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平和の礎
力の差 1
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更に七日が過ぎ、ラインハルトは三度目の合同演習に顔を出していた。
内容は……これまでと然程変わらない。集まる兵士の顔触れや、上がる声質に多少の違いはあれど、響くは乾いた木の音と覇気の籠った声ばかり。必死に訓練に励む兵士らは、この修練が今の自身にとって最上の訓練だと言わんばかりに、鬼気迫る表情で木剣を振るっている。
もはや通例となってしまったラインハルトの合同演習。翌日には休息日が与えられるとは言え、正直な話この訓練は耐え難い。
訓練とは名ばかりの退屈なお遊戯。また、いつも眠っている時間帯ということもあって、大きなため息と欠伸の連発だ。
「はぁ……」
号令に従い波に逆らうことなく突進を開始する。両軍がかち合った瞬間、適当に木の棒を突き出し、次の号令でその場を後にする。そうして元の位置に戻る頃、また一つため息をつくのだ。
これを何度も何度も繰り返し、訓練は終了となる……のだが、この日は少し勝手が違った。
幾たびかの衝突を終え、元の位置に戻った時、ラインハルトはまた一つため息をついた。いつもならばその溜息は、周囲の兵士の掛け声にかき消されるのだが、その時は別の声が割り込んだ。
「全員、一時停止!!」
声は軍に指示を出していたジンの物だ。
ラインハルトは、また誰かが倒れたのか、と疑問に思い、兵団の前方を覗き込む。だが見たところへたり込んでいる兵士はいないようだ。続いてラインハルトはジンの方を見た。すると、ジンはラインハルトを睨みつけていたらしく、ばちりと視線がかち合う。
ラインハルトは感づいた。ああ、また厄介ごとがはじまるのだと。
ジンは兵団の進退を止めると、大きな声で叫んだ。
「ラインハルト・アルカイネン! 前に出ろ!!」
その声は明らかに刺々しく、怒りを孕んでいた。
ラインハルトは師のその言葉に、また大きなため息をつくと、渋々従い群れを離れる。
訓練場にて対峙するジンとラインハルト。それを周囲の約五百の兵士は固唾を飲んで注視した。
ジンがまず口を開く。
「お前は訓練をなめているのか?」
するとラインハルトは
「いえ、私なりに精一杯熟しているつもりですが」
と惚けて返した。
それまでのジンの態度から察すれば、ラインハルトが手を抜いていることなどとうに知られているのは明白だ。
だというのにラインハルトは、あくまで一生懸命熟していると嘘をついた。
当然そんな答えでジンが納得する筈が無い。
「精一杯取り組む兵士が、大きなため息や欠伸をするのか?」
「仕方のない事でしょう。どれだけ堪えようとも、ついつい出てしまうんですよ」
互いに声を荒げたりはしない。だが、二人を取り巻く空気は、次第に剣呑とし始めていた。
暫し口を噤みにらみ合う二人。
やがてジンは一つため息をつくと、徐に右の手を空に掲げた。
「どうやらお前には灸をすえねばならんらしい。それもとびっきりの奴をな」
そういうとジンは、ちらりと城を見る。するとその瞬間、城の中頃から飛び降りる一つの影が見えた。
周囲の兵士は驚愕の声を上げる。城の全長から見れば、中ごろと言えど命を失いかねない高さだ。ましてや下は踏み固められた硬い地面。身に着けている鎧の重量からしても、とても無事では済まないだろう。
だが飛び降りた兵士は、翠色の光を放つと空中で跳躍。鳥のように飛んで見せた。
「「おお!!」」
次いで上がる驚嘆の声。兵士らはその影を必死に眼で追う。
彼の者が纏う光は、魔法が発動された時に起きる輝きだ。
だが遠目からみたその姿は、とても魔法使いに見えない。光沢のある金属の鎧に、腰に差す立派な鞘が目につく。その姿は、明らかに剣士の出立。だというのにこれだけの魔法を扱う者。その影が何者なのか、誰の眼から見ても明らかだった。
兵士は翠の光を纏いながら大空を舞い、やがてジンのすぐ隣に舞い降りる。
ふわりという擬音が良く似合う、着地する音も聞こえぬ見事な着地。ラインハルトは、それを熟した兵士の顔に見覚えがあった。
「お前は……」
「やぁ、先週ぶりかな? 全く、君も懲りないんだねぇ」
現れたのは何かと縁がある英雄の卵。涼しい顔で微笑み、ラインハルトを呆れた眼差しで見つめている。
ジンは二人の会話を気にも留めず、舞い降りた兵士の肩を数度叩くと、集う兵士に向けて言い放った。
「彼は‶スィックル・カーン”。知っている者も多いだろうが、我が軍が誇る『英雄の卵』の一人だ」
周囲の戦士は息をのみ、悠然と立つ金髪の兵士を見る。
スィックルは、腰に携えた愛用の剣を抜き放つ。それは訓練用の木剣などではない、陽の光を浴び煌めく、研ぎ澄まされた真剣だ。
更にジンは、ある物を放り投げた。それは弧を描いてラインハルトの足元に突き刺さると、その姿を露にする。
それは、ラインハルトの自室にしまわれていた筈の槍だった。少し前に彼が見つけた、アガツマの印が施された槍である。
その槍を見て、ラインハルトは首を傾げた。
「これは一体?」
それに対し、ジンが答える。
「長きに渡り、お前が望んでいた真剣勝負だ。嬉しいだろう?」
「……随分と思い切った事をなさいますね。まさか皆の手本となるべき上級階級兵が、盗人の真似事とは……本当、涙が零れそうですよ」
挑発的な態度で語るジンに対し、ラインハルトは飄々としている。嫌味を零し、わざとらしく出てもいない涙を拭って見せた。
ラインハルトのその軽口に反応を示したのは、剣を抜いたスィックルだ。
「随分な態度じゃないか。普通の一般階級兵だったら泣いて許しを請う状況だっていうのに」
笑みは絶やさない。だが彼の眼は危なげな光を灯しており、明らかに笑っていなかった。
内容は……これまでと然程変わらない。集まる兵士の顔触れや、上がる声質に多少の違いはあれど、響くは乾いた木の音と覇気の籠った声ばかり。必死に訓練に励む兵士らは、この修練が今の自身にとって最上の訓練だと言わんばかりに、鬼気迫る表情で木剣を振るっている。
もはや通例となってしまったラインハルトの合同演習。翌日には休息日が与えられるとは言え、正直な話この訓練は耐え難い。
訓練とは名ばかりの退屈なお遊戯。また、いつも眠っている時間帯ということもあって、大きなため息と欠伸の連発だ。
「はぁ……」
号令に従い波に逆らうことなく突進を開始する。両軍がかち合った瞬間、適当に木の棒を突き出し、次の号令でその場を後にする。そうして元の位置に戻る頃、また一つため息をつくのだ。
これを何度も何度も繰り返し、訓練は終了となる……のだが、この日は少し勝手が違った。
幾たびかの衝突を終え、元の位置に戻った時、ラインハルトはまた一つため息をついた。いつもならばその溜息は、周囲の兵士の掛け声にかき消されるのだが、その時は別の声が割り込んだ。
「全員、一時停止!!」
声は軍に指示を出していたジンの物だ。
ラインハルトは、また誰かが倒れたのか、と疑問に思い、兵団の前方を覗き込む。だが見たところへたり込んでいる兵士はいないようだ。続いてラインハルトはジンの方を見た。すると、ジンはラインハルトを睨みつけていたらしく、ばちりと視線がかち合う。
ラインハルトは感づいた。ああ、また厄介ごとがはじまるのだと。
ジンは兵団の進退を止めると、大きな声で叫んだ。
「ラインハルト・アルカイネン! 前に出ろ!!」
その声は明らかに刺々しく、怒りを孕んでいた。
ラインハルトは師のその言葉に、また大きなため息をつくと、渋々従い群れを離れる。
訓練場にて対峙するジンとラインハルト。それを周囲の約五百の兵士は固唾を飲んで注視した。
ジンがまず口を開く。
「お前は訓練をなめているのか?」
するとラインハルトは
「いえ、私なりに精一杯熟しているつもりですが」
と惚けて返した。
それまでのジンの態度から察すれば、ラインハルトが手を抜いていることなどとうに知られているのは明白だ。
だというのにラインハルトは、あくまで一生懸命熟していると嘘をついた。
当然そんな答えでジンが納得する筈が無い。
「精一杯取り組む兵士が、大きなため息や欠伸をするのか?」
「仕方のない事でしょう。どれだけ堪えようとも、ついつい出てしまうんですよ」
互いに声を荒げたりはしない。だが、二人を取り巻く空気は、次第に剣呑とし始めていた。
暫し口を噤みにらみ合う二人。
やがてジンは一つため息をつくと、徐に右の手を空に掲げた。
「どうやらお前には灸をすえねばならんらしい。それもとびっきりの奴をな」
そういうとジンは、ちらりと城を見る。するとその瞬間、城の中頃から飛び降りる一つの影が見えた。
周囲の兵士は驚愕の声を上げる。城の全長から見れば、中ごろと言えど命を失いかねない高さだ。ましてや下は踏み固められた硬い地面。身に着けている鎧の重量からしても、とても無事では済まないだろう。
だが飛び降りた兵士は、翠色の光を放つと空中で跳躍。鳥のように飛んで見せた。
「「おお!!」」
次いで上がる驚嘆の声。兵士らはその影を必死に眼で追う。
彼の者が纏う光は、魔法が発動された時に起きる輝きだ。
だが遠目からみたその姿は、とても魔法使いに見えない。光沢のある金属の鎧に、腰に差す立派な鞘が目につく。その姿は、明らかに剣士の出立。だというのにこれだけの魔法を扱う者。その影が何者なのか、誰の眼から見ても明らかだった。
兵士は翠の光を纏いながら大空を舞い、やがてジンのすぐ隣に舞い降りる。
ふわりという擬音が良く似合う、着地する音も聞こえぬ見事な着地。ラインハルトは、それを熟した兵士の顔に見覚えがあった。
「お前は……」
「やぁ、先週ぶりかな? 全く、君も懲りないんだねぇ」
現れたのは何かと縁がある英雄の卵。涼しい顔で微笑み、ラインハルトを呆れた眼差しで見つめている。
ジンは二人の会話を気にも留めず、舞い降りた兵士の肩を数度叩くと、集う兵士に向けて言い放った。
「彼は‶スィックル・カーン”。知っている者も多いだろうが、我が軍が誇る『英雄の卵』の一人だ」
周囲の戦士は息をのみ、悠然と立つ金髪の兵士を見る。
スィックルは、腰に携えた愛用の剣を抜き放つ。それは訓練用の木剣などではない、陽の光を浴び煌めく、研ぎ澄まされた真剣だ。
更にジンは、ある物を放り投げた。それは弧を描いてラインハルトの足元に突き刺さると、その姿を露にする。
それは、ラインハルトの自室にしまわれていた筈の槍だった。少し前に彼が見つけた、アガツマの印が施された槍である。
その槍を見て、ラインハルトは首を傾げた。
「これは一体?」
それに対し、ジンが答える。
「長きに渡り、お前が望んでいた真剣勝負だ。嬉しいだろう?」
「……随分と思い切った事をなさいますね。まさか皆の手本となるべき上級階級兵が、盗人の真似事とは……本当、涙が零れそうですよ」
挑発的な態度で語るジンに対し、ラインハルトは飄々としている。嫌味を零し、わざとらしく出てもいない涙を拭って見せた。
ラインハルトのその軽口に反応を示したのは、剣を抜いたスィックルだ。
「随分な態度じゃないか。普通の一般階級兵だったら泣いて許しを請う状況だっていうのに」
笑みは絶やさない。だが彼の眼は危なげな光を灯しており、明らかに笑っていなかった。
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