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外神田聡美の場合
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「はい。外神田聡美です。よろしくお願いします。年齢は二十七歳。大手広告代理店のディレクターをやっています。主にコマーシャルをつくっています。アシスタントディレクターを経て、半年前にディレクターに昇格しました。ただし正社員ではありません。三年前に派遣スタッフとして入って、アシスタントディレクターから勝ち上がってきました。アシスタントディレクターはADといいますが、AD時代の業務はほとんど雑用です。ディレクターの下で指示を受けて、いろいろな業務のサポートをします。打ち合わせや取材のスケジューリング、クライアントとの交渉、出演スタッフの手配、ロケ地のリサーチ、宿の手配、さらには弁当の手配や買い出しなど、業務の幅はとても広く、配属されるセクションによってはお茶くみまであるんです。でも、ほとんどのADは業務内容や諸事情を承知の上で入ってきます。それはディレクターになりたいから。下積みに耐えながらも、いつかディレクターになって認められたい。そんな思いがあるので頑張れるのです。下積み修行に耐えられない者は脱落していきます。私は耐えました。そしてディレクターになった。勝ち組になったんです。でも、でも、でも」
外神田は興奮していた。顔が真っ赤になり、頭の中で何かが渦巻いているようだった。目を開けたり閉じたり。目を開けたときの視線は、何かを睨みつけているように鋭い。誰も寄せ付けないオーラが出ている。瞬時に笑顔をつくったときとは別人だ。
そして、三門を一瞥してから続けた。
「ディレクターなんて名ばかり。仕事と内容はADのときとほとんど同じ。相変わらず、弁当の手配や買い出し、それにお茶くみもあり。二ヵ月くらいは我慢したけれど、四ヵ月経つと限界を超えた。だって、正社員で入社してADからディレクターになった男性がいるんですけど、その人には弁当の手配やお茶くみをやらせない。決まって私が指名されるんです。きっと女だから。冗談じゃない。完全な男女差別、許されない。きっと、都合のいいように使いたいから派遣のままなんだわ。悔しい!」
外神田は椅子に座りながら、右足で床を蹴った。右隣に座っていた佐伯はビクッとして、外神田に視線を投げた。外神田も反射的に視線を投げた。ピタッと二つの視線が絡み合った。攻撃的で妥協を許さない敵対同士の視線だ。先に外したのは外神田だった。佐伯の強さが勝ったのか、逃れるような外し方だった。外神田の悔しさは怒りに変わった。
「潰してやりたい! スタッフを正当に評価できないセクションなんていらない。解体して、新しい組織をつくってやり直したい。でも、そんなの無理。無理に決まっている。だって、私は派遣だから。派遣は社員の上に立てない。立てないから無理。でも、でも、このままじゃ負け犬だ! 潰してやりたい! 潰してやりたい!」
「ストップ! わかりました。そこまでにしましょう。」
三門は珍しく大声を上げた。大声といっても、普通の人のレベルだと中くらいの声だが、常に落ち着きを払って話す三門にしては珍しい光景だった。
「いや。そのまま続けてもらいましょう。話は終わりまで聞くものです。止めるのは邪道でしょう。悪を出し尽くし、善をもって洗い流す。外神田さんは続けるべきだ」
佐伯は三門を睨みつけながら言った。
「外神田さん。気持ちを吐き出すことは大切だと思いますが、ちょっと危険なベクトルへ傾きそうなので、間を置いたほうがいいのです」
三門の言葉に外神田は鋭く反応した。
「ちょっと待って! このセミナーは何でもありなんじゃないですか。どうせ死にたい人の集まりでしょ。何があっても許されると思うし、止める権利はないはず。私は叫びたい。正しいことを叫び続けたい。叫んで叫んで、わからず屋を説き伏せたい。悪を潰してやりたい。私は主張し続ける。不平等は必ず滅びる。それには私みたいな人が必要なのよ。三門さん、勝手に止めないでください。止める権利はないはず」
外神田は興奮していた。三門は一定の視線を保ちながら聞いていたが、バシッと手を叩いて、発言を制止した。
「どうせ死にたい人の集まりでしょ? そのフレーズ、聞き捨てなりません。それに、悪を潰してやりたい? とも言いましたよね。悪とは何ですか。あなたの会社の人たちですか。潰すとは具体的にどうしたいのですか。殺すこと……ですか」
三門は外神田を見据えたままだ。視線は絡み合っていたが、“殺すこと”という言葉のところで、外神田は視線を外した。
突然、佐伯が入ってきた。
「殺す? ハッハッハッ。そう簡単に人を殺すことはできませんよ。初めて会った人たちの前で、感情に任せてものを言っているうちは、本物じゃありません。上っ面な感情なんてすぐ引っ込んでしまいますよ。私は人を殺したい人の情念を知っている。奥底に渦巻いている情念が強ければ強いほど、言葉では表わせない。言葉で表わすほど単純じゃないからだ。感情に任せて言っているうちは、人を殺せない。外神田さんに人を殺すことはできませんよ。人を殺すということは、情念を深く深く沈めていき、これ以上沈めていくのが不可能というところまで思いを込める。これでもか、これでもかと。もうこれ以上押し込めることができないというところまで押し込める。そして、その反動に心も身も任せ、いざズバッと。そういうことだ。だから、強い反動がないと人を殺せない。外神田さんの反動は弱い。言葉を発するほどに弱くなる。外神田さんの感情は自分にも他人にも向いている。中途半端だ。他人に向けるパワーが弱い。三門さん。そういうことだ。そんなに心配しなくてもいいでしょう」
佐伯は一気に捲くし立てた。
そして、佐伯の発言によって凍りついた者がいた。山名と空古田だった。山名は猛獣に睨まれた小動物のように怯え、見開いた目はいっそうの悲壮感を映し出していた。空古田においては、口を開いたまま微動だにせず、最初は小刻みに震えていたからだも今はまったく動かない。機能停止状態だ。
「なんなのよ。なんで私がそういうことを言われなきゃならないの。このセミナーの参加資格って、少しでも死に興味があればいいんでしょ。自殺でも他殺でも同じことじゃないの? さっきの三門さんの質問ですけど、悪は悪よ、追い込もうとするものはすべて悪、潰してやらないとどんどん蔓延するだけ。潰さなきゃいけない。それに、死というものはみな同じ。内に向くか、外に向くかの違いだけ。突き詰めれば自殺も他殺も同じでしょ」
外神田の興奮は加速した。近づく者、みな拒絶。他人の意見を受け入れるような状態ではない。近づく者をほんとうに潰してしまいそうな圧力だ。この圧力は、もはや特定のターゲットにではなく、逆らう者すべてにかかっている。
「外神田さん! ここは死にたいと思っている方の集まりです。主旨を間違えないでください」
「ちょっと待って! 三門さん!」
外神田は三門の言葉を遮るように入ってきた。
「あなたこそ間違っている。自殺、自殺と言葉にこだわるけど、死ぬということに変わりはない。自分に向けるか、他人に向けるかの違いだけ。だから、自分を潰すか、他人を潰すかの違いだけ。あなたは偏っている。自殺と他殺とをハッキリ分け過ぎ」
三門も応戦した。
「いいかげんにしてください! 私が配布したチラシの文章をもう一度読んでください。そこに大きな文字で『自殺したい方へ。もっと楽にしてあげます』と書いてあるはずです。これが主旨です」
「じゃあ。早く殺してみてよ。早く、早く。どうぞご自由に、さあ早く」
外神田は悪意の満ちた笑みを浮かべながら三門を見据えた。
三門は応戦しなかった。
三門はゆっくり席を立ち上がり、左隣の佐伯の後ろを通って、外神田の後ろに回った。「あなたは心が少し荒れている。もう少し落ち着いて」と外神田の耳元でささやき、両肩を揉むような仕草をしてから少し離れ、再び佐伯の後ろを通って戻ろうとするのかと思いきや左手で外神田の右手をつかんだ。その感触に驚いたのか、外神田は振り向いた。
「ひやっ! きゃっ!」
小動物が襲われたかのような声を発した直後、表情が強張り、凍りついた。
三門の右手にはカッターナイフが握られ、刃先は外神田の首筋に当てられていた。それを見た山名は怯え、空古田は今にも泣き出しそうだった。なぜか佐伯だけは無表情であり、事の成行きを冷静に見ているようだった。冷徹な目だ。
〈カチカチ〉
刃先が伸びていく音だ。三門は刃先を見つめている。
「外神田さん」
「はっ!」
外神田はビクッとし、目だけを三門に向けた。首筋をよく見ると、刃先は当たっていなかった。当たっていたと思われるのは、刃先とは逆の背の方だった。
〈カチカチ〉
三門はカッターの刃を戻し、本体を手の中に包んだ。
「外神田さん。死というものはこういうものです。自殺と他殺では気持ちや心の動き方に多少の違いはありますが、死というものの捉え方に大きな違いはありません。あなたの場合は、どこかごまかしがあります。私は、偽りのない気持ちをお持ちくださいとチラシに記載したはずです。あなたは死というものを軽く考えています。死は尊い。生も尊い。あなたはそれを知る必要があります」
三門は深く息を吸い、ゆっくり吐いた後、口調を緩めた。
「ごめんなさい。カッターを用いたのは脅かすためじゃないの。外神田さんに死というものを大切に取り扱ってほしいから。暴走し始めた感情を抑えるための効果的な方法として選びました。それに、あなたのほんとうの気持ちも知りたかったから」
三門は最後のフレーズを言い終えると、口元に微笑みを浮かべながら外神田を一瞥し、自分の席に戻った。
「それでは先に進めます。最後になりますが、佐伯さん、お願いします」
外神田は興奮していた。顔が真っ赤になり、頭の中で何かが渦巻いているようだった。目を開けたり閉じたり。目を開けたときの視線は、何かを睨みつけているように鋭い。誰も寄せ付けないオーラが出ている。瞬時に笑顔をつくったときとは別人だ。
そして、三門を一瞥してから続けた。
「ディレクターなんて名ばかり。仕事と内容はADのときとほとんど同じ。相変わらず、弁当の手配や買い出し、それにお茶くみもあり。二ヵ月くらいは我慢したけれど、四ヵ月経つと限界を超えた。だって、正社員で入社してADからディレクターになった男性がいるんですけど、その人には弁当の手配やお茶くみをやらせない。決まって私が指名されるんです。きっと女だから。冗談じゃない。完全な男女差別、許されない。きっと、都合のいいように使いたいから派遣のままなんだわ。悔しい!」
外神田は椅子に座りながら、右足で床を蹴った。右隣に座っていた佐伯はビクッとして、外神田に視線を投げた。外神田も反射的に視線を投げた。ピタッと二つの視線が絡み合った。攻撃的で妥協を許さない敵対同士の視線だ。先に外したのは外神田だった。佐伯の強さが勝ったのか、逃れるような外し方だった。外神田の悔しさは怒りに変わった。
「潰してやりたい! スタッフを正当に評価できないセクションなんていらない。解体して、新しい組織をつくってやり直したい。でも、そんなの無理。無理に決まっている。だって、私は派遣だから。派遣は社員の上に立てない。立てないから無理。でも、でも、このままじゃ負け犬だ! 潰してやりたい! 潰してやりたい!」
「ストップ! わかりました。そこまでにしましょう。」
三門は珍しく大声を上げた。大声といっても、普通の人のレベルだと中くらいの声だが、常に落ち着きを払って話す三門にしては珍しい光景だった。
「いや。そのまま続けてもらいましょう。話は終わりまで聞くものです。止めるのは邪道でしょう。悪を出し尽くし、善をもって洗い流す。外神田さんは続けるべきだ」
佐伯は三門を睨みつけながら言った。
「外神田さん。気持ちを吐き出すことは大切だと思いますが、ちょっと危険なベクトルへ傾きそうなので、間を置いたほうがいいのです」
三門の言葉に外神田は鋭く反応した。
「ちょっと待って! このセミナーは何でもありなんじゃないですか。どうせ死にたい人の集まりでしょ。何があっても許されると思うし、止める権利はないはず。私は叫びたい。正しいことを叫び続けたい。叫んで叫んで、わからず屋を説き伏せたい。悪を潰してやりたい。私は主張し続ける。不平等は必ず滅びる。それには私みたいな人が必要なのよ。三門さん、勝手に止めないでください。止める権利はないはず」
外神田は興奮していた。三門は一定の視線を保ちながら聞いていたが、バシッと手を叩いて、発言を制止した。
「どうせ死にたい人の集まりでしょ? そのフレーズ、聞き捨てなりません。それに、悪を潰してやりたい? とも言いましたよね。悪とは何ですか。あなたの会社の人たちですか。潰すとは具体的にどうしたいのですか。殺すこと……ですか」
三門は外神田を見据えたままだ。視線は絡み合っていたが、“殺すこと”という言葉のところで、外神田は視線を外した。
突然、佐伯が入ってきた。
「殺す? ハッハッハッ。そう簡単に人を殺すことはできませんよ。初めて会った人たちの前で、感情に任せてものを言っているうちは、本物じゃありません。上っ面な感情なんてすぐ引っ込んでしまいますよ。私は人を殺したい人の情念を知っている。奥底に渦巻いている情念が強ければ強いほど、言葉では表わせない。言葉で表わすほど単純じゃないからだ。感情に任せて言っているうちは、人を殺せない。外神田さんに人を殺すことはできませんよ。人を殺すということは、情念を深く深く沈めていき、これ以上沈めていくのが不可能というところまで思いを込める。これでもか、これでもかと。もうこれ以上押し込めることができないというところまで押し込める。そして、その反動に心も身も任せ、いざズバッと。そういうことだ。だから、強い反動がないと人を殺せない。外神田さんの反動は弱い。言葉を発するほどに弱くなる。外神田さんの感情は自分にも他人にも向いている。中途半端だ。他人に向けるパワーが弱い。三門さん。そういうことだ。そんなに心配しなくてもいいでしょう」
佐伯は一気に捲くし立てた。
そして、佐伯の発言によって凍りついた者がいた。山名と空古田だった。山名は猛獣に睨まれた小動物のように怯え、見開いた目はいっそうの悲壮感を映し出していた。空古田においては、口を開いたまま微動だにせず、最初は小刻みに震えていたからだも今はまったく動かない。機能停止状態だ。
「なんなのよ。なんで私がそういうことを言われなきゃならないの。このセミナーの参加資格って、少しでも死に興味があればいいんでしょ。自殺でも他殺でも同じことじゃないの? さっきの三門さんの質問ですけど、悪は悪よ、追い込もうとするものはすべて悪、潰してやらないとどんどん蔓延するだけ。潰さなきゃいけない。それに、死というものはみな同じ。内に向くか、外に向くかの違いだけ。突き詰めれば自殺も他殺も同じでしょ」
外神田の興奮は加速した。近づく者、みな拒絶。他人の意見を受け入れるような状態ではない。近づく者をほんとうに潰してしまいそうな圧力だ。この圧力は、もはや特定のターゲットにではなく、逆らう者すべてにかかっている。
「外神田さん! ここは死にたいと思っている方の集まりです。主旨を間違えないでください」
「ちょっと待って! 三門さん!」
外神田は三門の言葉を遮るように入ってきた。
「あなたこそ間違っている。自殺、自殺と言葉にこだわるけど、死ぬということに変わりはない。自分に向けるか、他人に向けるかの違いだけ。だから、自分を潰すか、他人を潰すかの違いだけ。あなたは偏っている。自殺と他殺とをハッキリ分け過ぎ」
三門も応戦した。
「いいかげんにしてください! 私が配布したチラシの文章をもう一度読んでください。そこに大きな文字で『自殺したい方へ。もっと楽にしてあげます』と書いてあるはずです。これが主旨です」
「じゃあ。早く殺してみてよ。早く、早く。どうぞご自由に、さあ早く」
外神田は悪意の満ちた笑みを浮かべながら三門を見据えた。
三門は応戦しなかった。
三門はゆっくり席を立ち上がり、左隣の佐伯の後ろを通って、外神田の後ろに回った。「あなたは心が少し荒れている。もう少し落ち着いて」と外神田の耳元でささやき、両肩を揉むような仕草をしてから少し離れ、再び佐伯の後ろを通って戻ろうとするのかと思いきや左手で外神田の右手をつかんだ。その感触に驚いたのか、外神田は振り向いた。
「ひやっ! きゃっ!」
小動物が襲われたかのような声を発した直後、表情が強張り、凍りついた。
三門の右手にはカッターナイフが握られ、刃先は外神田の首筋に当てられていた。それを見た山名は怯え、空古田は今にも泣き出しそうだった。なぜか佐伯だけは無表情であり、事の成行きを冷静に見ているようだった。冷徹な目だ。
〈カチカチ〉
刃先が伸びていく音だ。三門は刃先を見つめている。
「外神田さん」
「はっ!」
外神田はビクッとし、目だけを三門に向けた。首筋をよく見ると、刃先は当たっていなかった。当たっていたと思われるのは、刃先とは逆の背の方だった。
〈カチカチ〉
三門はカッターの刃を戻し、本体を手の中に包んだ。
「外神田さん。死というものはこういうものです。自殺と他殺では気持ちや心の動き方に多少の違いはありますが、死というものの捉え方に大きな違いはありません。あなたの場合は、どこかごまかしがあります。私は、偽りのない気持ちをお持ちくださいとチラシに記載したはずです。あなたは死というものを軽く考えています。死は尊い。生も尊い。あなたはそれを知る必要があります」
三門は深く息を吸い、ゆっくり吐いた後、口調を緩めた。
「ごめんなさい。カッターを用いたのは脅かすためじゃないの。外神田さんに死というものを大切に取り扱ってほしいから。暴走し始めた感情を抑えるための効果的な方法として選びました。それに、あなたのほんとうの気持ちも知りたかったから」
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