探求の槍使い

菅原

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旅立ち

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 新たな『英雄の卵ブレイブエッグ』の称号を得ていたラインハルトは、ジンの手記を見てからというもの、すぐに行動に移した。
 まず法皇コルクレアに謁見。英雄の卵の称号を返還し、国軍兵士の身分をも脱する。自室も旅に必要なものを持ち出して全てを出払い、晴れて放浪の身となった。
 各所への挨拶回りなんてものはしなかった。もともと彼は真面な兵士である自覚がない。通例行われることも必要なしと判断すれば、やる意味もない。
 しかしどこから聞きつけたのか、義賊団の長だったセリスが翌日の早朝自室に殴りこんできたときはラインハルトも驚いた。
 騒々しく剣幕をまき散らし、目にはたっぷりの涙を浮かべる少女を見て、彼はほとほと困り果てる。
 それでも心は動かぬという意思を伝えると、セリスはこう叫んで部屋から飛び出していった。
「絶対に帰ってきなさいよ!? じゃないと団長として許さないから!!」
 思い切り扉が叩きつけられ、その音にラインハルトは肩をすくめる。台風一過。その静まり返った部屋の中で、ラインハルトは一言すまないとつぶやいた。


 その後、彼は町に繰り出し長旅の準備を始める。
 とはいえ安全となったこの世界で、旅はもはや危険なものではない。気を付けることは食料の残量くらいで、準備には然程手間がかかることもない。しかし、前世界の危機がすべて去ったというわけでもなかった。かつて世界を荒らしまわっていた魔族、魔物も新たな指導者を得、落ち着きを取り戻してはいる。だが指導者が同族を全て掌握できるかと言われればそれは否と言わざるを得ない。なにせ平和を求める人間の中からも、野党、盗賊といった害をなす存在が現れるのだ。当然魔族、魔物にもはぐれ者があぶれ出る。
 本来であれば一人、または数人の護衛を付けるのが得策だろう。ラインハルトはその点、戦闘に関する知識、技術を持っているから、護衛を雇うという手法を取る必要性は薄い。尤も彼とて無敵というわけではないのだから、頭数をそろえるに越したことはない。しかし彼の頭には『これから英雄になろうというものが、他者の力に頼るなどあってはならない』という考えがあった。だから同じ旅仲間を集めるなんてことはしない。代わりに保存食やテントなど、野営に必要なものを少し贅沢に取り揃えていく。


 それからいくらもしないうちに、ラインハルトはジンの墓を訪れていた。墓石の前に片膝をつき、墓石に刻まれた文字を見つめている。
 彼の出で立ちは、最近の物と様変わりをしていた。近頃いつも身に着けていた純白の鎧はそこに無く、真っ赤な外套の代わりに麻でできた外套を羽織っている。胸に煌めいていた黄金の羽の徽章も今は見えない。
「……師よ。これまで無碍な問いを投げかけたこと、許してほしい。貴方も、自身が成し遂げたいことの為に命を全うしたのだろうにな」
 彼は道具袋を広げ、酒の入った一つの小瓶を取り出した。
 ふたを開け、中身を半分ほど墓石の上からかける。それから残った液体を自らの口に流しいれる。
「師よ。弟子の旅立ちだ。共に祝福してくれ」
 ラインハルトは口元を腕で拭うと、空になった小瓶をしまう。その最中、彼は近づいてくる人影に気が付いた。
「全く、会いたくないときに出会うものだ」
 現れたのはポラリア。彼に悩みの種を植え付けた張本人だ。
「あら、ごめんなさいね。見知った顔を見かけたものだから……」
 彼女も墓参りへ来たようだ。以前訪れたことがある彼女の亡夫の墓前には、きれいな花束が置かれているのが見えた。
 視線を外していたラインハルトへ向けて、ポラリアは語り掛ける。
「……やっぱり出ていくのですね」
「やっぱり?」
「ええ、分かっていたんです。貴方には普通の男の幸せは当てはまらない。いずれは新しい戦いを求めて戦地を彷徨うのでしょう。だって……あの人もそうでしたから……」
 ポラリアは晴れ渡る青空を見上げ思いをはせる。
「男はいつもそうです。残された女のことなど気にもかけずに、人の為、自分の為にその命を散らせていきます」
 彼女の言葉をしり目に、ラインハルトは立ち上がった。
「……平和な時代となり、かつての英霊を忘れたものも多い。だが俺たちが覚えている限り、彼らが消え去ることはない。貴女も、ジン・ホムエルシンの名を覚えていてほしい」
 そういって、彼はポラリアに背を向け歩き出す。
 ポラリアはその姿が見えなくなるまで、ジンの墓の前で立ち尽くしていた。


 やがて、準備の最後にそこらの出店で腹ごしらえをし、彼は町を後にした。
 まだまだ日も高い。法国と他国を繋ぐ街道は馬車が行き交い、人通りも少なくない。そんな人らの視線を阻むように、ラインハルトは麻の外套を深々と被る。
 彼が目指すは北の貿易都市スウェルマーニだ。
 
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