探求の槍使い

菅原

文字の大きさ
16 / 124
平和の礎

力の差 2

しおりを挟む
 ジンは数歩下がると、周囲で観客となりつつある兵士に語り掛けた。
「ではこれより、特別演習を始める。君たちは実に幸運だ。一般階級兵にとっては、英雄の卵が剣を振る姿を見られる機会は滅多にないだろう。彼の動きを見逃さぬよう、心して観戦するように」
 歓声を上げる兵士たち。その渦中にある二人も満更ではないらしく、やる気に満ち溢れている。
 剣を空中に放り投げ、回転しながら落ちてくるそれをつかみ取る。そうして剣で遊びながらスィックルが言った。
「まぁ、出来るだけ楽しませておくれよ。私としても自分の訓練を切り上げて来ているんだ。せめて三合くらいは打ち合ってもらわないと割に合わない」
 続いて手に持った剣で素振りを始める。ひゅんと風を切る音が響き、その度に周囲の兵士は身を震わせた。だが相対するラインハルトは、スィックルを見据えたまま、足元の槍に手を添えることもしない。

 身支度しないラインハルトを見て、スィックルは問いかけた。
「……どうしたんだい? 槍を取りなよ。それとも今更臆病風に吹かれたかい? ま、それも仕方ないとは思うけど……」
 微笑みながら挑発するスィックル。するとラインハルトは、驚愕の言葉を放つ。
「俺はこのままでいい。平和な国の英雄もどきなど、木の棒一本で十分だ」
 その言葉に、訓練場にいた全ての兵士が言葉を失くした。


 ジンは、ラインハルトが放った大口に心底驚いた。
 もともとそういった傾向はあったのだが、彼が武に関して嘘をついたことは一度も無い。また、天賦の才をもっていたラインハルトには、戦士の力を見抜く眼力も備わっており、スィックルの力量も十分分かっている筈だ。要するに彼は、スィックルの力の程を見抜いた上で、木の棒一本で対応できると言ったのだ。
 しかし、ジンは知っている。平和にかまけ、急速に戦意を失う皇国を嘆いたラインハルトを。やがて彼は日々の努力を放棄し、近頃は碌な訓練も行っていない。来る日も来る日も昼寝に興じる毎日。時折ある訓練も欠伸まじりで真剣味に掛ける。そんな彼が、同じく天賦の才を持ちながら、日々努力を積み重ねている戦士を相手に、劣る武器を持ち出して対等に渡り合える筈が無い。
(何故こんなにも増長してしまった? 何故こんなにも……こいつはひねくれてしまったのだ?)
 かつてのラインハルトは、とても純朴だったことをジンは覚えている。師の言うことをよく聞き、常日頃の努力を怠らず。そうして地力を鍛え続け、漸く誇りに思える力を手に入れることが出来た。それをかつてのラインハルトは良く理解していた筈なのだ。しかし今のラインハルトは……


 木の棒一本で十分であると言い放ったラインハルト。それに対峙する、真剣を持つスィックルは、目で見て分かる程に激昂した。
「流石の私も、そこまで馬鹿にされては黙っていないぞ」
 一つ強く剣を振り、内に秘めた魔力を開放する。加えて放つ異常な殺気。そのどちらもが、一介の兵士には到底耐えられぬ領域にあった。
 彼の放つ覇気に怯え、周囲の兵士が思わず後ずさりを始める。筋肉粒々の男たちが、身の危険を感じる程の力。それを全身に浴びながらも、ラインハルトは余裕の態度を崩さない。
「戦うにあたって、俺からも一つお願いしよう」
 ラインハルトは、足元に刺さった自身の槍を引き抜くと、明後日の方角へ投擲した。槍は地と平行に飛び、訓練場の外れにある立木の一つに突き刺さる。それから彼は、投擲に使った手の人差し指を立てると、言葉を続けた。
「一合でも多く、耐えて頂きたい」
 どうやらラインハルトには、武の才だけでなく、相手を激昂させる才能も有るらしい。彼の言動を受け、対峙したスィックルは、日頃の穏やかな様子から想像もつかない程取り乱した。
「ふ、ふふふ……ここまで腹が立ったのは久々だ。……いいだろう……望み通り灸をすえてやろうぞ!!」
 スィックルは怒号と共に剣を構え、戦闘の準備を始めた。


 スィックル・カーンは、剣士の中でも数少ない『魔法剣士』であった。一般的な剣士が持つ卓越した剣術に加え、魔法使いのように各種魔法を駆使することで、絶大な戦闘力を発揮する。その力たるや、英雄の卵の中でも白兵戦に置いて敵なしとされており、彼を目指す兵士も少なくない。
 数ある魔法の中でも彼が得意とする魔法は、身体能力を向上させる強化系の魔法であった。戦い方は至極単純で、数種の強化魔法を重ね掛けし、身体能力を限界まで上昇させた後、戦闘に移る。そうして放たれた剣戟は、もはや不可視と言っても差し支えなく、更に高性能な剣を持てばそれは、防ぐことも叶わぬ完全な一撃となる。
「……『腕力強化ハイ・ストレングス』……『脚力強化ハイ・アジリティ』……『風の道ウィンド・ロード』……『魔力武装マナ・ウェポン』……」
 詠唱と魔法の発動を数回繰り返し、身体能力を次々と強化していく。彼が目指すは圧倒的な勝利。それをもって、愚かな戦士が愚かな言葉を放った報いと定めた。

 全ての魔法を唱え終わると、ジンに開始の合図を促す。
「いつでもどうぞ」
 するとジンは、揚々と右手を上げ、掛け声とともに勢いよく振り下ろした。
「では……はじめ!」
 試合開始の声がかかり、同時にスィックルは地を蹴る。強化された足が大地を吹き飛ばし、大きな穴を開けた。
  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...