反魂の傀儡使い

菅原

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19章 世界の審判

病魔を喰らう物

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 シャルルの目に恐ろしいものが映る。
 王国の北側に位置する山脈。その頂上から、黒く蠢くものが現れたのだ。
 それはまるで一つの生き物のように形を変えながら、まっすぐに王国を目指し山を下りてくる。
「ちょっと……なによあれ!?」
「もしかしたら、あれが例の化け物なのでは……」
 年も若く、難しいことはよくわからないシャルルにとって、察しが良く頭が切れるリエントのような存在はとても有難い。
 だが彼も内心では、言いようのない不安と焦りに包まれ、気が気ではない。

 このことは直ぐに魔法石を通してローゼリエッタの下に届けられた。
 あちらからの反応はない。だが魔法石は確かに起動していて、音をあちら側に送ることが出来ている筈だ。
「ロゼお姉さま! ロゼお姉さま!! 山が……真っ黒に染まって……! 一時退却を! 急いでください!!』
 手短に用件をすますと、巨鎧兵は腰に携えた巨大な剣を抜き放つ。シャルルだけではない。防壁の外を見回っていた他の巨鎧兵も、戦闘態勢をとって迫りくる未知の脅威に備える。


 押し寄せる黒波を待ち構える巨鎧兵隊とは別に、街の中を探索する兵士隊の面々は、一時町の探索を取りやめ、迫る敵に備えることに決めた。
 その切っ掛けは、リエントからの通信だ。
『皆さん! 北の山脈から敵が現れました! 膨大な数です。手の空いている部隊は、防壁の上にある魔導砲へ急いでください!』
 この報せを受けた部隊は、一路防壁の上を目指し町を走る。

 それから幾らもしないうちに、防壁の上には兵士が集まり始めた。
 彼らの目の前にある物は、これまで一度も使用されたことがない大量殺戮兵器。操作も然程難しくなく、加えてリエントの助言もあり作動には問題がなさそうだ。
 山を下りてくる黒波が、本当に敵であり、本当に国を滅ぼした化け物の集団なのだとしたら、絶大な効力を発揮する筈。
 兵士らはそう信じて、急ぎ準備を進めていく。

 魔導砲の、機構が動き出す甲高い音が響く。砲身からは光が止めどなく溢れ、内部に魔力が満たされ始めた。
 稼働を確認した兵士らからは、自然と笑みが零れる。
「はは! まさか俺たちがこれを使う日が来るとはなぁ!」
「まったくだ。その威力、存分に見させてもらうぞ!!」
 手に余る強大な力を手に入れ、気を大きくする兵士たち。
 丁度その頃、巨鎧兵団の操者が、黒波の最前列を望遠鏡で視認した。
「なんだ……? 黒い狼? いや、狼なんかじゃない! あれは……化け物だあ!!」
 その悲痛な声はすぐさま別動隊まで伝えられ、魔導砲の使用が告げられる。

キィィィィイイ!!

 一際高い稼働音が鳴る。
「魔導砲! 発射ぁぁああ!!」
 そして、号令と共に魔導砲の引き金が引かれた。
 押し寄せる無尽蔵の化け物に、圧倒的な威力を持った魔法弾が襲い掛かる。


 ローゼリエッタは、白龍に対峙しながら地面が揺れる振動をとらえた。
 先ほどシャルルから寄せられた報告通り、化け物が現れ激しい攻防が始まっているのだろう。
(早く……早く助けに行かないと……! でも‥‥…!)
 眼前に龍がいる限り、易々とこの場を離れることは出来まい。
 湧き上がる焦燥感。だが頭上から降る声は意外な言葉を発した。
『ふふふ。どうやら始まったようだな。どうした? お前たちは行かなくても良いのか? 早く行かねば仲間が皆殺されてしまうぞ?』
 遠くを見つめる仕草をした後、一転して足元に蠢く集団を見つめる白龍。
 余裕溢れるその発言に、ローゼリエッタは困惑する。
 龍の問いかけにはガンフが答えた。
「……大人しく向かわせてくれるというのか?」
『先程も言ったであろう? 我は世界の下した答えを唯眺めるだけ。尤も、降りかかる火の粉は振り払わせて貰うがな』
 白龍は視線を移し、今も必死の治療を受けるパシウスを見つめる。

 パシウスの状態は芳しくない。
 強烈な速度で硬い岩壁に叩きつけられ、更には切断された腕からの多量の出血。迅速な処置を受けていながらも、命は危険な状態にある。
 白龍の視線が向かう先を見て、次はカーシーンが声を荒げた。
「なぜです、アニム様! 我々は、この世界に住まう者達の平和の為に、神から作られたのではないのですか!? それを何故……同じく世界に住まう人間を葬ろうなどと……」
『聡いエルフの長よ。先から言っているではないか。今起きようとしていることと、我の意思は関係ない。人間の滅亡は、この世界が選んだことなのだよ』
 白龍……アニムは、そういって微笑む。

ズズゥゥウン!

 何度目かになる地響き。
 防壁の外で行われている攻防は、予想以上に激しいようだ。
 ローゼリエッタは、焦りと恐怖から、突発的に叫んだ。
「全員退却を! 町を散策中の部隊と巨鎧兵隊に合流次第、一旦国から離脱します!」
 反射的に全兵士が退却を始める。
 傷ついたパシウスはグォンが背負い、皆敵の攻撃に対応できる体制のまま、謁見の間を後にする。
 残されたのは純白の龍が一つだけ。
『存分に楽しませてもらうとしよう。貴様らの決めた答えの行く末を』
 アニムは羽をたたむと、身体を地面に横たえ眠るように目を瞑る。


 王城を駆け抜け、城下町へと出る。
 ローゼリエッタは走りながらも背後に気を配っていたが、龍自身が言っていた通り、追ってくる気配はない。
 大通りを一直線に門へと駆け降りる。
 その途中で幾つかの散策部隊と合流し、遂に巨鎧兵が見える位置まで降り立った。
 防壁の上から声が響く。
「魔導砲! 打ち切りました!! 充填する魔力が不足していて二発目は不可能です!」
「くそっ!! なんなんだあの量は!」
 一同は門から躍り出る。すると、信じがたい光景が広がった。

 王国に来るときは、一面見渡す限り綺麗な牧草地であった。
 遠目には雄大な山脈が聳え、周囲を小高い丘に囲まれている。
 そんな平和な光景も今は昔。黒い波に無数の赤い光。耳を劈く不気味な鳴き声。野生生物とは似ても似つかぬ化け物が、そこには犇めいていた。
 既にその先頭は数体の巨鎧兵と接触していて、戦いが始まっている。
「そんな……これじゃあ転送魔法も使えないじゃない!」
 これまで革命軍が使っていた転送魔法が封印された魔法石は、発動するために短くない時間を要する。
 また、範囲内にいる物は敵味方問わず転送されるため、接敵状態で使うことは難しい代物だ。
 出来ることなら今接触している分だけでも掃討し、時間を取らねばならない。
 だが、遠くに見える黒い山が不可能だと伝えている。圧倒的な数の暴力。革命軍は、絶体絶命の窮地に立たされていた。
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