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誘い
嵐の中の攻防 2
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賊が脱獄したという報せは、自室で鍛錬に励んでいたジンの耳にも届いていた。間違いなく、緊急を要する事案である。しかし以前賊を捉えた時は、一般階級兵で組まれた警邏兵隊のみで捉えられることが出来た。その程度の戦士が少し数を増やそうとも、今続々と集う皇国兵相手に逃げ切られる筈が無い。ものの数日で……もしくは今晩中に片はが付くような話だろう。
だが報せを聞いたジンは悩んでいた。彼の苦悩の種は唯一つ。報告の中に、ラインハルトの名があった事だ。
「ラインが盗賊の手引きを? ……いやいや、いくら何でもそこまで愚かではあるまい」
ラインハルトは、誰もが認める札付きの問題児だ。起こした問題は数知れず。大小合わせればそれこそ十や二十では効かぬ回数方々に迷惑を駆け続けてきた。だが問題児であると同時に、彼は皇国の兵士なのだ。彼が起こした数ある問題の全ては、兵士同士の諍いで起きたものばかり。これは彼が『国の民を守る』という兵士としての本分を、忘れていない証拠となる。
(ましてやだ。あいつが関わったのならばこんな拙い策を弄する筈が無い。賊の仲間は武装していた言うではないか。ならば何故看守を気絶させた? 殺しておけば援軍を呼ばれることも無く、逃げる時間を大幅に確保できた筈。余りにも合理性に欠ける行動だ)
本当にラインハルトが盗賊に与しているのであれば、そんな単純な失敗を起こす筈が無い。ジンからすれば、その一点を見るだけでもラインハルトが関わっていないと判断できた。だが別方から見てみれば、その一点は不安要素にも成り得る。
(しかし……盗賊が、更に捕まる危険性を犯してまで皇国に潜り込んでいながら、そんな失敗をするだろうか? ……看守は端から殺す気が無かった? 何のために?)
ジンの心の中を、嫌なものが駆け巡る。何か尋常ではない出来事が起きようとしている気がしてならない。
そんな漠然とした感情に突き動かされ、彼は自室を飛び出した。
現場付近は酷く混乱していた。
何せ今は嵐の真っただ中。木が横に倒れる程の暴風が吹き荒れ、一瞬で全身がずぶ濡れになる程の大雨が降り注いでいる。
ジンは右往左往する兵士らを掻き分け、牢屋を備えた家屋の前に辿り着いた。
「ご苦労! 状況を教えてくれ!」
直ぐに近くで集う兵士に声をかける。
「これはホムエルシン様! 賊は既に逃げ果せ、牢の中はもぬけの殻……ですが、皇国兵も続々と集結しております。捕まるのも時間の問題でしょう。ただ、この嵐が厄介ですね」
兵士は指であちこちを指し示し、最後に真っ黒な空を見上げジンに状況を説明した。
多少質が落ちていようとも、兵士はこのような時の為に訓練を続けてきた。
確かに兵士が言うように、嵐は兵士の視界を奪い取るだろう。だがそれは敵も同じだ。例え隠密に優れた盗賊であろうとも、そう自由に身動きは出来ない。
ジンはすかさず、その場にいた兵士たちに指示を出した。
「全兵士に報せろ。奇数班は町の警備を、偶数班は皇国内の各所を封鎖。 虫一匹通すな! この時間にこの嵐だ。善良な民が出歩いているとは思えん。不審な輩は見つけ次第ひっ捕らえろ!」
「はっ!!」
指示を受けた兵士数人は、直ぐに方々へと報せに走る。また、ジンは近くを駆ける兵士を呼び止めた。
「お前たちにはこの場の警備を頼む。賊共がまた戻って来るやもしれん」
「はっ! ホムエルシン様は何処へ?」
「私も町に繰り出そう。あやつが関わっているのであれば、私が解決しなければならない事案だ」
そういってジンは駆け出した。当てなどない。だが弟子が関わっているのならば……彼は動かずにいられなかった。
昔、大陸にある国の殆どが、高い防壁に囲まれた城塞都市であった。危険な魔物が跋扈する世界において、それは当然の防衛策であり、皇国も例にもれず四方を堅牢な防壁で囲んでいた。しかし平和協定が成された折り、皇国はこれを一早く撤去。大陸で最も平和であると主張した国は、行動でそれを証明しようとしたのだ。
皇国の狙いは成功し、皇国は大陸でも随一の平和国家であることが、大陸中に公知されることになった。ところがだ、実際にこういった事件が起きれば、防壁を取り払ったことが大きな枷となってしまう。何故なら犯人からすれば、退路を阻む障壁が無くなり、好きな方角へ好きな時に逃げられてしまうのだ。仮に防壁があったとしたら……四方に設けられた門に兵士を配置するだけで、逃亡者の退路を完全に断つことが出来た。現状のように多くの人員を裂くことも無ければ、より広大な範囲を警護する必要が無くなるのだ。
だが皇国側もそれを周知している。兵士らはそれを踏まえた行動を徹底しており、今では逃亡を図るのも容易ではない。防壁が無いことは何も悪い事ばかりではないのだ。兵士の視界を遮ることも無く、町を飛び出した賊を発見することも、容易となる。
町の警邏が進む中、ジンが向かった先は最も大きな通りの先であった。
特に何かしらの理由があったわけではない。ただ其方の方が幾分か手薄だっただけの事。それを補うように彼は南へと走った。
「はぁっ! はぁっ!」
老体に鞭を打ち、必死に走る。訓練用ではない、実戦用の真っ白な鎧に身を包み、手には愛用の槍を抱えて。
途中、幾つもの警邏隊と擦れ違った。動員数は既に皇国が保有する全兵士に比肩する数になり、町は兵士の姿で埋め尽くされている。
そんな中、彼らは会ってしまった。
「ぎゃああ!!」
「ぐぁっ!」
遠方から聞こえる兵士の呻き声。人が其方の方を向けば、長尺とした獲物を振り回し、雨風を物ともせずに数人の兵士を手玉に取る猛将の姿が見えた。
黄色の髪に恵まれた体躯。身に着ける物こそみすぼらしいが、その姿は確かに……
「……ライン」
彼の愛弟子、ラインハルトがそこにいた。
だが報せを聞いたジンは悩んでいた。彼の苦悩の種は唯一つ。報告の中に、ラインハルトの名があった事だ。
「ラインが盗賊の手引きを? ……いやいや、いくら何でもそこまで愚かではあるまい」
ラインハルトは、誰もが認める札付きの問題児だ。起こした問題は数知れず。大小合わせればそれこそ十や二十では効かぬ回数方々に迷惑を駆け続けてきた。だが問題児であると同時に、彼は皇国の兵士なのだ。彼が起こした数ある問題の全ては、兵士同士の諍いで起きたものばかり。これは彼が『国の民を守る』という兵士としての本分を、忘れていない証拠となる。
(ましてやだ。あいつが関わったのならばこんな拙い策を弄する筈が無い。賊の仲間は武装していた言うではないか。ならば何故看守を気絶させた? 殺しておけば援軍を呼ばれることも無く、逃げる時間を大幅に確保できた筈。余りにも合理性に欠ける行動だ)
本当にラインハルトが盗賊に与しているのであれば、そんな単純な失敗を起こす筈が無い。ジンからすれば、その一点を見るだけでもラインハルトが関わっていないと判断できた。だが別方から見てみれば、その一点は不安要素にも成り得る。
(しかし……盗賊が、更に捕まる危険性を犯してまで皇国に潜り込んでいながら、そんな失敗をするだろうか? ……看守は端から殺す気が無かった? 何のために?)
ジンの心の中を、嫌なものが駆け巡る。何か尋常ではない出来事が起きようとしている気がしてならない。
そんな漠然とした感情に突き動かされ、彼は自室を飛び出した。
現場付近は酷く混乱していた。
何せ今は嵐の真っただ中。木が横に倒れる程の暴風が吹き荒れ、一瞬で全身がずぶ濡れになる程の大雨が降り注いでいる。
ジンは右往左往する兵士らを掻き分け、牢屋を備えた家屋の前に辿り着いた。
「ご苦労! 状況を教えてくれ!」
直ぐに近くで集う兵士に声をかける。
「これはホムエルシン様! 賊は既に逃げ果せ、牢の中はもぬけの殻……ですが、皇国兵も続々と集結しております。捕まるのも時間の問題でしょう。ただ、この嵐が厄介ですね」
兵士は指であちこちを指し示し、最後に真っ黒な空を見上げジンに状況を説明した。
多少質が落ちていようとも、兵士はこのような時の為に訓練を続けてきた。
確かに兵士が言うように、嵐は兵士の視界を奪い取るだろう。だがそれは敵も同じだ。例え隠密に優れた盗賊であろうとも、そう自由に身動きは出来ない。
ジンはすかさず、その場にいた兵士たちに指示を出した。
「全兵士に報せろ。奇数班は町の警備を、偶数班は皇国内の各所を封鎖。 虫一匹通すな! この時間にこの嵐だ。善良な民が出歩いているとは思えん。不審な輩は見つけ次第ひっ捕らえろ!」
「はっ!!」
指示を受けた兵士数人は、直ぐに方々へと報せに走る。また、ジンは近くを駆ける兵士を呼び止めた。
「お前たちにはこの場の警備を頼む。賊共がまた戻って来るやもしれん」
「はっ! ホムエルシン様は何処へ?」
「私も町に繰り出そう。あやつが関わっているのであれば、私が解決しなければならない事案だ」
そういってジンは駆け出した。当てなどない。だが弟子が関わっているのならば……彼は動かずにいられなかった。
昔、大陸にある国の殆どが、高い防壁に囲まれた城塞都市であった。危険な魔物が跋扈する世界において、それは当然の防衛策であり、皇国も例にもれず四方を堅牢な防壁で囲んでいた。しかし平和協定が成された折り、皇国はこれを一早く撤去。大陸で最も平和であると主張した国は、行動でそれを証明しようとしたのだ。
皇国の狙いは成功し、皇国は大陸でも随一の平和国家であることが、大陸中に公知されることになった。ところがだ、実際にこういった事件が起きれば、防壁を取り払ったことが大きな枷となってしまう。何故なら犯人からすれば、退路を阻む障壁が無くなり、好きな方角へ好きな時に逃げられてしまうのだ。仮に防壁があったとしたら……四方に設けられた門に兵士を配置するだけで、逃亡者の退路を完全に断つことが出来た。現状のように多くの人員を裂くことも無ければ、より広大な範囲を警護する必要が無くなるのだ。
だが皇国側もそれを周知している。兵士らはそれを踏まえた行動を徹底しており、今では逃亡を図るのも容易ではない。防壁が無いことは何も悪い事ばかりではないのだ。兵士の視界を遮ることも無く、町を飛び出した賊を発見することも、容易となる。
町の警邏が進む中、ジンが向かった先は最も大きな通りの先であった。
特に何かしらの理由があったわけではない。ただ其方の方が幾分か手薄だっただけの事。それを補うように彼は南へと走った。
「はぁっ! はぁっ!」
老体に鞭を打ち、必死に走る。訓練用ではない、実戦用の真っ白な鎧に身を包み、手には愛用の槍を抱えて。
途中、幾つもの警邏隊と擦れ違った。動員数は既に皇国が保有する全兵士に比肩する数になり、町は兵士の姿で埋め尽くされている。
そんな中、彼らは会ってしまった。
「ぎゃああ!!」
「ぐぁっ!」
遠方から聞こえる兵士の呻き声。人が其方の方を向けば、長尺とした獲物を振り回し、雨風を物ともせずに数人の兵士を手玉に取る猛将の姿が見えた。
黄色の髪に恵まれた体躯。身に着ける物こそみすぼらしいが、その姿は確かに……
「……ライン」
彼の愛弟子、ラインハルトがそこにいた。
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