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新都心署の取調室、机を挟んで向かい合って座る二人。木村は藤堂剛を見据えている。剛は腰を曲げ、顔を真下向け、両手のひらで太ももを握る。その手は震え続けている。あくまでも任意だ。そう伝えている。
「剛君、知っていることを教えてほしい。君の家から、藤堂さくらさんを刺したと思われるアイスピックが発見された。その理由を知りたいんだ」
藤堂剛は姿勢を崩さない。固まったままだ。
「たった一人の身内、お姉さんを慕っていたじゃないか。ご両親が亡くなられ、姉弟で東京に出てきて、二人で一生懸命頑張ってきたじゃないか。さくらさんは夢半ばで亡くなってしまった。真実を教えてくれよ。お姉さん、成仏できないよ」
そのときだった。
「あーーーー、うーーーー、くぅーーーー、うーーーー」
両手のひらを太ももから離し、勢いよく机の上に移した。机が鳴り、震える。
木村の目に哀れみの色が滲む。
「剛君、一気に語るのは無理や。一つひとつ思い出していこうや」
剛は顔を上げ苦悩の表情を見せる。
「刑事さん。もう耐えきれないし、何が何だかわからない。記憶が飛ぶんだ」
木村は剛の病気のことを理解している。凶器が出てきた。それ以外は不明だが、あくまでも重要参考人扱いだ。
「じゃあ、思い出したところから話してみようか」
剛は机の上で頭を抱えている。震えは止まらない。震えながら顔を少し上げた。
「確か、確かポストに入っていた。きっとそう。でも自信がない。頭に浮かんでくるけど消えるときもあるから」
「ポスト?」
木村は思わず聞き返していた。
「ポストです」
「えーと、それは、自宅の郵便ポストのことか」
「はい、そうです」
「自宅の郵便ポストにアイスピックが入っていたということか」
「はい、たぶんそうです」
木村は腕をゆっくり組みながら、背筋を伸ばし、剛を見据える。苦し紛れの嘘か、それとも記憶が曖昧になってしまい真実が飛んでしまったか。正確な供述を引き出すことができるのか。剛は震えている。何かにおびえている。焦ってはいけない。木村は表情を緩めた。
「アイスピックがどのような状態でポストに入っていたのか覚えているかな」
「あのまま、入っていた。刑事さんに渡したときのまま」
「それでその後どうしたのか、教えてくれるか」
「普通の郵便物だと思って取り出したけど、住所も宛名も書いていなかったから、誰かがいれたのかと思って、部屋に入って中身を確かめたんだ」
剛は震えながらも、とつとつと語った。
「確かめた後、どう思った?」
「黒いビニール袋を開けて、取り出してみたらアイスピックだった。ラッカーで汚れていると思ったけど、よく見ると血ではないかと思った。生き物の血かもしれない。そう思ったとき、ガーンときたんだ。姉を刺したものかもしれないと。直感だけど、姉の血ではないかと感じたんだ」
剛のくちびるが震える。
「お姉さんを刺したと思ったアイスピックが剛君の自宅のポストに入れられた。そのことを警察に通報しなかったのはなぜなのか。教えてくれる?」
剛は言い訳を探すように視線をさまよわせた。木村は剛の視線を追う。視線の先に嘘がないかどうか。
「自分が入れたのかもしれない」
「えっ! 自分が入れた? アイスピックをポストに入れたのは自分? つまり剛君が入れたということ?」
「はい」
木村はうなだれた剛の頭を見下ろし、首を傾げた。
「剛君、なぜそう思った」
剛は頭を上げない。木村は天井を見上げた。嘘を言っているようには見えない。
「そんな気がしたんです。抜け落ちた記憶、曖昧な記憶があるような気がしたんです。どこで何がどうつながっているのか。時々わからなくなる」
剛は頭を上げ、苦悩の表情を見せる。供述内容が事実であることを確認するためには、その供述が事実と一致していることが必要になる。剛がどのようにして実行したのか。記憶がないとなると、正確な供述が得られないということだ。
〈トン、トン、トン〉
木村が指先で机をたたく。アイスピックから被害者の血液と剛の指紋が検出された。藤堂さくらを刺した凶器であることはほぼ間違いない。剛がそれを握っていたことも間違いない。だが、剛がアイスピックを使って、被害者を刺したということは確認できない。疑問が残る。剛の指紋は血液が固まった後についたものだ。剛以外の指紋は検出されなかった。ホシは手袋をつけていた可能性が高い。剛、それ以外の人物も考えられる。剛がホシの場合、なぜ凶器を処分しなかったのか。時間はあった。処分方法もあった。逆に、自分がホシでないなら、なぜ警察に言わなかったのか。ポストに入っていたというのはほんとうなのか。天井を見ていた木村は、視線をゆっくり剛に移した。うなだれている。
「剛君、知っていることを教えてほしい。君の家から、藤堂さくらさんを刺したと思われるアイスピックが発見された。その理由を知りたいんだ」
藤堂剛は姿勢を崩さない。固まったままだ。
「たった一人の身内、お姉さんを慕っていたじゃないか。ご両親が亡くなられ、姉弟で東京に出てきて、二人で一生懸命頑張ってきたじゃないか。さくらさんは夢半ばで亡くなってしまった。真実を教えてくれよ。お姉さん、成仏できないよ」
そのときだった。
「あーーーー、うーーーー、くぅーーーー、うーーーー」
両手のひらを太ももから離し、勢いよく机の上に移した。机が鳴り、震える。
木村の目に哀れみの色が滲む。
「剛君、一気に語るのは無理や。一つひとつ思い出していこうや」
剛は顔を上げ苦悩の表情を見せる。
「刑事さん。もう耐えきれないし、何が何だかわからない。記憶が飛ぶんだ」
木村は剛の病気のことを理解している。凶器が出てきた。それ以外は不明だが、あくまでも重要参考人扱いだ。
「じゃあ、思い出したところから話してみようか」
剛は机の上で頭を抱えている。震えは止まらない。震えながら顔を少し上げた。
「確か、確かポストに入っていた。きっとそう。でも自信がない。頭に浮かんでくるけど消えるときもあるから」
「ポスト?」
木村は思わず聞き返していた。
「ポストです」
「えーと、それは、自宅の郵便ポストのことか」
「はい、そうです」
「自宅の郵便ポストにアイスピックが入っていたということか」
「はい、たぶんそうです」
木村は腕をゆっくり組みながら、背筋を伸ばし、剛を見据える。苦し紛れの嘘か、それとも記憶が曖昧になってしまい真実が飛んでしまったか。正確な供述を引き出すことができるのか。剛は震えている。何かにおびえている。焦ってはいけない。木村は表情を緩めた。
「アイスピックがどのような状態でポストに入っていたのか覚えているかな」
「あのまま、入っていた。刑事さんに渡したときのまま」
「それでその後どうしたのか、教えてくれるか」
「普通の郵便物だと思って取り出したけど、住所も宛名も書いていなかったから、誰かがいれたのかと思って、部屋に入って中身を確かめたんだ」
剛は震えながらも、とつとつと語った。
「確かめた後、どう思った?」
「黒いビニール袋を開けて、取り出してみたらアイスピックだった。ラッカーで汚れていると思ったけど、よく見ると血ではないかと思った。生き物の血かもしれない。そう思ったとき、ガーンときたんだ。姉を刺したものかもしれないと。直感だけど、姉の血ではないかと感じたんだ」
剛のくちびるが震える。
「お姉さんを刺したと思ったアイスピックが剛君の自宅のポストに入れられた。そのことを警察に通報しなかったのはなぜなのか。教えてくれる?」
剛は言い訳を探すように視線をさまよわせた。木村は剛の視線を追う。視線の先に嘘がないかどうか。
「自分が入れたのかもしれない」
「えっ! 自分が入れた? アイスピックをポストに入れたのは自分? つまり剛君が入れたということ?」
「はい」
木村はうなだれた剛の頭を見下ろし、首を傾げた。
「剛君、なぜそう思った」
剛は頭を上げない。木村は天井を見上げた。嘘を言っているようには見えない。
「そんな気がしたんです。抜け落ちた記憶、曖昧な記憶があるような気がしたんです。どこで何がどうつながっているのか。時々わからなくなる」
剛は頭を上げ、苦悩の表情を見せる。供述内容が事実であることを確認するためには、その供述が事実と一致していることが必要になる。剛がどのようにして実行したのか。記憶がないとなると、正確な供述が得られないということだ。
〈トン、トン、トン〉
木村が指先で机をたたく。アイスピックから被害者の血液と剛の指紋が検出された。藤堂さくらを刺した凶器であることはほぼ間違いない。剛がそれを握っていたことも間違いない。だが、剛がアイスピックを使って、被害者を刺したということは確認できない。疑問が残る。剛の指紋は血液が固まった後についたものだ。剛以外の指紋は検出されなかった。ホシは手袋をつけていた可能性が高い。剛、それ以外の人物も考えられる。剛がホシの場合、なぜ凶器を処分しなかったのか。時間はあった。処分方法もあった。逆に、自分がホシでないなら、なぜ警察に言わなかったのか。ポストに入っていたというのはほんとうなのか。天井を見ていた木村は、視線をゆっくり剛に移した。うなだれている。
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