探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
6 / 124
皇国の日常

休日の過ごし方 ―大衆食堂―

しおりを挟む
 ラインハルトは先程手に入れた槍を身に着け大通りを歩く。
 足取りは頗る軽い。新たな玩具を手に入れ年甲斐も無く気持ちが高ぶっているようだ。
 いつもは出来るだけ邪魔にならないようにと気を遣うラインハルトだというのに、今では見せびらかすように肩に担いで練り歩く。
 陽の光を浴び輝く、柄と穂先の境目に刻まれた名匠アガツマの印。それを見た戦士、町人はそろって振り向き注視した。中には隣の者とひそひそと話し出す者もちらほらと。
 その人らをちらりと見て、ラインハルトは小さくこう呟く。
「とてもさっきまで埃をかぶっていた品だとは思えないな」
 そして一つ笑ってから、愛おしそうに開いた手で柄を撫でた。


 基本的に戦士は、武器を携える為に『武装帯』と呼ばれる補助道具を用いる。
 これは肩や腰に掛け使う特殊なベルトのようなもので、それに武器を取りつけることで、両手を開けた状態で武器を持ち運べるようになるのだ。
 大抵の場合、剣を扱う戦士は腰に、槍や斧といった、長く重い物を扱う戦士は肩から斜に掛ける。そして彼の場合は、背負うような形で武器を取りつける。
 実はラインハルトも自身の武装帯を持っているのだが、今日は休息日。槍も持たずに宿舎を飛び出してきたため、今は身に着けていなかった。
 尤も、例え武装帯があったとしても、今の彼は槍を肩にかけ練り歩いていただろうが。
 
 
 ラインハルトが次に向かったのは、やはり大通りから少し離れた場所に立つ、とある大衆食堂だった。これもまた最近の散策で発見した穴場である。『大衆食堂 酔いどれ亭』。実にべたな名だが、手ごろな値段で旨い料理がたらふく食える素晴らしい飯屋だ。
 時刻は昼時。午前の仕事で空になった腹を満たそうと、数多の人間が食い物を求め跋扈する時間帯。しかし大通りより外れたこの店は、人が溢れるほど混むことは滅多にない。店側としてはそれでは困るのだろうが、それこそが、ラインハルトがこの店で一番気に入ってるところだ。

 店前に置かれた商い中の看板の横を通り、店内に繋がる押戸を開く。
 途端、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。店の出入口から見える厨房からは、ぱちぱちと何かを焼く音が聞こえてくる。
 客入りは……程々といったところか。頭数はそれなりにいるが、所々空席も見える。
 空腹状態に加え旨そうな匂いと音。ラインハルトは辛抱堪らず、空いている席を見つけてそそくさと座った。


 程なくして、何時もの若い女性店員が注文を取りに現れた。常連客との会話を盗み聞いたところ、どうやらこの店の娘らしい。天真爛漫で見てくれも悪くなく、この店の看板娘となっているようだ。
「あら、何時も御贔屓に。今日は何にします? またですか?」
「そうだな……うん、やっぱりいつもので宜しく」
 向こうもラインハルトの顔を覚えているらしく、何時からか『いつもの』で通じるようになってしまった。
 いまでは彼も、常連の一員だ。
「かしこまりました! ムト肉の香草焼き一つ、パンはダブルでお願いしまーす!」
 女の元気な声が店に響く。

 飯屋というのは、待つ時間も一種の楽しみがある。
 向こうの客が頼んでいるまだ食べた事のない料理を見てはその味を想像し、あちらの客が飲んでいるまだ飲んだことのない飲み物を見てはその味を想像する。
 そうして次はあれとあれを頼もうと決めるのだが……次に来店した時は、腹がいつものやつを要求してくるのだ。

 周囲の客が食べている料理を物色していると、厨房から油の弾ける音が響いた。次いで肉の焼ける音、そして何度も嗅いだことのある香草の香りが、店中に充満する。
「ああ、腹減った」
 ぐぅとなる腹をさすり、ラインハルトは視線を持ち上げると厨房を見つめた。


 それからさらに少し経ち、漸くラインハルトの注文した料理が届く。
「はい! ムト肉の香草焼きです! 今パンをお持ちしますね!」
 店員が両手で抱えて持ってきたのは、一枚の大きな鉄板だ。
 主役は鉄板の上にのせられた巨大な葉っぱの塊。それをナイフで切り開けば、中から先程の芳醇な香りと、蒸し焼きにされたムト肉が姿を現す。
 茜色の甘辛いタレ。塩と香辛料で味付けされた肉が、パンと相性抜群だ。付け合わせも彩りよく、数種類にわたって網羅されている。
 続いてラインハルトの下へ、小さなバケットにこんもりと摘まれたパンが置かれた。パンはいつも二個付きで、倍を頼む彼の下には全部で四個の柔らかなパンが届く。だが彼がこれを頼むといつも、店員の計らいで一個おまけがついてくる。
「お待ちどうさまです。今日も一個、おまけしておきましたから」
「ああ、有難う」
 バケットを置く女性店員に向けて、堪らず感謝の言葉が飛び出した。
 すると店員は、頬を染めて厨房へと引っ込んでいく。その後ろ姿を見送ると、彼はナイフに続きフォークを手に取った。
 漸く、待望の昼飯だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...