探求の槍使い

菅原

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疑惑

商人の話

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 二日後の朝。ジンの下に次なる会談者の声が届いた。
 皇国の南区を拠点とする商人、‶スフィリオ・パトック”からだ。
 午後から用事があるから昼までなら、という条件付きで、会談を引き受けてくれたのだ。
 この報せを受けたジンは、またもや慌ただしく自室を飛び出した。


 皇国の南区は、郊外から城まで延びる大通りがある為、商店や宿屋が密集した商業区となっている。中でもスフィリオが経営する店は知らぬ者がいない程有名で、連日来客が絶えない。
 有名である理由としては、他とは似通わない独特な品揃えにあった。彼の店は通常の商店とは一味違い、扱う商品に偏りはない。武器や防具、薬の類から始まり、職人の使う専門用品、引いては日常品に至るまで、多種多様に取り揃えている。彼の店に来るだけで大体の用事が済んでしまうのだ。故に老若男女様々な顧客を抱えている。


 ジンを乗せた馬車は大通りを南下していき、やがてスフィリオの店の前で止まった。
 先日と変わって、ジンは自ら馬車の戸を開く。スフィリオからの報せがあった時、朝食を終え一息つく頃だった。それから外出の準備やら馬車の手配やらに時間がかかり、既に時間は昼と言っても良い時間帯となってしまっている。
(急がねば……何時次の機会が訪れるかわからんからな)
 唐突にあいた戸に驚く馬車の操縦者に声をかけ、足早に店の戸を開いた。

 中は一般客でごった返していた。店自体の規模は大きな方なのだが、それでも狭く感じるほどの品数、人の波。もはやどちらが目的の場所なのかわからない。
 ジンが店内を見渡していると、入口にあるカウンターに待機していた店の従業員らしき人物が声を掛けてきた。
「いかがしましたか?」
 爛漫な声を上げる若い女。
「今朝方連絡を受けたものだが、パトック殿は居られるだろうか?」
「あっ! お話は伺っています。ホムエルシン様ですね? どうぞこちらへ!」
 店員の後に続き、ジンは別室へと移動する。

 通された部屋は書斎のようであった。窓の両側に本棚が並び、窓を背にする形で机と椅子が一つ置かれている。特殊な建築技術のせいか、店舗側の喧しい音も聞こえない。
「いらっしゃいませ。もう来ないかと思っていましたよ」
 部屋に入ったジンに、若い男の声がかかった。声の主はスフィリオ。椅子に座り、机に広げた本を眺めている。長く波の掛かった金の髪、洒落た丸眼鏡をかけた好青年だ。

 スフィリオは、長い髪をかき上げながら、ぱらりと頁をめくり視線を上げることなく続けた。
「さぁ、そこの椅子に腰かけて。時は金なり、というでしょう? 早速お話に入りましょう」
 彼は右手を動かし、空いた椅子を指さした。ジンはそれに言葉を放つことなく従う。
 椅子は質素な木造。年季が入っているようで、腰を掛けるとぎしりと椅子が軋む。
 その音を聞いたスフィリオは、漸く本を閉じて頭を上げた。
「それで、お話とはいったい?」
「う、うむ。実は……」
 ジンは事のあらましを伝えた。先日嵐の日に起きた事件、今皇国で起きているであろう疑惑、そしてその為に話を聞に参った事。
 スフィリオはそれらを黙って聞き、最後に思い悩んだ声を上げた。
「ううん……皇国が犯罪を握りつぶしているかも……と。俄かには信じられないですね。一つ疑問なのですが、何故ホムエルシン様はその賊の言うことを信用なさるので?」
「……然したる考えがあるわけではない。強いてあげるのであれば……不肖の弟子が彼らの厄介になっているのでね」
「ああ、なるほど。噂の人ですか」
 意味深長な笑みを湛えるスフィリオ。
 ジンとしては、どんな噂が流れているのか見当もつかない。時間があればそこを突き詰めたかったところだったが、この時はそんな時間も無かった。
「それよりも、何か思い当たることはないか?」
 ジンはスフィリオに問いかける。
 すると彼は顎に手を当て、さも悩んでいますと言わんばかりの仕草をしたまま、黙り込んでしまった。

 余りにも長い間黙りこくっていたために、ジンはそれが時間稼ぎなのでは、と勘繰り始めていた。もしくは何かしら都合の悪いことがあり、その言い訳を考えているのではと。
 そんな考えが一回浮かんでしまうと、辛抱も長くは続かない。いよいよ我慢ならず一声を。ジンがそう思った瞬間、スフィリオは何かを思い出したようで顔を上げた。
「……そういえば、こんなことがありましたよ」
「む?」
 腰を上げかけていたジンは、椅子に座り直す。
「あれは……確か三週間ほど前の事です。私はスウェルマーニでの商売を終え、皇国に戻ってきた所でした」
 ジンは相槌を打って頷く。
「ホムエルシン様は『物流帖』という物をご存知ですか?」
「いや、知らないな」
 唐突の質問に狼狽えつつも、首を振って否定した。
「物流帖とは、皇国を往来する商人の持つ品を検分し、まとめたものです。これによりおかしな品を持ち込んだり、持ち出したり出来ないようになっています」
「ふむ。それでその物流帖が一体?」
「三週間前に私が帰国した際、やはり皇国の兵士に検分され、私の所持品も物流帖に記載されました。ですがその時、私は物流帖を覗いてしまったのです。ああ、誤解なさらないでください。故意に見たわけではありませんので」
「ああ、分かっているとも。それで?」
「それでですね。本来物流帖には、『誰が』『どういった品を』『どういった理由で』『どういった場所へ持っていくのか』といった情報が記入されているのですが、私が見えた範囲で一つだけ、品と理由が抜け落ちている個所があったんですよ。しかも名前の欄は『J』としか記入されておらず、場所の欄は『入る』という字だけでした」
 スフィリオの話を聞いて、ジンは首を傾げた。
「つまり、その『J』という人物が何かを皇国に持ち込んだと?」
「ええ、その通りです」
 頷くスフィリオ。彼はそれから壁に掛けてある時計を見ると、慌てて席から立ち上がった。
「申し訳ありませんが、このあと用事がありますので……」
 それに合わせてジンも立ち上がる。
「ああ、申し訳ない。貴重な時間を有難う」
 本音を言えば、もっと詳しく話を聞きたかったジンだが、相手には相手の予定がある。それはまた次の機会と割り切り、大人しく立ち去ることに決めた。
 二人は揃って部屋を出る。そして扉の前で分かれると、ジンはそのまま帰路についた。


 帰りの馬車の中、ジンは再び手帳を取り出すと何かを書き始める。
(三週間前、詳細不明の品が皇国に持ち込まれた……と、そして『J』という謎の商人、か……ううむ、確かに不審な話ではあるが……皇国の件と何か関連があるのだろうか?)
 ある程度書き連ねると、本をしまう。それから何の気なしに窓の外を見た。
 窓から見える人らは幸せそうに笑っている。
(全く、人の気も知らないでいい気なものだ)
 だがジンはその光景を見て、顔を顰めていた。
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