探求の槍使い

菅原

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皇国の日常

休日の過ごし方 ―警邏隊―

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 昼食を取り終えたラインハルトは、槍を片手に店を出る。
 素晴らしく有意義で、素晴らしく充実した時間であった。今でも口の中では、先程の料理の味が余韻となって幸福感をもたらしてくれている。
 パンを五つも食べておきながら、まだ腹は八分目。もう少しだけ何か食べたい気もするが……その腹具合が、これから歩くのに最適な状態ともいえた。
 さて、彼が次に目指す場所は……
「ううむ……この後は何処に行こうか」
 予定も建てずに飛び出したせいで、早々に目的地が潰えてしまった。

 暫し店の前で思い悩むラインハルトであったが、悩んだところで解決せずと割り切り、適当に町をぶらつくことに決める。
「よし、このあたりを散策して新たな穴場を見つけてやろう」
 酔いどれ亭を見つけた時も、気のみ気のまま歩き続けた末、偶然見つけたのだ。
 ならば今回もまた、色よい出会いがあるだろうと決めつけ、ラインハルトは呑気に歩き出す。

 天気も良く、気分も高揚していた為足取りは頗る軽い。ラインハルトはその勢いに任せ、様々な所を見て回った。ところが、日がな一日歩き続けてみたが、結果としては新たな発見を何一つ見つけることなく終わってしまう。
 幾つか店を見かけはしたが、平和になった煽りか、店じまいをした武具屋ばかりで、何処も空き家となっていた。
 また必死に頭に詰め込んでいた地図も、昨今の急激な経済成長のせいで増減する家屋、小道のせいで過去の物となってしまっている。
 散策と言いながら似たような路地を彷徨い、終いには何度か同じ所へ戻ってきてしまう有様だ。
「まったく……いくら何でも短い間に変わり過ぎじゃないか?」
 ぶつぶつと呟くラインハルト。気づけば空はすでに茜色に染まり始め、影が長く伸びる時間となってしまった。


 ラインハルトは仕方なくこの日の散策を切り上げ、宿舎への帰り道を探す。
 大体の方角に目星をつけ、そちらへ続くだろう路地を只管に突き進んだ。今は半ば迷子となっているが、大通りか二番取りに辿り着ければ帰るのは容易い。先ずは一方へ向かって直進あるのみ。そうすればいずれ、どちらかに突き当たるだろう。そう思って路地の先にある角を曲がった。
 その時……
「止まりなさい!!」
 若い男の声が聞こえた。
 長閑な町にそぐわぬ怒り交じりの声。ラインハルトに向けてではない。ここから少し離れたところでだ。
「一体なんだ?」
 野次馬というわけではないが、兵士としての習性か、ラインハルトは咄嗟に声の聞こえた方へと駆けだす。
「この! いい加減にしろ!!」
「うわっ!? くそっ! 放せぇえ!!」
 先程の声とはまた違う、若い男の声。続いてまだ幼げな子供の声も響く。何やら両者は言い合いをしているらしく、声は留まることが無い。その絶えず聞こえる怒声が、騒動の中心を教えてくれる。その声を目指し何度目かの路地を曲がったころ、ラインハルトの視界に幾つかの人影が飛び込んだ。
 先ず飛び込んできたのは三つの影。一つは地面に組み伏せられた子供。残り二つはそれを取り押さえる大人が二人。そして更にその奥には、夕日を背に仁王立つ一人の若い男がおり、組み伏せられている子供を冷たい目で見降ろしていた。

 三人の大人たちは、皇国の軍兵に支給される純白の鎧を身に着けていた。どうやら彼らは、皇国に属する兵士であり、警邏の任務を請け負っている部隊のようだ。
 ラインハルトは事の真相を探るべく、急いでその警邏隊へと駆けより声をかける。
「どうかしたか!?」
 ラインハルトに気付いた手前の兵士二人は、彼を一瞥すると一言も語ることなく再び子供に視線を戻した。
 その異様な態度を疑問に思っていると、奥で仁王立つ兵士が代わりに応える。
「どうもこうも無い。盗人だ。この者が薬師の下から治癒薬を盗んだのだ」
「くそぅ! 放してくれ!! 早く、早くしないと……!」
 兵士が顎で子供を指し示す。そこで漸く、ラインハルトは組み伏された子供を見た。
 幼い声からは分からなかったが、どうやら少年のようだ。貧困に喘いでいるのか、碌に飯も食っていないようで、身体にはあばらがくっきりと浮き出ている。身に着ける服も汚れていて、清潔感の欠片も見当たらない。長く伸びた髪もふけだらけ。衛生面を見てもあまりよくなさそうだ。
 だが、ラインハルトが何よりも気にかかったのは、その切迫した表情だった。絶望の内に立っているかのような、焦りと悲しみを湛えている。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、完全に組み伏せられているというのに諦めようとしない。
 少年のその態度が気になり、ラインハルトは少年に助け舟を出そうと決めた。


 確かに窃盗は許されぬ行為である。だがまだ幼く、しかも衰弱しているだろう子供に向かって、屈強な兵士が二人掛かりで押さえつけているこの現状は、同じ兵士であるラインハルトからしても異常にしか見えなかった。
 兵士である彼も、警邏隊に参加したことはこれまでに何度もある。その中で盗人をひっ捕らえる現場にも何度か立ち会った事があるが、例え成人した男性が相手だとしても、ここまで一方的で強引な摘発をする現場を見たことが無い。唯一、武器を振るって抵抗を試みる輩を相手にする場合に限り、同様な手段をとることもあるだろうが、今組み伏されている子供が、何らかの武器を携帯しているようにはとても見えない。
 要するに、警邏隊が今行っている処置は、明らかに過剰な対応と言わざるを得なかった。

 ラインハルトは鋭い視線で、奥に立つ兵士を睨みつける。
「……まだ子供だろうに。それを兵士二人組で押さえつけるだなんて」
「やり過ぎだというのか? 相手は罪人だぞ」
「罪人であっても子供は子供だ。悪戯に痛めつけて言い訳が……」
 ラインハルトはそういって、再び少年に視線を向けようとした。だがその瞬間、仁王立つ兵士の肩辺りで輝いた何かが、彼の視線を釘付けにする。
 夕日を浴びて輝くそれは、純金で作られた小さな羽の徽章。
 それが指し示す意味とは……
「……『英雄の卵ブレイブ・エッグ』……!」
 その呟きを受け、仁王立つ兵士は嫌らしく微笑んだ。
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