探求の槍使い

菅原

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誘い

嵐の中の攻防 1

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 ラインハルトが見つけた影は、この牢を見張っていた看守であった。どうやら彼は気絶していただけらしく、壁に手をつきながらもふらふらと立ち上がろうとしている。その最中、懐から小さな石を取り出すと、それに向かって小さく叫んだ。
「こちら第一牢獄……脱獄者だ! 援軍要請! 援軍要請!!」
 すると彼の声に呼応するかのように、石が淡い光を放ちだした。

 彼が持つ石は、唯の石ころではない。遠方と連絡を取ることが出来る魔法が付与された、通話用の魔法石であった。これは、微量の魔力で刺激することで、対となる魔法石を持つ者と少しばかりの会話が可能となる代物である。兵士がこれに援軍要請と叫べば、その声は皇国中央にある城の兵士へと伝わり、即座に援軍が派遣される手筈となっている。
 いずれこの牢にも、兵士が山ほど押し寄せてくる。盗賊が捕まるのももはや時間の問題だ。

 看守の声に気付き、数人の男が振り向いた。ぎらぎらと血走った眼、淡い光を受け鈍く光る刀剣。しかも盗賊らは二十以上の群れを成している。対して看守は僅かに一人。常識で考えれば、盗賊に気付かれた彼は数秒後、凄惨な死を遂げることになるだろう。
 それでも看守は、死を覚悟しつつも腰に差した剣に手を伸ばした。せめて一人でも多く無力化をし、後続に来る兵士らに有利になる状況を作らねばと発奮した。ところがだ、気付き振り向いた男たちは、ただ黙って睨みつけるだけ。剣を振りかぶることもせず、仲間に報せることもしなければ、にじり寄ってくるなんてこともしない。
 その光景は、看守からすれば酷く不気味な光景に見えただろう。何人もの男が垣根を作っているのに、聞こえてくるのは嵐が起こす環境音だけ。気づいた数人からも、何の反応も見えない。

 看守は突き刺さる視線に耐え切れず、牢屋の外へ向かって駆け出した。もはや見つかるだの見つからないだのを気にする余裕もない。唯、早くこの場を去りたかった。
 一方盗賊からすれば、看守をこのまま逃がすわけにはいかない。近くの兵舎にでも駆け込まれてしまえば、より早く皇国兵が現れるだろう。そんなことをされては、自身らが逃げる為の時間が更に縮まってしまう。それは何としても死守したい筈だ。
 ところが、逃げる看守に気付いた男たちは、追う素振りすら見せなかった。まるでそうなることが想定されていたかのように、ただ黙って看守の背中を見つめている。

 一切の妨害も無く、看守は外へと続く通路へと飛び込んだ。後はこの通路を駆け抜け、外に飛び出すだけ。それで彼は、この異常な空間から脱することが出来る。
 看守は走りながら後ろを確認した。追手は……ない。だが突如、少女の声が聞こえてきた。
「ありがとう、皇国の兵士さん! 貴方が協力してくれたおかげで、無事脱獄することが出来たわ! やっぱり貴方は私たちの味方だったのね!」
 大分芝居じみているが、慌てて逃げる看守の耳では演技かどうか判別がつかない。また、言葉の内容もあまり頭に入らず、冒頭の辺りしか理解できなかった。
 その限られた情報から、看守は一つの答えを導き出す。あの場にいた皇国の兵士とは、看守である彼と、投獄されていたラインハルトのみ。彼は盗賊に感謝される覚えが何一つないのだから、盗賊が言った皇国の兵とは、ラインハルトの事だろう。
 自身の予測に確信を持ち、看守は再び通話用の魔法石を取り出した。
「はぁっ! はぁっ! こちら……第一牢獄! 賊の援軍は投獄中の兵士、ラインハルトが手引きした模様! 繰り返す……」
 遠く離れた城の中が、俄かに騒がしくなった。


 少女の行動の意味を即座に理解したラインハルトは、驚愕し、慌てて少女の口を手で押さえつけた。
「くそっ! 何を勝手なことを!!」
 同時に、手にした剣を首に添える。これで彼は、腕を引くだけで、少女の喉をかき切ることが出来る。
 それを見ていた周囲の男たちは、僅かに身を乗り出した。だが当の少女は慌てない。落ち着いた様子で手を伸ばし、男たちを制して見せる。

 看守の足音が遠ざかる。
 その音が完全に聞こえなくなると、少女はラインハルトの手に自身の手を重ね、優しく引き放した。そしてラインハルトへ向けてこう語る。
「ふふふ、これで貴方も共犯者。皇国から追われる身よ。さぁ、貴方はどうする? あたしたちと共に来るか、それとも賊に手を貸した罪でお縄にかかるか、選ばせてあげるわ」
 少女は勝ち誇った笑みを称え、ラインハルトはそれを見て悔し気に歯を噛みしめた。


 暫しの沈黙が流れた。牢の中に声はなくなり、雨が石を打つ音と、風が格子の間を通る虎落笛だけが鳴り響く。
 少女の予期せぬ行動に、ラインハルトは一時混乱の最中にあった。しかし今の彼は冷静だ。
(確かにこの女の行動には驚かされたが、落ち着いて考えてみれば何のことはない)
 そう、何のことはないのだ。彼は腐っても皇国の兵士であり、少女は何処まで行っても盗賊の頭なのだ。皇国において、両者の言葉の信憑性には大きな差がある。

 ラインハルトは数度深呼吸をし、落ち着きを取り戻すと少女を鋭く睨みつけた。
「本気で言っているのか? 今この場で、お前たちを一網に捉えてしまえば、俺の身の潔白は証明される。それに俺はもともと皇国の兵士だ。少なくともお前たちよりは話も聞いてくれるだろうさ」
 皇国の兵士らも馬鹿ではない。例えラインハルトが問題児であろうとも、話位は聞いてくれるだろう。ましてや彼の力は既に軍全体に知れ渡っている。英雄の卵に勝つ程の猛者だ。そんな戦士と事を構えようなどという輩は、今の皇国には余りにも少ない。

 総じて、ラインハルトが身の潔白を証明出来る確率は相当に高いだろう。彼自身もそれをよく理解しているようで、先程までの慌てぶりが嘘のように落ち着き払っている。
 しかし、慌てなければいけない少女もまた、余裕に満ちた笑顔を湛えていた。
 少女は、一際優しい声音でラインハルトへと語り掛ける。
「いいえ。貴方はあたしたちの仲間になるわ。あたしの話を聞いたら……きっと」
 何故少女はこんなにも自信をもって言い切ることが出来るのか、ラインハルトには不思議でならない。
 その疑問の答えを模索する為に、彼はほんの一瞬だけ思考に没頭してしまった。その僅かな隙を見計らい、少女はラインハルトへと迫る。
 刃が首に食い込む。あと一歩進めば、首から鮮血が滴るだろう。だがそうなる前に、ラインハルトは咄嗟に剣を手放した。石床に剣が落ち甲高い音が上がる。それを気にも留めず、少女は更に前に歩みでると、ラインハルトの顔に自らの顔を近づけた。頬と頬が触れ合うほどの距離。そこで少女は、ラインハルトの耳に言霊を放つ。
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