反魂の傀儡使い

菅原

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5章 傀儡大会

一回戦

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 ローゼリエッタが会場に入ると、頭上から歓声と熱気が押し寄せた。
そこは広大な闘技場。円形の広間は草の生えた土で満たされ、所々に岩や砂が散りばめられている。
まるで草原の一部を切り取ったような光景が、少女の目の前に広がった。
 何戦目かはわからない。しかし一つ前の試合は、相当な盛り上がりを見せたようで、次の試合が始まろうというこの瞬間にも、観客には余韻が残っている。
盛り上がりの最高潮ともいえる状態なのだが、突如現れた若い女と、その女が連れる白銀の騎士を見て、一部の客が俄かにざわめいた。


 傀儡師は、戦いの中にも美を執拗に求める。
今試合に挑もうとするローゼリエッタも、着ているのは黒のドレスだ。
そんな姿を見れば、観客が疑問に思うのも無理はない。
 毛並みの変った演者の登場に、懐疑的な声を発する観客たち。
それに対しハルクエルは、思わず席から立ち上がり身を乗り出してしまった。
 以前街で見かけた少女の傀儡は、とても人間味に溢れ、美の象徴ともいえる作品であったと、彼は記憶している。
ところが今連れている傀儡はどうだ。
確かに人の形はしているが、光沢あるその体は全てが金属の様で、その外見からは人間味の欠片も感じられない。
だというのに……不思議と美しいと思えてしまうのは何故だろうか。
 ハルクエルは新たな傀儡を見て期待に胸を高鳴らせ、ローゼリエッタとそれに使える騎士を見つめた。

 ローゼリエッタに対峙する人形技師は、丸い眼鏡をかけた細身の男だ。
いで立ちは魔法使いのそれであり、傍らには少し黒ずんだ茶色の魔法人形を従えている。
その大きさはかなりの物で、ローゼリエッタより一回り大きな白の騎士の、二倍程はあるだろうか。
 やはり対峙する彼も、観客同様ローゼリエッタの傀儡を見て動揺を隠せない。
「なんだ?ゴーレム……ではないな。魔法核の輝きがどこにも見当たらない。だとすると……」
男は丸い眼鏡越しに、高みの見物をしている国王を覗き見た。
「……成程。『傀儡師』ですか。聞いたことがありますよ。国王様が最近人形劇に躍起になっているというのは、こういうことだったんですね」
ローゼリエッタの答えなど必要とせず、男は一人納得する。

 互いの準備が出来たことを認識し、男は手を広げ、ローブを翻し叫んだ。
「私の名は“オーゴン”!使役するは土の魔法人形ソイル・ゴーレムの“クレイマン”!問いましょう!貴女の名は!?」
観客の熱気に充てられたのか。多少芝居がかった仕草で堂々と名乗るオーゴン。
更に彼は、ローゼリエッタにも名乗るように促した。
 その言葉に従い、少女は何時ものように、着ているスカートの裾を持ち上げ頭を下げる。
「私は“ローゼリエッタ”と申します。この子は“アトラー”。どうぞ宜しくお願い致します」
名乗りを終え頭を上げたローゼリエッタには、鋭い視線が向けられた。


 試合開始の前に、感情の起伏を感じさせない女性の綺麗な声が告げる。
「次の試合は、魔法使いオーゴン操るクレイマン対、傀儡師ローゼリエッタ操るアトラー。存分にお楽しみください」
対戦する札名を読み上げると、上空に向けて小さな爆炎魔法が放たれた。
これが爆発した瞬間が、試合開始の時だ。
ローゼリエッタは集中力を高め、その時を待つ。

 バアアァァァン!!

 耳を劈く破裂音。
劇の幕開けを告げる音が鳴る。
四人の演者は、一斉に踊り始めた。

 
 一早く行動を開始したのはオーゴンだ。
今のままでは自慢の魔法人形も唯の土塊。
指令を出さなくては自ら動くこともしない木偶人形。
「行け!クレイマン!」
対象を指し示し、叫び声を上げる。
すると巨大な土の魔法人形は、ゆっくりと行動を開始した。

 敵が行動を始めた姿を確認し、ローゼリエッタは十の指を微かに動かす。
魔力によって強化された糸は、その力を十二分に発揮し、鉄の塊を動かし始めた。
 アトラーは地面を蹴る。
その力は凄まじく、足下の地面が爆ぜ小さな破裂音が鳴る程だ。
それ程の力が生み出す機動性は魔法人形の比ではない。
むしろ熟練の戦士にも不可能であろう。
当然オーゴンは驚愕することしか出来ず、土の魔法人形は反応すらも出来ない。
 一瞬のうちに、魔法人形の足へと肉薄したアトラーは腕を交差し、両端の腰についた剣を抜き取る。
白に輝く素体とは対照的な、真っ黒の双剣。
魔鉱石で作られたそれを、白の騎士は力強く振り抜いた。

 左右から襲い掛かる黒剣は、土で出来た足を容易に断ち切る。
鉄よりも、石よりも柔らかな土が、金剛石よりも固い魔鉱石の斬撃を受け切れる筈が無い。
刃は抵抗なく切り進み、辺りにはばらばらと土塊が散らばった。
 支えの一つを失った魔法人形は、その巨体を支えきれずに倒れ始める。
前のめりに倒れるその姿は、人間であれば両手で顔を庇うような姿勢だが、魔法人形にはそういった感情も反射も無い。
倒れ掛けにクレイマンは、巨大な腕をアトラー目掛けて突き出した。
しかしその手が掴むのは巨大な大地のみ。
既にその場にアトラーの姿はなく、再び黒の双剣が、地面に付き刺さった腕を切り刻む。

 
 対峙している者には、その姿を視認することは難しかっただろう。
ましてやオーゴンは、技術者であり生粋の戦い人ではない。
戦闘に慣れていない彼に、人ならざる動きをする者の姿など捉えられる筈が無かった。
 一方で、上から見下ろす形になる観客席からは、白の騎士の華麗な戦いぶりが手に取るように見えた。
日の光を浴びて輝く金属の体が、高速で動いた後に残るその光の軌跡は、日中だというのにとても幻想的で美しい。
圧倒的な機動力と手数から生み出される圧倒的戦闘能力。それに加えて観客に魅せることを忘れないのは、傀儡師の操る人形ならではと言えるだろう。

 オーゴンは、見たことも無い速さで動く鉄の鎧を見て驚愕の声を上げる。
「なんなんだその人形は!!くぅっ!!クレイマン!早く修復しろぉ!」
予想だにしない劣勢に、彼は焦燥にかられた。
 オーゴンが操るクレイマンは、土で作られた魔法人形だ。
土の魔法人形というのは、材料に全くと言っていい程金がかからない。
強いて挙げれば魔法核となる宝石くらいで、後はそこらに転がる土塊で容易に作ることが出来るのだ。
当然その硬度は石に適う筈がなく、魔法人形の中でも下位に位置する程度の物だった。
しかしオーゴンは、その手軽さに着目した。
 彼が求めたのは、圧倒的な再生能力。
土塊で出来た彼の魔法人形は、例え崩れたとしても、そこらにある土塊を吸収し再び元の姿に戻ることが出来る。
この再生能力によって、核を潰されない限りは、石や鉄の魔法人形にも負けぬ秀逸な一品が出来上がった……筈だった。

 クレイマンは、地面から土を喰い取り、足を修復する。
崩れた足は見る見るうちに形を取り戻し、再び立ち上がれるまで回復した。
だがそうしている間に、体勢を保つために地についていた腕が切り刻まれる。
次は腕の修復を……そうしている間に胴体が切断されてしまった。
 クレイマンが持つ圧倒的再生能力は、アトラーが持つ圧倒的戦闘能力に、なす術もなく打ち破られていった。
やがて分厚い胸が切り開かれると、真っ赤に輝く宝石が露わになる。
「……っ!そこです!!」
それを見つけたローゼリエッタは、そう叫んで急ぎアトラーを向かわせた。
靡く糸が傀儡の小さな心臓へ信号を送る。
主の意思を受け取って、白の騎士は跳びあがり、宝石を真二つに切り裂いた。


 観客は歓声を上げるのすら忘れ、その光景を眺めていた。
その技術は、一般人にとって初めて目にする類の物であった。
傀儡技術が歴史から姿を隠してから久しく、それを覚えている者も今は少ない。
始めてみた傀儡の戦う姿は、巷に出回っている魔法人形とは比べ物にならない程に優雅で、美しく、そして強い。
これに魅了されるなという方が無理な話だった。

 何より、誰よりも身分が高く誰よりも目が肥えているであろう国王が、子供の様に燥いでしまっている。
「ははは!やはり素晴らしい!開催して正解だった!!」
会場に響く国王の声に感化され、次第に歓声は広がり始めた。
終いには勝者も敗者も、拍手喝采に送られる形となる。
勝者として少女の名前が読み上げられ、ローゼリエッタの第一試合は無事勝利で終わった。
 
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