探求の槍使い

菅原

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皇国の日常

兵士の訓練

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 危うげな空気を元に戻したのは、一人の伝令兵であった。
 少々涙目になりながらも、震える声で二人に割って入る。
「お、お取込み中の所申し訳ありません!! 午後の訓練の準備が整っております! ホムエルシン様、御足労願えませんでしょうか?」
 乱入者が現れたことにより、その場の空気は急速に回復へ向かうと思われた。しかし二人は微動だにせず、ラインハルトはジンを睨みつけ、ジンもまたラインハルトを睨みつけたままだ。

 周囲の兵士が固唾をのんで見守る中、先に視線を切ったのはジンの方だった。
 彼は伝令兵の方を見ると優し気な笑顔を湛え、落ち着いた口調でこう伝える。
「連絡御苦労。今すぐ向かおう」
「い、いえ。これも仕事ですので」
 まだ普段の穏やかさとは程遠いが、先程に比べれば何倍もましだ。
 それでも伝令兵にとっては耐え難いらしく、彼は急いで踵を返すと、逃げるようにその場を去って行ってしまった。
 その姿を見送りながら、顔を向けることなくジンはラインハルトへと語り掛ける。
「確かにお前は腕が立つ。だが精神はまだまだ未熟だ。ましてや、いまだ一介の兵士であるお前に、訓練を怠けることは許されていない。お前もさっさと来なさい」
 そして、ジンは返事を待つことなく歩き出した。
 その後ろ姿を見ていたラインハルトは、面倒臭そうに頭を掻きながら師の後を追いかける。


 皇国の兵士らは、有事の際に備え日頃の鍛錬を欠かさない。中でも週に一度ある『合同演習』は、一般市政にも知れ渡るほど名の売れた一大行事である。週に一度とは言ったが、一回の演習に全ての兵士が参加するわけではない。おおよそ全体の十分の一。数にして五百に及ぶ兵士に召集がかかり、演習が行われるのだ。つまり一人の兵士から見れば、十週に一度の割合でやってくる大きな行事となる。
 その合同演習で直接指揮を執るのが、最高戦術指揮官であるジン・ホムエルシンであった。

 演習が行われる訓練場は、城の裏手に設けられていた。基本的には一般兵が自由に鍛錬できるようにと、立ち入りの制限はされていない。
 だが演習が行われる日取りに限り、全面的に立ち入り禁止とされ、順番が巡ってきた兵士らのみに使用許可が下りるのが通例だった。
 順番が来た兵士には前もって召集がかけられ、時間までに城へ向かって列を成すよう指導される。
 今回も通例に習い、開始時間を少し遅れているというのに、誰も文句一つ言うことなく隊列していた。

 やがて、伝令兵に呼ばれたジンが現れ、城を背に仁王立つ。
「諸君。遅れてすまない。さて、今回もまた合同演習の時が来た。おおよそ三月に一度の祭りだ。日々の努力を結実させる絶好の機会となるだろう。心してかかる様に。ではこれより、演習を始めよう。皆戦場にいるつもりで、緊張感をもって行うようにな」
「「「はい!!!」」」
 覇気の籠った声が、辺りに木霊する。


 ジンが指揮する演習は、大部分が多数対多数の模擬戦であった。
 個人の鍛錬は、この日を除く期日を用い、各々が個別に熟す決まりとなっている。
 中にはその期間で腕の立つ者に教えを乞う者もおり、ジン本人もよく借り出されていた。

 訓練は、個人集団問わず、木で模した武器で行われる。怒号交じりの掛け声の中に響く、かんかんと乾いた音が何とも子気味良い。
「よし、今の動きはいいぞ!! ……こら、そこ!! 一人が突出してしまえば、そこから切り崩されることになる! 周囲をよく見ろ! 隣の仲間と息を合わせるんだ!!」
 約二百五十ずつの塊に別れ、幾度となく衝突を繰り返す兵士たち。彼らの覇気の籠った声が響き、木製の武器がかち合う音が辺りを埋め尽くす。そんな中でも、ジンの声はよくとおるものだ。
「では一の軍の魔法使いたちよ! 敵軍左翼目掛けて魔法を放て!!」
 ジンの指示通り、片方の集団の中にいた魔法使いが、数種の魔法を放った。飛び出したるは炎雷氷風えんらいひょうふうの雨。それは向かって左に固まる兵士らの下へ向かって飛んでいき、地面に幾つかの大穴を開ける。

 眼前に迫る兵士に気を捕らわれた者らに、その魔法を気に掛ける余裕はない。何人かは突如襲い掛かった魔法に驚き、中には大きく飛び退いたり転んだりするものも見えた。
 そうした拙い動きが起きる度、ジンの怒声が鳴る。
「ほらほら、ぼうっとしているでない! 戦況を絶えず観察し、敵の攻撃に備える! そして迫る脅威に対し柔軟に対応するのだ! もっと連携を意識しろ! 一人で出来ることなど高が知れいてるのだからな!」
 続いてジンの指示により、もう片方の集団から矢が降り注いだ。安全のため鏃は外してあるが、弧を描き飛ぶ矢は十分脅威となる威力を持つ。当然、兵士らも負いそれと突っ込むわけにはいかず、武器を振り回すことで必死に矢を叩き落とす。
「はあ!! やああ!!」
「ぐあっ!!」
「うぅっ!!」
 矢を振り払う兵士らの中には、上手くいかずに矢の直撃を受け悶絶する兵士もいる。そういった兵士が現れる度、ジンはため息をついて演習を止めるのだ。

 ラインハルトもまた、二つに分けられた集団の最中にいた。
 だが彼にとって、この演習は退屈極まりない。何せ武器は唯の木の棒で、戦闘の大まかな状況はジンの指示によって決まるのだ。突発性のある出来事があるわけでなければ、兵士が若干の危険に陥る度に、即座に停止の声がかかり演習が停滞する。
「ははは……これじゃあまるで、子供がやる『ごっこ遊び』じゃないか」
 真剣を前にした緊張感も無ければ、命を取られる危機感も無い。過剰なまでに保護された遊びのような戦闘訓練。
 児戯にも似た訓練を前に、ラインハルトの口から呆れ交じりの笑いが零れる。


 数刻の後、演習は漸く終わりを迎えた。兵士らは再び開始時のように集合し、ジンの言葉を待つ。
「うむ。今回の演習はこれまで。明日は予定通り『休息日』となる。しっかり疲労を取り、明後日からの執務に従事して欲しい。では解散!!」
 この解散の一声が上がった瞬間が、兵士を苦しめていた地獄の時間の終わりとなる。
 忽ち半分の兵士がその場にへたり込んだ。残す半分の兵士は汗だくのまま、隣の兵士と口々に感想を言い合いだす。
「今回の演習も辛かったなぁ」
「ああ……見ろよ。汗でびしょびしょだ。早くひと風呂浴びたいぜ」
「その後には勿論打ち上げだろ?」
「当たり前だ。なんせ明日は久々の休息日だ。偶には羽目を外さんと息が詰まっちまうぜ」
 こういった会話が出来ている兵士らが、皇国における一般階級兵といったところか。

 一方ラインハルトはと言えば、誰と話すわけでもなく、足早に城へ向かって歩き出していた。本来立場が上の者を見送ってから下の者が帰るのだが、そんなことはお構いなしだ。
 周囲の兵士は皆汗だくで、中には打撲擦り傷でボロボロの兵士もいるというのに、ラインハルトは一切汗をかいておらず、身なりも綺麗なままだから、帰る足取りも頗る軽い。
「まったく……なんて無駄な時間なんだ」
 彼にとってはこの演習の時間など、中庭で昼寝しているのと等しい。いや、疲れと眠気が取れ、精神が癒えることを考えれば、昼寝の方が大分かもしれない。
 そんな憩いの時間を邪魔された仕返しとして、ラインハルトは一抹の恨みを込めて、一般兵と談笑する師、ジンを睨みつけた。
 だがジンは一瞥もくれない。その内ラインハルトは面倒臭くなり、翌日に迫る休息日に備え、英気を養うために自室へと引っ込んでいった。
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