自死セミナー

ぬくまろ

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空古田修の場合

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「次は、空古田さん。お願いします」
 空古田のからだは震えていたが、三門に指名されて、大きく三回深呼吸をすると落ち着きを取り戻したようだ。緊張しながらも表情を引き締め、口を開いた。
「初めまして。僕は空古田修と申します。二十一歳。大学受験中で浪人しています。偏差値の高さが日本一といわれている某国立大学の法学部を目指して勉強していますが、今年三度目でしたがダメでした。もう限界なんです。頭に力が入らないんです。問題を解いても解いても点数が上がらないんです。ここのところ偏差値が下がることはあっても上がらない。次の受験ももう目の前に迫っています。もうダメだ。同じような日々を繰り返して、どうしようもなく落ち込んでいます。来年の掲示板が見えるんです。僕が解答用紙に記す受験番号がないんです。はっきとわかる。僕の番号の次の番号が載っている。何度も見える。もう勘弁してくれ。もう無理だ。どこかで終止符を打たないと、心もからだも耐えられない。壊れてしまう前に……抹殺したい。自分を消してしまわないと、苦しみは続くんだ。だから、だから、死にたい」
 ここまで言うと、空古田は顔を伏せ激しく泣き、嗚咽した。声も涙も止まらない。参加者たちは見守るように沈黙を守っていた。
 二分経過し、空古田の嗚咽も弱くなっていた。それでも顔を上げない。
 さらに一分経過し、涙も止み、ようやく顔を上げた。泣き腫らしてすっきりしたのか、蒼白だった顔にほんのちょっと赤みがさしていた。
「すみません。続けます。僕が某国立大学にこだわる理由をお話します。すべてお話してすっきりとした気持ちで死にたいので。それでは聞いてください。僕は裕福な家庭に生まれました。父親は国家公務員で中央省庁のひとつである某庁に勤めています。俗に言うキャリア官僚で、そこそこの地位に就いています。同期の中では、出世しているほうだと父親が言っています。それは出身大学によるところが大きいのだそうです。僕が狙っているのもそこ、父親が卒業した某国立大学です。物心ついたときからそうでした。でも、自分から進んでというわけではありませんでした。親の意向があったから。小学校四年生になると学習塾に通わされ、遊ぶことは制限されました。そのときは疑問に感じず、親の言われた通り素直にレールに乗っていました。勉強することが当たり前の日々で、努力の甲斐あって、有名といわれている中高一貫の私立中学に入ることができました。入学して、中学の三年間は成績が上位のほうでした。親の期待に応えられ、自分自身もうれしかったし、満足していました。でも、高校生になって変化が訪れました。成績が落ちてきてしまって。高校二年の後半から急激に落ち、そのまま受験期に入りました。志望校は親の強い意向があり、某国立大学一校のみ。卒業後の進路のことも考えて、そこ以外は受けさせてもらえなかった。実力では無理なのに『頑張れ』『狙え』『あきらめるな』とった言葉を毎日のように聞かされ、実力テストの成績が悪いと『なんで勉強しないんだ』『自分の将来を考えろ』『さぼるな』と怒号の嵐に吹き飛ばされました。焦りや憤り、不甲斐なさ、奈落の底に落ちるような気分のまま受験しました。もちろん不合格。結果を知って激怒した父親は、僕を平手打ちしました。当然のように浪人を決め、猛勉強が再びスタート。でも、成績は思ったように上がらず、模擬テストの合格レベルはDランク。そして、あっという間に試験日。終わってみれば不合格。また平手打ち。『僕はもうダメだ』『僕は人生の敗北者だ』そんな独り言を呟くようになっていました。そしてまた次の年も……。もうダメなんです。僕は絶対に志望校に入れない。十年、二十年頑張っても入れない。いい会社に入れない。親の期待に応えられない。辛い、辛い、辛い。死ぬしかないんだ!」
 空古田が最後の言葉を叫んだ後、突然立ち上がり天を仰いだ。手のひらと顔を天井に向け、口を開けたままだ。動かない。再生していた動画が突然一時停止したように、違和感を持って存在していた。誰も声をかけようとしない。声をかけたところで、反応しそうもないほどの虚無感が漂う。そんな空古田に視線を向けていた周りのメンバーの表情は戸惑いよりも驚き。ただ、三門だけは表情を変えずに空古田の顔を凝視していた。空古田を解凍するレーザービームのごとく。
 突然、空古田が復活した。天を仰いでいた腕が急に下がったかと思うと、顔が正面を向いた。口は閉じていたが、目はそのままだ。見ているようで見ていない状態。瞳孔が開いているようにも見える。が、次の瞬間、顔に生気が戻り、口元が緩んだ。
「あっ。どうしたんだろう。すみません。話を続けます」
 空古田の声を聞いてホッとしたのか、参加者たちはからだを落とし、息を吐いた。着席した空古田の表情は元に戻っていた。
「死ぬしかないんだ。さっき言いましたよね。そうなんです。それしかないんです。僕は、僕は、だから、そう、実行したんだ! ついに終止符を! 僕は自殺したんです。椅子に座って、左手を肘掛にガムテープでグルグル巻いて動かないように固定して、右手に持ったカッターナイフを手首に当てた。一瞬で楽になるように、素早く引いた。腕の筋肉をフル動員して素早く引いた。あっ! 左の手首に電気が走った。血が! すぐに目を逸らした。その後は覚えていません。でも、しばらくすると目が覚めました。血が止まっていて、僕は生きていました。失敗です。それから僕は、同じように何回も繰り返した。手首を固定して、素早く引いた。単純なことを繰り返したけど、すべて失敗でした。なにもかも上手くいかない。死ぬことも上手くいかない。やっぱり、僕はダメな奴なんです」
 空古田は袖をゆっくりめくり上げ、リストカットの痕跡とおぼしき傷跡をみんなに見せながら、さらに続けた。
「もう失敗はしたくない。だからセミナーに参加したんだ。みなさん、よろしくお願いしまっ! す」
 空古田は椅子に座ったまま、頭を深々と下げた。
 三門はそれを受けて
「ありがとうございます。空古田さんの気持ちをしっかり受け止めました。たいへん辛い思いをしましたね。いい学校に入ってもらいたい。いい会社に入ってもらいたい。親であれば多く方々が抱いている気持ちであり、否定はできませんが、過度な期待となって子どもに悪影響を与えることもあります。子どもの負担は親にはわかりにくいものです。価値観の幅が広くない親ほど、子どもの心を理解することは難しいのです。空古田さんの場合は、あまりに厳しい環境で育てられたので、否定され続けた上、感情表現が上手くできない状態になってしまいました。たぶん、家庭でも予備校でも頑張れというニュアンスの言葉を投げかけられていると思いますが、空古田さんにおいては逆効果でした。限界を超えたから、手首を切るという行為に及んだのでしょう」
 三門はひと呼吸置いて
「空古田さん。ひとりじゃなく、みんなと一緒なら今度は成功すると思いますか」
 空古田はハッとした表情を見せながら顔を上げ、三門を見た。
「もちろんです。今までは思い切りが足りなかったんだ。だから、みんなの力を借りて実行するんだ。そのためにここに来たんです」
 三門と空古田は視線を合わせたまま動かなかった。ぶつかり合うという強さはないが、弱さもなかった。
 視線を外したのは三門だった。
「空古田さんの話を聞いて何か言いたいことがあればどうぞ」
「はい」
 今まで聞き手に徹していたひとりの女性が挙手した。
「はいどうぞ」
「初めまして、私も後で正式に自己紹介します。外神田と申します。空古田さんは視野がとても狭くなってしまったんですね。それしかないというか、他のものが見えない。でも、小さいときからレールを敷かれ、親が描いた軌道に乗るしかなかったのはしょうがないと思います。子どもの頃は、何をやったらいいのか、何を選んだらいいのか、よくわからないですよね。私の周りを見てもそのような知人はたくさんいます。でも、ある程度の年齢になったら、自分の意思が出てきますし、やりたいことだって出てくるはずです。そしてそれをきっかけに、進むべき方向は見えてくるはずです。空古田さんの場合は、ちょっとその部分が欠けていたようですね。だから、躓いたときに別の方向へ行くことができなかった。別の方法で解決することができなかったということだと思います。空古田さん。その国立大学以外の大学を受験することを考えることはできませんか」
 空古田は俯いたままだ。表情を変えることも口を開けることもなく硬直していた。
「はい」
 挙手したのは、山名だった。
「はいどうぞ」
「外神田さん。あなたは死にたいという人の気持ちをわかっていただけないんですか。あなたも死にたいと思ってこのセミナーに参加したのではありませんか。それなのに、さらに追いつめるようなことを言うなんて。精一杯なんです。それくらいわかるはずじゃないんですか。空古田さんは精一杯なんです。他のことを考える余裕なんてありません」
 自殺願望者同士の絆をさらに強くするかのごとく、山名は一気に捲くし立てた。ただ、言い終えた後の顔には涙があふれ、からだは震え出した。
「死にたい、死にたいじゃ何も生まれないですよ。他の大学だっていいじゃないですか。他の生き方だってあるじゃないですか」
 山名の感情に反発するかのように、外神田も攻勢をかけた。
「外神田さん。ここは自殺したいという気持ちがある方たちの集まりです。死にたい、死にたいじゃ何も生まれないという言葉、そのような言葉は慎んでください。もう少しお手柔らかにお願いします」
 落ち着いた口調とは裏腹に、三門は相手を射るような鋭い目付きで外神田を捉えていた。
「死にたい、死にたいじゃ、それしかない。それしかないじゃないですか」
 外神田の視線も三門の目を刺し貫いていた。
「それしかない。それしかないじゃないですか。外神田さん。あなたは……」
 三門は外神田の言葉を復唱し、続けようとしたところで切った。言葉に詰まったというニュアンスではなく、余韻を醸す切り方だった。三門は目を閉じ、ゆっくり深呼吸した後、仕切り直した。
「次は、外神田さん。お願いします」
 外神田の顔は一瞬強張ったが、瞬時に笑顔をつくった。女優のごとく。映画やテレビ番組などの撮影の際、カチンコを鳴らした後に瞬時に表情を変える素早さ。身に付いたプロの表情だ。あるいは、気持ちの切り替えが早いだけか。
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