探求の槍使い

菅原

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皇国の闇

闇取引

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 エリスはラインハルトの袖を引っ張る。
「ちょ、ちょっと! それ本当なの!? ブレイブ・エッグっていったら皇国の最高戦力じゃない! それが護衛についているってことは、つまり……」
 それはつまり、この取引を皇国が認めているという証。そしてこの取引を阻止すると言う行為は、彼らの後ろにある皇国の怒りを買うという事を意味していた。
「皇国が後ろ盾になっているなんて……ああもう! 一体どういうこと!?」
「おい、少し落ち着けって……こら! 袖が伸びるだろうが!」
 ラインハルトは動揺し始めたエリスを宥める。だがそれでも聞く耳を持たなかったので、袖を引っ張る手を強引に引きはがすと、エリスの胸を指さした。
「いいか!? もう既に俺たちは皇国のお尋ね者だ。今更何を恐れる事がある!? 奴隷を救うのだろう!?」
 暴走気味だったエリスも、これで正気を取り戻した。
 荒れた呼吸を整えるために数度深呼吸をすると、ラインハルトの言葉に力強く答える。
「ええ、その通りよ」
「よし、ならその時を待とう。乱入するのに絶好の瞬間を」
 エリスはそれに頷き、再びメルビアを注視する。
 
 
 最初に口を開いたのはメルビアだ。
「遅かったではないか、‶コジック”卿。いくら国に捕まる心配がないとはいえ、少しは時間を守ってくれねば困る」 
「ああわかったわかった。余り小難しいことを語るな。……全く、貴殿はまだ若いというに年寄りのようなことを言うな。それよりもだ、商品はしっかりと持ってきたのだろうな!」
 コジックと呼ばれた男は、メルビアが乗っていた馬車の向こう側にある檻をちらりとみた。
 するとメルビアも微笑み檻を見る。
「勿論。可憐なエルフの少女に、勇敢なドワーフの少年だ。正確な年は判らんが、体形は十四、五……コジック卿もきっと満足するだろう」
「ふひひ、そうかいそうかい」
 げひた笑みを浮かべるコジック。それを見て、メルビアは気づかれぬようにため息をついた。
(変態め……この愚か者は貴重なエルフやドワーフを愛玩道具としか思っていないのだろうな。嘆かわしい)
 メルビアは、これまでも何度かコジックに商品を降ろしたことがあるが、そのどれもが年端も行かぬ子供体形の物であった。勿論コジックからの要望であり、これにはメルビアも相当な嫌悪を抱いた。だがそれを我慢することで大金が転がり込むのだから、その嫌悪感は心の奥に留めて置かねばならない。

 メルビアとコジックは、檻を引く馬車に近づく。そして覆い隠すように掛けられた幌をめくると、中の様子を見た。
 中には怯えた様子で抱き合う二つの影。片側は長い金色の髪を持つ麗しのエルフ。もう片側は茶色の短い髪を持つ端正な顔立ちのドワーフ。どちらも襤褸切れ一枚を羽織った状態で、声をかき消す魔法の枷を首につけられている。
「ふひひ……素晴らしい商品だ」
 コジックは口の端から零れた涎を腕で拭い、そう呟いた。
 余りにも気持ち悪い言動に、メルビアは一歩退く。それから特に酷い顔を見ぬようにして、目的の物を要求する。
「では、代金の方を」
 この日の取引金額は全部で金貨一千枚。貴重な異種族奴隷ということもあり、エルフの少女が七千五百。ドワーフの少年が二千五百の値で取引されることになっていた。
「うむ。分かっておるとも。おい! 金を持ってこい!」
 商品の質に気分を良くしたコジックは、少々大きな声で従者を呼ぶ。その声を聞いた従者は、馬車の奥から大きな金貨袋を引っ張り出しメルビアに差し出す。
「これが今回の代金、金貨千枚だ。確認するか?」
「いえ、それには及びません。毎回ぴったり頂いていますし、今回もきっとそうでしょう」
 これが例え一枚二枚少なくても、今のメルビアにとってはどうでも良かった。兎にも角にも、この場から早々に立ち去りたい。だから急ぎコジックの従者が抱える金貨袋に手を伸ばした。
 その時だ。
 エリスとラインハルトは遂に、木の陰から飛び出した。


 身を曝け出すなり、エリスは叫ぶ。
「そこまでよ!! 非道な取引現場、見させてもらったわ!」
 コジックはその声に驚き、あからさまに狼狽えた。従者も同様だ。コジックはメルビアの手に渡りかけていた金貨袋を手繰り寄せると、自身の身体で隠すように、両腕で抱え後ずさる。
 面白い程の狼狽えぶりに、そうでなくては困る、とほくそ笑むエリスだったが、メルビアの方を見た瞬間、思考が止まってしまった。
「何者だ貴様ら」
 メルビアは一切揺るがなかった。自身は何も悪いことをしていない、と言わんばかりの態度で仁王立ち、むしろ乱入者であるラインハルトとエリスに対し、明らかに不快な表情を浮かべる。
(なんなのこいつ……人身売買なんて、他国でも規制される程の重罪なのに……何でこんな堂々としていられるのよ!)
 彼女の予定では、メルビアもコジックのように慌てふためく予定だった。だからというわけではないが、エリスはメルビアのその態度が許せない。
「私たちが誰かなんてどうでもいい事よ! それよりも、平和を謳う皇国の貴族さんが、まさか人身売買をしているなんてね。これを国の人たちが知ったらどう思うかしら?」
 そう叫んでメルビアを指さした。

 エリスの叫びを聞きながらも、メルビアの態度は崩れない。自身がとった行動に少しでも負い目を感じるのであれば、多少動揺しても良い物だが、一切揺るがないということはやはり、彼は自身の行動を至極真っ当な物だと思っているのだろう。
 それを態度で示すように、メルビアはエリスを睨みつける。
「それは独り言かね? それとも脅しか? まぁ、どちらにせよ私が取る行動に変わりはないのだがな」
 メルビアはそういうと、コジックが抱えている金貨がたっぷり詰まった袋を引っ手繰った。そして何事も無かったかのように自身の馬車へと歩き始める。
「なっ!? ちょっと待ちなさいよ!」
 メルビアのその飄々とした態度に激昂したエリスは、怒声を上げメルビア目掛け駆け出した。
 それを見ても、メルビアの歩みは変わらない。慌てて馬車に駆け込むこともせず、静々と牛歩を続けている。
 エリスは手を伸ばした。自身が貴族であることを誇示するかのように身に着ける、真っ赤な外套を掴むために。
 だがその手が外套に触れるかと思われた時、代わりに甲高い金属音が響いた。

 その音は、エリスの手に振り降ろされた剣を、ラインハルトが槍で受け流した際に発せられた音だった。
 剣を振るった犯人は、メルビアと共に馬車から降りてきた人物。
 以前ラインハルトが試合で打ち負かした男。‶スィックル・カーン”だ。
「また会ったな」
「……遂に堕ちるところまで堕ちてしまったようだな、ラインハルト・アルカイネン。あれだけの腕を持ちながら、今では盗賊の用心棒か?」
 スィックルは以前と同様、純白の鎧に身を包んでいる。また、手にした剣も以前と同様の物だ。しかし、その纏う空気は異質の物へと変わっていた。
「少しは腕を上げたようだ」
 ラインハルトは茶化して見せる。
「ああ、あの敗北を受け、私は自身を鍛え直した。天狗になっていたのだろうな。だが、貴様に負けてからは違う。決して奢ることをせず、他者に教えを乞うてでも貴様を打ち倒すことに全身全霊を注いだ。さっきまでの私は、貴様に感謝さえしていた。だが……」
 スィックルは、手にした剣をラインハルトの鼻先に突きつける。
「大人しくしていれば今頃、牢の外に出られたかもしれないというのに……馬鹿な奴だ」
「人の身を案じるとは何と優しい奴だ……気遣いは感謝する。だが、自分がすることは自分で決めるさ」
 ラインハルトはエリスの腕を掴むと、強引に距離を取る。それから槍を一つ振り払い、戦闘態勢をとるスィックルを見据えた。
 メルビアは既に馬車の中。だが出立することはせず、高みの見物を決め込むらしい。
 それには非常に腹が立ったが、今、ラインハルトにメルビアを気にする余裕はない。
 それほどまでに、対峙するスィックルの放つ圧は強大な物だった。
 
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