【R18】王弟殿下は私が嫌い——だけど盛大な勘違いと遠回りの末溺愛されています

外耳

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どうしようもなくすれ違い

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 あんなことがあってもセルジュの元へ顔を出さないわけにはいかず、気分を切り替えておはようございます、とミラは彼の部屋のドアを叩いた。

 だがしばらく待っても何の返事も返ってこない。もう一度ノックをすると、中からはようやくセルジュの声が聞こえてきた。



「特にお前に用は無い……下がれ」



 またもや以前に戻ったかのような冷たい声色だった。



(ああ……やっぱり昨日は何かの間違いだったんだ……)



「……かしこまりました」



 言われた通り、ドアの前から退散する。用があればきっと自分から呼ぶだろうと、とりあえず廊下をとぼとぼと歩く。昨日とは打って変わって豹変したセルジュの態度。それに落胆している自分がミラは不思議だった。



 彼女自身今まで恋というものを経験したことが無く、複雑怪奇なセルジュの屈折した愛情と心の機微を理解できるかというと、それはあまりに酷だろう。



 その後自室からのそりと出てきたセルジュの顔色は誰が見ても心配するほどに酷いものだった。



「おいおい二日酔いか? 昨日は吞ませすぎたからなあ」



 青い顔をしてのろのろと足取り重い彼を見とがめて、皇太子は彼を呼び止めた。もうセルジュの唯一無二の親友のようなセリフを吐きながら皇太子は彼の顔を覗き込む。



「……お気遣いなく、少し気分がすぐれないだけです」

「そうかあ~? 少しって感じには見えないが」

「明日の式典には問題なく出席できますので、では……」

「あ、おいっ……! あーあ行っちゃった。あ、そこの娘、ちょっと、ちょっと来い」



 セルジュの遥か後方の柱の陰に隠れていたミラを、目ざとく見つけた皇太子は手招きで彼女を呼んだ。ミラの脳裏に『皇太子に近づくな』というセルジュの言いつけが浮かんだが、やはり無視なんてできるはずもない。



「殿下はどうしたんだ? もしかして実は酒に弱かったんだろうか?」

「ええと……そう、みたいです」

「俺って昔から他人のことを気遣えないのが玉に瑕なんだよなあ~、ああ~失敗した。嫌われたかな、俺」



 以外にも繊細なことを言う皇太子に、ミラは少し吹き出しそうになった。



「殿下はどうにも何を考えているのかわかりにくい。側に控えているお前も苦労するだろう」

「……でも、本当は優しい方ですから」

「ミラ!」



 二人の会話を遮る様に、廊下の向こうからセルジュの声が聞こえてきた。



「あっ、あの、呼ばれておりますので、し、失礼いたします、皇太子殿下……」



 ミラは皇太子にぺこりと頭を下げると、小走りでセルジュの声が聞こえてきた方向へ足早に掛けて行った。



「うーん……複雑な関係なのかね」



 ポリポリと頭を掻きながら、皇太子はミラの背中を見送った。







 翌日は建国を祝う祭典が執り行われた。王、王妃、皇太子が王宮のバルコニーに立ち、集まった国民に向かって手を振っている。

 クーデターという憂き目に遭いながらもようやく平和を取り戻した民は、皆明るい未来を信じて晴れやかな顔をしていた。



 セルジュは賓客席に座りそれを観覧している。その後ろに騎士と共に控えて立つミラは、ぼんやりとこれからのことを考えていた。



(ああ……帰るまで気が重いなあ。いっそのことこっちの国に残ってしまおうか)



 数日後には国に帰る予定だった。となればまたあの道中を戻るわけだが、またセルジュと馬車で二人気まずい雰囲気の旅が待っている。

 どうせ根無し草、自分一人帰らなくても王宮はなんら困らないだろう。幸い旅支度のために貴重品は荷物に入れている。



(元々メイドに身の回りの世話なんてさせない人だもの。帰りも騎士さえいればそれでいいわよね)



 一度思いついたらそれが最善の様な気がしてきた。この国もクーデターが落ち着いてこれから暮らしやすい国になるだろう。民の表情を見ればわかった。



 式典が終われば夜はまた宴だ。皇太子はもう無理にセルジュに酒を勧めないだろうが、酒に弱い彼は宴の後はすぐに就寝するに違いない。



(夜にこっそり王宮を抜け出そう。警備の人間には殿下の言いつけで外出すると言えばいいわ)

 ミラは思い切りのいい娘だった。思い付きを実現する実行力もある。だが、彼女の計画には残念ながら頓挫してしまう。セルジュが辛くも間一髪、彼女の心をほどくことに成功したからである。



 その夜宴は盛大に開かれた。予想通り皇太子はセルジュを気遣うような態度を見せ、無理に酒を勧めず、馴れ馴れしい様子は鳴りをひそめている。



 異国の料理がたくさん並ぶテーブル。自分の国ではあまりお目にかかれない珍しい食材が使用されていた。それを見ながらミラはぼんやりとこの国に住む自分の思いを馳せた。



(この国で暮らしたら、まずは市場に行きたいな。ああ、あのお肉も……美味しそう)



 新しい暮らしを想像してここ数日ミラはうきうきとしていた。もちろんそれに気が付かないほど、セルジュは愚鈍ではない。







「随分浮かれた様子だな」



 宴が終わり、広間を出てあてがわれた自室に戻るセルジュの後をミラはしずしずと付いて歩く。途中ぴたりと足を止めたセルジュは振り返ると、ミラに向かって訝しむ視線を向けた。久しぶりにまともに目が合ったことと、浮かれ具合を言い当てられたことに、ミラはあわあわと動揺する。



「そ、そうですか…?」

「皇太子と何かあったのではあるまいな」

「い、いえ、とんでもない、それは誤解です……!」

 慌てて誤魔化す。セルジュのめざとさに、内心冷や汗をかきながら。

「……ならばいいが。……それはそうと話があるんだ。私の部屋に来てくれないか」

「ええっ!?」

「どうした、何か障りでも?」

「い、いえ……かしこまりました」



(ああ……もうよりによって、今日実行しようと思っていたところに……。話を早く終わらせて荷物をまとめなきゃ。でも……話って何かしら)



 先日のあの出来事を思い出して、ミラは恥ずかしいやら切ないやら苦酸っぱいやら……複雑な表情になった。あれからセルジュは何も言ってこない。そのことがあの日のことがただの酒に酔った突発的なものであると裏打ちするようで、ミラは密かに落ち込んでいたのだ。

 それもあって、帰国する日が憂鬱だった。だからまるで罪人のように逃げ出し身を隠そうという突飛な考えに至ったのだから。



(――もうこれ以上セルジュ様のことで悩みたくない)



 この時にはもう観念して、ミラはセルジュへの淡い恋心を自覚していた。
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