探求の槍使い

菅原

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皇国の日常

槍使いの思い

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 平和の為に成された三か国協定は、世界のあらゆる界隈に影響を与えた。
 まず声を上げたのは、当時一番数が多かった農夫。仕事の最中魔物に怯える心配が無くなり、田畑を荒らされる心配もなくなったと喜んだ。
 次に声を上げたのは、大きな発言力を有していた商人ら。これも、町から町、国から国へと移動する際、魔物の心配をする必要が無くなったと咽び泣いた。
 他にも、魔物、魔族、人間同士の争いに恐怖していた者らは、手を叩いて喜んだ。

 こうした平和を喜ぶ声が上がる一方で、平和を嘆く声も少なからず上がり出す。
 所謂、武をもって生計を立てる者達。例えば傭兵や兵士、またその戦士が扱う剣を作る鍛冶師や、武具用品を扱う店舗経営者らは、生計に大きな打撃を受けた。また、兵士らが懇意にする薬師、治癒施設の類も影響を受けた。それこそ、生計が立てられなくなる程に、収入が激減してしまったのだ。
 三か国協定が成されてからおおよそ十年が経つ。これだけの時間がかかって漸く代替となる仕事が幾つか回ってくるようにはなったが、それでも不満を口にするものは少なくない。……このラインハルトも、そのうちの一人であった。

 彼は幼き頃、父母を失くしてからというもの身寄りを失くし、紆余曲折を経て『剣闘士』として生きることになった。闘技場にて観客に戦う姿を見せ、生活費を稼いでいたのだ。
 幾つかある闘技場の中には、本当の『殺し合い』を見せる残虐な所もあったが、ラインハルトが世話になっていた闘技場は、あくまで観客ありきの『見世物』として、健全な娯楽を提供していた。また、参加する者らも死罪を待つ罪人などを起用することも無く、ちゃんと契約を交わした戦士を起用していた優良な闘技場であった。
 それでも、町や村で生まれ育つ普通の子供に比べれば、彼の幼少期は苛烈な環境と言えただろう。戦わねば食ってはいけず、怪我を理由に欠席しても報酬は出ない。だから彼は、我武者羅に戦い続け、必死に武に関する技術を研鑽した。


 ラインハルトは剣闘士として働いている頃から、武の才能の片鱗を如実に体現して見せた。彼が剣闘士となったのは八つから。その闘技場の決まりにより、十二より下の子供らは同年代と試合をする決まりであったから、暫くの対戦相手は子供であったが、その頃から彼は試合に置いて負けなし。やがて十二になる頃には現役の兵士にも善戦、もしくは勝利して見せたのだ。
 その戦績、戦いぶりから、彼は周囲に『神童』と呼ばれ続けていた。
 そんな闘技場での戦いに明け暮れる日々に、大きな分岐点が訪れる。それが、今の師であるジンの来訪だ。

 剣闘士とはそもそも、闘技場で戦う戦士を総称する名であり、実際に剣を扱わなければならないという規則はない。剣、斧、杖、弓に魔法……相手に勝利する為に彼らは様々な武器武術を用いる。
 その中でラインハルトは、当時から試合をするにあたって、槍を好んでよく使っていた。無論最初から好きだったというわけではない。子供対大人の試合において、腕の長さからくる攻撃範囲の短さを補うために扱ったのが最初であった。だが、幾度となく試合を熟す度に、彼の槍さばきは急速に熟練していく。
 やがて、闘技場の観戦にきたジンが、彼の腕を目を付け、引き取ることになる。
 こうして、ラインハルトは尊敬に値する素晴らしい師を手に入れたのだ。

 剣闘士として戦いに明け暮れた日々の次は、ジンの指示のもと、槍術の研鑽に励むことになった。元から力は持っていたのだが、時を経て技術は更に円熟し、次第に成長していく自らの力に自信を持ち始めていた。
 丁度その頃、ジンがある国の戦術指揮官に任命される。激化する世界情勢に対応した、軍事強化の一環であった。すると彼も師に続き、自らの意思で、その軍に身を置くことを選んだ。
 ラインハルトが軍に入隊した当時、世界は相も変わらず危険極まりなく、国軍に属する兵士らは、毎日のように戦場へと駆り出される時代であった。だからこそラインハルトは、遂に師と同じ戦場を駆けることが出来る、と酷く喜んだ。
 そんな時だ。平和を願う三か国協定が結ばれたのは。


 三か国協定により、溢れかえっていた戦場は瞬く間に消え失せ、ラインハルトがジンと共に戦場に立つ機会は遂に一度も訪れなかった。
 協定が結ばれてより暫くしたある日、槍の師であるジンがラインハルトに向けてこう呟く。
「もう少し早く生まれていたなら、お前も英雄として称えられていただろうに」
 当時のラインハルトは、そんなことはない、などと謙遜していたのだが、世界が平和になり、齢二十を超えた今、こう思うようになった。

 今もなお、世界が荒廃したままであったのならば、自分の力はどれほど役に立ち、どれほど皆に崇められたのだろうか。

 表面上を固める愛想笑いがどれだけうまくなろうとも、この気持ちだけは色褪せることはなく、他人の幸せそうな顔を見る度に彼は、複雑な感情に支配される。
 平和を喜ばぬ者はいない。だが、平和である限り、彼の腕が賞賛される日は二度と来ないのだ。


 町中を歩くラインハルトの足は、開けた噴水のある公園に並ぶ、三つの銅像の前で止まった。それは、世界を救った英雄を象ったものだ。
一つは若き異界勇者。約二十年前に起きた第一の大戦を終結させた立役者である。
一つは若き弓使い。約十年前に起きた第二の大戦を終幕へ誘った立役者である。
一つは若き魔法使い。大戦の影に起きた世界崩壊の危機を救ったとされる大賢者である。
 各銅像は噴水を中心に、周囲に等間隔で設置されており、何かをつかみ取るように噴水の真上に手を伸ばしている。

 ラインハルトはその銅像の内、弓を背負ったものを見上げては心の中で呟いた。
(英雄……か……)
 子供の頃、誰もが憧れる存在。例にもれず彼も憧れた。もし、もう少し早く生まれていたのならば、そうなれたかもしれないのだ。
 しかし、もし、だなんて考えたところで何も意味をなさない。そんなことは、何十回と妄想を繰り返した彼自身が、一番よく知っている。
(……駄目だな。せっかくの休日だというのに……こんな沈んでいては勿体ない)
 ラインハルトはぐちゃぐちゃと混戦を始めた思考を切り替える為、青い空を見上げると、沈んだ気持ちをため息と共に吐き出した。そして新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込むと、気持ちを入れ替え町の散策を再開する。
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