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レベル62 逃亡者カナミ 非処女 絹のローブ 皮の靴 鈍く光るイヤリング 奴隷の烙印 ステ:安堵 憐憫 金54000JEM
迷いの森編②「狂った人間、狂ったしきたり」
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「はぁ、はぁッ、はーっ……。んっ、くぅっ、はぁはぁ!」
土地勘もない。方角も分からない。
迷路のような薄暗い森の中を歩くことはカナミにとって地獄以外の何物でもなかった。
ぬかるみが足の自由を奪い、朽ち果てた枝が転倒を促し、背の高い雑草をかき分ければ、そのお返しにと肌に細かい傷を植え付けられる。
破れかけのローブはものの数分で土と草にまみれ、買ったばかりの靴は大量の汚泥を含んで鉛のように重くなる。
「も、もうダメ……。これ以上は、無理だよぉ……」
一歩、また一歩と進むにつれ、着実に蓄積するカナミの疲労。
気付けばその場で膝を折り、ぐったりとうなだれてしまった。
『カナミ』
「ごめん。少し、休ませて……」
『ダメだ。さっきの男たちが追いついてくる可能性もある。休むのは十分に距離をとってからだ。頑張れ!』
頑張れ。
本来なら激励の意味を含むこの言葉。
もちろん俺も、そのつもりで口にしたはずであった。
しかし――。
「頑張れ、ですって……?」
『えっ』
顔を上げたカナミの表情は、誰が見ても分かるくらいの激しい怒りに満ちていた。
「あたしの状態を見ていて、よくそんなことが言えるわね!」
『か、カナミ……』
「いきなり見知らぬ男たちに襲われて、右も左も分からない森の中をひたすら走らされて、あたしもうボロボロなのよ。それなのに、無責任に頑張れなんてあんまりじゃない!」
『ち、ちがっ。そういう意味じゃなくて、俺はお前の安全を第一に考えて……』
「安全!? タクヤはいいわよね、クーラーの効いた部屋でのんきに画面を眺めながら指示を出してるだけだもん。羨ましいわ」
『指示を出してるだけって……。俺だっていろいろ考えて』
「じゃあその考えを聞かせて? 半月も経ってるんだもの。当然、この世界からあたしを助け出す方法、見つけ出してるはずよね?」
『い、いや。それは……』
「やっぱりまだなんじゃない。だったらとやかく口を出さないでよ。役に立ってないんだから!」
『カナミ!!!』
役に立ってない。
俺だって薄々感じていた事実。
だが、面と向かって言われてはさすがに黙っているわけにはいかず――。
『どうしてそんなこと言うんだ! 俺の知ってるカナミは、誰にでも分け隔てなく接して気配りもできて、いつもニコニコしてる優しい女の子……』
「優しさ。そんなものはこの世界じゃ通用しないわ。大切なのはいかに人を騙して、蹴落として、踏み台にして、自分が生き残るか……」
『カナミ、お前おかしいぞ。何を言ってるのか分かってるのか?』
「あたしはおかしくなんてない。むしろタクヤがおかしいの。このふざけた世界に来れば分かるわ。自分の間違いに」
『違う!』
「どう違うの?」
『それは……』
「やっぱり言えないんじゃない。とにかく、少し放っておいて。あたしも気持ちを整理するからさ」
『……っ』
今はこれ以上何を言っても無駄。
そう判断した俺は、ひとまず溜まった感情を大きめの唾と一緒に飲み込んだ。
刹那、訪れる静寂の時間。
最悪の空気。
気まずい沈黙。
いざ会話がなくなれば、今度は今まで気にも留めなかった周りの雑音がにわかに主張をし始める。
葉っぱが風に吹かれ、ざぁざぁと擦れる不気味な音。
野鳥のしわがれた鳴き声。
カエルかそれとも虫の類か、地面から沸き上がる低く重い唸り声。
それらひとつひとつが不安を煽り、増幅させ、恐怖の種を植え付けようと襲い掛かってくる。
「……」
だが不幸中の幸いなのは、それらが直接カナミへと危害を加えてこないことだった。
刺激を与えずジッとしていれば大丈夫、近づいてくることもない。
そう。ただジッとしていれば――。
「ごめんなさい」
俺たちが俯き始めてから何分くらい経っただろうか。
静寂の時間、最悪の空気、気まずい沈黙を打ち破ったのもまた、カナミの一言であった。
「あたし、どうかしてる。タクヤは全然悪くないのに、タクヤのせいにして自分を正当化しようとしちゃってる」
『カナミ……』
「むしろ、タクヤがいてくれたからこそ、あたしはなんとかここまでやってくることができた。タクヤの助言があったから」
『い、いや。俺は大したことは言ってないさ。役に立ってないと言うのもあながち間違いじゃない』
「違う。あたしが全部悪いの。ごめんなさい。本当に言い過ぎてしまったわ。今さら虫のいい話だとは思うけど、お願い。許してください……」
『いいんだ。それに敬語とかよせよ。俺とお前の仲だろ』
「う、うん。ありがとう。ごめんなさい」
ぽろぽろと涙をこぼしながら謝罪の言葉を重ねるカナミをようやくなだめ終わったのは、それから五分後。
『いいかカナミ。暗い森の中をいたずらに歩き続けるのは危険だ。まずはゆっくりと辺りを見回して、道が開けているような場所や、光が差し込んでる場所はないか』
「あ……うん。こっち側は少しだけ、誰かが踏み入れたような跡がある」
『そうか。もしかするとそこは、人のいる山小屋につながっていたり、さっきみたいな馬車の通り道に出る可能性はあるな。歩けるか?』
「しっかり休んだから平気」
疲弊した顔は相変わらず。にもかかわらず、カナミは意を決したようにスッと立ち上がり、歩を進めようとしたそのときである――。
バシャ、バシャ、バシャ……。
「……っっ!?」
それよりも先に響いてきたのは、ぬかるんだ道を歩く獣のような足音。
その数は一匹ではない。二匹か三匹か。とにかくたくさん。
反射的にカナミは息をひそめ、得体の知れない何かが通り過ぎるまでひたすら待ち続けた。
バシャ、バシャ……バシャ。
(お願い。行って……お願い)
両手を合わせ祈り続けるカナミ。
だが、運命の女神は時に残酷な現実を突きつけるのだ。
「お~~~っと、そこにいたか嬢ちゃん。まったく、逃げようなんてとんでもねぇガキだ」
「ひっ……」
「まさか、おとなしくしてたら気付かず通り過ぎるとでも思ったか? 甘いんだよなぁ……でゅふふふぅぅっ!」
なんと草むらから染み出るようにして姿を現したのは、獣ではなく青白い顔を醜く歪ませた四人の男。
「ど、どうしてっ。あれほど歩き回って距離を離したのに……」
「カッカッカ。そらご苦労なこった、しかしよぉ、オメェは結局同じところをグルグルしてただけみたいだなぁ」
「素人がやっちまう森歩きの典型ってヤツよ」
「そんな!」
「それになぁ。嬢ちゃん、プンプン臭うんだわぁ」
「に、臭う!? どういう意味よ! 失礼じゃない!」
「そうそう。オレたちが処方されてるポーションと同じ匂いがするんだよなぁ」
「だから、遠く離れていようが、茂みに隠れていようが簡単に嗅ぎつけることができたってわけだぁ……げひひひぃぃ!」
「ポーションの、匂い?」
『あ……』
そうか。カナミは催眠洗脳によってポーション奴隷として飼われていた記憶が欠落しているのか。
「なに、それ……。ねぇタクヤ、知ってる?」
『い、いや』
「おいおい。な~にひとりでぶつくさ言ってんだぁ?」
「もう後がねぇってんで、念仏でも唱えてるんだろ。いい心がけじゃねぇか」
「おおそうだ。念仏ついでにいいこと教えてやるぜ。満月の今夜は年に一度、孕神サマにイケニエとして若い女を捧げる日でよぉ」
御者も口走っていた、イケニエと言う不吉な言葉。
「献上しねぇと、孕神サマの祟りが起きて集落をあとかたなく崩壊させちまうんだ。ひでぇ話だろぉ?」
「祟り……?」
カナミの全身を悪寒が通り抜ける。
「実際に献上を怠った集落は、その数日後に原因不明の疫病が流行ったり、自然災害が起きたり、ある日突然村人のひとりが狂人と化して村民全員を皆殺し……なんてことも起きたのよぉ」
「最近まで十ほどあったここ一帯の集落が、たった二つになっちまったのもそのせいだ」
「生まれ育った故郷がある日突然なくなっちまうなんて悲しいよなぁ。だからさぁ、嬢ちゃんが代わりにイケニエになって俺たちの故郷を守ってくれよぉ」
「そ、そんな役目引き受けられるはずないでしょ……!」
「カッカッカ。悪いが、嬢ちゃんに拒否権はねぇんだよなぁ」
「そう。オレらの集落にはもう若い女はいねぇからなぁ。オレの妻も、娘も、みんなイケニエにされちまった……」
「ワシの最愛の孫もなぁ。あんときの泣き顔は今でも夢枕に立つんだぜ。悔やんでも悔やみきれねぇよ」
「娘に孫!? だってあなたたちさっき馬車の中で――」
家族に報告とか、孫を抱けるとか言っていたような?
いや、これもカインによる催眠洗脳の弊害かもしれない。きっと記憶が混濁しているのだ。
「い、イケニエになった人たちはその後どうなっちゃうんですか」
「孕神サマ直々の苗床になって、死ぬまで神の子を産み続けるのよぉ。ま、オレたちの間じゃあ、敬意を払って生殖者サマと呼んでるがねぇ」
「せいしょく、しゃ……? い、いや。あたし、そんなのになりたくない。絶対に!」
「ああ~、オレの妻も娘もそんな感じで必死に泣き叫んでたけどよぉ、結局は集落の掟に抗えず首を縦に振るしかなかったんだ」
「掟? 集落の人間でもないあたしは関係のない話でしょ!」
「献上する前にはあるしきたりがあってよ」
「ちょ、ちょっと聞いてるの?」
「集落の男全員にイケニエを抱かせ、身体の内側も外側も余すことなく精液で浄化するんだ」
「抱かせ……? 浄化? 意味が分かんない!」
「地獄だぜぇ? 自分の愛する女が他人棒で貫かれるのを見るのなんか。でもよぉ、しきたりの最後はもっと屈辱的な行為で締めくくらなきゃならねぇ」
「えっ」
心なしか、男たちの目じりに水滴が溢れているように見える。
「オレは、自分の娘を犯したんだ。親子としての最後の証……永遠の別れを刻むためにな」
「ワシは自分の孫娘を抱いた。さっきまで処女だった雌穴に幾度となくちんぽを出し入れして、膨らみかけの乳房を何度も吸ってこねくり回した。必死に身体をよじり、泣き叫ぶのを無視してなぁ」
「でもよぉ、肉親を犯すって行為は、罪悪感や背徳感も加わってすげぇ興奮するんだ。たっぷり子種を出し終わった後もしばらく勃起が収まらなかったぜ」
「く、狂ってる。狂ってるわあなたたち。神サマの祟りかなんか知らないけど、目を覚ましなさいよ! 人を不幸にさせ泣かせる神サマなんて、それは神サマじゃない。疫病神よ!」
「カイン先生に続いて、今度は孕神サマへの侮辱かぁ。とことん救えねぇガキだ」
「オレたち弱者はなぁ。何かにすがってないと生きていけない人間なのよぉ」
「嬢ちゃんだってそうだろぉ? 女ひとりでこの世知辛い世の中は生きていけるわけがねぇ。なら、任せちまえよ。運命に」
「案外、嬢ちゃんが今まで過ごしてきた人生より、よっぽど楽かもしれねぇぜ?」
「い、いやっ。こないで……きゃっ!?」
迫りくる男たちが放つ、まがまがしい負の圧力。
あまりの恐怖で腰が抜けてしまったカナミは、そのままぬかるみに足を取られるようにして尻もちをつく。
「ぁっ、ぁぁっ……」
「よし。これから集落の掟に従って、めでたく母体に選ばれたお前を浄化してやる」
「ち、違う。あたしは、関係な、い……」
「な~に言ってんだ。オメェはオレたちの娘だろ? 娘だったら、集落のために役に立つのが道理だろうが……違うか?」
「や、やめ……て、許し、てぇっ……」
喉の奥から絞り出される、悲痛の叫び。
狂った四人の男たちはむしろその絶望に染まった声が大層心地よいと言った様子で、にじり寄ってくる。
「来ないで……。ね、お願い。来ないでよぉ……」
逃げ出そうにも思うように身体に力が入らず、カナミは無様なバタ足を見せるだけ。
「ぃ、ぃゃッ……イヤあああああッッ!!!!」
必死の願いも空しく、ついには男たちの魔手によって捕らえられてしまうのであった――。
◇◆◇
「カナミ、カナミ! クソッ、あいつら頭が狂ってやがる……!」
トリニティ・ワールド・オンラインにはどうやらまともな人間が存在しないらしい。
思えば、今までもロクなヤツがいなかった。
初対面にもかかわらず、媚薬を使ってレイプを強行するメデオラのゴリラ男。
半ば強制的に娼婦の世界に引きずり込もうとするオータムカンバスのスキンヘッド男。
ご立派な教えを掲げつつも、蓋を開けてみれば単なる乱交宗教だった、ザザリアークの似非クソ司教。
人間をモノや動物のように扱いオークションにかけると言う非道を、さも当然のようにやってのける船乗りのイカれた男たち。
催眠と洗脳で人を騙し名声を上げ、かつ大勢の搾乳奴隷を使って私利私欲を満たす変態ペテン医師。
(そして……)
その変態医師の毒牙にかかった操り人形である、正気を失った四人の男。
(魔物がはびこる世界で、もっとも恐ろしいものが人間だなんて、とんだ皮肉じゃないか)
だからせめて、俺だけでもまともでいなければ。
そう。まともで――。
(いけない。カメラとマイクを追加購入しておかなくちゃ)
いや、きっと俺も狂い始めているのだろう。
(でも、もうお金が……こうなったら親のカードを使って……)
ほどなく始まるカナミへの凌辱劇を決して見逃すまいと、鼻息を荒くしながら心待ちにしているのだから――。
土地勘もない。方角も分からない。
迷路のような薄暗い森の中を歩くことはカナミにとって地獄以外の何物でもなかった。
ぬかるみが足の自由を奪い、朽ち果てた枝が転倒を促し、背の高い雑草をかき分ければ、そのお返しにと肌に細かい傷を植え付けられる。
破れかけのローブはものの数分で土と草にまみれ、買ったばかりの靴は大量の汚泥を含んで鉛のように重くなる。
「も、もうダメ……。これ以上は、無理だよぉ……」
一歩、また一歩と進むにつれ、着実に蓄積するカナミの疲労。
気付けばその場で膝を折り、ぐったりとうなだれてしまった。
『カナミ』
「ごめん。少し、休ませて……」
『ダメだ。さっきの男たちが追いついてくる可能性もある。休むのは十分に距離をとってからだ。頑張れ!』
頑張れ。
本来なら激励の意味を含むこの言葉。
もちろん俺も、そのつもりで口にしたはずであった。
しかし――。
「頑張れ、ですって……?」
『えっ』
顔を上げたカナミの表情は、誰が見ても分かるくらいの激しい怒りに満ちていた。
「あたしの状態を見ていて、よくそんなことが言えるわね!」
『か、カナミ……』
「いきなり見知らぬ男たちに襲われて、右も左も分からない森の中をひたすら走らされて、あたしもうボロボロなのよ。それなのに、無責任に頑張れなんてあんまりじゃない!」
『ち、ちがっ。そういう意味じゃなくて、俺はお前の安全を第一に考えて……』
「安全!? タクヤはいいわよね、クーラーの効いた部屋でのんきに画面を眺めながら指示を出してるだけだもん。羨ましいわ」
『指示を出してるだけって……。俺だっていろいろ考えて』
「じゃあその考えを聞かせて? 半月も経ってるんだもの。当然、この世界からあたしを助け出す方法、見つけ出してるはずよね?」
『い、いや。それは……』
「やっぱりまだなんじゃない。だったらとやかく口を出さないでよ。役に立ってないんだから!」
『カナミ!!!』
役に立ってない。
俺だって薄々感じていた事実。
だが、面と向かって言われてはさすがに黙っているわけにはいかず――。
『どうしてそんなこと言うんだ! 俺の知ってるカナミは、誰にでも分け隔てなく接して気配りもできて、いつもニコニコしてる優しい女の子……』
「優しさ。そんなものはこの世界じゃ通用しないわ。大切なのはいかに人を騙して、蹴落として、踏み台にして、自分が生き残るか……」
『カナミ、お前おかしいぞ。何を言ってるのか分かってるのか?』
「あたしはおかしくなんてない。むしろタクヤがおかしいの。このふざけた世界に来れば分かるわ。自分の間違いに」
『違う!』
「どう違うの?」
『それは……』
「やっぱり言えないんじゃない。とにかく、少し放っておいて。あたしも気持ちを整理するからさ」
『……っ』
今はこれ以上何を言っても無駄。
そう判断した俺は、ひとまず溜まった感情を大きめの唾と一緒に飲み込んだ。
刹那、訪れる静寂の時間。
最悪の空気。
気まずい沈黙。
いざ会話がなくなれば、今度は今まで気にも留めなかった周りの雑音がにわかに主張をし始める。
葉っぱが風に吹かれ、ざぁざぁと擦れる不気味な音。
野鳥のしわがれた鳴き声。
カエルかそれとも虫の類か、地面から沸き上がる低く重い唸り声。
それらひとつひとつが不安を煽り、増幅させ、恐怖の種を植え付けようと襲い掛かってくる。
「……」
だが不幸中の幸いなのは、それらが直接カナミへと危害を加えてこないことだった。
刺激を与えずジッとしていれば大丈夫、近づいてくることもない。
そう。ただジッとしていれば――。
「ごめんなさい」
俺たちが俯き始めてから何分くらい経っただろうか。
静寂の時間、最悪の空気、気まずい沈黙を打ち破ったのもまた、カナミの一言であった。
「あたし、どうかしてる。タクヤは全然悪くないのに、タクヤのせいにして自分を正当化しようとしちゃってる」
『カナミ……』
「むしろ、タクヤがいてくれたからこそ、あたしはなんとかここまでやってくることができた。タクヤの助言があったから」
『い、いや。俺は大したことは言ってないさ。役に立ってないと言うのもあながち間違いじゃない』
「違う。あたしが全部悪いの。ごめんなさい。本当に言い過ぎてしまったわ。今さら虫のいい話だとは思うけど、お願い。許してください……」
『いいんだ。それに敬語とかよせよ。俺とお前の仲だろ』
「う、うん。ありがとう。ごめんなさい」
ぽろぽろと涙をこぼしながら謝罪の言葉を重ねるカナミをようやくなだめ終わったのは、それから五分後。
『いいかカナミ。暗い森の中をいたずらに歩き続けるのは危険だ。まずはゆっくりと辺りを見回して、道が開けているような場所や、光が差し込んでる場所はないか』
「あ……うん。こっち側は少しだけ、誰かが踏み入れたような跡がある」
『そうか。もしかするとそこは、人のいる山小屋につながっていたり、さっきみたいな馬車の通り道に出る可能性はあるな。歩けるか?』
「しっかり休んだから平気」
疲弊した顔は相変わらず。にもかかわらず、カナミは意を決したようにスッと立ち上がり、歩を進めようとしたそのときである――。
バシャ、バシャ、バシャ……。
「……っっ!?」
それよりも先に響いてきたのは、ぬかるんだ道を歩く獣のような足音。
その数は一匹ではない。二匹か三匹か。とにかくたくさん。
反射的にカナミは息をひそめ、得体の知れない何かが通り過ぎるまでひたすら待ち続けた。
バシャ、バシャ……バシャ。
(お願い。行って……お願い)
両手を合わせ祈り続けるカナミ。
だが、運命の女神は時に残酷な現実を突きつけるのだ。
「お~~~っと、そこにいたか嬢ちゃん。まったく、逃げようなんてとんでもねぇガキだ」
「ひっ……」
「まさか、おとなしくしてたら気付かず通り過ぎるとでも思ったか? 甘いんだよなぁ……でゅふふふぅぅっ!」
なんと草むらから染み出るようにして姿を現したのは、獣ではなく青白い顔を醜く歪ませた四人の男。
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「そんな!」
「それになぁ。嬢ちゃん、プンプン臭うんだわぁ」
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「ポーションの、匂い?」
『あ……』
そうか。カナミは催眠洗脳によってポーション奴隷として飼われていた記憶が欠落しているのか。
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『い、いや』
「おいおい。な~にひとりでぶつくさ言ってんだぁ?」
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「おおそうだ。念仏ついでにいいこと教えてやるぜ。満月の今夜は年に一度、孕神サマにイケニエとして若い女を捧げる日でよぉ」
御者も口走っていた、イケニエと言う不吉な言葉。
「献上しねぇと、孕神サマの祟りが起きて集落をあとかたなく崩壊させちまうんだ。ひでぇ話だろぉ?」
「祟り……?」
カナミの全身を悪寒が通り抜ける。
「実際に献上を怠った集落は、その数日後に原因不明の疫病が流行ったり、自然災害が起きたり、ある日突然村人のひとりが狂人と化して村民全員を皆殺し……なんてことも起きたのよぉ」
「最近まで十ほどあったここ一帯の集落が、たった二つになっちまったのもそのせいだ」
「生まれ育った故郷がある日突然なくなっちまうなんて悲しいよなぁ。だからさぁ、嬢ちゃんが代わりにイケニエになって俺たちの故郷を守ってくれよぉ」
「そ、そんな役目引き受けられるはずないでしょ……!」
「カッカッカ。悪いが、嬢ちゃんに拒否権はねぇんだよなぁ」
「そう。オレらの集落にはもう若い女はいねぇからなぁ。オレの妻も、娘も、みんなイケニエにされちまった……」
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「娘に孫!? だってあなたたちさっき馬車の中で――」
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いや、これもカインによる催眠洗脳の弊害かもしれない。きっと記憶が混濁しているのだ。
「い、イケニエになった人たちはその後どうなっちゃうんですか」
「孕神サマ直々の苗床になって、死ぬまで神の子を産み続けるのよぉ。ま、オレたちの間じゃあ、敬意を払って生殖者サマと呼んでるがねぇ」
「せいしょく、しゃ……? い、いや。あたし、そんなのになりたくない。絶対に!」
「ああ~、オレの妻も娘もそんな感じで必死に泣き叫んでたけどよぉ、結局は集落の掟に抗えず首を縦に振るしかなかったんだ」
「掟? 集落の人間でもないあたしは関係のない話でしょ!」
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「ちょ、ちょっと聞いてるの?」
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「えっ」
心なしか、男たちの目じりに水滴が溢れているように見える。
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「く、狂ってる。狂ってるわあなたたち。神サマの祟りかなんか知らないけど、目を覚ましなさいよ! 人を不幸にさせ泣かせる神サマなんて、それは神サマじゃない。疫病神よ!」
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「案外、嬢ちゃんが今まで過ごしてきた人生より、よっぽど楽かもしれねぇぜ?」
「い、いやっ。こないで……きゃっ!?」
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「ぁっ、ぁぁっ……」
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「な~に言ってんだ。オメェはオレたちの娘だろ? 娘だったら、集落のために役に立つのが道理だろうが……違うか?」
「や、やめ……て、許し、てぇっ……」
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狂った四人の男たちはむしろその絶望に染まった声が大層心地よいと言った様子で、にじり寄ってくる。
「来ないで……。ね、お願い。来ないでよぉ……」
逃げ出そうにも思うように身体に力が入らず、カナミは無様なバタ足を見せるだけ。
「ぃ、ぃゃッ……イヤあああああッッ!!!!」
必死の願いも空しく、ついには男たちの魔手によって捕らえられてしまうのであった――。
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トリニティ・ワールド・オンラインにはどうやらまともな人間が存在しないらしい。
思えば、今までもロクなヤツがいなかった。
初対面にもかかわらず、媚薬を使ってレイプを強行するメデオラのゴリラ男。
半ば強制的に娼婦の世界に引きずり込もうとするオータムカンバスのスキンヘッド男。
ご立派な教えを掲げつつも、蓋を開けてみれば単なる乱交宗教だった、ザザリアークの似非クソ司教。
人間をモノや動物のように扱いオークションにかけると言う非道を、さも当然のようにやってのける船乗りのイカれた男たち。
催眠と洗脳で人を騙し名声を上げ、かつ大勢の搾乳奴隷を使って私利私欲を満たす変態ペテン医師。
(そして……)
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(魔物がはびこる世界で、もっとも恐ろしいものが人間だなんて、とんだ皮肉じゃないか)
だからせめて、俺だけでもまともでいなければ。
そう。まともで――。
(いけない。カメラとマイクを追加購入しておかなくちゃ)
いや、きっと俺も狂い始めているのだろう。
(でも、もうお金が……こうなったら親のカードを使って……)
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