反魂の傀儡使い

菅原

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3章 新たな時代

純粋な心

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 兄妹が、王からの使者が訪れたことを伝えると、セリアは驚嘆の声を上げた。
「ちょっとそれ本当!?まさか、もう目を付ける奴が現れるなんて……」
「で……でも、断らせて頂きました。私たちそこまで大それたこと考えてないから」
ローゼリエッタはバツが悪くうつむいた。
 一度責められている物だから、セリアの言動の一つ一つが、自身を責め立てているように思えて、ローゼリエッタは彼女の顔がまともに見られなかった。
それでも彼女はまっすぐに、おびえる少女の顔を見つめてくる。
「断ったらすぐに帰ったのね?……そう、あんまり素直に手を引くのも少し不気味ね」
問いかけにローゼリエッタが頷くと、彼女は一人思考し、頭の中で現状の打開策を模索し始めた。

 
 話が途切れ、少しの沈黙が場に降りる。
居心地が悪くなったアルストロイは思わず、先程セリアに抑えつけられた男、ウルカテへと語りかけた。
「ところで、貴方は彼女の付き人で?」
紅茶に口を点けようとしていた彼は、そのままカップを置く。
 重厚な鎧は半ば脱ぎ捨てられていて、一枚羽織ったシャツの下からは、鍛え上げられた筋肉が見えている。
背丈や顔の感じから、アルストロイと同じくらいの年の様だ。
目を引くのは、短く切られた真っ黒の髪。人口が程よくいるこの町でもあまり見かけない。
 話しかけられたウルカテは、その内容に憤り、口を開いた。
「俺はセリア様の守護者だ。貴様もそうじゃないのか?」
守護者という言葉に聞き覚えの無いアルストロイは、またもや首を傾げる。

 自身の知っている言葉を伝えても、延々と首を傾げる兄妹のその態度に、セリアはため息をついた。
「貴女達……本当に何も伝えられていないのね。先代傀儡師の意向なのかどうかは知らないけども、おかげで私たちが迷惑しているっていうのに」
怒りの代わりに彼女の内を占領したのは呆れ。
 あれだけの傀儡技術を持ち、人形作成技術を持つ傀儡師でありながら、駆け出しでも知っているようなことを何も知らない。
セリアは仕方なく、自身の知識をさらけ出すしかなかった。


 傀儡師はその性質上、戦闘に置いて人形を操る傀儡師本人が狙われる傾向にある。
操る者大本を叩くことで、その傀儡は動くことを止め、無力化することが出来るからだ。
それを阻止するのが、守護者の務めである。
 大抵どの流派であっても、傀儡師と守護者は一組で育てられる。
セリアにとってはウルカテがそれであり、子供の頃から共に生きて来た竹馬の友であった。
その境遇が似ている点から、ローゼリエッタの守護者はアルストロイであることは明白。
だというのに、話を聞いた今でも、二人の言動は明らかにその事を知らないと物語っている。


 セリアは、冷めてしまった紅茶を飲み干した。
頭の中はこんがらがっていて、話はもう先に進みそうもない。
それはどうやら直情的なウルカテを除いた三人も感じているようで、皆神妙な顔をしていた。
「……あまり辛気臭くしていても仕方がないわ。折角だから貴女の……ロゼの作品を見せてくれないかしら?一緒に踊っていたあの傀儡……アリスって言ったかしら。あれを見せてくれたら嬉しいのだけど」
彼女は、精一杯の優しい笑顔を浮かべる。

 セリアは当初から、二つの目的をもってドール・ロゼを訪れていた。
一つは調子に乗っているであろう傀儡師を窘める事。
もう一つは、傀儡師の中で最上とも噂される、トレット家の技術を拝見することだ。
彼女は強かで、あえて最初にしかりつけ、罪の意識を植え付けることで、二つ目の目的を遂行しやすく画策していた。
あわよくば技術を盗んで……と考えていたのだが、彼女の思惑はここで外れる。

 ローゼリエッタは、セリアからの思わぬ提案に、笑って了承した。
彼女にとっては他家との確執だとか、立場など気にする必要などないのだ。
 昔から人形の話題で盛り上がれる友人など無く、話を聞いてくれるのは兄のアルストロイだけだった。
そのアルストロイも、ローゼリエッタの語りかけに相槌を打つばかりで、互いに意見交換のような形には成り得ない。
 始めて、人形の事で語りあえる知人を得られ、ローゼリエッタの心は舞い上がる。
「分かりました!一階に置いてあるので、一緒に来てもらってもいいですか!?」
思わず身を乗り出すローゼリエッタ。
先までのしおらしい態度からは想像もできない元気な姿に、セリアは少し困惑した。


 四人は揃って、ローゼリエッタの作業室を訪れた。
目の前にはあの日、多くの人を魅了した傀儡、アリスが佇んでいる。
相変わらず美しいその姿は、卓越したセリアの目をもってしても、見とれてしまう物であった。
「……ほとほと、この技術にはため息しか出ないわ。一体どうやってこんな人間らしい色が出せるのかしら。この曲線も凹凸おうとつが一つもない……それに傀儡糸を結ぶところが無いのはどういうこと?」
傀儡師として育てられた彼女でも、トレット家の傀儡の前では、疑問の声しか上がらない。

 セリアが疑問に思う点は全て、本来自家の名声保持の為に秘匿しなければならない技術である。
そしてそれは、相手が傀儡師であればあるほどに隠さねばならない。
そうしなければ技術が盗まれ、自家の立場が危うくなってしまうのだから。
 だというのに幼い少女は、目を爛々と輝かせて、セリアの質問に片っ端から答えていく。
「肌はこちらの塗料で色出しします。祖母から教わった割がありまして、あとで教えますね。曲線は……すみません。ここにはない機材を使わないと。それと傀儡糸ですけど……」
質問に答えが返ってくるとは思っていなかったセリアは、目を大きく見開いた。
「ちょ、ちょっと!いいの!?そんな大事なこと教えて……」
黙って聞いていればいい物の、そんな言葉がつい口から出てしまう。
 セリアの言葉に、首を傾げるローゼリエッタ。
「?何がいけないんですか?同じ傀儡師であれば、技術向上のためにも、知識は分け合ったほうがいいと思いますけど」
まるで当然のように語る少女に、セリアは声が出なかった。


 傀儡技術全体の向上を目指すのであれば、ローゼリエッタの言うことが一番正しいだろう。
しかし以前ならいざ知らず、各地へ散り散りとなった今、傀儡師たちに知識を共有するという発想は生まれない。
かつて戦場を駆けた同志は、今や商売敵と成り下がっているのだ。商売敵の作品を、どうして自ら向上させようというのか。
 ましてや戦争に駆り出されるかもしれないというこの状況下において、敵となり得る可能性がある者に手の内を晒すような真似は、誰にもできなかった。


 先のローゼリエッタの文言は、心からの言葉である。
だがそれと同時に建前でもあった。
 少女の本心はもっと単純で、初めて出会った同志と、同じ話題で盛り上がりたかっただけの事。
技術云々の話は、二の次でしかない。
それでもセリアは、柵に囚われることのない、ローゼリエッタの純粋な気持ちに心を打たれた。
(……トレット家の先代傀儡師が、何故戒律を彼女に伝えなかったのか……なんとなく分かった気がするわ)
嬉々として話を続けようとする少女の姿を見て、セリアは不思議と納得してしまった。


 今は姿を隠している傀儡師も、戦争か、はたまた新事業か、その手段は判らないが、いずれは表に出なければならない時期が必ず来る。
そうしなければ彼女らはやがて、人から忘れられ、歴史から忘れられ、そして消えていくのみなのだから。
 セリアは思う。
トレット家の先代傀儡師は、彼女こそが、傀儡師の過去を清算し、新しい時代を作っていく存在だと感じたのだろう、と。
そして、目の前で燥ぐ少女は誰よりも、人形の事が好きなのだろう、と。
 セリアは勝手にそう捉えて、説明を始めるローゼリエッタの話に聞き耳を立てた。
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