるけれど、他の読者モデルほどイチャイチャしたりしてカップルでの活動はしていない。
SNSでは、そんなに目立つ存在ではないはずだ。
インスタ含めたら、カップルでの配信者とか、たくさんいるのである。
デート中に頬にキスして、ラブラブツーショット決めているやつに勝てるとは思えない。
「いや、アンタら結構イチャイチャしてるやん」
「ハァ?」
「ハジメちゃんは、自分の気持ちに素直になりなさい」
どういう意味だよ。
「ちなみに、二位は誰なんです?」

「ハジメちゃんとふゆお嬢様」

ダブルスコア決めてんのイカれてんじゃねえかよ。
無茶苦茶やんけ。
なんなんだよ。
俺に投票したやつ、両頬に張り手を喰らわすぞ。
ファンはファンでも、好きじゃなく狂信者。
俺の嫌がることだけは得意なお友達ばかりであった。
しかしなんで、そんなカオスな結果になってしまったのだ。
「だって、ランキング上位者から抽選で、カップルのクリスマス色紙もらえるから……」
「元凶はてめぇかよ!」
「ハジメちゃんと私も人気投票の上位になりそうだから、一緒に色紙書こうよ?」
如月樹莉亜ー!!
なんでアンタが読者モデルのカップルリストに上がっているんだよ。
他のやつの年齢考えろよ。
あと俺達は、カップルですらない。
ただのヒモだ。
しかも、粗めのしめ縄である。
「でも私のために投票してくれたファンがいるから……しゅん」
あらやだ、乙女。
バリバリのキャリアウーマンだけど、しおらしい三十○歳のお姉さんは好きですか?

うるせぇ。
お前、彼女がいるのに浮気したらどうなるか分かっているのか。
俺の親父なんか、可愛い店員さんにちょっと見惚れただけで、母親に手刀で脳天を唐竹割りされていた。
天を仰ぎ、地を砕く。
大地は母だ。
地面とキスをしろ。
その怒りは、ときには神すらも恐れるもの。
ジュリねえの軽はずみな発言で、俺が殺される。
マジで親父の二の舞いになる。
愛を知った女性の恐ろしさは尋常ではないのだ。

「色紙なんだけど、えっとねぇ。私のイラスト描いてよ」
「……なんでジュリねえのイラストを描くんだよ」
相変わらず、脈絡がない女である。
そもそも俺は、小日向以外の人物イラストを描いたことはないぞ。
白鷺のイラストだって描いたことはない。
そんな中でジュリねえの絵を描いたら殺されるわ。
「五歳若く描いて」
いや、無茶苦茶言うなよ。
イラストで年齢の使い分けが出来たら、それはもう神絵師である。
俺にはそんな実力はない。
そもそも他の絵師さんみたいに色々なアニメキャラを描いて練習していないから、描き分けするのも苦労しているタイプだぞ。
みんな、俺のイラストを過大評価しているが、数年続けていても小日向かメイド服しか描けない同人作家だぞ??

ジュリねえの冗談は流しておき。
しかしまあ、そう考えるとクリスマスも近いのか。
まだ秋だからと余裕ぶっこいていたが、前倒しでイベントのスケジュールを組まないといけないな。
……というか、この話にオチとかないの?
この三十○歳、文化祭に来て、自分の語りたいことを延々と喋っているだけなんだが??
俺以外に喋り相手いないの?
あと作者は、ジュリねえ使って、話数のかさ増しをするのやめてくれない??
なんで高校生がメインの文化祭で、大の大人がしゃしゃり出てくるのだ。
ジュリねえがずっと喋っているから、数千文字も増えていやがる。
誰だよ、呼んだやつ。
「知らないよ~。呼んだのハジメちゃんぢゃん」
ジュリねえと目と目が逢う。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
「なんだよ~。えっち」
俺達の文化祭は、まだ始まったばかりであった。

アフタヌーンティーは、まだまだ続く。
よんいちママ。メイドリスト。
そして、デート編へ。


如月樹莉亜は、我が身可愛さでずっと居座っていたが、自分の出番が終了することを悟る。
高校最後の文化祭。
それは、学生にとっては夢の舞台。
大人である部外者が、テーブルに座り長居するわけにはいかないことくらいは知っている。
あくまで主役はハジメなのだ。
最初はしょうゆ顔のキャラ立ち薄い主人公だと馬鹿にしていたさ。
クソ童貞臭い雰囲気を出しているのに女の子にモテているから、ムカついていた。
だが、今となっては、他のテーブルに座っている、ハジメちゃんの『は』の字も知らないような顔ファンですら愛おしい。
ジュリねえは、悔しそうに顔を歪める。
涙を堪え、呟くのだった。
「終わりたくねぇよ」
泣くな。
白けちまうだろ。
もういいよ。
ありがとうございました。


文化祭、如月樹莉亜編。


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