反魂の傀儡使い

菅原

文字の大きさ
上 下
73 / 153
14章 新たな力

エルフと魔法使い 2

しおりを挟む
 風に靡く草原に、巨大な魔方陣が現れる。
その大きさは草原に集まった人間の魔法使いを全て内に収める程で、内にいる者らには全容が見えない。
更にその魔法陣は、通常よりも緻密な構造をしており、魔法の知識を多分に持ったリエントであっても、内容は理解できない物だった。
この魔法陣が意味するは『精霊契約の儀』。
彼らは今から、精霊との契約に挑む。

 明滅する光の中、その時を待つ魔法使いたちに向かって、カーシンの声が降りかかった。
「では皆の者。目を閉じるのだ。そして心を静めよ。思いの一切を捨て、ありのままをさらけ出すのだ。さすれば精霊自ら主を選ぶだろう」
半信半疑といった感じだが、一人、また一人と目を瞑っていく。
リエントもそれを真似して静かに瞳を閉じると、心にある雑念を取り除こうと努めた。
恐怖、嫉妬、欲望といった負の感情に加え、期待や幸福感といった、正の感情をもかなぐり捨てる。
しかし、いざ何も考えるなと言われても、知識を糧に生きる人種にはそうそう出来ることでは無かった。
 肉体を用いて戦わぬ者は、兎角思考し続けなければ生き残れない。
身体能力で勝てないのだからそうせざるを得ないのだ。だというのに、いくら安全とは言え視界が聞かぬこの状況に置いて、唯一の自衛手段を放棄しろ、とカーシンは言うのだ。
そんなことは彼らエルフを心から信じなければ不可能。だからリエントは、カーシンの言葉を手放しで信じた。
リエントは今、魔法学校生徒を代表する優秀な魔法使いではなく、唯一人の少年となり果てる。


 魔法陣に誘われ、数多の精霊が舞い降りた。
エルフの目に映っているそれらは、ヒトの目には映らない精神体だ。仮に、見える素質を有していたとしても、目を瞑っている彼らに見ることは出来ない。
 舞い降りた精霊はふわふわと漂いながら、立ち並ぶ人らの間をすり抜け、契約者の選別を開始する。
彼らの選別方法は単純だ。
雑念を拭い去った純粋な心を覗き込み、気に入った者を契約者と認める。
ここに雑念が含まれてしまえば、契約その物が叶わない。

 長く沈黙が続いた。
頂点を指していた太陽は、既に山裾に顔を隠そうとしてる。
それだけの長い時間を経て漸く、雑念を完全に振り払うことが出来た者達は、不思議な感覚に襲われた。
 無心の中に、別の人格が入り込むような錯覚。更には体の中を、誰かに触れられるような感触。だがそれらは一瞬の物で、直ぐに体を離れていく。
その不思議な感覚が数度続くと、やがて長く心に居付くものが現れる。その現象が起きた魔法使いたちは、心に空いた隙間が埋まるような気がして、得も言われぬ幸福感が舞に襲われた。
「おお……やはり君は優秀な魔法使いの様だ」
声と共に肩に手を置かれ、リエントは体を強張らせ目を開く。
その時一瞬だけ、人々の間を徘徊する、透明な幽霊のようなものが目に映った。
だがその現象はすぐに収まり、代わりに彼の身体に異変が現れる。
薄っすらと青み掛かっていた黒髪が、鮮やかな青に変わったのだ。
それは、精霊と契約がなされた証。
彼は水の精霊に気に入られ、強力な水属性魔法を操る力を手に入れることに成功した。
力が溢れ出す。無尽蔵の魔力を手に入れた錯覚を覚える。
まるで、今なら何でも出来てしまいそうな気持ちになるが、実際は全くの逆だ。
リエントは、水の精霊との契約を成功した代わりに、水属性以外の精霊の協力を得ることが出来なくなり、多くの魔法が行使できなくなってしまった。

 目に見える変化はそれだけではない。
つい先ほどまでは真っ黒だった瞳も、色鮮やかな青へと変わっていく。
同様に、目を瞑る魔法使いたちの中にも、身体に変化がみられるものがちらほらと現れた。
変化が見られた者にはその都度、近くのエルフが声をかけ、精霊との契約が完了した旨を知らされる。
「他の者も優秀なようだ。この調子でいけば、数日のうちに、全ての魔法使いが精霊と契約することが出来るだろう」
辺りを見渡すリエントのすぐそばで、カーシンが呟く。
続いて彼は、その先の注意点について告げた。
「これで君は、一つの属性に関してエルフにも匹敵する力を手に入れた。しかし過信してはならない。代わりに他属性を行使する力が弱まってしまったのだから。君が年老い、髪が白に染まる頃には、その繋がりも希薄になり、元通り他の精霊に触れることが可能となるだろうが……その時には戦いが終わっていることを切に願う」
 リエントは、試しに訓練初日に使用した、火属性魔法を唱えてみた。
だが彼の言う通り、小さな灯一つも起きることはなく、詠唱だけが木霊する。
リエントは少しだけ、精霊と契約したことを後悔したが、直ぐ気を取り直すとカーシンの忠告を胸に止め、己惚れることなく、弛まぬ努力を続けると誓った。


 精霊との契約儀式が開始されてから三日程で、全ての人間の魔法使いたちは精霊との契約に成功した。
当初は、多数の加護を持つ故の黒や茶、または他属性と親和することが出来る金の髪が多かったが、今では鮮やかな明色で埋め尽くされている。
彼らは皆精霊との契約により、単一の属性に限りエルフに肉薄する力を身に着けた、人間の魔法使いたちだ。
 魔法使いたちは、残された時間を更に力の研鑽に費やす。絶え間ぬ努力が、彼ら魔法使いの原動力。
手ごたえは十分。彼らは戦いの時を待つ。

 
しおりを挟む

処理中です...