探求の槍使い

菅原

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皇国の日常

休日の過ごし方 ―新たな出会い―

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 皇国の軍に属している兵士らは全て、大まかに分けて二つの階級に振り分けられる。
 一つはラインハルトが属する『一般階級』。主な仕事は町の警邏、城内の雑務、そして上役からの指示を受け実行に移す、手足のような役割を担っている。
 二つ目はジンが属する『上級階級』。皇国の貴族や軍師らと共に、国の大まかな指針を取り決める脳のような役割を担っている。
 これら二つの階級間には、明確な上下関係が築かれており、基本的に一般階級兵が上級階級兵に歯向かうことは許されていない。

 また、一般階級、上級階級に加え、『特異階級』という階級が存在する。これは、各階級に属する兵士の中で、特異な能力を持つ者に与えられる特殊な区分だ。
 ある者は膨大な魔力を持ち、ある者は卓越した身体能力を持つ。そんな特異な力を持つ彼らを、一般の兵士らは尊敬と畏怖の念を込め『英雄の卵ブレイブ・エッグ』と呼んでいた。

 特異階級に属する者にはその証として、皇国から金色に輝く羽の徽章が贈与される。加えて『特別指揮権』と呼ばれる特権が与えられた。
 その内容とは『有事の際、一部の上級階級兵を除いた全ての皇国兵に対し、自らの判断で指示を下すことを許可する』という物だった。そしてこの場合の有事とは『犯罪、戦闘、ひいては国の存亡に関わるあらゆる事象』と定められており、犯罪に含まれる窃盗に対しても有効となる。
 なおこの特権は『同特権を有する者以外、何人も妨害してはならぬ』と規律で定められており、この規律を破った者は厳重に処罰される。
 つまりラインハルトは、意図せずして軍の規律を侵そうとしていたのだ。


 目の前に立つ兵士が、特別な存在であることに気付き言葉を失くすラインハルト。
 すると特異階級の兵士は、揚々として寛容な態度を見せた。
「何、気が付かなかったんだから仕方がない。今のは聞かなかったことにするよ」
 ラインハルトが来る前に取ったのだろう。少年が盗んだと思われる液体の入った小瓶を、夕日にかざしながらそう語る。
「……申し訳ない」
 ラインハルトは、ほっと胸を撫で下ろした。ただでさえ問題を巻き起こしている彼は、軍上層部にも目を付けられた問題児だ。だというのにまた規律を破ってしまえば、一体どうなるかわかった物ではない。
 彼がこれから取るべき行動は二つ。
 直ぐにこの場を離れるか、又は特異階級兵の指示を受け、取り押さえている少年を共に連行するかの二択だ。
 だが、彼はこの二つの選択肢を、どちらも取らなかった。

 徐に、ラインハルトは行動を開始する。槍を抱えたまま、懐に手を伸ばし小さな布袋を取り出した。そして、その袋の口を開きながら、特異階級兵に問いかける。
「いくらだ?」
「……は?」
 素っ頓狂な声で聴き返す男。少年を組み伏す二人の兵士も、同様に驚きの顔でラインハルトを見上げた。
「その盗んだ薬はいくらだと聞いている。支払えば全てが許されるわけではないが……今はこれで、この子を開放してやってほしい?」
 ラインハルトはそういうと、特異階級兵の下へと歩み寄り、金貨を三枚、その手の中に滑り込ませた。

 ぽかんと口を開けたまま、呆れかえる兵士たち。やがて大きなため息と共に、特異階級兵が喋り出す。
「本気かい? その子は確かに子供だが、人の物に手を出した犯罪者だ。どうやら君も、皇国に忠誠を誓った兵士の一人なんだろう? そんな立場で、犯罪者を見逃せというのは、流石にまずいんじゃないのかな?」
 言われるまでも無かった。ラインハルトも、自身が取る行動がどれだけ危うい物なのか、十分理解していた。
 だが彼は、どうしても気になって仕方が無かったのだ。まだ幼い少年が流した、本気の涙の訳が。
「こいつには俺がきつく叱っておくさ。だからどうか、頼みを聞いてくれると嬉しいのだが」
 ラインハルトの態度は一貫している。一貫して……失礼な態度だ。まるで友人に頼みごとをするかのように接しているが、特異階級に属する兵士にとって、対等であるのは同じく特異階級に属する兵士のみだ。たかが一般階級に属する兵士が、同等に接していい相手ではない。

 また、話の中心人物である少年も納得がいかないようで、組み伏されたまま騒ぎ始めた。
「何勝手なことを言っているんだ! これは俺の問題だ! あんたに関係ないだろ!?」
 必死にもがき、喚き始める少年。ラインハルトはそれを少々煩わしく思い、少年の目の前に勢いよく槍を突き立てる。
「ひっ!!」
「少し黙っていろ」
 地面は舗装こそされていないが、何人もの足に踏み固められもはや岩のように凝固してしまっている。だというのにラインハルトが持つ槍は、容易くそれを貫いて見せた。
 少年を組み伏す二人の兵士はそれを気にも留めない。だが、特異階級に属する若い男だけは、その様子を目ざとく見ていた。
 凄むラインハルトへ向けて、特異階級兵は静かに語り出す。
「純粋無垢と信じていた少年に物を盗まれた要人が、心に負った傷は深い。金で解決するなど愚の骨頂だ」
 彼は渡された金貨を手で弄ぶ。何度か手の上で弾ませ、態とちゃりちゃりと金貨を鳴らせる。
 やがてひと際大きな音と共に金貨を掴みとめると、妖し気な笑みを湛えラインハルトを見た。
「……だが、これだけの誠意があれば、要人も許してくれるやもしれない。甚だ不本意ではあるが、君の言うとおりにするとしよう」
 そういって彼は、ラインハルトの横を通り抜け、路地の向こうへと歩き去っていってしまった。横を通り抜ける際、手に持っていた液体の入った小瓶を、ラインハルトに手渡して。

 指示を仰いでいた筈の兵士が取った、思いもよらぬ行動を受け、少年を押さえつけていた兵士らもそそくさと立ち去っていく。
 そうして漸く解放された少年は、押さえつけられた箇所を痛そうにさすりながら、ラインハルトの前に立った。
「……余計なことをしやがって」
「悪かったな。それよりもいいのか? 急いでいたんだろう?」
 ラインハルトはそういうと、渡された小瓶を少年に差し出した。
「そうだった! 母さんが……!」
 思い出したように慌てふためく少年。
 少年の言葉を聞いて、ラインハルトはやはりと得心する。あの涙は、恐怖や痛みの為に流したものではない。大事な人の為に流したものであったのだ。だが、心は正しくとも少年は、手段を誤ってしまった。それを正さねば、少年は再び道を踏み外す。


 ラインハルトは、他人を正せるほど、清い人間ではない。また、他人を気遣う余裕も無ければ、気遣う意味を見出すことも出来ない人間だ。だが、この少年のような、恵まれない子供らと相対した時は例外となる。
 彼が過酷な幼少期を送ったせいもあるのだろう。小汚い身なりをする少年が、かつての自分と重なって見えたのかもしれない。
 理由は定かではないが、彼は柄にもなく、優しい言葉で少年に声をかけた。
「家族を救いたいと願うその心は正しいが……人道を外れてはいずれ痛い目を見るぞ」
「だって……俺んちは貧乏で、薬を買う金なんて……」
 拗ねたように、小さな声でぶつぶつと言葉が返る。案の定、薬を買う金が無くて、止むを得ず盗みに手を染めてしまったようだ。だが理由がわかれば話は単純である。金銭が理由でしてしまった盗みに、再び手を染めずに済む方法、それはたった一つだ。
「見たところ齢十は超えているようだし、働けばいいだろうに」
「なっ!? 無理に決まってるだろ! 金が無くて学校にだって行けてないんだぞ!? 字だって書けないし……それにこんな汚い奴、雇ってくれるところなんて……」
 少年は、愚痴愚痴と言い訳を始めた。自分で言ってて情けなく感じているのか、小さな手を力一杯握りしめ、俯いて嗚咽を流し始める。
 そんな少年を見たラインハルトは、心の中でため息をついた。
(はぁ、仕方ない。ここまできて突き放すわけにもいかんだろう)
 それから少年の肩を数度手で叩くと、愚図る子供の頭をガシガシと撫でる。
「泣くな泣くな。俺が何とかしてやるから」
「な、泣いてなんかないぞ!」
「分かった分かった」
 強がってはいるが、頭が揺れた反動で涙が頬を伝う。少年はそれを恥ずかしそうに腕で拭うと、音を立てて鼻をすすった。

 少年が泣き止むのに、それから少しかかった。ラインハルトは泣き止んだ少年と、後日また顔を合わせる約束をした。すると少年は、嬉しそうに笑うと、薬の入った小瓶をもって元気よく駆け出す。
「じゃあな! 兄ちゃん!!」
 辺りに響く子供の声。気づけば空は夕闇に染まり、立ち並ぶ家屋には淡い明りが灯り始めている。
「はぁ……なんか……疲れる休息日だったな」
 走っていく少年を見送りながらそんな愚痴が零れた。だがここで、ラインハルトは重大なことを思い出す。
「あ……大通りへの道……」
 現在地は今なお不明。日も暮れるというのに、ラインハルトはまず、知っている道の探索を開始した。
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