探求の槍使い

菅原

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皇国の闇

遭遇

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 二日後……両者の作戦は予定通り決行された。
 メルビアは商品を載せた馬車を引き連れ、国の外れを目指す。
 一方ラインハルトが組する義賊団は、拠点から出立し、二手に分かれ目的地を目指す。
 嵐の日より二日が過ぎ、既に嵐は過ぎ去っている。多少夜風は吹くものの、雨が降るといったことはない。しかし空には暗雲が垂れ込め、星月の明かりは遮られていた。
 しかし、この深い暗闇はメルビア、義賊団双方にとって、極めて都合のよいものだった。
 前者にとっては人身売買の現場の隠蔽に一役買い、後者にとっても標的の眼を晦ますことが出来る。


 メルビアの館を襲撃する団員は全部で十一人。エリスが同行しない今、十人の団員を率いるは副団長に位置する戦士‶ポトム・コール”だ。同じ義賊の中にあっても彼の隠密技術は群を抜いており、剣術においても優秀な能力を持っている。
 ポトムは暗闇を駆けながら指示を出す。
「情報によれば警備は何時もの三分の一程らしい。しかし、数は少ないとはいえ接敵は危険だ。可能な限り戦闘を避けるように」
 ひそひそと呟く声は、彼に続く十人の男らに届く。
 すると男らは、一言も喋ることなく頷き、気配を薄め闇夜に溶けていった。

 義賊らは館の一階にある窓の一つに辿り着いた。そこは、前もっての調査により警備が一番手薄な位置と判断された箇所だった。ポトムが注意深く中の様子を伺ってみたが、調査通り、警備兵の姿は見当たらない。
 ポトムは窓に手を伸ばす。窓には当然鍵はかかっていたが、そんなものは彼の前で意味をなさない。複雑な魔法により施錠されていたのならば話は別だが、通常の落とし鍵ではものの数秒で開けてしまう。
 彼は腰にある道具袋から幾つか道具を取り出す。それをもって窓を弄ると、五つも数える前にかちりと小さな音が鳴った。ポトムは音をたてぬように慎重に窓を開く。すると他の義賊らは、その隙間から身体を滑り込ませていく。
「手分けして金庫、または倉庫を探す。見つけ次第魔法石に呟け。衛兵の動向には細心の注意を払えよ」
 窓の横で指示をするポトム。その横を次々と通り過ぎる男たち。彼らの行動は静かで素早い。

 義賊らが駆ける足は少しの音も出さない。加えて彼らは、端から戦闘を避ける予定だった為、装備は最低限の物で済ませている。そのおかげで、鎧ががちゃがちゃ音を出す、なんてことも無かった。また、館の中は何故か想定よりも明かりが少なく、隠密性に拍車をかけている。もはやそこらの警備兵に彼らを捉えられる訳が無い。
 作戦が順調に進む中、ポトムは少しだけ悩んだ。
(……いくら俺達が得意とする状況とは言え、余りにも簡単に事が運び過ぎていないか? まさか……罠?)
 最悪を語れば、義賊の作戦が筒抜けとなっていて、金庫、または倉庫に辿り着いた瞬間包囲され取り押さえられる場合だ。目的の一つを達成できぬだけではなく、大事な仲間が犠牲となってしまう。
 ポトムはもしもの場合を想定し、長い廊下を駆け抜けた。だがその廊下の先で、遂に彼は警備兵の姿を見つける。

 警備兵は、天井に吊るされた明かりの下で、鎧に身を包んだ状態で立っていた。
 顔は頻りに周囲を見渡しており、警戒心の強さが伺える。今は暗闇に乗じて姿を隠せているが、見つかるもの時間の問題だろう。
 それでもポトムに動揺は見られない。
 むしろ彼の歩調は速くなり、衛兵に向かって音も無く近寄っていく。
 このままでは釣り証明の光を浴び姿を曝け出してしまう。だがポトムは暗闇の中で次なる手を打っていた。

 ポトムは腰につけた道具袋から、小さな丸い硝子玉を取り出すと、兵士の向こう側へと投擲した。
「ん? なんだ?」
 硝子が床に転がる音に気を取られ、警備兵が向こう側を向く。その瞬間。彼は光の円に侵入すると警備兵の背後に肉薄し、手にした剣で首元を打ち付けた。
「ぐぁっ!!」
 小さな悲鳴が上がる。そして気絶した兵士は、壁にもたれかかる形で倒れてしまった。
(……よし、気付かれていないな……警備兵がいるということは、正解の道を選べたか?)
 主が外出しており、ただでさえ警備の数が少ないのだ。ならばより大切な場所を守る配置になる筈。
 ポトムはそう考え、先を急ぐ。

 それからポトムは、更に二人の兵士を気絶させた。
 そこまでして漸く、自身の歩む道が正しい順路であると確信した彼は、懐から魔法石を取り出し呟く。
「こちらポトム。一階の北部にそれらしき場所を発見。一時集合しよう」
 その声は直ぐに他の義賊らに伝わり、各々探索を取りやめ目的地を目指し始める。
 程なくして合流した一団は、更なる注意力をもって先を急いだ。
 更に一人の警備兵を無力化すると、彼らは遂に目的地へと辿り着く。

 煌々と光る部屋が一つ。その明かりは廊下まで漏れ、辺りを照らしている。
 これまで通り過ぎてきた部屋とは明らかに様子が違う部屋に、ポトムは警戒しつつ中を覗き込んだ。
 中では幾つもの照明が光を放っており、昼のように明るい。そして警備に当たる兵士の数もそれまでより多かった。その数は五つ。数はまだ義賊らの方が多いが、別所に援軍が控えている可能性も踏まえれば、このまま乗り込むことは出来ない。
 本来であればここで、状況に応じた指示を出すのがポトムの役割だ。だが中を覗いたポトムには、そこらの作戦を考慮する思考は残っていなかった。何故なら、部屋の中にいた警備兵の容姿が異常だったからだ。
「そんな……なんであいつらが……!」
 呟きは動揺を呼び、動揺が隙を生んだ。それまで巧妙に隠されていた気配が僅かに浮き上がってしまう。
 その瞬間。
「……む? 何者だ!!」
 兵士の怒声が響いた。


 
 十一の義賊団と別れて行動していたラインハルトとエリスは、街道脇に生えた大木で身を隠しながら、メルビアの様子を観察していた。
 まだ取引相手は現れていないらしく、メルビアは馬車の中に入ったままだ。馬車は全部で二つ。ラインハルトから見て前方に位置する馬車にはメルビアが、後方に位置する馬車には商品が入った檻のようなものが載せてある。
 観察の中で二人が不思議に思ったのは、外に護衛が一人もいなかった、ということだ。いくら闇夜に紛れての取引とはいえ、見張りの一人も出さぬというのは、些か不用心に思える。だがラインハルトは、これを勝機とみてエリスに尋ねた。
「おい、さっさと身柄を拘束しないのか? 今なら簡単に取り押さえることが出来るぞ?」
「まだ駄目よ。今捕まえても白を切られるだけだわ。やるなら相手が現れた時。最上は金銭の受け渡しが行われた直後よ」
「……そんなに都合よく行くのかね」
「どうかしらね……」
 二人はそろってため息をつくと、再び馬車を注視する。

 暫く停滞が続いていたが、漸く取引相手が現れた。
 到着したのは絢爛豪華な一台の馬車。それが止まると、直ぐに戸が開き一人の男が姿を現す。
 指に幾つもの指輪をはめ、金の刺繍が縫われた煌びやかな衣服に身を包む、ぶくぶくに太った金満老人だ。端的に言って、ラインハルトの尤も嫌う人種である。
 先に取引場所についていたメルビアも来客に気付いたらしく、馬車から姿を現した。
 メルビアはこの日も、髪色と同じ真っ赤な外套を身に着けている。
「おいおい。どちらも闇取引と言える容姿じゃないぞ」
 ラインハルトは呆れてしまった。どれだけ巧妙に隠そうとも、根はやはり貴族であったのだと。結局のところ金のかかった装飾品で身を飾るしか能のない生き物なのだと。
 しかし、続いて現れた護衛と思われる兵士を見たラインハルトは、驚愕のあまり固まった。
「なっ!? あれは……!」
「どうしたの? 知り合い?」
 エリスはラインハルトの並々ならぬ反応に、そう尋ねた。共に過ごした時間はまだ短いが、彼女が知る中でラインハルトがここまで取り乱したことはない。
 ラインハルトは呟く。
「知り合いというわけではない……顔見知り程度の間柄だ」
 短い金の髪に純白の鎧。腰には立派な剣を差し、颯爽と現れた戦士。
 それは以前、ラインハルトと一悶着起こした者だった。
英雄の卵ブレイブ・エッグだ」
 エリスは驚きその戦士を見る。
 丁度その時、空を覆っていた雲が少しだけ晴れ、凛とした姿が月明かりに照らし出された。
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