反魂の傀儡使い

菅原

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21章 画策

人間界の情勢

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 ローゼリエッタが目覚めると、見慣れた天井が目に移った。
 靄がかかったように記憶が混濁している。鮮明に思い出されるのは玄関を飛び出したまでで、そこから先を思い出そうとすると頭に痛みが走った。それでも痛みに耐えながら、少女は一つ前の戦いを思い出す。
「ううっ……えーと、確か狼を倒して……それから……」 
 起き上がろうとするローゼリエッタ。すると鋭い痛みが四肢を襲った。
「いっ!? いたたた!!」
 傀儡の仮面をつけると何時もこうなる。
 
 絶大な力を手に入れる代償は大まかに二つだ。
 一つは記憶の混濁。幾ら改良が成されたとはいえ、その本質は装着者を強制的に傀儡状態とする強力な魔法道具である。その使用により装着していた間の記憶が酷く曖昧になってしまうのだ。そして代償の二つ目は、肉体の限界を超えた動きを行うと、仮面を外した際肉体が耐え切れず、筋肉が断裂してしまう。それらを考慮して、仮面は使用しなければならない。

 幸運なことに先の戦いでは、前者の問題も後者の問題も然程大きな被害は無かった。
 仮面の力を使用したパシウスの一戦からこれまでの間で、多少なりとも鍛え続けた少女の肉体の耐久限界値は、先程の狼との戦い程度であれば多少の筋肉痛で済む程度にまで至っている。
 またそれに加え、仮面の使用を最小限に抑えることで、少女は無事でいられた。

 少女の手足を襲う痛みは直ぐに治まりを見せた。多少は痛むが、歩くには問題ない。そんな程度だ。
 だからローゼリエッタは手足の痛みが治まり次第、寝台から抜け出ると急ぎ館の散策を始めた。


 ローゼリエッタが最初に向かったのは、整備中のパンドラが放置されていた部屋だ。
 自身がどれだけ眠っていたかは分からない。だからまずは、兄の分身であるパンドラが無事であることを確認しなければ、少女の気が休まらなかったのだ。
 部屋が近づくにつれ次第に早くなる歩調。
 その足音は一つの戸の前で止まると、間髪入れずに部屋の戸を開け放った。

 中にいたのは狼との戦いの最中に見かけた、二人の男女だった。
 二人は胸部が開口されたパンドラに興味津々のようで、恐る恐ると手を伸ばしかけている。
「触らないで!!」
 思わず上がった叱咤の声。
 ローゼリエッタの強い言葉に、女が体をびくりと震わせた。
「ご、ごめんなさい! 余りにも綺麗だったものだから……」
 金色の長髪をした女に、兜に隠れて見えなかったが真っ赤な短髪の男。
 二人は存外良識のある人間であったらしく、現在の部屋は、記憶の隅にある部屋の模様と然程変わらぬ景色であった。
「あ……私の方こそごめんなさい! 大切な物だったからつい……」
 ローゼリエッタはそういって、部屋の中に入ってパンドラの前に歩み寄る。


 暫しの時間を経て、パンドラの整備も終わり、兄の分身は完全な状態で三人の前に立つ。
「わぁ……素敵なお人形さんね。本当の人間みたい……」
「ええ、私の兄なんです」
「お兄様の……?」
 ローゼリエッタはパンドラから伸びる糸を指先につけ、動作確認を始めた。
 パンドラは華麗に動く。
 直立からしゃがみ、飛び跳ねて宙返り、着地して横に一回転する。
 その洗練された様子を見て、二人は感嘆の声を上げた。


 更に時は経ち、夕食の時刻となる。
 食堂に当たる部屋では、一つのテーブルに三人分の食事が用意されていて、皆それぞれ食事の時間を楽しもうとしていた。
 食事自体は質素なものだ。簡易的なスープに、硬くなったパン。そしておなじみの干して乾燥させた肉や芋のような保存食。大部分は人形の館にあったものだが、幾つか二人の来客者から持ち寄られたものもある。
 食事をするにあたって、まずは来客の二人が席を立った。
「紹介が遅れた。俺は”ジェイン”、彼女は”キャロル”。ここから近くにある町で世話になっている、雇われの戦士だ」
「私はローゼリエッタと申します。あの人形はパンドラ。宜しくお願いしますね」
 ジェインとキャロルは丁寧にお辞儀をし、それに対しローゼリエッタも立ち上がるとお辞儀をする。

 自己紹介を終えると三者は再び席に着き、話題は人間界の情勢へと移り変わった。
 ローゼリエッタは暖かなスープを一口味わうと、質問を投げかける。
「ところで、あの狼は一体?」
 少女の問いかけに、キャロルの匙が止まった。
「ローゼリエッタさんは……」
「あ、ロゼで結構ですよ」
「……分かりました。ロゼさん。貴女は、数か月前に突如として現れた『黒き獣』をご存知ですか?」
 彼女の言う黒き獣が、先の真っ赤な狼、引いてはエルフたちが言う魔物の事を指しているのだろうと判断し、ローゼリエッタは頷く。
 するとキャロルは、持ち上げていた匙を離し、姿勢を正して語り出した。
「王国バルドリンガの他国侵略という暴挙から暫くして、突如として黒き獣が姿を現しました。奴らは人々を食らい、牛を食らい犬を食らい……何かを食らうたびに姿を様々な形に変え、更に多くの人間を襲いだしたのです。王国の侵略から逃れた国や町の大半は既に滅び、残された街も幾許か……それでも私たちは、まだ残っている町に集まって、今まで必死に抗って来ました」
 これまで相当辛い思いをしてきたのだろう。
 キャロルの視線は、皿に入ったスープを見つめたままで、感情の高鳴りから腕は震えだす。それを抑えようと自身の手で自身の腕を強くつかみ、何かを耐えているように苦しげな表情を浮かべた。それに伴い、ジェイルも悔し気に顔を顰めている。
 
 ローゼリエッタは、あえてそれに触れることをせずに話を聞き続けた。
 話は革新へと近づき、キャロルの声が僅かに震え始める。
「私たちは、街の住人からの依頼で、森の様子を見てくるよう頼まれたのです。当初は私たちを含め計五人の即席部隊でした。期間は三日間。探索では特に何事も起きず三日を終え、私たちは一旦町へ戻ると決めたのです。そして町へ帰る道の途中……奴が現れました」
 キャロルの脳裏に恐ろしい光景が浮かびあがった。

 前方を歩く男一人の首が宙を飛ぶ。
 短く上がる悲鳴。続いて、向かって左側を歩いていた女の左腕が消え去り、真っ赤で生暖かい液体が頬に飛ぶ。
 そして……
「もう一人の安否は判りません。でも多分……っ! ジェインが私の腕を引き、咄嗟に逃げてくれなかったら……そしてあの時、貴女があの獣を倒してくれなかったら……私も今頃、あの戦士たちのようになっていたことでしょう。改めて、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
 深々と礼をするキャロルに、ローゼリエッタは恐縮する。その様子を見たジェイルは微笑むと、習って再び礼を述べた。
 話はそこで一段落。三人は少し冷めてしまったスープを口に運び、ひとまず楽しく食事を楽しむ。
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