Memory in Vain

サレルノのエルマンノ

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第4話

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僕に必要な武器が暗号であると思うようになったのは、二人目の彼が死に追いやられたことからだった。

暗号……。
高速で、暗号化と復号に同じ鍵を使う暗号。
それを秘密鍵暗号、という。
なぜなら、使う鍵は秘密に保管しなければならないから。

そして暗号化に使う鍵を公開する暗号を公開鍵暗号という。
なぜなら誰にでも暗号化できるようにしておく必要があるから。

復号するときに使う鍵は秘密にしなければならない。
つまり暗号化と復号に使う鍵は別のもので、それぞれを切り離して使うことができるという訳だ。

公開鍵暗号は難しい理論を使って世界中の専門家が議論している。
学者たちが公開鍵暗号であるとみなす現実的な暗号が存在するかどうかはまだわかっていない。
暗号をやるなんて変わっていると思われるかもしれない。
筋肉の事しか頭にないボディビルダーをマッスルヘッドと呼ぶように、僕は暗号の事しか頭にない。

手始めに僕は公開鍵暗号を作ろうと思った。
暗号を作るなんて珍しいって?
RSA、楕円曲線、格子……物好きな暗号フリークはいくらでもいる。
金目当てに仮想通貨もどきを作るやつまでいる。
でも金もうけなんて僕はどうでもいい。
僕はただ関係を守りたいだけだから。

僕と繋がる全ての人間の、つながりを守りたい。
僕と僕を取り囲む環境の、社会的諸関係を守りたい。

僕は次第にマリが何か自分には防ぎきれない特殊な情報網を使っているのではないかと思うようになった。
学校に行かなくなった以上、僕とマリの間には何の接点もないはずだった。
しかし、マリと僕の行動範囲は近接していて、外出のたびに彼女に出くわすことが度々あった。
こうして僕は引きこもりになってしまったのだが、何もかもマリのせいだ。
こうしたことに僕が陥っていることを知っている人もいただろうが、誰もマリの逆鱗に触れることを嫌がって知らない顔をしているのだった。
つまり、僕が誰と知り合う可能性があるのか、僕自身が安全でなければ誰とも知り合うことができないというジレンマに陥っている。
でも会ったことのない人と、そんなに親密な関係になれるとは誰も思っていないだろう。

マリは学園内で絶大な人気を誇っていて、「お取り巻き」がわんさといる。
そして僕には味方がいない。
学校の元担任は訪ねても来ない。
我々は問題を認識していないと、学校側は責任を放棄している。
まあ、社会なんてそんなものだ。
本の1冊や2冊で変わるほど甘くない。

同じような目にあっている人は、きっと僕一人じゃないはずだった。
そういう人に対して、大丈夫だよ、と気休めを言ってみたとして何になろう。
信念をもって社会と対峙すれば仕事を失う。
争いを恐れて嘘をつけば信用を失う。
世の中そんなに簡単ではないのだ。

やはり自分で自分の身を守るしかないのだ。
もし自分が監視されているとしたら、どうやって新しく人間関係を作れるだろう?
とにかく僕もこのまま孤独死なんかしたくないので、人のいるところに出入りしなければならないような、そんな強迫観念を持つようになっていった。
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